戦に挑む前のわずかな合間
一月に入り、のんびりとした歩調の馬の上で揺られながら、政景らが籠る坂戸城に向けて移動する。
年明け早々の行軍ではあるが、事前に動くことを周知させていた為、兵達にはそれほど不満の色はない。
どころか、来年もこのくらいの時期に戦があればと、言い出す者までいたりする。
どうにも、年始の挨拶にて振る舞った料理や酒が、頭にちらついているのだろう。
あれはまさに大盤振る舞いと言っても、過言では無いだろう。
ねぎらう意味も込めてではあったのだけど。
そのお陰か、士気は高く、乱戦のような形になったとしても、そう簡単にはやられることは無いだろう。
移動を続けることしばらく。
やがて、栃木城が見えてくる。
坂戸城に向かうためには、抜かなくてはならない城だ。
この城の城主、発智長芳は政景側であり、ここを抜かなくては挟撃の恐れがある。
本陣を設営し、これからの方針について話をする。
といっても、既に決まっている事を確認するという意味合いが強い。
この場に集った面子をぐるりと見回す。
景家、定満、長重、貞興に加え、新たに設立した乱破衆も付き従っていた。
彼ら乱破衆は、その名の通り乱破仕事には無類の強さを見せるが、これからは武士としても生きていく以上、武士としての戦場での立ち振舞いを学ぶ為に参戦することになったというのが、一応の建前となっている。
あくまでも建前であって、今回の目的は別に有ったりするわけだが。
また、長尾景信や山本寺定長などの、一門衆が付き従っていた。
長尾景信はともかく、山本寺定長らは顔を見たことがある程度だったりする。
彼らは、当初参戦を予定していなかった。
が、本人たちからの強い意向により、許可を出さざるをえなかった。
兄上に直訴するとか、ズルいわよね。
困った顔をしながら、兄上が参戦の許可を取りに来たら、断れる訳無いじゃない。
ただし、それは今回だけの事としてもらう。
次回からは、兄上ではなく私の元に直接来るようにと言い伝えておいた。
兄上は、政務とは離れた生活を既に始めている。
たまにアドバイスをもらうことはあるけれど、今の当主は私になったのだから、その辺のメリハリはチャンとするべきだと思う。
でなくては、わざわざ私が当主についた意味が無いじゃない。
それに、兄上には無用の心配はして欲しくはない。
自分でも体が弱い方だと言っていたし、気を張ればそれだけ体に疲れを溜めることにもなるだろうから。
さて、各人の様子はどうだろうかと伺う。
定満は、この辺り周辺の地図とにらめっこを始めていた。
地図を見ただけで、手に取るように分かるとは言うものの、それでも実際に見る事により、得られる情報は大事だろう。
無言で集中しているから、邪魔をしてはいけないわね。
景家はどうか?
「バッハッハ、久々に戦じゃ!腕がなるわい!」
「我らも楽しみにしておりました!」
「そうだろう、そうだろう。一番手柄は必ずいただくぞ!」
「「おおー!」」
配下の者達と、士気を高めあっているようだ。
そこには、紛れもなく歴戦を潜り抜けてきた勇士がいた。
もともと心配などは殆どしてはいなかったが、大丈夫そうで一安心。
長重はと見ると、こちらは神妙な面持ちだ。
緊張感がどこからともなく伝わってくるようだ。
「初陣か。」
「いよいよですな。この日を心待ちにしておりました。」
「皆、ありがとう。」
「何、心配めされるな。ご隠居にもしっかりと働いてくるよう言付かっていますからな。」
「ああ、よろしく頼むよ。」
長重をぐるりと囲むように、円陣を組んでいる。
長重と共にいる彼らは、長重の配下となる。
誰も彼も、それほど身分は高くない。
どころか、雑多な印象を受けてしまう。
それは何故か。
彼らは、ご隠居と呼ばれるようになった泰重が見込んだ若者達だ。
兵達を訓練する教官役をした際に、何か光る物があると見えたらしい。
それは、武家の出で有るかどうかを問わず、百姓から立身出世を夢見た者達も含まれている。
泰重いわく「このぐらいの役得は見逃して欲しいのう。」との事だ。
譜代の臣がいるわけでもない長重には、このくらい優遇されても構いはしないだろう。
それは、貞興にも言える事で、こちらも泰重からの推薦で配下に加わった者達もいた。
「よっしゃー!やってやるぜー!」
「意気軒昂なのはよろしいが、あまり先走り過ぎては困りますぞ。」
「分かってるって!無茶はしねーよ!」
「その言葉を信じて良いものかどうか。」
「なんだよー!当主様が言ってるんだから、信用してくれてもいいじゃんか!」
「小島家を悪くはしないという信用はあります。ですが、それと信頼するという事は、些か違う事柄であると推察されますが?」
「うおー!嫌みったらしい!定満のじーちゃんみたいだよ!」
「定満様と同列に見ていただけるのであれば、それは至上の栄誉と言えますね。」
何やらもめているようにも見えるが、最近では見慣れた光景となりつつある。
貞興の無茶を止める為に付けられた、お目付け役とのやり取り。
小島家という、元よりあった家に後継者として養子に入った訳だが、前から残る家柄であれば、それに付き従う者達が居てもおかしくはない。
旧来の小島家用人と、新たに加わった新参者達。
彼らがもめているという話は聞いたことが無いが、もしかしたら貞興の存在によって、不安定ながらもバランスがとれているのかもしれないな。
何せ、小島家で起きるもめ事の中心には、たいてい貞興がいるのだから。
それを諌めたり、止めたりするのに忙しくて、反目しあう暇すら無いのかもしれない。
まあ、イタズラをして怒られる子供を見ているようで、微笑ましくもある。
最後に長尾景信や山本寺定長らの様子を伺う。
気力十分といった様子が見てとれる。
いや、下手をすると気負いすぎではないかとも、見えるが。
彼らは、一門衆と言われる長尾家に連なる者達。
お母様の生まれは長尾景信と同じ血筋だったりと、私にとっても近親者ということになる。
そんな彼らが何故ここまで気負うのか。
簡単に言ってしまえば、権力争いでしかない。
親族同士だとしても、誰が上か決めなければならないという考えが、頭にこびりついているのだろう。
ここで、政景を討てれば、いやが上にも家中での発言力が増すと考えたのだろう。
確かに、それは間違いではない。
私が、彼らの案を採用するかどうかはさておき、私と同族である以上不遇な扱いは避けられる。
まあ、お手並み拝見といったところか。
さて、そろそろ準備は良いだろうか。
この戦に勝てれば、越後を完全に平定することが叶う。
「さあ、行くわよ。」
私が静か目な声で号令をかける。
それに従い、兵達も粛々と動き出す。
後は為すべきを為せばいい。
こうして、長尾政景攻略戦は始まった。
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