兄上との会談
姉上に引かれながら、部屋に移動する。
私の後ろを追従するように段蔵がついてくる。
ここで私が討たれたら、全てが水の泡となるからと言っているけど、特に何も無いと思うわよ?
私が無用心過ぎるのかしら。
でも、何となくだけれど、兄上は変な事をするとは思えないのよね。
何せあの兄上ですもの。
部屋に入ると、兄上の他に見覚えのある人物が一人と、見たことの無い人物が一人。
兄上は勿論分かる。
会いに来たわけだし。
ただ、何故あなたがここにいるのかしら?
「お久しぶりです、兄上。」
「うん、息災だったようだね。」
「はい、お陰さまで平穏無事に過ごさせてもらっています。ところで中条殿、何故こちらへ?」
「晴景様に呼ばれましてな。いやはや、どのような話かと思えば景虎様がおいでになると聞きまして。儂も驚いているところです。」
へぇ、白々しい。
よくよく考えれば、兄上が私を排斥しようとしていると言ってきた張本人はこの中条殿だ。
何か裏でこそこそとやっていたんじゃないの?
その辺のところ聞いてみたいところよね。
それに、いくら兄上に呼ばれたからと言って、私の側に付いたはずの中条殿がぬけぬけとやって来るだろうか?
ここにこうしているのが何よりの証拠の気もするわよね。
「さて、晴景。こやつが景虎でよいのか?」
「その通りです、叔父上。」
「叔父上?」
「そうだ。我らの叔父上にあたる高梨政頼殿だ。」
「ふーむ。晴景、お前の言う通りの猛将と申すか、これが。」
「その通りでございます、高梨殿。詳しくは共に戦に出た藤資の方が知っておるかと。」
「ええ、まっこと猛将と呼ぶにふさわしき方でございます。いやいや、それだけではなく知略機略にも優れたお方にて。」
えっ!
何!
急に二人して私を持ち上げて。
兄上に面と向かって誉められると何だか凄い照れる。
そこに乗っかる中条殿も何なの?
それにこの人が私の叔父上?
まあ、会ったことの無い親戚なんてごまんといるでしょうし、それは、まあいいか。
しかし、この値踏みをするような視線は止めて欲しい。
そんなに見られても何も私に変化するような事は無いわよ。
「まあ、そこまで言うのであればそう信じておこう。それで晴景は本当に家督を譲ってしまって良いのだな?」
「ええ、構いません。その為にわざわざ回りくどい事したんですから。」
「ですが、お陰で景虎様に対して反抗的な面々のあぶり出しは成功しましたな。」
「しかし、黒川清実までも反旗を翻すとはね。」
「いや、あれは儂がそうするように頼んだだけでして。景虎様の近くに従う者の中から出れば、潜在的な反抗勢力を見つけやすくなると思いましてな。」
「成る程、計算ずくだった訳だね。いやー、藤資は怖いなぁ。」
なんか目の前で今回の騒動の顛末が語られている。
全ては三人というか、ほとんど中条殿の策略だったって訳?
どんだけ腹の中が黒いか知れたものじゃ無いわね。
それに兄上も。
「それにしても、景虎は優しいな。最後までこちらに兵を向けようとしなかったんだから。いっそのこと、差し向けてくれた方がさっさと終わったのに。」
「そう言われますな。最後の最後まで悩み続けていたご様子ですから。それに、最悪守護様を利用すればなんとでも出来た訳ですから。」
「そうだけど借りを作っちゃった形になるからなぁ。」
「飾りとはいえ、守護なのですから多少は格好をつけさせませんと。」
「うーん。まあ、そういうわけで今日からは景虎が守護代として越後を治めていくように。」
そんな笑顔で締め括られても、困ってしまう。
兄弟合い争う、一触即発の状況のように見せていたけれど、そんなことは実際は全くなく、ただ私に家督を譲るための策略とか誰が思い付くのだというのか。
しかし、何で私に家督を譲ろうと考えたのか?
別に、今までのままだって良かったのではないだろうか?
それこそいちいち揉事にまで発展させなくても、解決できたであろう話だ。
むしろ、巻き添えをくらう事になる関係の無い者達が可哀相じゃないか。
「その顔は、何で当主になるのか理解出来ていないみたいだね。」
「それはそうです。このまま兄上が当主としてやっていけば良い話じゃないですか。」
「これが太平の世であればそれもいいと思うよ?でも今はまだまだ応仁の乱の影響覚めやらず、日ノ本全てで争いが起こっているような状態なんだ。となればより強い者が上に立つのは必要な事だよ。」
「だとしても、兄上の元で私が働けば良い事じゃないですか。」
「景虎は良くても、その下で働く者達はどうかな?そのうちに『晴景を排除して長尾家の実権を景虎に』なんてことに発展しかねないと思うよ。そうなると、今回とは違って本当に家を割ることになるかもしれない。でもそれはどう考えたってダメだろ?」
話を聞いていると言いたいことは分かる。
理解出来る。
でも、理解できるからといって納得出来るとは限らない。
それでも、私の目を一心に見つめながら諭してくる兄上の気持ちも無下には出来ない。
第一、もう私が家督を継ぐという話は決まってしまっている。
これで反故になったら、またどんな騒ぎが起こるかわかったものじゃない。
「分かりました。」
「そうかい?それは良かった。じゃ、そういうことでよろしく頼むね。」
「それでこれから兄上は?」
「そうだねぇ、しばらくはのんびりさせてもらおうかな。こう見えて結構体が弱くてね。まあ、芸事でもしながら悠々と隠居生活をさせてもらうよ。」
「そうなんですか。でも困ったときは助けてくださいよ?」
「助言程度でよければ、それは勿論。」
これまでそう言いながらも家を運営してきたんだ。
その経験は貴重な物であるはず。
栃尾城の運営だけでひーひー言ってるくらいだから、それの範囲がさらに大きくなるとなれば、それこそデスマーチが待っていること請け合いだ。
「ところで、芸事をしたいから隠居する訳じゃ無いですよね?」
「ん?そっ、そんなこと有るわけ無いじゃないかな?そんなことよりも叔父上、それに藤資。これまでの尽力忝なく。」
あ、話反らした。
ようやく守護代就任です。
これでようやく足場が固まってきました。
すでに好き勝手やってる気もしますが。
書き貯めという名の冬眠にしばし入ります。
次話まで一週か二週程度、時間をとるつもりです。
その前に話を上げるかもしれませんが。
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