第20話:19:00 - 本命の凶弾と、不沈の盾
【2026年6月20日 19:05 - 台湾東方沖・フィリピン海 米海軍第7艦隊】
日没を迎え、濃紺に染まり始めたフィリピン海の空を、無数の曳光弾が真っ赤に引き裂いていた。
「CIWS(近接防空火器)、弾薬残量30%! VLS(垂直発射システム)のSM-2対空ミサイル、枯渇しつつあります!」
「クソッ! 落としても落としてもキリがないぞ!」
米海軍のイージス駆逐艦の甲板では、ファランクス(ガトリング砲)が文字通り火を噴き続け、砲身が赤熱していた。
中国軍が民間フェリーから放った数千機の「自爆ドローン・スウォーム(群れ)」は、一機あたりの破壊力こそ小さいものの、イージス艦のレーダーと迎撃システムに極限の負荷を強いていた。
空母「ロナルド・レーガン」の戦闘指揮所(CDC)で、第7艦隊司令官は嫌な汗を流していた。
ドローンごときに、貴重な長距離防空ミサイルを消費させられている。だが、撃ち落とさなければ艦のレーダーアンテナを破壊され、文字通りの「盲目」にされてしまう。
その時、司令官が最も恐れていた事態が、最悪のタイミングで現実のものとなった。
「……南西方向、バシー海峡上空に新たな熱源を探知! これはドローンではありません!」
オペレーターの声が、絶望に裏返った。
「中国空軍の『H-6K』戦略爆撃機の編隊、およそ12機! レーダーのクラッター(ノイズ)に紛れて低空で接近していました! 敵機より、多数の飛翔体が分離……超音速対艦ミサイル『YJ-12(鷹撃12)』です! その数、48発! マッハ3以上で本艦隊へ向かってきます!!」
「罠だ!!」
司令官はコンソールを叩きつけた。
ドローンの群れは、米軍のイージス艦に弾薬を消費させ、レーダーの処理能力を飽和させるための単なる「目眩まし」に過ぎなかった。イージスシステムが小型ドローンの迎撃に気を取られ、ミサイル発射管(VLS)が空になりかけたその一瞬の隙を突いて、空母を確実に沈めるための「本命の凶弾(空母キラー)」が放たれたのだ。
「全艦、迎撃ミサイルをYJ-12へ向けろ! 間に合うか!?」
「ダメです! ドローンとの交戦でシステムの反応が遅れています! 着弾まで、あと90秒!!」
【2026年6月20日 19:15 - 新宿区市ヶ谷・防衛省 地下中央指揮所】
「……幹事長の予測通りです! 中国軍のH-6爆撃機編隊がバシー海峡から出現、米空母打撃群へ向けて超音速対艦ミサイルを放ちました!」
市ヶ谷の地下指揮所に、短波無線(HF)を経由したノイズ交じりの報告が飛び込んできた。
衛星通信が破壊された今、日米の連携は数秒のラグが生じるアナログな通信に頼らざるを得なくなっている。
「米艦隊の防空システムは、ドローン群によって飽和状態! このままでは空母『ロナルド・レーガン』にミサイルが直撃します!」
ホログラムモニターに映る赤い矢印(中国のミサイル)が、青いシンボル(米空母)へと急速に迫っていく。
『国民民主連盟』の代表と『国政参画党』の代表は、息を呑んでモニターを見つめることしかできなかった。米軍の空母が沈めば、台湾の制空権は完全に失われ、日米の敗北が決定する。
「……統幕長」
『国民民主連盟』の冷静沈着な幹事長が、静寂を破った。
「米空母の周辺に展開している、我が海上自衛隊の護衛艦隊は?」
「第2護衛隊群のイージス艦『まや』および『あしがら』を含む数隻が、米艦隊の北側およそ20海里(約37キロ)の海域に展開しています」
統幕長は即座に答えた。
「米軍の盾が剥がれたのなら、我々の盾を使うまでです」
幹事長は、極めて残酷な、しかしこの状況下では唯一の戦術を口にした。
「……海自のイージス艦を、米空母と中国ミサイルの射線上に割り込ませなさい。『まや』と『あしがら』のVLSは、まだ弾が残っているはずだ」
「幹事長! それは……!」
海上幕僚長が目を見開いた。
「間に合ったとしても、超音速ミサイルの飽和攻撃を正面から受け止めることになります! 撃ち漏らせば、我が国のイージス艦が沈みます!」
「分かっています」
幹事長の横顔は、彫刻のように冷徹だった。
「ですが、アメリカの空母は我が国のイージス艦10隻分以上の戦略的価値がある。米軍がここで致命傷を負えば、日本も終わる。……我々はアメリカに『本土を空爆しろ』と要求した。ならば、我々も同等の血を流す覚悟を示さなければならない。やらせなさい」
海幕長は数秒間目を閉じ、そして、覚悟を決めた武人の顔になって通信マイクを握った。
「……第2護衛隊群司令へ伝達。これより、米空母『ロナルド・レーガン』へのミサイル攻撃を、我が隊が全力で阻止する。面舵一杯、最大戦速。弾の尽きた米軍の前に出ろ!」
【2026年6月20日 19:25 - フィリピン海 海上自衛隊イージス護衛艦「まや」】
「市ヶ谷より命令受領! 本艦はこれより、米空母の防空盾となる! 両舷前進一杯! 米艦隊の射線へ割り込め!」
海上自衛隊の最新鋭イージス護衛艦「まや」の艦橋で、艦長が怒号を飛ばした。
巨大なガスタービンエンジンが咆哮を上げ、約1万トンの巨体が波を叩き割りながら猛スピードで急旋回する。僚艦の「あしがら」もそれにピタリと追従した。
彼らのレーダーモニターには、マッハ3で突っ込んでくる中国軍のYJ-12対艦ミサイルの群れがはっきりと映し出されていた。
「敵ミサイル群、本艦の迎撃レンジに進入します!」
「SM-3、およびSM-6、全セル開放! 対空戦闘用意!」
ドゴォォォォォォォン!!!
「まや」と「あしがら」の前甲板と後部甲板に設置されたVLSから、目も眩むような閃光とともに、数十発の迎撃ミサイルが一斉に空へと打ち上げられた。
日本の自衛官たちが放った防空ミサイルは、衛星の支援なしに、艦の誇る高性能レーダーシステム(イージス・ベースライン9)の力のみで、超音速の標的へと正確に突進していく。
空中で、幾つもの閃光が瞬いた。
日本のイージス艦が放った迎撃ミサイルは、中国軍のYJ-12を次々と空中で粉砕していく。
「迎撃成功率80%! しかし、数が多い! 撃ち漏らし、3発……本艦および米空母へ直進してきます!」
「CIWS起動! チャフ、フレア全弾散布!」
艦長は冷静に叫んだ。
「まや」の周囲に、レーダーを欺瞞するための金属片の雲が展開され、ガトリング砲が唸りを上げて最後の弾幕を張る。
2発のYJ-12がチャフに惑わされ、海面へと突っ込んで自爆した。
しかし、残る1発が弾幕をすり抜け、「まや」の背後にいる米空母「ロナルド・レーガン」の横腹へ向かって真っ直ぐに突き進んでいく。
「米空母に当たるぞ!」
「……させんッ! 面舵一杯!」
艦長が叫んだ。
イージス護衛艦「まや」は、自らの船体を投げ出すように大きく右へと舵を切り、米空母へ向かうミサイルの射線上に「自らの巨体」を強引に割り込ませた。
――ズガァァァァァァァァン!!!!!
YJ-12の残骸と弾頭が、「まや」の右舷後部、ヘリコプター格納庫付近に激突した。
凄まじい爆発音がフィリピン海に響き渡り、火柱が夜空に吹き上がる。猛烈な衝撃波が艦橋を襲い、艦長や乗組員たちが床へと叩きつけられた。
「右舷後部に被弾! 格納庫炎上、誘爆の危険あり!」
「ダメージコントロール(応急工作)班、急行せよ! 隔壁を閉鎖し、火災を食い止めろ! メインエンジンは無事か!?」
「タービン無事です! 航行可能、レーダーも生きています!」
血を流しながら立ち上がった艦長は、燃え盛る自艦の姿を確認し、そして背後を見た。
無傷のまま航行を続ける巨大な航空母艦、「ロナルド・レーガン」の姿があった。
海上自衛隊は、自らの血を流すことで、アメリカの象徴たる空母を完全に守り抜いたのだ。
『……オーマイガー。日本のイージス(護衛艦)が、我々の盾になったぞ』
米空母のCDCでその光景を見ていたアメリカ兵たちは、一様に息を呑み、そして沈黙の中で最敬礼をした。彼らは、日本の自衛隊が単なる「後方支援の小間使い」ではなく、背中を預けるに足る真の戦友であることを、その炎を通して深く理解した。
【2026年6月20日 19:45 - 中国・北京 中南海 中央軍事委員会作戦室】
「……H-6爆撃機編隊からの対艦ミサイル攻撃、失敗。米空母の撃沈に至らず。……日本の護衛艦が、自らを盾にして空母を防御した模様です」
作戦参謀の報告に、北京の作戦室は絶望的な重苦しさに包まれた。
衛星を破壊し、朝鮮半島を燃やし、ドローンで飽和攻撃をかけ、決死の対艦ミサイルを撃ち込んでもなお、日米連合軍の牙城を崩すことができなかった。
中国の絶対的指導者である国家主席の顔は、怒りを通り越して、無機質な無表情へと変わっていた。
「……信じられん。あの日本人が、自ら火の中に飛び込むような真似をするとは」
国家主席は、微かに震える手で自身の顎を撫でた。
「官邸の政治家どもが消えた途端、あの国の軍部はここまで凶暴な自己犠牲の精神を発揮するというのか。我々は……戦う相手を間違えたのかもしれん」
「主席。すでに我が方の東部戦区の消耗は限界を超えています。作戦の転換を……」
「黙れ。転換などない。我が国に『降伏』の二文字はない」
国家主席は、完全に血走った冷酷な目で将軍たちを見回した。
「海と空がダメなら、陸を焦土にするしかない。日没を利用し、輸送機と空挺部隊を使って台湾の首都・台北へ直接降下作戦を敢行しろ。総統府を物理的に制圧し、台湾の指導者の首を獲れ。指導者を公開処刑にすれば、台湾軍の士気は崩壊する」
【2026年6月20日 19:55 - 日本・東京都心】
電磁パルス(HEMP)攻撃によって、すべての明かりを奪われた首都・東京。
しかし、予想された「暴動と略奪の嵐」は、一部の繁華街を除いて起きていなかった。
信号機が消えた交差点では、警察官だけでなく、近所の住民たちが自発的に交通整理を行っていた。暗闇のスーパーやコンビニでは、人々がスマートフォンのライトすらない中、現金を使って静かに列を作り、食料を分け合っている。
彼らの心の支えとなっていたのは、乾電池式の手回しラジオや、カーナビの生き残った車から流れてきた、『国民民主連盟』の幹事長による「我々は屈しない。自衛隊は戦っている」という、力強い徹底抗戦の演説だった。
かつての政府が繰り返していた「遺憾の意」や「冷静に」という空虚な言葉よりも、「我々は反撃している」という血の通った事実の方が、極限状態の国民にとってはるかに強い安心感と連帯感を生み出していたのだ。
暗闇の東京で、市民たちは夜空を見上げた。
星々の間を、防衛省や立川の基地から飛び立った自衛隊のヘリコプターが、サーチライトを照らしながら物資輸送に飛び回っている。
「……負けるもんか」
ある会社員の男が、暗闇の中で強く拳を握りしめた。
「自衛隊があんなに頑張ってくれてるんだ。俺たちも、ここで踏ん張らないと」
作中時間、20:00。
開戦から20時間が経過した。
日本の盾が米国の矛を守り抜き、戦局は台湾の首都・台北を舞台にした、血みどろの市街戦(夜戦)へとその様相を変えようとしていた。
残り28時間。暗黒の夜が、極東の運命を包み込む。
※本作はIFシミュレーションであり、実在の団体・個人・国家に対しての誹謗中傷を目的としたものではありません。




