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第3話:02:00 - 台北の決断と、東京の言葉遊び

【2026年6月20日 02:00 - 台湾・台北 総統府地下バンカー(衡山指揮所)】

 巨大な地下空間に設けられた衡山指揮所のメインスクリーンは、その半数がブラックアウトするか、ノイズにまみれていた。中国人民解放軍・戦略支援部隊による飽和的なサイバー攻撃は、台湾全土のネットワークを寸断しつつあった。

「総統! 桃園とうえん国際空港の滑走路に着弾! 続いて新竹しんちくの空軍基地にも複数発の東風(DF)ミサイルが命中しました! 敵の第一波攻撃により、我が方の防空レーダー網の約30%が機能不全に陥っています!」

 けたたましく鳴り響く警報音の中、台湾総統は血の気の引いた顔で報告を聞いていた。

「被害状況の把握を急げ。スクランブル発進したF-16Vとミラージュの部隊は無事か?」

「第一波が着弾する直前に離陸し、空域での待機に成功しています。しかし、地上の管制システムが麻痺しているため、データリンクが不完全です。現在は各機が独立して中国空軍のJ-20およびJ-16編隊との空戦に突入しつつあります」

「……なんとか持ち堪えてくれ」

 総統は祈るように呟いた。緒戦における航空優勢(制空権)の確保は、台湾防衛の生命線だ。空を奪われれば、次は海から無数の揚陸艦が押し寄せてくる。

「アメリカからの通信は復旧したか?」

「はい、暗号化された軍事衛星回線をバイパスして、ホノルルのインド太平洋軍司令部と接続を維持しています。米軍は既に第7艦隊と空母打撃群に展開命令を下しました。しかし……」

 通信士官が言い淀んだ。

「しかし、なんだ。言え」

「在日米軍基地からの航空支援が、想定より大幅に遅れる見込みです。日本政府が『戦闘行為への直接的な加担を避けるため』という理由で、米軍機の弾薬搭載や燃料補給といった基地のフル稼働に対して、国内法を盾に難色を示しているとのことです」

「……あの馬鹿どもめ!!」

 総統は、怒りのあまり机を力一杯殴りつけた。

「自分たちの庭先で火事が起きているのに、まだ水撒きの許可証を要求しているのか! 日本の政治家は、台湾が落ちれば明日は自分たちの番だということが分からないのか!」

 総統の怒声が地下バンカーに響き渡る。だが、怒ったところで弾薬は増えず、空の敵機は減らない。

「総統、このままでは正規戦の維持は困難です」国防部長が沈痛な面持ちで進言した。「『プランB』への移行を決断する時です」

 プランB。それは台湾軍の各部隊を中央集権的な指揮系統から切り離し、分散・潜伏させ、ゲリラ的な非対称戦へと移行させる作戦だ。被害は市街地にも及び、多くの民間人が巻き込まれることを意味する。

 総統は深く目を閉じ、放置できない現実を前にして、目を見開いた。その瞳には、国家指導者としての悲壮な覚悟が宿っていた。

「全軍に布告せよ。これより我が軍は『分散抗戦フェーズ』へ移行する。各ミサイル部隊、機甲部隊は予定された退避壕及び山間部へ分散。通信が途絶した場合、各指揮官の裁量における交戦を許可する。我々は最後の一兵、最後の一滴の血が流れるまで、この島を北京の現体制に売り渡すことはない。……台湾に栄光あれ」

【2026年6月20日 02:20 - 日本・東京 首相官邸 地下危機管理センター】

 台湾の空で戦闘機が火ダルマになって墜落し、パイロットたちが命を散らしている正にその時刻。日本の最高意思決定機関である首相官邸地下は、絶望的なまでの「平和」に包まれていた。

「だから! 『侵略』という言葉は絶対にダメです!」

『立憲民政党』から入閣した白いスーツに身を包んだ、ショートカットの女性有力幹部――その鋭い声と威圧的な態度は、かつて国会で官僚を震え上がらせた「仕分け」の時代から何も変わっていなかった――が、外務省の官僚が持ってきた親書の草案をバンッと机に叩きつけた。

「いいですか? まだ中国側が『台湾を制圧する』と公式に声明を出したわけではないんですよ? それなのに日本が勝手に『侵略』だの『武力行使』だのという言葉を使って抗議したら、中国のメンツを潰すことになるじゃないですか! ここは『遺憾な物理的摩擦』程度に留めておくべきです!」

「遺憾な物理的摩擦って……」

 統合幕僚長が、魂の抜けたような声で呟いた。

「今この瞬間にも、台湾に弾道ミサイルが着弾しているんですよ。自衛隊のレーダーでもはっきりと航跡を捉えています。これは疑いようのない軍事侵攻です」

「あなたたちは黙っていなさい!」女性幹部が統幕長を指差す。「軍人が勝手に政治の言葉に口出ししないでください! シビリアン・コントロールの危機ですよ!」

「そうです! 彼女の言う通りだ!」

 今度は、『令和新風会議』から連立入りを果たした、元俳優の熱血党首が、大裟な身振り手振りで立ち上がった。

「戦争なんてねぇ! 一部の軍産複合体と、金持ちのエリートが儲かるだけの茶番なんですよ! 台湾でミサイルが飛ぼうが何が起きようが、日本には関係ない! 自衛隊を動かして中国を刺激して、日本が巻き込まれたらどうするんですか! それより消費税ゼロ! ガソリン税ゼロ! 季節ごとの給付金! 今苦しんでいる日本の生活者を守るのが先でしょうが!」

 元俳優の党首は、眼鏡の奥の目を細めた首相の方へ身を乗り出した。

「総理! 中国の国家主席に直接電話して、『俺たちはアメリカの戦争ビジネスには付き合わない。日本は絶対に戦争しないから仲良くしようぜ』って言えば済む話なんですよ! 対話! 愛と平和の対話ですよ!」

「うーん……たしかに、両党の意見も一理ありますな」

 日本国の総理大臣たる彼は、顎に手を当てて深く頷いた。持ち前のねっとりとした論理的(に見える)口調で語り始める。

「我々は『対話による平和構築』を政権の最大の柱として掲げております。ここで軽挙妄動に走り、自衛隊の警戒レベルを上げれば、中国側に『日本は敵対的である』という誤ったシグナルを送りかねない。これは非常に危険だ。ここはやはり、遺憾の意を表明するための『談話』を練り直しましょう。外務省、中国の立場にも配慮した、刺激の少ない文面で早急に草案を出しなさい。対話の窓は、常に開いておかねばならないのです」

「……Oh, my f**king god」

 部屋の隅のオブザーバー席。エマニュエル駐日米国大使は、ついに頭を抱えて英語で罵倒を漏らした。

(こいつら、全員狂っている……! 同盟国のすぐ隣で戦争が始まり、自国の領土の目と鼻の先に敵艦隊が迫っているというのに、予算の愚痴とポピュリズムの演説会だと!?)

 大使は血走った目で日本の首相を睨みつけた。

「ミスター・プライムミニスター。中国のミサイルが台湾に着弾しています。これは演習ではない。実戦です。日米安保条約に基づき、直ちに在日米軍への後方支援態勢の構築を――」

「あー、大使」白いスーツの女性幹部が冷たく言い放つ。「日本は平和国家です。アメリカの勝手な戦争ゲームに日本を巻き込まないでください。そもそも、中国を怒らせたのはアメリカが台湾を煽ったからでしょう? 日本は『完全中立』を宣言すべきです」

「完全……中立, だと?」

 大使の顔から表情が消えた。もはや怒りを通り越し、完全な絶望がそこにあった。

【2026年6月20日 02:40 - 沖縄県・与那国島及び石垣島】

 東京の政治家たちが「国民の睡眠」を気にかけている頃、与那国島と石垣島の住民たちは、すでに異変に気づき始めていた。

 島の西側の空が、異常なほどに赤いのだ。

時折、雷のような重低音が海を渡って窓ガラスをビリビリと震わせる。

「おい、なんだあの光……台湾の方角だぞ」

 港で夜釣りに出ようとしていた漁師たちが、海面を照らす不気味な閃光を見て立ちすくんでいた。

与那国町役場には、住民からの問い合わせの電話が殺到していた。しかし、町長が内閣府や沖縄県庁に問い合わせても、「現在、事実関係を調査中です。落ち着いて自宅で待機してください」という、録音音声のような官僚的な返答しか返ってこない。Jアラートの不気味な沈黙が、逆に住民の恐怖を煽っていた。

自衛隊与那国駐屯地。

沿岸監視隊の基地司令は、双眼鏡で真っ暗な海上に浮かび上がる多数の艦影を見つめ、ギリッと奥歯を噛み締めていた。

「中国海軍・第72集団軍の揚陸艦隊……距離わずか40キロ。我が国の接続水域を我が物顔で通過中。さらに上空には多数の所属不明機」

「司令、官邸からは依然として『動くな』との命令です。県からの避難指示も出ていません」

副官が悔し涙を浮かべながら報告する。

司令は少しの間目を閉じ、実戦の気配を前にして、静かに目を開けた。

「……防衛出動が下令されない以上、我々は軍事行動をとれない。しかし、島民の命を見殺しにすることは自衛官の法理以前に、人間の道義に反する」

「司令?」

「駐屯地の防災無線と、町役場のスピーカーを連動させろ。私が直接アナウンスする」

「しかし、それは越権行為です! 官邸に知れれば、命令違反で軍法会議……いえ、懲戒免職は免れません!」

「構わん。私のクビ一つで島民の命が助かるなら安いものだ。繋げ!」

数分後、与那国島と石垣島の一部に、夜の静寂を切り裂くように自衛隊のスピーカーから放送が響き渡った。

『――島民の皆様、こちらは自衛隊です。台湾方面において大規模な軍事衝突が発生している模様です。直ちに頑丈な建物、または地下へ避難してください。窓から離れ、決して海岸には近づかないでください。繰り返します――』

それは、国に見捨てられた最前線の島において、現場の人間が放ったギリギリの抵抗だった。

【2026年6月20日 02:50 - 中国・北京 中南海 中央軍事委員会作戦室】

北京の作戦室では、次々と入る戦果報告に歓声が上がっていた。

「主席! 第一波のミサイル攻撃により、台湾の主要な防空レーダーの無力化に成功。現在、我が軍の揚陸艦隊は台湾海峡の中間線を突破し、台湾本島西海岸へ向けて順調に航行中です」

作戦参謀の報告に、中国の絶対的指導者である国家主席は満足げに頷いた。

「米軍の動向はどうだ?」

「ハワイのインド太平洋軍が動き始めました。空母『ロナルド・レーガン』及び『カール・ヴィンソン』の打撃群が、台湾東部海域へ向けて急速展開中です。予想より動きが早いですが、我々の『DF-21D(空母キラー)』の射程に誘い込む準備はできています」

「うむ。して、日本の自衛隊は?」

作戦参謀は、一瞬だけ呆れたような、そして嘲笑を含んだ顔になった。

「……無反応です。与那国島の部隊が独自の判断で島民に避難を呼びかけているようですが、自衛隊全体としては全く動いていません。東京の防衛省の動きも完全に停止しています。どうやら、日本の現政権は本気で『これはただの摩擦だ』と思い込みたいようです」

「ハッハッハッハッ!!」

軍の最高幹部の一人がたまらず吹き出した。

「連中、本当に『平和憲法』とやらで我々のミサイルを防げると思っているのか! 豚の方がまだ危機感を持っているぞ!」

「放置しておけ」国家主席は冷笑しながら手を振った。「愚かな理想主義者どもは、自分たちのベッドが燃え上がるまで夢を見させておけばいい。我々の真の敵はアメリカのみ。全火力を台湾とアメリカ軍に集中させよ。夜明けまでに、海岸線に橋頭堡を築くのだ!」

2026年6月20日 03:00。

開戦からわずか3時間。日本の沈黙を嘲笑うかのように、中国軍の第一陣が台湾の海岸線へとその牙を剥こうとしていた。

※本作はIFシミュレーションであり、実在の団体・個人・国家に対しての誹謗中傷を目的としたものではありません。

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