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第82話 地下三十五階

 溶岩洞窟を通り抜けて、雪が吹き荒れる雪原を船は飛んでいく。

 地下三十一階に出現する青白い雪熊は、十四階の洞窟熊よりも身体が大きい。

 動きは俊敏で、前足には鋭い白銀の爪が生えている。

 その硬い爪の威力は、冒険者が使うCランク武器に匹敵する程だ。


「十四階の熊なら、私一人でも倒せますよ」

「その熊の七倍は強いから無理だな。熊パンチで瞬殺だ」

「やってみないと分からないですよぉー」


 通り過ぎる予定を変更して、乗客を楽しませる為の熊狩りをやるつもりはない。

 乗客の要望は無視して、ついでに雪原に見える雪熊も無視していく。

 あっという間に三十一階は通過して、三十二階に到着した。


 三十二階に出現する『氷蛇』は、氷の身体を持った大蛇で、牙に噛まれた部分は凍りついてしまう。

 積もった雪の中に身を隠して、冒険者に気づかれずに長い胴体で締め上げて拘束する。

 拘束された冒険者は身動き出来ずに、長い二本の牙で身体を貫かれて終わりだ。


「隠れているなら、モンスター探知がないと危ないですね」

「大丈夫大丈夫。私が代わりにやるから」

「まあ、その必要はないがな」


 モンスターは一切倒さずに、簡単な説明だけをして、雪原観光はもうすぐ終わりだ。

 次の毒沼も通り抜けるだけで終わらせる。


 だけど、毒沼には至る所にある紫色の沼から、毒煙が上っている。

 通るだけでも身体に悪影響が出て危険なので、到着する前の早めの対策が必要だ。

 主な対策は長時間の探索で毒耐性を自力で習得するか、アビリティ装備を使う。


「俺の鞄の中に毒耐性の指輪があるから、必要なら使うんだぞ」

「大丈夫大丈夫。用意してきたから」

「はい、五十階までの準備は完璧です」

「そうか……なら、このまま行くぞ」


 俺の鞄の中の盗品コレクションの出番は、まだまだ先のようだ。

 五十階までの情報を知っている人間は少ないが、リエラがギルドの関係者なら知っているのかもしれない。

 俺も五十階の情報だけは正確には知らないから、いざという時は頼るとしよう。


 ♢


 雪原を通り抜けて、地下三十三階の毒沼に到着した。

 紫色の沼から湯煙のように紫色の煙がモヤモヤと上って、地面を薄い毒霧で覆っている。

 毒煙は上空までは届いてないから、少しだけ高度を上げるとしよう。


「こほぉ、こほぉ……何だか喉が痛くて、目がしみる感じがします」

「子供は抵抗力が弱いからだろう。目を閉じて、服で鼻と口を隠すんだな」


 地上よりは影響は少ないはずだが、やはり子供にはキツイみたいだ。

 まあ、七歳の子供がここまで来たのは初めてだろう。

 地下三十三階に到達した冒険者の最年少記録は更新していると思う。

 まさに歴史的な瞬間に立ち会えているわけだが、感動の涙。メルのように流すつもりはない。


「相変わらずウジャウジャいるな」


 三十三階には最近来たばかりだ。

 地上の様子を見ると毒霧の中に、黒くて気持ち悪い虫がたくさん見えた。


「えっ? 何がいるん——」

「メルちゃんは目を閉じてないと駄目でしょ」

「あゔっ!」


 好奇心旺盛なメルも見ようとしたみたいだが、最後尾の乗客に両目を手で隠された。

 子供は夢に見てしまうから、毒沼に生息する害虫は見ない方がいい。


「ギギギィ、ギギギィ」


 三十三階には『コックローチ』という、黒色の楕円形の平べったい虫が出現する。

 大きさは人間サイズで、地面を高速で這って、三十匹以上の集団で襲ってくる。

 地面に倒された冒険者は、全身を毒牙で噛まれながら死んでいく。


 とにかく動きが素早いので、攻撃速度が速いか、遠距離攻撃か範囲攻撃がないと苦戦する。

 町の台所に出現するコックローチのように、足で簡単に踏み潰したりは出来ない。

 それに毒耐性を持っているから、殺虫剤も効かずに、毒霧の中でも元気に動き回る。


「三十五階の階段で船を降りるぞ。固まった身体を少しは動かさないと、動けないだろうからな」


 三十三階を抜けて、三十四階に到着した。

 そろそろ目的地の三十五階に到着するので、早めに俺の予定を話した。

 船に超時間座っていた二人が準備運動もなしに、いきなりモンスターと戦えるとは思えない。


「えっー、私達にも戦わせるんですか!」

「当たり前だ。強敵との戦いで腕は磨かれる。とくに一番弱いお前は死ぬ気で磨かないと死ぬからな」


 メルは驚いているが、俺は普通に女、子供関係なく戦わせる。

 地上を歩いている『毒鉄蜘蛛』ぐらいは、簡単に倒せるようになってもらう。


 毒鉄蜘蛛は熊よりも大きく、鉄のように頑丈な黒紫色の身体をしている。

 攻撃方法は粘着質の広範囲に広がる糸を吐き出したり、毒針を飛ばしてきたりする。

 弓矢による遠距離攻撃が得意なメルには、ピッタリの練習相手だ。

 三十五階で戦うのが不安なら、ここで一人だけ降ろして、不安がなくなるまで練習してもらう。


「酷いです。あんなのと戦ったら死んでしまいます」

「酷くない。死にたくないなら、戦うしかない。それが弱肉強食のダンジョンの掟だ」

「うぅぅ……」


 やる気じゃなくて、殺る気を見せろ。弱気じゃなくて、強気を見せろ。

 この世界は弱者の為に、優しくなんか作られていない。


「はいはい。メルちゃん、今のは全部忘れていいから。メルちゃんは宝箱の数と位置を教えてくれたら、階段の中で待機してて。宝箱は私と馬鹿が見つけるから」

「はい、分かりました」


 俺のためになる話を忘れていいわけないが、確かに守りながら戦うよりはいい。

 安全な階段の中に待機させる事にしよう。


 ♢


「やっと着いたな……」


 壁に開いた階段口から出ると、地下三十五階の『大空洞』に到着した。

 大空洞は硬い黒色の岩盤に空いた、深さ五百メートル以上、直径千二百メートル以上もある大穴だ。

 天井に見える大穴から、太陽の光が底まで一直線に届いている。


 通路は壁伝いにグルグルと下に向かって段状に伸びていて、幅は一メートル程しかない。

 階段を下りたり、下の道に飛び降りたりして、底まで無事に辿り着ければ、次の階に行ける。


「落ちると死ぬから、落ちるなよ」

「落ちたら助けてくれないんですか?」


 大空洞の底を座り込んで見ているメルは、微かに震えている。


「そこは自己責任だ。俺が落ちても助けなくていいからな」

「メルちゃんは私と一緒に行くから大丈夫よ」


 当然のように命綱は付けない。絶対の安全なんて存在しない。

 メルはリエラに抱えられて、下の道に向かって飛び降りていく。

 着地を一回でも失敗したら、一番下まで簡単に行けるが、身体が頑丈な人しか挑戦できない。


「あっ、この辺です」

「分かった。ちょっと待っていろよ」


 メルの宝箱探知が反応したので、飛び降りるのをやめて、壁に目印の岩杭を発射した。

 次は横に移動して、反応する横の範囲を調べていく。


 宝箱探知LV4の能力で、この階に四個の宝箱があるのが分かっている。

 宝箱が四個しかないなら、メルとリエラに三十六階に宝箱を探しに行ってもらう必要がある。

 こうやって目印を付け終わったら、あとは俺一人でも探す事が可能というわけだ。


「これでチェック終了だな……しかし、一人で探すのは大変そうだな」


 時間をかけて調べた結果、宝箱のある範囲は分かった。

 でも、一人で縦横三百メートル範囲の壁の中を、四カ所も調べるのは苦労しそうだ。

 まあ、深さがそこまでないのが救いだ。これなら横を一直線に調べるだけで済みそうだ。


「何を言ってるの? 近くに冒険者がいるんだから、手伝ってもらえばいいでしょ」

「おいおい、そんな事が出来るわけないだろ」


 リエラが馬鹿な事を言ってきた。

 冒険者は三十人近くいるが、何の報酬もなく、手伝う馬鹿はいない。

 神金剛石一個の相場は十万ギルなので、見つけた冒険者には、それなりの報酬を払う必要がある。

 金は七十万ギル近くはあるが、払うのが勿体ない。


「頭を下げてお願いすればいいんですよ。お願いすれば助けてくれますよ」


 リエラに続いて、メルまで馬鹿な事を言ってきた。

 可愛い子供じゃないんだから、包帯男がお願いしても誰も助けてくれない。


「それはお前が子供だからだ。いいか、一番簡単な方法が一番難しいんだ。男は簡単に頭を下げたらいけない生き物なんだよ」

「はい? ちょっと意味が分からないです」

「分からないなら、さっさと行け。二時間もあれば、俺は全部見つけてしまうぞ」


 まったく、女子供は幻想の世界の住人だから、男の危険な世界が分かっていない。

 男の世界は頭を下げた瞬間から、人としての上下が決まってしまう。

 頭を下げるという行為は『下僕になります』という意思表示と一緒だ。

 そんな見っともない真似は、俺の魂が許さない。


「さてと、頭を下げてお願いしてもらおうか」


 邪魔な二人を三十六階に追い出すと、ゴーレムLV3に乗り込んだ。

 これから三十五階は危険な男の世界に変わる。

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