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第12話:11:00 - 停電の平和宣言と、暗黒の首都

【2026年6月20日 11:05 - 日本・東京 首相官邸 地下危機管理センター】

 国会議事堂が灰燼に帰し、自衛隊が超法規的な「防衛戦闘」に突入しているという事実から完全に目を背けたまま、日本の首相はテレビカメラの前に立っていた。

 官邸地下に急遽設営された緊急放送用のセット。

 日本全国、いや、全世界に向けて、日本国首相としての「重大なメッセージ」を発信するためである。

「総理、素晴らしい原稿です。これこそが、真の平和国家の指導者としての歴史的な演説になります」

 カメラの裏側で、『令和新風会議』の元俳優の党首が、興奮で顔を紅潮させながら拍手を送っていた。

「アメリカの軍事行動にも、一部の自衛隊の暴走にも、決して加担しない。非暴力と絶対中立の宣言。これを世界が聞けば、中国も北朝鮮も必ず矛を収めます!」

「ええ、その通りよ」

 『立憲民政党』の白いスーツの女性幹部も、崩れた髪を整え直し、満足げに頷いた。

「武力には武力で対抗するなんて、野蛮な20世紀の遺物よ。私たちが求めているのは、対話と法理に基づいた21世紀の解決策。総理、堂々と、世界に向けて『日本は絶対に反撃しない』と宣言してください。それが一番の抑止力になるんですから」

「うむ……」

 首相は、喉を潤すために白湯を一口飲み、ネクタイを締め直した。

 彼の頭の中では、今この瞬間も南西諸島で死闘を繰り広げている自衛隊員たちの血も、崩落した国会議事堂の下敷きになった人々の命も、すべてが「法理」と「対話」という美辞麗句のオブラートに包まれて消化されていた。彼は本気で、自分の言葉一つでミサイルを止められると信じ切っていたのだ。

「それでは、放送を開始します。3、2、1……」

 ディレクターの合図とともに、カメラの赤いランプが点灯した。

「……国民の皆様、並びに全世界の指導者の皆様。日本国総理大臣であります」

 首相は、持ち前のねっとりとした、しかしどこか芝居がかった口調で、プロンプターに映し出された原稿を読み上げ始めた。

「本日未明より、東アジアにおいて極めて痛ましい物理的衝突が発生し、我が国の首都にも飛翔体が落下するという痛ましい事態が起きました。しかし、国民の皆様、どうか冷静になっていただきたい。恐怖に駆られ、憎しみの連鎖に身を投じることは、我が国が戦後築き上げてきた平和主義への裏切りであります。

 私は、中国の国家主席、そして北朝鮮の指導者同志に直接呼びかけます。我が国は、いかなる軍事的挑発に対しても、武力による報復を行いません。現在、一部で報道されている自衛隊の戦闘行為は、政府の意思に反する逸脱であり、直ちに武装解除を――」

【2026年6月20日 11:15 - 日本列島上空 宇宙空間(高度400キロメートル)】

 首相が「絶対平和」を説いていたその時、はるか上空の宇宙空間では、静かで、しかし致命的な閃光が放たれようとしていた。

 中国内陸部から発射された弾道ミサイルに搭載されていたのは、都市を物理的に破壊する熱核弾頭ではない。爆発の威力を抑え、ガンマ線の放出に極振りした特殊な「高高度電磁パルス(HEMP)兵器」である。

 高度400キロメートルの熱圏。

 大気のない真空の世界で、核弾頭が起爆した。

 音はない。衝撃波もない。ただ、太陽を直視したような強烈な閃光が一度だけ瞬き、莫大な量のガンマ線が地球の重力に引かれて大気圏へと降り注いだ。

 ガンマ線が大気圏上層の空気分子に激突し、電子を強烈に弾き飛ばす「コンプトン効果」が発生。

 これにより生み出されたのは、数万ボルト/メートルという、人類がかつて経験したことのない超高圧の巨大な「電磁波の津波(E1パルス)」であった。

 その見えない津波は、光の速さで日本列島――特に首都圏を中心とした東日本全域へと襲いかかった。

【2026年6月20日 11:18 - 日本・東京】

『――我が国は、最後まで対話の窓を閉ざさな……』

 テレビ画面の中でねっとりと語りかけていた首相の姿が、唐突にノイズまみれになり、次の瞬間、プツンッ! という破裂音と共に画面が真っ黒に染まった。

 テレビだけではない。

 東京都心、いや、関東全域の「あらゆる電子機器」が、その瞬間に死を迎えた。

 電線という巨大なアンテナから侵入した数万ボルトの過電流は、変電所のトランスを一瞬で焼き切り、送電網を完全に崩壊させた。

 信号機が消え、交差点へ進入していた無数の車が次々と追突事故を起こす。現代の車の内部は電子制御の塊(ECU)であるため、走行中の車のエンジンが前触れもなく停止し、ブレーキもパワーステアリングも効かなくなったのだ。

「きゃあああああっ!?」

 地上200メートルの高層オフィスビルでは、パソコンから火花が散り、サーバーが黒煙を上げて完全にダウン。エレベーターに乗っていた人々は、照明の消えた密室の闇の中に閉じ込められた。

 最も悲惨だったのは医療機関である。

 非常用電源すらも電磁パルスで電子回路を焼かれ、人工呼吸器や生命維持装置が次々と沈黙。医者や看護師たちの絶叫が、暗闇の病棟に響き渡った。

 走行中の東海道新幹線も、制御システムが完全に破壊され、猛スピードのまま慣性で走り続けた後に脱線、あるいは高架上で急停車して凄まじい金属音を立てた。

 スマートフォンはただの文鎮と化し、誰も家族の安否を確認できず、警察や消防への通報すら不可能になった。

 中国が放った「見えない核」は、一瞬にして日本の首都機能を、江戸時代……いや、それ以下の原始の闇へと叩き落としたのである。

【2026年6月20日 11:25 - 首相官邸 地下危機管理センター】

「な、なんだ!? どうした!」

 バチバチッ! という音と共に、官邸地下の照明がすべて落ちた。

 テレビカメラのランプも消え、通信機器のモニターもすべてブラックアウト。完全な暗闇が、地下センターを支配した。

「非常電源はどうしたの!? 早く電気を点けなさいよ!」

 暗闇の中で、女性幹部のパニックに陥った叫び声が響く。

「総理! 総理は無事ですか!」元俳優の党首が手探りで机を探す音がする。

 数十秒後、EMP対策が施されていた地下の独立系バッテリーが辛うじて作動し、薄暗い非常灯だけがぼんやりと点灯した。

 しかし、外部と繋がるすべての通信回線、インターネット、そしてテレビ回線は完全に死んでいた。

「総理、防衛省のみならず、警察庁、消防庁、全国の自治体との連絡が……すべて途絶しました!」

 情報官が、信じられないものを見る目で沈黙したコンソールを叩きながら報告した。

「……東京全域、いえ、東日本全域で、壊滅的な規模のブラックアウトが発生した模様です。これは単なる停電ではありません。計器の焼き切れ方から見て……高高度電磁パルス(HEMP)攻撃です!」

「電磁、パルス……?」

 首相は、薄暗い非常灯の下で、呆然と立ち尽くしていた。

「それは……核兵器を使ったということか?」

「はい。物理的な爆風こそありませんが、間違いなく核爆発に伴う電磁パルスです。我が国のインフラは、たった今、完全に破壊されました」

「そんな……馬鹿な……」

 首相はよろめき、椅子に崩れ落ちた。

「私は今、対話と平和を呼びかけていたのだぞ……! 無抵抗を宣言しようとしていたのだ! それなのに、なぜ……なぜ彼らは、核などという極端な手段に出たのだ……!」

 対話の相手に「理屈」が通じると信じていた者の、あまりにも滑稽で、哀れな末路であった。

 彼らがどれだけ平和を叫ぼうとも、独裁国家にとっては「無抵抗の国」など、ただの効率の良い射撃の的に過ぎない。その冷酷な現実が、ついに日本の心臓部を物理的に停止させたのだ。

【2026年6月20日 11:40 - 新宿区市ヶ谷・防衛省 地下中央指揮所】

 一方、防衛省の地下・中央指揮所。

 ここは冷戦時代から核戦争を想定し、壁面に厳重なファラデーケージ(電磁シールド)が施されていたため、HEMP攻撃の直撃を受けながらも、わずかな瞬断の後にすべてのシステムが復旧していた。

「官邸からのシグナル、完全ロスト! 民間の通信網、送電網、すべて消滅しました!」

「通信衛星を軍事用秘匿回線(Xバンド)に切り替えろ! 前線の部隊とのリンクを維持しろ!」

 怒号が飛び交う中、『国民民主連盟』の代表と『国政参画党』の代表は、顔面を蒼白にしてモニターを見つめていた。

「な、何が起きたんだ……!? 核攻撃だと言うのか!?」

 『国民民主連盟』の代表が震える声で統幕長に尋ねる。

「高高度での核爆発による電磁パルス攻撃です。直接的な爆風による死者は出ませんが……現在、東京の都市機能は完全に停止しました。人工呼吸器の停止、交通事故、火災、そしてこれからのパニックによる二次被害を合わせれば、数万人、数十万人の命が失われることになります」

 統幕長は、血の滲むような声で答えた。

「そ、そんな……」

 『国政参画党』の代表も言葉を失った。彼らが夢見ていた「戦後の新政権」などという計算は、インフラが崩壊し、原始時代に戻った焦土の上では何の意味も持たなかった。権力ゲームの盤面そのものを、中国に粉砕されてしまったのだ。

「統幕長」

 その混乱の中、『国民民主連盟』の冷静沈着な幹事長だけが、声を荒げることなく、静かに統幕長の前に立った。

 彼の顔には、先ほどまでの「政治的な打算」に対する嫌悪感すら消え去り、ただ一つの極限の「覚悟」だけが残っていた。

「……官邸は死んだ。そうですね?」

「はい。通信手段をすべて失い、地下に幽閉されたも同然です。もはや内閣としての意思決定能力は存在しません」

「民間インフラが崩壊した今、この国で動ける組織は、電磁シールドに守られた自衛隊の装備と、米軍の通信網だけだ」

 幹事長は、ホログラムモニターに映る、沈黙した日本列島の地図を真っ直ぐに見据えた。

「代表のお二人。あなた方の『政治ごっこ』はこれで終わりだ。これより先は、本物の地獄になります。……自衛隊は今この瞬間をもって、事実上の『国家の全権』を代行することになる」

 幹事長は統幕長の方へ向き直った。

「統幕長。我々政治家は、もはやあなたの足手まといにしかならない。ですが、私に一つだけ仕事をさせてください」

「幹事長、何を……」

「在日米軍、およびワシントンのホワイトハウスへの『直通ライン』を繋いでください」

 幹事長の目に、冷たく青い炎が燃え上がっていた。

「我が国の最高司令官(総理)が沈黙した今、誰かがアメリカに対して『日本はまだ死んでいない』と伝えなければならない。同盟国に、我々の血の覚悟を示さなければならない。……私が、首相の代わりにアメリカ大統領と話します」

【2026年6月20日 11:55 - アメリカ・ワシントンD.C. ホワイトハウス】

(※日本時間)

 シチュエーションルームは、かつてないほどの緊迫感に包まれていた。

「大統領! 中国が日本上空で高高度核爆発(HEMP)を実施! 日本の首都圏は完全にブラックアウトしました! さらに、中国軍の戦略ロケット軍が、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射サイロのハッチを開放しつつあります!」

 ついに「核の敷居」が越えられた。

 中国は、米空母打撃群の猛反撃と自衛隊の参戦に恐怖し、日本を「見せしめ」にしてアメリカの戦意をくじこうとしたのだ。

 大統領は、険しい顔でモニターを睨みつけた。

「……彼らは、越えてはならない一線を越えた。日本を中世に引きずり戻す気か。……日本の官邸との連絡は」

「途絶しました。日本政府は機能停止とみなすべきかと……お待ちください!」

 通信担当官が、驚きの声を上げた。

「日本の市ヶ谷(防衛省)から、軍事用秘匿回線を通じてホワイトハウスへの直通通信が入っています! 相手は……内閣の人間ではありません。超党派委員会の代表を名乗る、日本の野党幹事長という政治家です!」

「繋げ」

 大統領が命じると、スピーカーから、ノイズ混じりだが、極めて冷静で、静かな男の声が響いた。

『――ミスター・プレジデント。こちらは日本国・救国暫定委員会の幹事長だ』

「ミスター。君の国の政府はどうなった。東京の明かりが消えたぞ」

政府バカどもは、暗闇の地下で平和の夢を見たまま死にました。だが、日本は死んでいない。自衛隊の剣はまだ折れておらず、我々は一歩も引く気はない』

 幹事長の声は、決して張り上げることはなかったが、その底には絶対的な決意が込められていた。

『大統領。我が国は先ほど、核攻撃に等しいインフラの破壊を受けました。これより、我々はアメリカ合衆国に対し、同盟国としての最大の要求を行います』

「要求だと? この状況でか」

『ええ。……これより、我々日本の自衛隊は、自国の防衛のみならず、中国および北朝鮮の「軍事中枢」に対する反撃作戦に全面的に協力します。だから、アメリカの全火力を解放してほしい』

 幹事長は静かに息を吸い込んだ。

『レッド・ドラゴンの首を、完全に落としてください。そのための盾にも、目にも、我々は喜んでなります』

 大統領は、スピーカーの向こうにいる極東のサムライの言葉を聞き、静かに頷いた。

「……了承した、ミスター。合衆国は、君たちの覚悟に応えよう」

 大統領は通信を切ると、立ち上がり、軍の最高幹部たちを見回した。

「聞いたな。日本政府は死んだが、日本という国は我々と共に戦う道を選んだ。……全軍に告ぐ。警戒態勢を『DEFCON 1(最高度)』へ引き上げろ。戦略原潜のミサイルハッチを開放。第7艦隊は、台湾海峡の敵をすべて海の底へ沈めろ。これより、第三次世界大戦の最終フェーズへ移行する」

 作中時間、12:00。

 開戦から半日が経過した。

 電力を失い、死の沈黙に包まれた暗黒の東京を置き去りにして、世界の軍事力はついに「全面戦争」という名の最後の扉を吹き飛ばした。

 残り36時間。狂気の独裁者たちと、覚悟を決めた同盟軍の、生き残りを懸けた総力戦が始まる。

※本作はIFシミュレーションであり、実在の団体・個人・国家に対しての誹謗中傷を目的としたものではありません。

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