小言
私、景虎直々に取り仕切った親睦会は成功をしたようで、それまでいがみ合っていた者達も、今では会話を交わす中になったようだ。
やはりお酒の力は偉大よね。
飲みニケーションなんてよく言ったものよね。
それなりに収穫があったわけだし、ここは多目に見てくれてもいいと思うのよね。
第一、そのお陰もあって、中条殿とも知り合う事が出来たし。
こちらの陣営に加える事にもなったわけだし。
だから、そんなに怒ることは無いと思うんだけど、どうなのかしらね、定満?
「何を考えているか、何となく読めますが、それとこれとは別問題ですな。」
「また、そんな事を言って!」
「景虎様、ちゃんと理解できているのなら、これはどういう事なのです?」
「それは・・・私の預かり知らない事だわ。」
「ほう・・・では景虎様以外の何者かが、蔵より備蓄を出して振る舞ったと?蕎麦の実ばかりをですか?となれば、その者を捕らえ次第、処罰を与えねばなりませぬ。」
「えーっと、そんなに酷いの?」
「揚北衆との戦となれば、短期間で終わるなどという見通しの甘い考えは捨てるべきでしょうな。それに耐えうるだけの量に、何とか増やす事が出来ていたと自負しますが、それがかなり目減りしています。これでは戦など、とてもとても。」
「それは一大事ね。」
「ええ、ですから厳罰に処さねばなりますまい。」
ここまで怒られるとは思わなかったが、確かにちょっと軽率だったかもしれない。
何をするにも人は、食べなければ生きてはいけない。
特に、戦ともなれば食事をちゃんと取れなければ、士気は駄々下がりになる。
どころか、飢えるばかりで労苦しか得るものが無いとなれば、嫌気が差して兵が逃げ出すかもしれない。
それに、ここで私が知らないと押し通すと、別の誰かが罪に問われるとあっては、しらばっくれる事も出来ない。
おそらく、そのときに標的になるのは、重太か弥太のどちらかであることは想像に難くない。
「分かったわ、私の負け。私が悪かったわ。」
「素直に初めからそう認めれば良いと思うのですがね。」
「いやー、あの剣幕で怒られたらなかなか・・・」
「まあ、実際はそこまで怒ることは無い事ではあるのですがね。」
「どういう事よ?」
「実は、景虎様が持ち出した物資が仕舞われていた蔵の物は、どれも古くなって来ていたので、少しずつ消費していかねばならなかった物ばかりなのですよ。」
「それじゃあ、そんなに怒ることは無かった訳じゃない。」
「何をおっしゃいます。ここで釘を刺さねば、また同じことを繰り返すやもしれません。あなた様は城主であると同時に、古志郡司でもあらせられる訳ですから。この辺一帯をおさえるまで、どれだけ時間がかかるかわからぬ以上、無駄な消費をやめなければなりませぬ。浪費癖などついてしまっては困りますからな。」
「分かったわ。これからは、もう少し相談させてもらうわ。」
「是非に。」
取り敢えず私が非を認めた事で、何とか矛を納めてくれた。
あまり定満を怒られる事をするのは、これからは止めよう。
にしても、一応城主である私を怒る事が出来るなんて、気骨が結構あるのね、定満。
ただ、気を付けないとお目付け役として、ずーっと付きまとわれそうだけど。
定満からの説教が済んだ午後。
私は、ボーッとしていた。
ここのところ、色々忙しくしていたから、それも仕方がない事だと思う。
お昼寝でもしようかしら。
そんな他愛の無いことを考えていると、声がかかる。
この声は重太ね。
部屋に入るように告げる。
「景虎様、お客様がお見えです。」
「お客様?」
「はい。是非にともお会いしたいと。」
「それは、どこの誰よ?」
「本庄実乃様になります。」
「えーっと、誰だっけ?」
「前の栃尾城主に当たります。」
「あれ?私が来たときはいなかったじゃない?」
「本当なら景虎様を迎えるつもりだったようなのですが、どうしても外せぬ急な仕事を、晴景様より申し付けられていたそうで。」
「そうなんだ。じゃ、早速お通しして。」
「かしこまりました。」
しばらくして、重太が一人の男を連れだって、私の元に現れる。
彼が本庄実乃だろう。
私の前まで来ると、平伏する。
「本庄実乃にございます。」
「栃尾城にようこそ。私が景虎です。」
「勿論、存じております。」
「そうなの?何処かでお会いした事ありましたっけ?」
「何度か、春日山城にてお目にかけた事がございます。とはいえ遠くからですから、直接話をした事はございませんな。」
やだ、怖い。
誰が何処で見てるか分からないわね。
何か変な事をしているときでなければ良いのだけど。
「そうだったのね。それで、今日はどういった用件で?」
「はっ、それがしを景虎様の配下に加えていただきたく。」
「それはありがたいけれど、何でまた?」
「止むに止まれぬ事情がございまして、景虎様をお迎えすることは出来ませんでしたが、本来ならばそのまま配下に加わるつもりでした。」
「あら、そうだったの?」
「はい。」
「まあ、いいわ。元々城主であったあなたが来てくれれば、この辺の民も安心することでしょうし。」
「よろしくお願いいたします。」
さて、今人手が増えることは大変にありがたい。
何せ部隊を指揮する将の数がまだまだ少ない。
下手をすれば、明日にも戦に突入するかもしれない訳なのだから。
「では、早速で悪いんだけれど、定満と一緒に政務に励んでもらいたいのだけれど、よろしいかしら。」
「ええ、勿論構いません。」
「本当?それはよかったわ。色々聞きたい事もあるし。」
「ほう、それがしに興味を持っていただけるとは。」
「それはそうよ。適当な帳簿を見たときから、問いただす事が沢山あると考えていたからね。」
「帳簿ですか?」
「そう。この一帯で得られる収入と支出がきちんと記載されていない、形ばかりの物だったからね。さあ、今日はこれから忙しくなるわね。」
「それがし、用を思い出しましたので、これにて。」
「ダーメ、逃がさない。今日は寝かさないわよ。」
その場から逃げ出そうとした実乃の着物の袖をさっと掴み、すぐに逃げ出せないように、緩く拘束する。
さすがに振り払ってまで逃げるつもりは無いようだ。
さて、定満のところに連れていこうかしら。
今日の私は少しねちっこいかもしれないわよ、フフフフフ・・・
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