第2話:01:00 - 炸裂するサイバー空間と、官邸の喜劇
【2026年6月20日 01:00 - 台湾・新竹市沖合 台湾海軍哨戒艦】
台湾海峡の黒い波を切り裂きながら進む台湾海軍の哨戒艦「錦江」。その艦橋は、突如として降りかかった不可解な現象によって大混乱に陥っていた。
「艦長! レーダーシステムに異常発生! 画面が完全にフリーズしています!」
「なんだと!? 再起動しろ!」
「ダメです、コンソールが一切の入力を受け付けません! 通信システムもダウン。衛星とのリンクが切断されました!」
艦長の顔に冷や汗が伝う。ただの機器の故障ではない。これは明らかに、国家レベルの高度なサイバー攻撃だ。
中国人民解放軍の戦略支援部隊――サイバー・電子戦を統括する部隊が、物理的な攻撃に先立って「見えない第一撃」を放ったのだ。台湾の軍事ネットワークだけでなく、民間インフラ、送電網、交通管制システムに至るまで、事前に仕込まれていた無数のマルウェアが一斉に牙を剥き始めていた。
「手動で操艦しろ! 沿岸部の防空ミサイル部隊へ視覚信号で――」
艦長が指示を飛ばそうとしたその瞬間、真っ暗な海峡の水平線の彼方から、夜空を切り裂くような無数のオレンジ色の閃光が立ち昇った。
それは、中国大陸沿岸部に展開するロケット軍から発射された、短距離弾道ミサイル「東風(DF)15」と巡航ミサイルの群れだった。
「……神よ」
艦長が呟いた数秒後、新竹市の郊外にある空軍基地や防空レーダーサイトの方向で、連続して巨大な火柱が上がり、遅れて腹の底を揺るがす重低音が海上にまで響いてきた。
2026年6月20日 01:05。
ついに、台湾への物理的攻撃が開始された。
【2026年6月20日 01:15 - 日本・東京 首相官邸 地下危機管理センター】
台湾が火の海に包まれようとしている正にその時、日本の首相官邸地下のNSC(国家安全保障会議)ルームは、まるで場末の討論番組のような異様な空気に包まれていた。
「総理! 台湾方面で複数の飛翔体の発射を確認! さらに台湾全土で大規模な通信障害と停電が発生している模様です。これは明らかに中国による武力侵攻の開始です!」
統合幕僚長が血相を変えて立ち上がり、テーブルを叩くようにして報告した。その声には、武官としての悲痛な危機感が込められていた。自衛隊の南西諸島の部隊は、すでに攻撃圏内に入っているのだ。
「直ちに自衛隊に『防衛出動』の待機命令を! 最低でも南西諸島の部隊の警戒レベルを『フェーズ3』に引き上げ、島民の避難準備を指示してください!」
「えー……統幕長、落ち着いていただきたい」
眼鏡の奥の目を細めた首相は、手元の資料をペラペラとめくりながら、特有のねっとりとした口調で答えた。
「飛翔体、と言いましてもね。それが本当に台湾を標的にしたものなのか、あるいは単なる演習の流れ弾なのか。その辺りの事実関係の確認が、まずは急務であります。仮定の話に基づいて自衛隊を動かすことは、シビリアン・コントロールの観点からも慎重にならざるを得ない」
「総理、悠長なことを言っている場合では――」
「ちょっと待ってください!」
統幕長の言葉を遮るように、鋭く甲高い声が響いた。声の主は、白いスーツに身を包んだ、ショートカットの女性議員だった。かつて最大野党の顔として「事業仕分け」で猛威を振るい、現在は『立憲民政党』から連立政権に入閣している有力幹部である。彼女は人を射抜くような目で統幕長を睨みつけた。
「飛翔体って、ただの打ち上げ花火かもしれないじゃないですか! それを『攻撃だ』『侵攻だ』なんて、あなたたち自衛隊が勝手に危機感を煽って、予算を分捕ろうとしているんじゃないですか!? そもそも、私たちがお約束した『防衛費の大幅カット』、まだ完全には実行されていませんよね! その言い訳を作るための、防衛省の自作自演じゃないでしょうね!?」
「なっ……! 前線では今この瞬間も、命の危機に晒されている人間がいるんですよ!」
「証拠はあるんですか!? 台湾が攻撃されたという客観的証拠を出しなさいよ! 2位じゃダメなんですかじゃなくて、正確な情報がないのに動くのがダメなんですよ!」
「そうだそうだ! 全くその通りだ!」
白いスーツの女性に同調して、今度は大きな身振り手振りで立ち上がった男がいた。『令和新風会議』から連立入りを果たした、元俳優の熱血党首である。彼は演説でも打つかのように、胸を張って持論を展開し始めた。
「戦争なんてねぇ! 一部の軍産複合体と、金持ちのエリートが儲かるだけの茶番なんですよ! 台湾でミサイルが飛ぼうが何が起きようが、日本には関係ない! 自衛隊を動かして中国を刺激して、日本が巻き込まれたらどうするんですか! それより消費税ゼロ! ガソリン税ゼロ! 季節ごとの給付金! 今苦しんでいる日本の生活者を守るのが先でしょうが!」
元俳優の党首は、首相の方へ身を乗り出した。
「総理! 中国の絶対的指導者である国家主席に直接電話して、『俺たちはアメリカの戦争ビジネスには付き合わない。日本は絶対に戦争しないから仲良くしようぜ』って言えば済む話なんですよ! 対話! 愛と平和の対話ですよ!」
「うーん……たしかに、両党の意見も一理ありますな」
首相は顎に手を当てて深く頷いた。
「我々は『対話による平和構築』を政権の最大の柱として掲げております。ここで軽挙妄動に走り、自衛隊の警戒レベルを上げれば、中国側に『日本は敵対的である』という誤ったシグナルを送りかねない。これは非常に危険だ。ここはやはり、遺憾の意を表明するための『談話』を練り直しましょう。外務省、中国の立場にも配慮した、刺激の少ない文面で早急に草案を出しなさい。対話の窓は、常に開いておかねばならないのです」
「……Oh, my f**king god」
部屋の隅のオブザーバー席。かつてシカゴ市長も務めた駐日米国大使は、ついに頭を抱えて英語で罵倒を漏らした。
(こいつら、全員狂っている……! 同盟国のすぐ隣で戦争が始まり、自国の領土の目と鼻の先に敵艦隊が迫っているというのに、予算の愚痴とポピュリズムの演説会だと!?)
大使は血走った目で日本の首相を睨みつけた。
「ミスター・プライムミニスター。中国のミサイルが台湾に着弾しています。これは演習ではない。実戦です。日米安保条約に基づき、直ちに在日米軍への後方支援態勢の構築を――」
「あー、大使」白いスーツの女性幹部が冷たく言い放つ。「日本は平和国家です。アメリカの勝手な戦争ゲームに日本を巻き込まないでください。そもそも、中国を怒らせたのはアメリカが台湾を煽ったからでしょう? 日本は『完全中立』を宣言すべきです」
「完全……中立、だと?」
大使の顔から表情が消えた。もはや怒りを通り越し、完全な絶望がそこにあった。
【2026年6月20日 01:40 - 沖縄県・与那国島 自衛隊沿岸監視隊】
台湾からわずか110キロに位置する与那国島。
自衛隊の沿岸監視レーダーサイトでは、隊員たちが信じられない光景を前に凍りついていた。
「……台湾本島のレーダーサイトから、次々とロストの報告。ミサイル攻撃を受けている模様。さらに――」
レーダー画面を注視していた隊員の顔が青ざめる。
「方位2-7-0から接近する水上目標、多数! 中国海軍のミサイル駆逐艦および揚陸艦の編隊です! 距離、すでに我が国の接続水域ラインを越えようとしています!」
さらに最悪なことに、通信機器から激しいノイズが鳴り響き始めた。
「広帯域での強力な電波妨害を受けています! 中国の電子戦機によるものです。外部との通信が極めて不安定になっています!」
現場の指揮官は血を吐くような思いで受話器を握りしめた。
「市ヶ谷! 官邸からの指示はどうなっている!? 敵はもう目と鼻の先だ! いつでも迎撃態勢を取れるよう、武器使用基準(ROE)の緩和と防衛出動の命令を!」
しかし、ノイズ混じりの回線から聞こえてきたのは、冷酷なまでに事務的な指示だった。
『……官邸からの指示は、「情報収集を継続し、一切の挑発行動を慎め」とのことです。いかなる理由があろうとも、こちらから火器管制レーダーを照射することは固く禁じます。繰り返す、一切の挑発行動を慎め』
「ふざけるなッ!」
指揮官は思わずコンソールを殴りつけた。
「目隠しと手錠をされたまま、敵の前に突っ立ていろというのか! 島民はどうなる!? まだ何の避難指示も出ていないんだぞ!」
窓の外、与那国島の静かな夜の空に、遠く台湾方面から微かな閃光が瞬くのが見えた。
Jアラートは、鳴らない。
平和ボケした政治家たちが「刺激しない」ためにシステムを止めているのか、それともサイバー攻撃で完全に無力化されたのか。もはや現場の自衛官たちには知る由もなかった。ただ、確実に「死」が近づいてくる足音だけが聞こえていた。
【2026年6月20日 01:50 - アメリカ・ワシントンD.C. ホワイトハウス 地下シチュエーションルーム】
日本の状況とは対照的に、ワシントンのシチュエーションルームは研ぎ澄まされた冷徹な緊張感に包まれていた。
「大統領。台湾の通信インフラの70%がダウン。中国軍の第一波ミサイル攻撃により、台湾空軍の滑走路の一部が破壊されました。現在、中国の揚陸艦隊が台湾海峡を東進中です」
国家安全保障担当補佐官の報告を受け、大統領は眉間を揉んだ。
「日本の様子はどうだ。米軍の出撃に対する事前協議と、自衛隊による後方支援の準備は進んでいるか?」
その問いに、国務長官がひどく苦い顔で答えた。
「……駐日大使からの暗号通信によりますと、日本の首相は現在、連立与党の反戦派議員たちの説得に時間を費やしているとのことです。彼らは防衛出動どころか、中国の行動を『攻撃』と認定することすら拒否しており、中国の国家主席に『対話を求める親書』を送る文面を検討している、と」
シチュエーションルームが、しんと静まり返った。
軍の制服組トップである統合参謀本部議長が、信じられないというように首を振る。
「……正気か? 隣の家が燃えて放火魔が近づいているのに、消防車を呼ばずに放火魔にラブレターを書いているというのか?」
「それが、現在の日本の『民主主義』の導き出した答えのようです」
大統領は深くため息をつき、そして鋭い眼光を取り戻して立ち上がった。
「Jesus. 日本は終わったな。あの国をアテにするな。これ以上の無駄な説得は時間の浪費だ」
「大統領?」
「インド太平洋軍司令官に直接命令を下す。第7艦隊および空母打撃群は、日本政府の許可を待つ必要はない。直ちに台湾の防衛支援のために展開せよ。沖縄の嘉手納基地および横須賀の部隊に対しても、自衛隊の支援は期待せず、自前で基地防衛と兵站を確保するよう伝えろ。我々は単独で動く」
大統領は机に手をつき、モニターに映る極東の地図を睨みつけた。
「日本が『お花畑』の中で眠り続けたいと言うなら、勝手に寝かせておけ。我々は現実を戦う」
作中時間、02:00まであとわずか。
日本の指導者たちが空虚な言葉遊びに興じている間にも、時計の針は容赦なく世界を破滅へと進めていた。
※本作はIFシミュレーションであり、実在の団体・個人・国家に対しての誹謗中傷を目的としたものではありません。




