第20話 間話:母親ブレンダ(悪い噂)
午後六時……
「ブレンダ、メルちゃんはまだ帰ってないのか?」
夫のボンズが家に帰ってくると、すぐにそんな事を聞いてきた。
メルちゃんが夕飯の手伝いをするようになってから、急に家に帰るのが早くなった。
娘が出来て嬉しいみたいね。
「今日は帰らないわよ。カナンと一緒にダンジョンに泊まるそうよ」
「な、何だと⁉︎ お前はそれを許したのか⁉︎」
「ええ、そうよ……たったの一日だから平気でしょう?」
ダンジョンに泊まると教えると、夫が急に動揺し始めた。
ジャンヌもカナンも平気で五日ぐらいは寝泊りしていた。
一日だったら、八階ぐらいの浅い階層だから危険じゃない。
カナンは口だけのビビリだから、実力以上の危ない事は絶対にやらない。
だから、安心して任せられる。
逆にジャンヌは平気で男冒険者とパーティを組むから、夜に寝ているところを襲われそうになる。
全員半殺しにしているから安心できるけど、寝相が悪いから無実の半殺しも多い。
特に近くに寝ている仲間が、可哀想に何度も被害に遭っている。
「お前は馬鹿なのか⁉︎ 若い男女が二人っきりの人目のない場所で、何をするか分かっているのか⁉︎」
「はい? はぁ……馬鹿なのはあなたでしょ。七歳の子供と何が出来るんですか?」
「可愛ければ年齢なんて関係ないんだ! あんなに可愛い子と一緒の部屋で寝ているんだ。魔が差す事もあるだろう!」
こんな馬鹿親にはなりたくないと、ため息を吐いた。
カナンがメルちゃんに手を出すと力説している。
あのビビリが牢屋に入るような事をするとは思えない。
「馬鹿な事言ってないで、さっさと夕飯食べてください。あなたこそ、メルちゃんとお風呂に入ろうとするのは、やめてくださいよ」
夫はダンジョンの中で、二人が変な事をすると想像しているみたいだけど、想像する方が変だ。
私には腕立て伏せをやらされている、メルちゃんの可哀想な姿しか想像できない。
「俺は怪我してないか心配なだけだ! 変な気持ちはこれっぽっちも持ってない!」
「はいはい、そうですか。そんなのどうでもいいですか、入らないでくださいよ」
「くっ、俺の事はどうでもいいだろう! カナンの部屋を調査するぞ! 証拠があるはずだ!」
「あぁー、まったく……」
夕飯を食べろと言っているのに、夫が逃げるように二階に駆け上がっていった。
カナンの部屋は鍵が付いてあるから、外から開けられないと分かっているでしょ。
「あら? いないわね」
扉を壊されたくないから、二階に上がったものの、夫の姿が見つからない。
カナンの部屋を開けようとしたけど、鍵がかかっているから開かなかった。
きっと隣の部屋から、屋根伝いに窓から入るつもりだろうと思っていると……
「んっ?」
ガチャと鍵が開く音がして、扉が開いてきた。
「ブレンダ、お前も手伝え」
「はぁ……何してるんですか? いつから泥棒になったんですか?」
「いいから証拠を見つけるぞ」
扉の中から夫が現れると、小声で手招きしている。
この家には私とあなたの二人しかいませんよ。
「証拠って何ですか? 恋文でも見つければいいんですか?」
「ほら、ブレンダ! ベッドに茶色い髪が落ちているぞ!」
「……カナンも茶色ですよ」
「くっ、そうだった! 紛らわしい奴め!」
誇らしげにベッドの髪の毛を見せてきたけど、私に言われてすぐに床に投げ捨てた。
夫が物凄い馬鹿になっているけど、町に流れている悪い噂が原因だと思う。
そもそもカナンが冒険者になったのは、二年前にジャンヌが町を出ていった後だ。
その前は夫みたいな販売員になると言っていた。
それなのに急に『凄い手帳と剣を貰ったから、冒険者になる』と言い始めた。
カナンは計画を立てても、すぐに思いつきで行動する悪い癖がある。
それだと意味がないと何度も注意するのに、無駄に直感を信じてしまう。
ジャンヌが天才だから、自分も天才だと信じているみたいだけど、息子は凡人だ。
♢
三十分後……
「くっ、証拠隠滅されている!」
空のゴミ箱、本棚の本の中身、洋服ダンスの引き出しまで調べて、夫はやっと諦めた。
綺麗に掃除された部屋が散らかされただけだ。私は絶対に片付けませんよ。
「気は済みましたか?」
「やっぱり女の子に冒険者は似合わない。ジャンヌに頼んで男の子を送ってもらおう」
「急に何を言い出すんですか? メルちゃんはどうするんですか?」
「お前も町の噂を聞いているだろう。『ロリロンリー』だぞ。孤独な少女と一匹狼の幼女愛好家だぞ」
私もその悪い噂は聞いている。
誰が考えたのか知らないけど、くだらない事を思いつくものだと感心している。
噂では、息子の部屋には女の子のお人形がいっぱいあるらしい。
見て分かるように不健全な本の一冊も置いていない。
逆に心配になるぐらいだ。
そして、お人形では我慢できなくなって、本物を買って飼っている事になっている。
しかも、メルちゃんも満更でなく、食事や洗濯までして、新婚生活に励んでいるそうだ。
もちろんデタラメだと言いたいけど、私が見ているのは家の中だけだ。
ダンジョンの中までは、何をやっているのか分からない。
それにメルちゃんが家に来ると知った時に、エッチな事をすると言っていた。
もしかすると、あれが犯行予告だった可能性がある。
計画を立てて、実行しようとしている最中かもしれない。
もしかすると、犯行後かもしれない。
「あなたの言う通りにするわ。元気な男の子を二人送ってもらいましょう」
もしもの事を考えて、夫の提案を受け入れる事に決めた。
火のない所に煙は立たない。
町の悪い噂を否定したいなら、二人を引き離した方がいい。
「ああ、そうしよう。でも、カナンの部屋に四人は多いな。子供達にはジャンヌの部屋を使わせるか」
「必要ないわ。カナンと男の子には家から出ていってもらいます。あの子もいい加減に自立しないと駄目よ」
私もこの家に子供三人は狭いと分かっている。
だから、これを機に家から出ていってもらう。
「確かに完全に引き離した方が身の潔白を証明できるな。悪い噂が消えた頃に戻ってもらうか」
「はぁ? 何言ってんのよ! あなたは甘いのよ! 永久追放に決まっているでしょ!」
「あ、ああ⁉︎ そうだな、そうしよう!」
せっかく追い出すチャンスがやって来たのに、まだ馬鹿親対応をしようとする夫を激しく叱った。
父親ならブン殴ってでも、厄介な息子を家から追い出すのが仕事でしょ。
あなたがやらないから、私がやるんでしょ。
追い出された先が絶望しかない世界でも、そこから希望の光でも何でもいいから見つければいいのよ。
これが私のやり方よ。文句があるなら、家から出ていけばいい。




