第1話 酒場の解雇
「ちょっといいか。食事の前にやる事がある」
「何だよ、終わった後でいいだろう」
「安心しろ。料理が冷める前に終わる」
町のBランクダンジョンで仕事を終えた俺達五人は、夕暮れ時の酒場の丸テーブルに座った。
注文した肉料理や野菜料理、酒が入ったグラスが並んでいるが、食事の前にやる事がある。
これから緊急会議を始める。
今日の議題は二週間前に勧誘した、新入り剣士アレンの事だ。
習得するように言っていたアビリティ『毒耐性』を、まだ習得していない。
やる気と毒草を食べる勇気があれば、一週間で習得できるのに、二週間も経過している。
これ以上は期待するだけ時間が勿体ない。解雇するのが常識だ。
「お前は約束を守れなかった。だから、お前を約束通りに解雇する」
「そ、そんなぁー⁉︎ 隊長、待ってくださいよ⁉︎」
突然の解雇宣告を受けて、アレンは激しく動揺しているが、一週間前にも同じ光景は見た。
努力する時間は二週間もあげた。努力できない奴は出来るヤツに変える。
それが俺のやり方で、正しいやり方だ。
「俺の記憶が確かなら、その台詞は一週間前にも聞いた。やる気のない奴と付き合うのは時間の無駄だ。さあ、話は終わりだ。飯を食べるぞ」
「ちょっと待ってくださいよ! 今度こそ本気です。絶対に習得します。あと一週間だけ待ってください!」
「この料理はお前の解雇祝いだ。食べないと勿体ないぞ。まあ、食べなくてもいいけどな」
頭をテーブルに付けて、アレンが必死にお願いしている。
俺は気にせずにピリ辛の骨付き肉に噛り付いた。最初から俺は本気だった。
戦場に今度は存在しない。俺の本気を甘くみていた結果がこれだ。
お前はもう解雇されている。クビは床にとっくに落ちている。
「なあ、隊長。アレンもこう言っているんだ。もう一回ぐらいチャンスをやろうぜ」
「そうですよ。人には向き不向きがあるんです。習得に時間がかかるアビリティもありますよ」
だが、他のメンバーが前回と同じように同情している。
パーティを組んで三ヵ月になる、槍使いガイと弓使いロビンは優秀な人材だ。
だから、前回はパーティの意見を尊重する事に決めた。
でも、今は一週間前とは状況が違う。
意見を聞いてチャンスをやっても、一週間後のアレンの結果は分かっている。
だから、今回も意見は聞くが、条件を少しだけ変更させてもらう。
「分かった。じゃあ、こうしよう。毒耐性を習得したら戻って来い。その間に新しい仲間を雇って、毒耐性を習得してもらう。早く習得した方を正式採用する。アレンが習得できない時は戻って来なくていい。皆んなもそれでいいな?」
「……」
俺にはアレンの未来が見える。結果は分かっている。アレンは習得できない。
テーブルに座る仲間三人の顔を見て、意思を確認した。納得はしてないようだ。
そして、不穏な空気の中、赤髪の剣士ヴァンが立ち上がると話してきた。
「カナン、こういうのはもうやめた方がいい。三ヵ月で解雇者十一人だ。流石に多過ぎる」
「それだけ使えない奴が多いという事だ。それにお前達三人は一週間で習得している。難しい注文をしているわけじゃない」
俺は出来ない事を要求していない。出来る事をやるように言っているだけだ。
出来る人間と出来ない人間の違いは、やる気があるか、ただそれだけの違いしかない。
「俺もヴァンに賛成だ。三ヵ月前に解雇したヤツを育てていたら、もっと下の階層に行けている。一万人の中から天才の原石を見つけたいなら、一人でやってくれ」
「天才なんていない。努力できる人間を探しているだけだ。冒険者の最低基準も達成できない奴は、育つ前に死ぬだけだ」
「チッ。そういう事は一度でもキチンと育ててから言えよ」
緑髪の熱血ガイの意見を冷静な判断で否定した。この酒場に俺以外の天才はいない。
冷酷に見えるだろうが、仲間に変わって嫌な仕事をするのが隊長の務めだ。
遠回りのように見えても、結局は時間をかけて、優秀な仲間を集めた方が良い結果になる。
それに長く一緒にいると、ゴミにも愛着を感じてしまう。
駄目そうな奴はさっさと解雇しないと、パーティ全体が駄目になる。
腐ったリンゴ冒険者は俺のパーティには必要ない。
「分かった。だったら、俺達四人がお前のパーティから抜けてやるよ」
「何だと?」
ガイの言葉を皮切りに、示し合わせたようにガイとロビンが椅子から立ち上がった。
アレンも理解してないが、流れに身を任せて立ち上がった。
「俺達が目指しているのは頂点じゃない。楽しく稼げれば、それだけで十分に満足だ」
「ええ、その通りです。それにあの人の弟なのに普通以下でした。これ以上、姉の七光りに付き合っていられません。私も辞めさせてもらいます」
ガイとロビンの二人が次々に不満を言ってくる。
二人ともやる気と向上心が高くて評価できるが、感情で動くのは良くない。
ビジネスと感情はセットだが、感情だけで動くのは子供と同じだ。
「言いたい事はそれだけか?」
「はぁ?」
興奮する四人に向かって、飲み物を一口飲むと冷静に言った。
皆んなで俺を脅して、アレンの解雇を白紙に戻したいようだ。
だが、俺とそいつのどちらが優秀なのか、三ヶ月の付き合いで分かるはずだ。
「辞めたいなら辞めればいい。空いたお前達の席に代わりの誰かが座るだけだ。今ならまだ誰も座っていない。俺は今から二十秒間だけ目を閉じる。後悔したくないヤツは席に座るんだ」
「……」
俺は寛大な男だ。アレン以外の三人にチャンスを与えると、目を閉じて数を数えていく。
一人でも座れば、他も座る。人とはそういうものだ。人とは一時的な感情で間違いを犯すものだ。
パーティの隊長を務める男には、間違いを許せる広い心も必要だ。
「19、20……さあ、目を開けるぞ? いいな、開けるぞ?」
返事は聞こえないが結果は分かっている。
ゆっくりと目を開けて、席に座っているはずの三人を見た。
「……やれやれ、隠れんぼうでもするつもりか?」
席には誰もいなかった。仕方ないので、テーブルの料理を一人で食べていく。
酒場の閉店まで待ってやるから、その間に席に戻ってくればいい。