観光
それから、グラッドと二人で宿へ戻った。
宿に着くと、ローレルから街の観光パンフレットを手渡される。
「ちゃんと精霊文字が読めるようになったか確認するから」
そう言われ、観光パンフレットを使った即席の小テストが始まった。
無事に合格すると、自室へ戻り、その日は床に就いた。
翌朝。
スピレアとの待ち合わせまでは、まだ時間に余裕がある。
先に街へ出て、朝の景色でも眺めてこよう。
そう思って部屋を出ようとした、その時だった。
武器はいらないよな。
今日は街を散策するだけだ。
そう判断して、シロードを部屋に置いたまま宿を後にした。
エヒメアの中心街は、朝早くから活気に満ちあふれていた。
通りの両脇には海の幸や山の幸を並べた露店がずらりと軒を連ね、威勢のいい呼び込みの声があちこちから飛び交う。
炭火の上では魚や貝、串に刺した肉や野菜が香ばしい音を立て、立ち上る煙が食欲を誘っていた。
どうやら、店先で好きな食材を選べば、その場で焼き上げてもらえるらしい。
少し早いが、グラッドに聞いた待ち合わせの広場へ向かった。
すると、すでにスピレアが待っていた。
いつもの旅装束ではない。
幅広の白い帽子に、風に揺れる白のワンピース。
足元も白いローヒールに履き替えていた。
こちらに気付くと、スピレアはぱっと表情を明るくし、小さく手を振る。
「あっ!アスター!」
弾んだ声が広場に響く。
待ちきれなかったと言わんばかりの笑顔に、思わずこちらまで頬が緩んだ。
「お待たせ」
そう声をかけると、スピレアは嬉しそうに駆け寄ってくる。
「ううん! 私も今来たところだよ!」
そう答えた声はどこか弾んでいた。
「どう…かな?」
スピレアは少し照れくさそうにはにかむと、その場でくるりと一回転してみせた。
「よく似合ってるよ」
素直な感想を口にすると、スピレアはぱっと顔をほころばせる。
「えへへ…そうかな?」
頬をほんのり赤く染め、嬉しそうに視線を落として笑った。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
元気よく頷いたスピレアは、弾むような足取りで隣に並ぶ。
二人で露店が立ち並ぶ賑やかな通りへと歩き出した。
「あれなんてどう?」
露店を見て回っていると、みかんジュースを売っている店が目に留まった。
「いいね! 私、買ってくるね!」
スピレアは目を輝かせると、今にも駆け出しそうになる。
「ストップ!」
慌ててその手を掴んで引き止めた。
「えっ? やっぱり、別のお店にする?」
スピレアはきょとんとした表情で振り返る。
「そうじゃなくてさ。今日は俺に任せてよ」
そう言って昨晩グラッドから渡された小包を取り出した。
「えっ…?」
スピレアは驚いたように目を丸くする。
「もしかして…剣、売っちゃったの…?」
スピレアは恐る恐る尋ねてくる。
「違う!」
即座に否定した。
「昨晩、グラッドからお小遣いって渡されたんだ」
本当は、自分で用意したみたいに格好つけたかった。
でも、そんな嘘はすぐにばれる気がして、正直に話すことにした。
「そっか…良かったぁ」
スピレアはほっと胸を撫で下ろし、心から安心したように微笑んだ。
「俺のこと、何だと思っているんだよ…」
少しだけ恨めしそうな目を向けると、
「ごめんね」
スピレアは申し訳なさそうに肩をすくめた。
そして、すぐにいつもの明るい笑顔へ戻る。
「じゃあ、お言葉に甘えて…今日はお願いします!」
ぺこりとお辞儀をすると、嬉しそうに微笑んだ。
「おじさん、この飲み物を二つお願いします!」
「あいよ!」
代金を渡すと、店主は二つのガラスのコップを手渡してくれた。
中には鮮やかな橙色のみかんが細かく削られて詰まっており、スプーンが一本ずつ刺さっている。
どうやら、ジュースではなくシャーベットだったらしい。
「はい」
片方をスピレアへ差し出す。
「ありがとう!」
嬉しそうに笑いながら受け取ってくれた。
「お客さん、そこのベンチでゆっくり食べていきな。食べ終わったらコップだけ返してくれればいいよ」
店主は露店の前に置かれた二、三人掛けほどの木製のベンチを指差した。
「ありがとうございます」
店主に礼を言い、スピレアと並んでベンチへ腰を下ろす。
さっそくスプーンですくって口へ運んだ。
ひんやりと冷えたみかんの果肉が舌の上でほろりとほどける。
濃厚な甘みが口いっぱいに広がり、そのあとを爽やかな酸味が駆け抜けていく。
さっぱりとしていて朝にはぴったりの一品だった。
「おいしいね!」
スピレアは目を輝かせながら、夢中でシャーベットを頬張っている。
「そうだね。おいしいね」
思わず頷く。
…ただ、この食べ物には一つだけ問題がある。
おいしすぎて、つい次の一口が止まらなくなることだ。
こんなに冷たいものを勢いよく食べ続けたら、どうなるかくらい想像はつく。
だから、少しずつ味わうように食べ進めることにした。
ふと隣を見る。
スピレアは両手で頭を押さえ、小さく体を丸めていた。
「…何してるの?」
理由はだいたい予想できたが、一応聞いてみる。
「…あ、頭がぁ…」
スピレアは涙目になりながら、か細い声を絞り出した。




