第21話:20:00 - 闇夜の降下と、斬首の凶刃
【2026年6月20日 20:05 - 台湾・台北市上空】
電力が一部ダウンし、不気味な薄暗さに包まれた台北市の夜空に、重低音のローター音が地鳴りのように響き渡った。
バシー海峡を迂回し、台湾山脈の谷間を縫うようにして超低空で侵入してきたのは、中国人民解放軍の特殊作戦部隊を乗せた「Z-20」多用途ヘリコプターと、護衛の「Z-10」攻撃ヘリコプターからなる大編隊であった。
彼らの目標はただ一つ。台北市中心部に位置する総統府の物理的制圧と、台湾総統の「斬首(暗殺)」である。
「作戦目標、総統府および周辺の官庁街。これより降下を開始する。抵抗する者はすべて射殺せよ」
特殊部隊の指揮官が、暗視ゴーグルを下ろしながら冷徹に命じた。
中国軍にとって、海や空での損耗は想定を遥かに超えていた。しかし、戦争の勝敗は最終的に「政治的妥結」によって決まる。もし台湾の総統府を占拠し、最高指導者を拘束してテレビカメラの前で「無条件降伏」を宣言させれば、アメリカも日本も戦う大義名分を失い、軍を引かざるを得なくなる。
このヘリボーン部隊は、中国の国家主席が放った、一発逆転の「死の凶刃」であった。
「敵ヘリ編隊、接近! ケタガラン大道の上空です!」
総統府の屋上や周辺のビルに陣取っていた台湾軍の防空部隊が、迫り来る黒い影に向けてFIM-92「スティンガー」携帯式防空ミサイルを次々と構えた。
「撃てぇッ!!」
シュガァァァァッ!
ビルの屋上から放たれたスティンガーミサイルが夜空を切り裂き、中国軍のヘリコプター数機に直撃する。火ダルマになったヘリが台北市内の道路へと墜落し、凄まじい爆発を起こした。
しかし、中国軍のZ-10攻撃ヘリは即座に機関砲とロケット弾で反撃を開始した。
台湾兵たちが隠れているビルの屋上や窓が、圧倒的な火力によって次々と吹き飛ばされていく。コンクリートの破片と血しぶきが舞い、防空網に穴が開いたその隙を突き、Z-20ヘリの編隊が総統府前の広場(ケタガラン大道)や二二八和平公園へと強行着陸を行った。
バラバラバラッ! と、ロープを伝って漆黒の戦闘服に身を包んだ中国の精鋭特殊部隊員(およそ数百名)が次々と地上へ降下する。彼らは自動小銃を乱射しながら、総統府の頑丈な正門へと殺到していった。
【2026年6月20日 20:20 - 台湾・台北 総統府地下バンカー(衡山指揮所)】
「総統! 敵の特殊部隊が総統府周辺に降下! 地上の憲兵隊と激しい銃撃戦に突入しています! 第一防衛線が突破されるのは時間の問題です!」
地下の衡山指揮所に、地上からの絶望的な報告が響き渡った。
天井からは爆発の衝撃でパラパラと土埃が落ちてきている。海上の艦隊戦とは違い、敵の歩兵が文字通り「頭上」にまで迫ってきているのだ。
「総統、ここは危険です! さらに地下の秘密通路から、郊外の予備指揮所へ脱出してください!」
国防部長が、血相を変えて台湾総統に迫った。
「ダメだ」
総統は、机に両手をつき、毅然とした顔で首を振った。
「ここで私が首都から逃げ出せば、前線で命を懸けて戦っている兵士たちと、市民の士気は完全に崩壊する。日本の政治家たちのように、逃げて身を隠したところで国は守れないのだ」
「しかし! 敵の狙いは総統の命そのものです! あなたが捕まれば、台湾は政治的に終わります!」
「だからこそ、私はここに残る」
総統の瞳には、死を恐れない指導者としての強靭な意志が宿っていた。
「憲兵隊に伝えろ。一歩も引くな。総統府を要塞化し、最後の一人になるまで徹底抗戦せよと。……我々は、民主主義の砦を血で守り抜く」
【2026年6月20日 20:35 - 新宿区市ヶ谷・防衛省 地下中央指揮所】
台湾の首都が戦場と化しているという事態は、海底ケーブルのバイパス通信を通じて、市ヶ谷の大本営(地下指揮所)にも伝えられていた。
「中国軍が台北市街へヘリボーン降下! 台湾の総統府が包囲されています! 現在、近接戦闘(CQB)の真っ只中とのこと!」
『国民民主連盟』の代表は、ホログラムモニターに映る台北市街の地図を見て、顔を青ざめさせた。
「ば、馬鹿な! あそこには数百万の民間人がいるんだぞ! そのど真ん中に特殊部隊を降下させるなんて……!」
「なりふり構っていられないということでしょう」『国政参画党』の代表もギリッと歯ぎしりをした。「中国は、総統の首を取ることでこの戦争を『強制終了』させる気だ」
『国民民主連盟』の冷静沈着な幹事長は、口元に手を当て、鋭い思考を巡らせていた。
(……まずい。台湾軍がどれほど奮戦しようとも、総統府が陥落し、台湾のトップがテレビで「降伏」を強いられれば、米軍も我々自衛隊も、国際法上「台湾を助ける」という大義名分を失う。それは、我々の敗北を意味する)
幹事長は振り返り、統合幕僚長へ向かって素早く命じた。
「統幕長。台湾の総統府を守るための、即応可能なアセットはありますか?」
「市街地での近接戦闘です。我が国の護衛艦からのミサイル支援や、戦闘機による空爆は、台湾の民間人や総統自身を巻き込むため不可能です」
統幕長は悔しそうに首を振った。
「自衛隊の『特殊作戦群』を派遣するにも、空域が不安定すぎて輸送機が入れません」
「……ならば、アメリカの『闇の力』を借りるしかない」
幹事長は、米軍との直通通信ライン(秘匿回線)のスイッチを押し、沖縄・嘉手納基地の米軍特殊作戦コマンドへと直接呼びかけた。
「こちら日本の『大本営』幹事長。嘉手納の米空軍第353特殊作戦群に告ぐ。……台湾の総統府が落ちかかっている。君たちの『ゴースト』を出してくれ」
【2026年6月20日 20:45 - 台湾・台北市上空(高度5000メートル)】
総統府周辺で激しい銃撃戦が繰り広げられる台北市の上空。
中国のヘリコプター部隊が制圧したと思われていた空域のさらに上、高度5000メートルの暗闇の中を、音もなく旋回する巨大な機影があった。
アメリカ空軍の「AC-130J ゴーストライダー」地上制圧用ガンシップである。
ミサイル攻撃を受けた嘉手納基地の予備滑走路から、日本の幹事長の要請を受けるよりも前に、極秘裏に離陸していたのだ。
『こちらスプーキー1。ターゲットエリア上空に到達。……眼下に中国軍の特殊部隊を確認。総統府の正門を突破しようとしている』
赤外線センサー(FLIR)のモニターを見つめる火器管制官が、淡々と報告する。
『日本の自衛隊から送られた「敵味方識別データ」と照合。台湾軍との距離はわずか数十メートル、ミサイルでは巻き添えが出る』
『了解した』機長のくぐもった声がヘッドセットに響く。
『これより「外科手術」を行う。105mm榴弾砲、および30mm機関砲、射撃用意』
【2026年6月20日 20:50 - 台湾・台北市 総統府前広場】
「押し込め! 手榴弾を投げろ! 中にいる総統を引きずり出せ!」
総統府の正門に取り付いた中国の特殊部隊員たちは、勝利を確信していた。台湾憲兵隊の抵抗は激しかったが、圧倒的な火力と訓練度の差で、すでに防衛線は崩壊寸前であった。
彼らが総統府の重厚な扉に爆薬を仕掛けようとした、まさにその時。
――ズズズズズズズズズズズズッ!!!!
上空の暗闇から、神の怒りのような「光の滝」が降り注いだ。
AC-130Jガンシップから放たれた30mm機関砲の徹甲焼夷弾が、総統府の建物をミリ単位で避けながら、正門前の広場に密集していた中国軍特殊部隊だけを完璧に削り取っていったのだ。
「な、なんだ!? 空から……ギャアアアッ!」
続いて、ドガァァァン!! と105mm榴弾が、広場にホバリングして待機していた中国軍のZ-20ヘリコプターの頭上へ直撃。数トンの鋼鉄の塊が一瞬でスクラップへと変わり、炎を上げて吹き飛んだ。
「空だ! 上空に米軍のガンシップがいるぞ!!」
「退避しろ! 撃ち下ろされる!」
パニックに陥った中国の精鋭部隊は、空からの容赦のない「鉛の雨」の前に、為す術もなくミンチにされていく。AC-130Jのコンピューター制御された精密射撃は、友軍である台湾兵を一切巻き込むことなく、ピンポイントで中国兵だけを的確に排除していった。
「……助かったのか」
総統府の窓からその光景を見ていた台湾軍の憲兵たちは、空に向かって涙を流しながら祈りを捧げた。
日本の大本営の機転と、米軍の圧倒的な制圧火力が、台湾の命脈を再びギリギリのところで繋ぎ止めたのだ。
【2026年6月20日 21:00 - 中国・北京 中南海 中央軍事委員会作戦室】
「台北への降下部隊、壊滅! 米空軍のガンシップによる攻撃を受け、総統府の制圧に失敗しました!」
北京の作戦室に、再び絶望的な報告がこだました。
中国の絶対的指導者である国家主席は、もはや怒鳴ることすらせず、椅子に深く腰掛けたまま、不気味に静まり返っていた。
「……主席?」
作戦参謀が恐る恐る声をかける。
「海は日本の潜水艦に阻まれ、空は米軍に撃ち落とされ、本土は焼かれ、台湾の首を取ることもできなかった」
国家主席の声は、感情の抜け落ちた、凍りつくような冷たさを持っていた。
「もはや、通常戦力での決着は不可能ということだ。……アメリカと日本は、我々に『死』か『屈辱』かの二択を迫っている」
国家主席はゆっくりと立ち上がり、傍らの軍最高幹部を見据えた。
「我々大中華民族が、西側の帝国主義者どもに屈辱を味わわされることなど、歴史が許さない。……『最終フェーズ』へ移行する」
「最終、フェーズ……まさか、主席!?」
「戦略ロケット軍に伝達しろ」
国家主席の瞳孔が開いていた。そこにあるのは、自らの権力を守るためなら世界を道連れにしても構わないという、完全な独裁者の狂気だった。
「東風41(DF-41)大陸間弾道ミサイルの全サイロ、発射シークエンス起動。目標、アメリカ合衆国本土。および、日本の東京・大阪。……核弾頭の安全装置を、すべて解除せよ」
作中時間、21:00。
開戦から21時間が経過した。
局地戦の枠組みを完全に破壊した中国は、ついに人類の最終兵器である「核のボタン」へ、その指を深く押し込もうとしていた。
残り27時間。世界は、終末へのカウントダウンを刻み始める。
※本作はIFシミュレーションであり、実在の団体・個人・国家に対しての誹謗中傷を目的としたものではありません。




