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第74話 水底の逃亡者

「やっぱりな」


 俺の予想通り、リエラはギルドから派遣された凄腕の追っ手だ。

 マグマスライムは微塵切り、上空を飛ぶ緑小竜には剣を投げつけて撃墜させている。


 そして、何故か投げた剣がいつの間にか手元に戻っている。

 投げた槍が消えて、手元に戻っていたガイと同じ技だ。


「その武器が戻る技は便利そうですね。俺にも使えますか?」


 緑小竜を倒して、鞘に剣を納めたリエラに聞いた。

 ガイの技の正体が分かれば、地獄送りに一歩近づける。

 

「ただのアビリティだから誰でも使えますよ。この武器に付いている黒い勾玉と、この白い勾玉がセットなんです。四十階の宝箱から取れますよ」


 俺の質問にリエラは、剣の柄と手首のブレスレットに埋め込まれている勾玉を見せた。

 勾玉は歪んだ玉の形をしていて、黒と白を合わせると、綺麗な丸い形になるみたいだ。


 だが、四十階まで簡単に行けたら誰も苦労しない。

 でも、大丈夫だ。俺にはすぐに手に入れる方法がある。


 リエラから奪う事が難しいなら、金で購入すれば問題ない。

 追っ手の戦力を低下させて、俺の戦力を上昇させる。

 まさに賢い俺に適した頭脳戦だ。


「俺には四十階に行くのは無理ですね。もしも買うなら、どのぐらいの値段になりますか?」

「そうですねぇ……買うなら、八十万ギルかな? その剣に付けるんですか?」

「いえ、付けません。聞いてみただけです」


 値段を聞いてみたが、予想以上に高かった。

 買えない金額ではないが、死んだ仲間の家族に届ける金で買っていい金額ではない。

 それに考えてみたら、剣を槍やブーメランみたいに投げる意味がそこまでない。

 それよりもリエラが俺の剣をジッと見た後に聞いてきた。


「その剣も仲間の人の持ち物ですか?」

「これは俺の剣ですよ」

「本当ですか?」

「ええ、間違いなく俺の剣です」


 興味があるというよりも、この感じは明らかに盗品だと疑っている。

 残念ながら正真正銘、この剣は俺の持ち物だ。


「へぇー、見せてもらってもいいですか?」

「ええ、もちろん。好きなだけ見ていいですよ」

「ありがとうございます」


 あまりにもしつこいので剣帯から鞘を外して、鞘ごと渡した。

 リエラはお礼を言って受け取ると、鞘から剣を抜いて調べている。

 いくら探しても、俺の物だという証拠も他人の物だという証拠も見つからない。

 好きなだけ見ればいい。


「結構使い込まれていますね。何年ぐらい使っているんですか?」

「確か、二年ぐらいかな?」

「ポールさんの年齢って、何歳でしたっけ?」

「二十四歳ですけど、それがどうかしましたか?」


 ヤバイな。この流れは絶対に誘導尋問だ。

 下手な嘘を吐いたら、そこを細かく指摘してくる。

 出来るだけ何も言わずに、剣を返してもらうしかない。


「いえいえ、同じ武器を何年も使うのが珍しいと思っただけです」

「そうですか……もう剣を返してもらってもいいですか? 早く町に戻りたいので」

「あっ、ごめんなさい。それと、このジャンヌさんは奥さんの名前ですか?」

「はい?」

 

 上手くいったと思った。でも、剣を返す前にリエラが鞘の中を指差して聞いてきた。

 何を言っているんだ、と思いながらも鞘の中を覗いてみた。

 そこには『ジャンヌ』という名前が、下手くそな文字で刻まれていた。


「何だ、これは⁉︎」


 思わず叫んでしまったが、この反応がマズイのはすぐに分かった。


「あの、私が聞いているんですけど? 二年間も使っていた自分の剣なのに、知らなかったんですか?」


 リエラが明らかに疑いの目で見ている。

 もう疑われているのは分かっているが、この剣は絶対に盗んだ物じゃない。

 無実の罪で疑われるのだけは我慢できない。


「いや、知っている! 多分、知り合いの悪戯好きの子供の仕業だ! 目を離した隙に悪戯したんだ!」

「へぇー、そうだったんですね。随分とオテンバな女の子なんですね。あっ、すみません。お返しします」

「あっはは、助かりました。今度会ったら、お尻ペンペンして叱っておきますよ」


 とんでもない爆弾が鞘の中に仕込まれていたが、俺の機転で何とか誤魔化す事に成功した。

 鞘も神器の一部なので、さっさと剣を強化して、この下手くそな文字を消してやる。

 それで文字通りというわけじゃないが、正式に俺の剣になる。


 ♢


「あれ? 捕まっていた犯人がいませんね。釈放されたんでしょうか?」


 地下二十一階の水中遺跡に到着した。俺が暴れた大広間には誰もいなかった。

 チャンス到来だ。逃げるなら、この水中遺跡がベストだと思う。この先にはピラミッドと砂漠がある。

 隠れられる場所がたくさんあるし、モンスターも雑魚しか現れない。


「あと一日もあれば町に着けますよ。心配なので、仲間の人達の家まで付いて行きますね」

「いえいえ、そこまで迷惑かけられません。二十階までで結構ですから」

「迷惑じゃないので大丈夫です。遠慮しないでください。それとも私が付いて行くと、困る事でもあるんですか?」

「いえ、全然……」


 もう疑われているというレベルじゃない。明らかに犯人と断定されている。

 これ以上一緒にいると「出来心でやりました!」と白状しそうだ。

 予定通りに逃亡作戦を決行する。


「すみません。トイレに行きたいので、先に行っててください」


 左右を水で囲まれた通路の真ん中で、突然の尿意に襲われた。

 もちろん嘘だ。ゾンビに尿意はない。

 

「大丈夫ですよ。ここで待っていますから」


 先に行くように言うと、リエラは断ってきた。だが、予想の範囲内だ。

 考えられる行動は一人で進むか、待つかの二つしかない。

 女ならば、一緒に連れションしようとは言わない。


「そうですか? でも、女性の前では恥ずかしくて出来ないので、あっちでして来ます」

「はい、気にせずにゆっくりどうぞ」

「すみません。少しだけ待っててください」


 リエラに謝ると、急いで通ってきた道を引き返した。


「もう後戻りは出来ないぞ」


 そして、俺の方を見てない瞬間を狙って、ポチャと静かに水の中に入った。

 あとは一気に水底まで潜って、全身を岩で包み込んで、槍魚人の姿に似せるだけだ。

 これで絶対に見つからない。


「フフッ。これで俺の勝ちだ。そこで永遠に待っていればいい」


 スイスイと槍魚人の姿で、水底を階段に向かって泳いでいく。

 俺がいなくなった事に気づいても、リエラには二十階に向かったのか、二十二階に戻ったのか分からない。

 もしかすると、二十一階に隠れている可能性もある。

 つまり、どんなに頑張っても、一人では三ヶ所は絶対に探せないという事だ。


 だが、追っ手が一人とは限らない。

 その辺にいた冒険者に探すように頼むかもしれない。

 俺は最悪の可能性も考えて、行動する男だ。


 このまま油断せずに全速力で階段を目指す。

 あとはピラミッドを一気に通り抜けて、しばらくは、砂漠の海で砂ザメと一緒に泳がせてもらう。

 一週間も潜伏していれば、また冒険者を襲えるようになる。


「そろそろ着くな」


 階段がある場所までやって来た。

 槍魚人の姿をやめて、水底から水面に急浮上して飛び出した。

 

 ザバァン——


「ふぅー、超気持ち良い」


 スタッ! 水面を飛び出して、そのまま通路に着地した。

 服がビショ濡れだが、これが自由というものだ。

 あとで砂漠の日差しがしっかりと乾かしてくれる。


「よし、誰もいないな。さっさと行くか」


 念の為に周囲を確認したが、人の姿は見えなかった。

 リエラが同じ場所に十六分も待っているとは思えないが、最低でも三分は待つだろう。

 それから走って追いかけてきても、絶対に俺には追いつけない。


 ザバァン——


「‼︎」


 だが、急いで走り出そうとした瞬間、水面から不吉な水音が聞こえてきた。

 走り出そうとする両足を緊急停止させて、ゆっくりと背後を振り返った。


「ふぅー、久し振りに泳ぐと超気持ち良いですね。おっとと、髪が落ちちゃう」

「な、何故……?」


 そこには水滴をポタポタ落とす、白い服を着た長い黒髪のお化けが立っていた。

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