殴打
翌日、目を覚ます。
やはり、体は小さなままであり、今起きていることが夢ではなく、現実であると突きつけられる事になった。
相も変わらず小さな手をじっと見つめる。
滑らかな肌をしていることに笑みがでる。
これまでの生活で、肌はボロボロであったのに、予期せずして綺麗な体を得たのだ。
知識のある状態で、この体を得たのだ。
ナチュラルな筋肉をつけながら、綺麗な肌を保つ。
肌の為には多少の運動も大事だ。
汗を流して、汗腺の退化を防がなくてはならない。
越後という雪国であるのなら尚更だ。
体が男で有ることは、もう致し方ない。
でも、今できる最善を尽くして美を求める。
戦国時代真っ只中かもしれないが、一人くらいそんな奴が居たっていいだろう。
粗野な男たちしかいない中で、凛とした涼やかな男がいてもいいはずだ。
まぁ、心は常に女ではあるが。
布団から這い出る。
やはり朝は寒さが身に染みる。
が、この寒さも大事なのだ。
皮膚を引き締める。
鳥肌をたてるというのも大事なのだ。
そう思うことにして、布団を畳み部屋の隅に押しやると、軽く屈伸をしたりストレッチをしたりして体の筋を伸ばす。
そうこうしているうちに、体が温かくなってくる。
火照る程では無いが、これはこれで心地よい。
それからしばらくすると、つやが私の元にやってくる。
朝も早くから何だろう。
「虎千代様、大殿様がお呼びです。」
「父上が?こんな朝早くから?」
「はい。直ぐに呼んでくるように仰られているので、直ぐに支度を。」
「わかったわ。」
父上が私を呼んでいるというが、一体なんの用だろう?
昨日、目が覚めてから真っ先に挨拶に行ったし、特に落ち度は無いと思うんだけど。
軽く声を掛けてくれていたし。
何だかよくわからないが身支度をすると、つやの先導で父上の元へと向かう。
「大殿様。虎千代様をお連れしました。」
「・・・入れ。」
「失礼いたします。」
スッと障子を開けると、つやは私に中に入るように促してくる。
そこには、父上とお母様が座っていた。
両親揃って何の用だろう?
改めて、目を覚ましたことについて、何かあるんだろうか?
「失礼します。お呼びということですが?」
「そこに座れ虎千代。」
「はい。」
「それでは失礼します。」
私が座ると、つやが障子を閉める。
はてさて、いったいどうしたことか?
どうにも父上の機嫌がすこぶる悪い。
それに当てられてなのか、お母様の顔も若干固いように思える。
「さて、何故呼ばれたか分かるか?」
「いえ・・・」
「虎千代、貴様は母の肌を褒めたそうだな。」
「えっ、はい。素直にそう思いましたので。」
「昨日、わしが言った言葉を覚えているか?」
「確か、長尾家の男子として、恥ずかしくないようにせねばならぬ。でしたか?」
私の発言を聞いて、父上はスックと立ち上がり、こちらに向かってくる。
そして、有無を言わせずといった具合に殴り飛ばされる。
咄嗟の事ではあったが、それに対して腕で防御する。
が、やはり子供の細腕。
耐えきれず吹き飛ばされる。
口許を押さえるお母様の姿が見えた。
どうにも防いだのが琴線に触れたのか、吹き飛ばされた私の元に来ると、私の髪の毛をむんずと掴む。
力任せの行動に喘いでいると、掌底に近いビンタが頬に飛ぶ。
そうして私は再び吹き飛ばされる。
その際、ブチブチと髪の毛が抜けるような、切れるような音が聞こえた。
「女の肌を気にする男がいるか!貴様などいらん!直ぐにでも寺に入門せい!」
それだけ言って、部屋から立ち去ってしまう。
これにより、自分の幼い時のトラウマが蘇る。
元の体の時もそうだった。
たまたま父親が、家で空手の道場を経営していた。
ただそれだけの事で、強制的に習わされていた。
何かある度に殴り飛ばされていたものだ。
その反動もあってか、今の私があるのだけれども。
都会に出てからは、一度も実家に帰ることは無かった。
それと同じような、いやそれ以上の理不尽さを感じた。
ただ、母親の肌を褒めた程度で、こんな事になるなど思いもしなかった。
悲しさも浮かぶが、それ以上に怒りが感情を支配した。
「虎千代!大丈夫ですか!」
父上、いや、くそ親父に格下げだあんな奴。
くそ親父が、居なくなった後、お母様が近付いて来る。
そして、床に倒れる私を抱き寄せる。
「ごめんなさい。あなたに褒められたのが嬉しくて、思わず浮かれてしまったのが原因ですね。考えの至らなかった母を許してください。」
「お母様が・・・悪い訳ではありませんよ・・・それにお母様は・・・本当にお綺麗なのですから・・・」
「虎千代!」と何度も呼び掛ける、お母様の声を聞きながら私は意識を手放した。
何か、長尾為景が頭のおかしい人になってる。
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