第90話 闘技場のキメラ
「また食ってやがる……」
階段に戻ったのは、休憩終了時間の五分前だった。
二人は起きていたが、また何かを食べている。
寝る前に食べて、起きて食べてと忙しい連中だ。
「どこ行ってたの? 階段にいなかったから死んだと思ったじゃない」
「そうですよ。せっかく作ったんだから、早く食べてくださいよ」
食事中の二人を邪魔しないように静かに座ると、二人がそれぞれ言ってきた。
俺がいなくなっても、まったく心配していない事だけが分かった。
心配していたら、食事は喉を通らない。
「寝るのにうるさいと思って、少し離れてやっていただけだ。食事が終わったら出発するのか?」
メルが差し出してきた生クリームが入ったパンを断ると、いつ出発するのか聞いた。
出発予定時間の七時間はもう過ぎている。
「うーん、食事後三十分は動きたくないけど、食後の運動にちょうどいいかな?」
「……それはどっちなんだ?」
俺が馬鹿なのか、聞いた相手が馬鹿だったのか、まったく理解できなかった。
もう一度聞くと、リエラが理解できるように答えてくれた。
「だから、食事が終わったら出発するの! 次は危ない所だから、メルちゃんは宝箱の数が分かったら、階段の中に避難して。そして、あんたは落ちている素材を拾いなさい!」
「ああ、そのぐらいなら余裕だ。任せておけ」
どうやら荷物持ちから、魔石と素材拾いに昇格したようだ。
逆にメルは降格させられている。まあ、同じ非戦闘員なのは変わらない。
それに次の地下三十九階の『闘技場』は、確かに危険地帯だ。
姉貴の手帳通りの情報なら、円形闘技場で、観客席から乱入する大量のモンスターと戦う事になる。
しかも、モンスターの中には強い個体がいて、そいつを倒すと魔石と一緒に宝箱を落とすそうだ。
つまりは強い個体が出るまで、雑魚を倒しまくらないといけない。
運ではなく、完全な実力が試される場所だ。
「ごちそうさまでした。それじゃあ、出発!」
腹が膨れて元気が満タンになったのか、リエラが勢いよく立ち上がった。
メルの方は食事の片付けをしている。これが実力格差というものだ。
俺も食事の片付けをしないように、頑張らないといけない。
♢
地下三十九階……
階段を下りると、目の前には直径三百メートル程の広い空間が広がっていた。
押し固められた砂地の地面に、それを囲む赤煉瓦の三メートル程の高い壁がある。
その赤い壁の上に地面を見下ろすように、階段状の観客席が百メートルほど続いている。
上を見上げれば、青空と流れる白い雲と黒色の鉄格子が見えた。
冒険者もモンスターも逃げられない、巨大な鳥カゴに入れられた気分だ。
「想像よりも狭いな。囲まれたら終わりだぞ」
「囲まれる前に倒せばいいだけでしょ。さあ、頑張りましょう!」
赤い壁にアーチ状に作られた入場門から、俺達は闘技場の中に立った。
リエラは余裕そうだが、観客席に『キメラ』が軽く二十匹以上はいる。
キメラは獅子の身体を持ち、背中には黒い翼、尻尾には赤いサソリのような毒針を持っている。
高さは二百五十センチ以上で、地下二十四階の獅子王が子供に見えてしまうぐらいだ。
ゴーレムLV4を使って、やっと大きさだけは勝負できるようになる。
「えーっと、六個あると思います」
「六個かぁ……百五十匹ぐらい倒せばいいかな?」
「何だと?」
宝箱探知器の報告に、リエラは当たり前のように言っているが、百五十匹は異常だ。
一対二十で勝てるはずがない。俺が戦闘に参加して、二対二十でも勝てるはずがない。
「だったら、危険じゃないか。こっちも人数を増やした方がいい。待っていれば、Bランクが二十人もやってくるんだ。やるならその時だ! メルがいるなら、宝箱を持っているキメラだけを倒せばいいだろう?」
「えー、別に面倒くさいからいいよ。囲まれないように動けばいいし、アイツらデカイから集団で襲ってきても、ぶつかり合うだけだし」
楽な仕事を終えた宝箱探知器は、すぐに階段の中に避難した。
俺もすぐに避難したいのに、リエラが言う事を聞いてくれない。
お前が大丈夫でも、この中で素材拾いは命懸けの作業だ。
「とにかく、一旦階段の中に戻って作戦会議だ! 戦うならその後でも出来る!」
「あっ! この腰抜け!」
何とでも言えばいい。キメラの大群に襲われる前に、階段口に逃げ込んだ。
「えっ、どうしたんですか? 戦わないんですか?」
「ちょっと腰抜け、勝手に逃げないでよ!」
階段の中で座っていたメルは、俺が戻ってきたのに驚いている。
後ろから追ってきたリエラは怒っている。
階段の前後から刺されるような視線を向けられるが、俺は無謀な作戦で死にたくないだけだ。
「逃げたんじゃない。いいか、逃げたんじゃないからな」
「じゃあ、何で逃げたの?」
「だから、逃げてない。パーティなんだから、三人で協力しようと思っただけだ」
日頃の行ないが原因とは思えないが、まったく信じてない。
まあ、作戦があるわけじゃないから、逃げたと言われれば、そうなのかもしれない。
だけど、これから考えるから、誰にも逃げたなんて言わせない。
「いいか、この階段の中からなら、安全に攻撃できるだろう? メルが弓矢で、俺は魔法で攻撃するんだ」
「それは無理。アイツらは真ん中までやって来た冒険者しか襲わないから」
「うっ、確かに……」
リエラの言う通り、俺達が階段口の前で喋っていても、キメラ達は襲って来なかった。
下手に襲っても階段に逃げられるし、神の結界に守られた階段から、一方的に攻撃されると分かっている。
悔しいが賢いモンスターには、この作戦は通用しない。
「いや、だが……」
「はぁ……戦うのが嫌なら、このまま通過してもいいんじゃない? 必要なのは暗黒物質なんだから」
別の作戦を考えていると、リエラが戦わずに四十階に行こうと言ってきた。
確かにキメラの素材は、俺の剣を強化するのに必要なだけでしかない。
絶対に今すぐに必要な素材ではない。40~44階で暗黒物質を集めた方が良い。
「……そうだな。そうするか」
「じゃあ、決まりね。一気に走り抜けましょう」
話し合いの結果、新しい作戦が決まった。
どっちがメルを守るかで多少もめたが、攻撃力が高い方がキメラを引きつけている間に、もう一人がメルを抱えて走る事に決まった。
「本当に大丈夫なんですか?」
「安心しろ。走るのは速い方だ」
左肩に担がれたメルが嫌そうな顔をしているが、俺も嫌だから文句は言わせない。
絶対に壊したらいけないものを守るのは、非常に高度な技術が必要なので面倒くさい。
「じゃあ、行くけど。私の事は気にせずに突っ走っていいから」
「ああ、分かった。任せろ」
言われなくても分かっている。
リエラに自信を持って答えると、3、2、1の合図で階段から飛び出した。
「グオオォ‼︎」
「チッ、黙って見てないか」
階段から五十メートルほど進むと、我慢できないキメラが観客席から飛び降りた。
しかも、俺達が出てきた階段口を塞ぎに、二匹も走っている。
「あっ、階段を塞がれました⁉︎」
「分かっている。前も塞がれた」
慌てた感じにメルが教えてきたが、そんなのは分かっている。
俺達が向かっている反対側の階段口も塞がれてしまった。
単純に襲ってくるだけかと思ったが、チームワークが完璧だった。
「慌てない! 作戦通り、このまま突っ込むから付いて来なさい!」
「チッ、異常者め!」
俺達を置いていくつもりなのか、リエラが走る速さを変えた。
四十階を塞ぐキメラを倒して、俺達が入りやすいようにするつもりだろう。
だけど、それが簡単に出来るなら苦労しない。
観客席から飛び降りたキメラ二十匹近くが、前後左右から向かってくる。
「くっ! 封印した力を使うしかない!」
封印なら最近解いたばかりだが、ゴーレムLV4の出番だ。
このまま死ぬか、冒険者を襲っていたゴーレムだとバレるか、どっちが良いかは簡単だ。




