行く末
「ほう、景虎めは不戦を打ち出したか。」
「ええ、まったく難儀な方です。」
「話を聞く分ではそれもらしいと言えるのか?」
「どうにもお身内にはお優しいようでして。幼き頃より慕っておいででしたからな。」
「黒田の一族を、郎党共々誅滅させた者とは思えぬ仕義ではないか。」
「自らの味方に付く者には恩恵を与えておるようですし、行動にもその二面性が表れているかと。」
「ふむ。しかし、始めてしまった以上後戻りは出来まい。」
「それは勿論。彼の方もそれは重々承知の上でございましょう。」
「となれば、どうする?」
「場を荒らすか、もしくはあの方に出ていただく以外ありますまいな。」
「しかし、そうなればより混乱せぬか?」
「危惧はありますが、余程では無い限りそうはなりますまい。かつてよりも大分力を失っておりますから。」
「輿として持ち上げた時よりもか?」
「お戯れを。」
「クフフフ・・・分かっておるわ。」
◇
私が兄上とは戦はしないと宣言すると、越後国内はそれだけで騒ぎだした。
私に付いていけぬと離反する者、むしろそれこそ家臣の辿る道であると称賛する者などと、大きく分けて二つになった。
これには、それまで私に付き従ってきていなかった者達も含まれていたりする。
良くも悪くも、自らの立場をハッキリとさせる一つの切っ掛けとなったようだ。
元々私の下で働く定満、景家、実乃らは私の元に残った。
さらに揚北衆の面々はほぼ私の元に集まった。
黒川殿などは兄上の側に付いたが。
それだけではない。
お母様のご実家の長尾景信(まだいた別家の長尾!)や直江実綱
に大熊朝秀らもこちらを支持していた。
また、私の叔父にあたる高梨政頼という方も私の側に付いたという。
会ったことも無い人達がこちらに付くのは、中々不思議ではあるが、態度をなあなあにして軍勢に迫られるよりはましなのだろう。
対して、兄上の側には長尾政景などが付いたという。
よもや不戦を訴える私の側に、これ程の勢力が集まるとは思わなかった。
「なんでこんなに集まるのかしら?定満、分かる?」
「恐らくではありますが、戦後の事を考えての事になりましょう。」
「戦後の事って戦いはしないっていってるのに。」
「そうは考えてはいない者が多いのでしょう。現に小競合いは始まっています。晴景様に付いた者達は、少しでも有利になるようにと色々働きかけておるようですな。景虎様に付いた者は、それを受け流しているようですが。田畑での指導にて、豊作になったのも良き方に天秤を傾かせておるようですな。お陰で、民百姓からの支持も厚くなっております。戦をしても負けは無いとなれば、どちらに付けば良いかは明らかですからな。」
「まったく!困ったものよね。」
「いえ、儂からしたら動き出さぬ景虎様も困った物ですがな。まあ、いずれは動かねばならぬ時が来るでしょう。そのときに味方に付いた彼らを見捨てるか、それとも共に立つか。考えたく無くとも、考えておかねばなりますまい。」
釘を刺されてしまった。
考えておかねばならないのかな?
正面から決戦になったとして、私は私の味方に付いた者達を見捨てておけるだろうか。
仮に見捨てれば、越後における混乱は度を深めるだろう。
さらにそのような事になれば、私も無事には済まないかもしれないし、城に残る者達もどうなるか分からない。
しかし、それでもこれまで世話になり続けていた人とぶつかり合うなんて!
私がそう考えていても、事態は勝手に進んでいく。
どこどこで決起したとか、知らぬ間にそれを鎮圧しただとか。
預かり知らないところで、動きが活発になってきている。
私が指示した訳でも無いのに、勝手に名が売れていく。
それに対して定満らに問いただしても、彼らも事の経緯を後から知ったとばかり。
それでも私は戦場に出向こうとは思わなかった。
そんな折り、あの方がやってきた。
越後守護、上杉定実様である。
招いても無いのに、たまにやって来る。
暇なのかしらね?
「息災か?」
「はい、元気に過ごしております。ところで今日はどのような?」
「うむ。どうにもここのところ国が落ち着かんでな。早々にこれを平定してまいれ。」
「と、おっしゃいますと?」
「言わずもがなであろうが!」
さすがに、国が荒れだしているのを見過ごす事は出来なかったというわけだ。
しかし、平定とは穏やかじゃない。
それは、兄上との決別を意味する訳なのだから。
「申し訳ありませんが兄上との戦は避けとうございます。」
「何?」
「何故このような事態になってしまったか、私にも良く分からないのです。」
「ふむ。だが、こうなってしまっていては、どこかおとしどころを探さねばなるまい?」
「それはそうですが。」
少し考えを巡らせた後、悪そうな笑みを浮かべる定実様。
変な事でも思い付いたんじゃ無いでしょうね。
ただの悪人にしか見えないわよ?
「なれば、越後守護である、この上杉定実が仲裁をしてやっても良いぞ?」
「本当ですか!」
「そうじゃ、それがよい。そうなれば我が名も上り、お前達長尾家にとっても実のある話であろう。」
「それは大変良きお考えです。」
これは乾坤一擲、事態をまるっと治める秘策となりそうだ。
私も考えなかった訳じゃない。
でも、下手にこちらから接触すれば、変な勘繰りを受けてより混迷の度合いが増すかもと避けていた。
だが、むこうからやって来てくれた。
これを利用しない手はない。
「是非とも守護様のお力、お貸しください。」
「ふむ。まあ、任せておけ。」
その後、上手く話を取り付けた定実様によって、この対立は治まる事になる。
どこをどうしたら、私が兄上の養子となって家督を継ぐ事になるのか理解出来なかったが。
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