第七十話 夜明けについて⑨
俺は崩れた建物の骨格を背もたれにして、地面に座っていた。既に動くことすら億劫で、剣を持ち上げることも面倒。魔力がほぼ尽きかけなのだろう。
魔力補給剤を飲んで回復を試みているも、まだ時間はかかる。明るくなってきた空を見ることくらいしか、俺にはやることは無かった。
俺の横には、地面に横になっているジェットの姿。彼女は気絶しているようで、首輪をつけてからと言うもの、一向に動く気配を見せない。
首輪……そう首輪…、俺はジェットに首輪をつけることに成功したのだ。
戦闘が終わった後、首輪についてギルドマスターに詳しく聞くと、やはり奴隷の首輪と効果は相違ないらしい。ただ奴隷の首輪に比べて拘束力が低く、ご主人の害になるような行動をしなければ、基本的に自由に動けたり発言できたりするのだとか。
ただ……俺がこの少女の命を握ってることに、変わりはない。死ねと…そう命令するだけでジェットは自殺するだろう。なら…俺は……そう命令すべき…何だろうか?
ギルドマスターには、ラリマーの好きなようにしていいと言われた。奴隷になった以上、もう帝国に反逆するような行動は取れないから……だそうだ。いっそ上司命令で殺せ、だとか言ってくれた方が楽だったかもしれない。
他人の命を握るなんて……快いものでは無い。
ふと……視線を移せば、真っ二つになったシェルの姿が映る。赤い血溜まりが、無惨な遺体を優しく包み込んでいる。彼はギルドマスターに、精神操作させられていたんだっけ?だけどどうであれ、帝国のために戦ってくれた彼は俺の戦友だ。
その戦友を殺したのもまた、ジェットだ。
シェルだけじゃない。この夏祭りに来ていた一般市民もまた、多く殺している。今までのジェットの人生を遡れば、もっと多くの帝国の人々を殺しているだろう。ヒスイだってボコボコにしていた。
そんな存在を、生かしておいて良いものなのだろうか?
その罪を罰するために殺すと言う考え方もあるだろうし、罰するために労働を強いると言う考え方もある。それに彼女の立場を鑑みれば帝国人を殺すのは当然で、俺だって魔族を何人も躊躇なく殺してきている。きっと俺がジェットと同じ立場なら、彼女と同じ行動をしている。なのにジェットが、真に悪者と言い切って良いのか?
結局俺はジェットの扱いをどうすればいいのか、分からずにいた。そしてそれを俺が判断することすら、おかしいような気もした。
「ラリマー、マスターがどこに行ったか知らないですか?とヒスイちゃんは質問をラリマーに投げかけます。」
ヒスイは俺の目の前で仁王立ちしながら、顔を覗いてくる。ヒスイはギルドマスターの努力と俺の奮戦甲斐あって、無事命を取り留めていたのだ。
と言っても応急措置をした程度なので、戦闘できるほど体力が残っている訳じゃない。きっと立っていることすら、キツいはずだ。それでも彼女は、俺の前に立ち続けている。
それは、頑張ることが出来なかった自身への戒めなのかもしれない。助けてくれた俺への、元気になったと言うアピールなのかもしれない。どうであれ俺は、ヒスイの覚悟を邪魔する気は無かった。
「話を聞いてなかったのか?」
「意識が戻ってすぐって頭がボーっとして、会話が頭に入ってこなかったんですよ。マスターは何と言ってましたか?」
「北門に行くと…言っていたな。」
「北門ですか、北門……って、あーフォス様!まさかマスターはフォス様の救援に!?ヒスイちゃんもダッシュで向かわなくては!」
「ダメに決まってるだろ。今のお前では、足手まといだぞ。」
俺はヒスイの服を引っ張って、彼女の愚行を阻止した。まったく……疲れているのに無駄なパワーを使わせないで欲しい……。
「ぐぅ…私も本来ならすぐに門を死守して、北門に向かう予定だったのに……とヒスイちゃんは後悔を露わにします。これも全部、そこのジェットさんのせいです。許しません。えいえいえい。」
ヒスイはそう言って、気絶しているジェットの頬っぺたをグイグイと引っ張っていた。
こう見ると、あれほどの恐怖の対象であったジェットも可愛らしい少女に見える。不思議だ。
どんあに強くあろうと、どれだけ天才であろうと、ジェットの本質は華奢な体の少女でしかない……と言うことなのだろう。
「ヒスイ、このジェットをどうしたい?」
「どうしたい…って、あ~この首輪についての話ですか。」
「そうだ。俺は正直どうしていいのか分からん。だからヒスイの話を聞きたい。これは俺だけでなく、冒険者の、そして被害者たち全員の問題だ。だからヒスイがジェットに死んでほしいと思うのかどうか、意見を知りたい。」
「そうですか……うーん、どうでしょうか?確かに殺されかけたし、もう殺されたと言っても過言じゃないんですが……別に恨みとかの感情はないんですよね、とヒスイちゃんは心の内を吐露します。だってそれはジェットさんだけの問題ではなく、魔王軍全体の問題で、そして戦争の問題で……戦闘となれば殺して当然ではありますが、命を左右できるとなった今、わざわざ殺す必要はないのかもしれません。」
「ふむ…そうだな……。」
「別に今すぐ決めなければいけない問題ではないんですから、じっくり考えればいいんじゃないですか?どうせジェットさんには何もできませんし、捕虜兼奴隷としてギルドで労働でもさせればいいのでは?とヒスイちゃんは妙案を訴えます。」
ヒスイの言葉を聞いて……確かにそうだと思った。言う通り、今すぐ決めることではないと思う。
ただ……きっと今すぐ決めないと殺すと言う選択肢は取れないだろう。だってジェットの見た目はだたの少女で……ただ魔王軍に生まれたと言う違いがあるだけの普通の人間で……だからこそきっと愛着を持ってしまうと思うから。命を大切だと感じてしまうと思うから。
どれだけ死にたいと言われても、どれだけ俺のことを恨んだとしても、もう殺すと言う選択肢は選べなくなってしまう。けど…それでも……
「ああ、そうだな……。」
俺はそう言葉をこぼすしか、無かった。
★
「危ない、危ない。間に合わない感じがしてたけど、勇者呼んどいて良かったよ。」
僕らの前に颯爽と現れたのはギルドマスターだった。彼は魔力の壁で、アメジストの一撃を、さも当然のように受けきってみせる。勇者、ダイヤと来て、次はギルドマスター?
もう意味が分からないが、何よりも今気になったのはギルドマスターの使った防御魔法だった。
魔術式が複雑すぎるのだ。魔法にある程度の知識がある僕をもってすれば、どのような魔法であるかを基本の構造式から読み取ることは難しいことではない。だが……今ギルドマスターが使った魔法は、何もわからなかった。起こった現象から、防御魔法なのは理解したがそれだけ。
見たことのない魔方陣が、細かくそして繊細に刻まれている。それは明らかに高度で、それでいて未知だ。理解不能。
あのアメジストの攻撃を真正面から受けながら、衝撃一つ無く受けきる何て尋常ではない。
彼女の攻撃を何度も受けて来た僕だから分かる。そんなこと無理なのだ。無理のはずなのだ。それでも確かに、その現象は目の前で起こった。
ギルドマスターの魔法をこれまで見たことは無かったのだが、魔法の腕はピカイチなどという噂は本当なのかもしれない。
「本当に次から次へと現れる。フォス君って本当に近いようで遠いのよね。もどかしいわぁ。もどかしくてもどかしくてどうにかなりそう。うふふっ。」
アメジストは不気味な笑みを浮かべると、その場から瞬間移動かの如く素早く離れた。
またあの瞬間加速魔法を使ったのだろう。後ろから迫っていたフローライトが、攻撃対象がいきなり移動したこともあり、急ブレーキする。
「あっぶな!?あとちょっとで、シルフギルドのギルドマスター斬るところだった!?危うく懲戒処分になるところだったわね。」
「あはは、大丈夫。僕そのくらいじゃ斬られないから。」
「え!?もしかして私、今喧嘩売られた?」
フローライトは少し不服そうな顔で、ギルドマスターをじろっと見た。ただ彼はそんな様子気にする仕草も見せずに、僕らの方に振り返る。
「フォス、アズ、良かった。無事そうだね。」
「は、はい……えっと、何でギルドマスターがいるんですか?」
「ん~たまたまかな。たまたま夏祭りに来てたんだよ。そこの二人と、あとラリマーとヒスイと一緒にね。」
「ラリマーとヒスイも!?」
「忙しい時期なのに、よくもまあ大人数で遊びに来ていたものね。」
「あはは、アズは手厳しいね。反論の言葉が見つからないよ。」
ギルドマスターは愉快に笑って見せる。ずっと緊迫した状況だったってのに、彼が来ただけで、ピリピリとした気配が弛緩した気がした。もう大丈夫、そんな安心感を何故か感じてしまう。まだ戦闘は終わっていないと言うのに……。
ただそんな彼に、剣を向ける一人の影があった。……スピネルだった。
彼女は剣に変形した傘で、ギルドマスターを斬ろうと振りかぶる。しかしその剣は、彼を斬る直前に寸止めで止まる。
「おっと、アン。元気そうだね。」
「ちっ……どさくさに紛れてご主人様を殺せるかと思ったのに。あと我、もうアンと名乗る意味ないですわよ。スピネルって、あのアメジストのせいでばれてしまいましたわ。」
「そっか~それはまぁ、しょうがないね。」
「えっと、アンって名前は偽名なんですか?」
「ははは、実はそうなんだよね。ダイヤ、言って無くてごめんね。と言っても正直、スピネルは僕の所有物ってことになるから、名前はいくらでも僕の采配で変えられるんだけどね。アンもスピネルも僕から言わせてもらえば、どっちも偽名。」
「……なるほど?」
ダイヤはそう言ったものの良く分かってない様子だ。大丈夫、僕も良く分かっていない。
アズもこいつは何を言っているんだ?と言う目でギルドマスターを見ている。
ただそんな僕らを置いていきながら、ギルドマスターはアメジストのいる方向に振り返った。
アメジストは剣を構えて、僕らから数メートル離れた場所に立っている。ふーふーと呼吸を荒くしており、体には汗が滲んでいるのが見える。出血も酷く、疲労困憊と言った様子だ。
けれどその目は、僕を捉えて離してくれない。ただアメジストがいかに強いと言えど、勇者であるフローライトとギルドマスターを相手にするのは難しいはず。それを彼女も理解しているようで、無理やり僕を襲って来るような様子は見られない。
「さて…どうする?魔王軍幹部君。戦う?それとも逃げる?もう君に勝ち目がないことくらい理解してると思うけどね。」
「はぁ……何だかあなたからは、九尾の野郎と同じ気配がするわぁ。魔力の気配も全く感じないし、一番不気味ね。」
「僕を不気味だと思える、その観察眼は称賛に値するね。それでどう?不気味な存在と、勇者の二人を一人で相手にする気分は?」
「言ってしまえば最悪よ。どう?私とフォス君の一騎打ちで勝敗を決めることにしない?数的有利でいたぶるより、そっちの方が平等でハートフルよ。」
「それを、私たちが飲むわけないでしょ。潔くここで散りなさい。」
フローライトは剣を構え直して、アメジストを睨みつけた。良かった……ここでじゃあ一騎打ちで、何て言われたら僕は死ねる。物理的に。
「うふふ、そうよねぇ。けど私、死ぬ気はないのよ。フォス君を倒せなかったのは、惜しいけどしょうがないわぁ。また別の機会に繰り越しね。ほらフォス君、最後の私からのプレゼント、受け取りなさい!」
そう言ったかと思った瞬間、なんとアメジストは手に持っていた剣を僕に向かって投擲して来た。
完全に不意を突かれた僕は、全く反応できない。ただフローライトが反応して剣を叩き落としてくれたことにより、剣が僕にまで届くことは無かった。
こっわ……冷や汗が止まらなかった。
さすがアメジスト。どれだけ不利な状況になっても、僕を殺すと言うチャンスを逃す気は無かったらしい。ただ僕が反応できなかったことでフローライトが剣に気を取られ、隙を生じてしまう。
「フォス君、その剣預けとくわね。」
アメジストはそう言うと、フローライトの隙を逃さず駆け出した。逃げ出したのだ。僕らには目もくれず、北門へと走って行ってしまう。
「待ちなさい!って、うわっ!?」
フローライトがすかさずアメジストを追いかけようとするが、ギルドマスターが服の裾を引っ張って静止させた。フローライトは転びそうになる体制を何とか立て直すと、ギルドマスターを激しい形相で睨む。
「ちょっと、何引っ張ってんのよ!まさか、みすみす見逃す気じゃないでしょうね?」
「いや、見逃す気だよ。」
「はぁ!?あんた、ふざけてんの!?」
フローライトは鬼のような形相で、ギルドマスターの胸倉に掴みかかった。ただ彼はふざけてるような様子は一切無く、むしろ冷静な様子だった。
「勇者君、冷静になってみてよ。何故魔王軍がこのイーグル街に突然現れたか分かってる?」
「そ、それは…そうね……。空間魔法…とかかしら?状況から判断すれば……って、あ!もしかして尾行して魔方陣がどこにあるか、場所を突き止める気?」
「そういうこと。ヒスイがジェットから聞いたって言ってたから間違いないだろうね。帝国に移動する空間魔法なんて、かなり高度な隠蔽魔法で隠していると思うから、このままじゃ見つけられない。なら追尾して突き止めた方がいいでしょ?違うかな?」
「……あなた、小さくて弱そうなのに、頭の回転すごいわね。」
「それはどうも。じゃあ僕が追いかけて来るから、勇者君はこの騒動の後かたずけ、よろしくね。」
「はぁ!?待っ……って速ぁ……。」
気付けば、すでにギルドマスターの姿は無くなっていた。僕には早すぎて目に追えなかったが、フローライトでも反応できないとなるとそのすごさは計り知れない。何かアメジストが使ってた瞬間加速魔法より早く見えたのは僕だけだろうか。
……と、そのとき空が一気に明るくなった。
暗みがかったグレー色の空は、青みがかった美しい色の空へと姿を変える。そして全てを癒し、包み込むような暖かな温もりが空から僕らを覆った。まるでこの死闘の全ての終わりを告げるような、そんな目をひそめたくなるほどに明るい輝き。
「夜明けね。」
そうアズが独り言のように呟く。
そうか……朝になったのか。
あのどこまでも暗く見えた空は、朝を迎えたのか。どんなに辛くても苦しくても明日が来る。
月並みな言葉ではあるけれど、今日ほどその言葉の重みを実感した日はないのかもしれない。
終わったのだ……長い…長い……戦いが。
何度も死ぬと思った。何度も殺されると思った。
それはきっと僕だけじゃない。今このイーグル街に生きている全ての人間が、そう感じていることだろう。そして生きていることを実感している。生き残れていることに感謝を感じている。
まさかただただ遊びに来た夏祭りで、こんなことになるなんて思わなかった。ホントに予想だにしないことが起こりすぎて、笑えて来る。きっと夏祭りに向かっている何も知らないときの僕に言っても、信じてくれないんじゃなかろうか?それほどに一寸先の未来は予測不可能の事態だった。スケルトンがイーグル街にいる人々に、どれだけの被害を与えたかは分からないけど……この騒動でどれだけ人が亡くなったかはわからないけれど……とりあえずは喜ぶべきなんだと思う。
「生きていてよかった。」
……と。
長い長い戦闘もここで終わりですね。
読んで頂き感謝、申し上げます。
評価、ブックマーク登録してくださると幸いです。感想お待ちしてます。
10/27はおやすみです。




