第六十九話 夜明けについて⑧
「いいわよぉ。滾るわぁ、この感じ……最高。ふふ、さあ、もっと一緒に踊りましょう。殺し合いましょう。フォス君!さぁさぁさぁ!」
アメジストは頬を赤く染めながら、黒い鉄の塊のような剣をブンブンと振り回す。体は地面を転がったこともあり小さいかすり傷を多く負っており、出血もしている。にも関わらず、その姿は堂々としていた。
まるで傷なんか負っていないような、むしろ傷を負ってさらに興奮しているような、そんな印象を感じる。戦闘狂ってこんな存在のことを言うのだろうか?傷を負えば追うほど、より獲物を狩ろうと躍起になる。
「フォス、言っておくけど…もう一回さっきのやつやれって言われても、無理だからね。」
背後でしゃがんでいるアズが、釘を刺すようにそう言ってくる。額に汗を浮かべており、立つのもしんどいのだと目で訴えてきている気がした。
「さっきのがもう無理なら……やはり逃げるしかありませんわよ。まさかここまで立ち上がってくるなんて…さすがアンデット……、我がくい止めるから二人は逃げなさい。」
「そんなことしたら、スピネルさんが危ない……よね?」
「まあ勝てるかは分かりませんわね。けど例え死んだとしても、ここで三人死ぬよりはマシですわよ。はぁ……何で我がこんなことに……。」
スピネルはそう言いながら、傘を構え直した。すると傘が変形し、一本の剣の形へと変化する。仕込み傘であることは知っていたが、まさか傘ごと変形するとは思っていなかった。
正直、ビックリだ。どんな代物なのだろう……。
「フォス、逃げる?申し訳ないけど逃げるなら、私を背負いなさいよ。もう動きたくないんだから。」
「それは分かってるけど……そんな逃げる暇作ってくれるかな?」
僕は苦笑いするしか無かった。
何故ならアメジストが僕らに再び迫ってくるのが見えたから。
「雲に梯!」
「氷雨!」
スピネルの剣に、激しい衝突音と共にアメジストの剣がぶつかった。突進しながらの一撃と言うこともあり、スピネルの剣が押し負ける。
その隙を突いて追撃すると思いきや、アメジストの目は明らかに僕を捉えていた。
「雲を突く!」
迫ってくるアメジストの剣。僕はつかさず剣で受け止めるも、押し負けてその場に転んでしまう。
しっかり魔法陣を組めて相打ちなのだ、今の僕の状況じゃ剣を弾き返すことすら叶わない。
転んだ僕を逃さず、アメジストは容赦なく剣を構える。
ただ後ろにいたアズが、魔力を振り絞りながら魔弾を放った。もう魔力量も少ないのに飛んだ無茶。けどそれは救いの一撃でもあった。
魔力を弾く動作が入ったことにより、アメジストの行動が一歩遅れる。僕はそのコンマ数秒の間に、地面に手を土につき魔法陣を展開させた。
地面を流動させ、僕とアズを無理やりアメジストから距離を離す。アズの魔法を成立するために編み出した、僕の移動法。アメジストの剣がギリギリでハズれ、僕らは九死に一生を得る。
「篠突く雨!」
立て直したスピネルが剣を振り下ろす強力な一撃。さすがのアメジストもたまらず、数歩後ろに後退した。スピネルの剣が地面にぶつかり、周りに瓦礫が飛び散る。
「もう、ギリギリだったのにぃ。お預けなんて、もっと興奮しちゃうじゃない。」
「お預けじゃなくて、諦めて欲しいんだけどな。」
「そうですわ!諦めなさいですわ!」
スピネルが僕に呼応して、人差し指をアメジストに向ける。ただ彼女は表情一つ変える様子は無かった。
「ふふ、私ね。諦めの悪い女なのよぉ。」
「まるでメンヘラですわね。卑しいですわ。」
「フォスってカイヤと言い、変な女に好かれる才能があるわよね。」
「カイヤは変な女ではないと思うけど……。」
「いや、変な女よ。間違いなく。ま、そこのアンデットに比べれば何倍もマシな方かしらね。」
アズは地面に横になりながら、苦笑いしていた。
もう上体を起こすことすら辛いらしい。アズにはかなりの無理を強いてしまったな……。
けど……それでも……どうすればいいのか分からない。
正直言って状況は絶望的。逃げるにも逃げられない。
けど戦っても……明らかにこちらの戦力不足。スピネルは頑張ってくれてるけど、アズはもう限界だ。僕だって魔力はもう残り少ない。
どうすればいいのか……分からない。生き残るためにどうすればいいのか、答えが分からない。
だけど……考えるしかない。
諦めない限り、希望があるから。とにかく会話を繋げて、どうにか思考時間を稼ぐしか……
だが、アメジストはそんな僕らの状況も分かっていた。
すぐに距離を詰めようと、足を踏み出す。
次の追撃を僕らは耐え抜けるのか?
不安しかない。恐怖しかない。アズがいれば怖くないなんて言ってたけど、もう状況が違う!
怖い!
だが怖いと叫んでも、現実は何も変わらない。
僕とスピネルは剣を、反射的に構える。生き残るために、希望を逃さないために……。
どんなに辛くても、冷静に、そして熱血に、剣に魔力を流し込む。目を逸らさず、剣の軌道を目で追った。
けれど……
その目に映ったのは、禍々しい剣でも、恐怖でも、絶望でも無くて……希望だった。
「勇者見参!」
僕らの前に颯爽と現れたのは、青髪の女性であった。
真っ白な服に身を纏い、その服には天秤の赤い印が刻まれている。彼女は手に持つ水色の剣で、アメジストの剣を受け止めて見せた。
魔力がぶつかり合い轟音が、その場に響く。目の前だったこともあり、耳にキーンとした痛みが走った。閃光が飛び散り、何があったのかと僕とスピネルは唖然とする。ただ……状況が好転したことは、何となく理解していた。
「あらぁ、また私とフォス君の邪魔をする輩が来たわね。あなた誰かしらぁ?なかなか強そうねぇ。」
「私は勇者、フローライト。その脳にこの名前を刻み込んでおきなさい。今からあなたを地獄送りにする人間の名前って……アンデット!?じゃあもう死んでる!?ダイヤ!この場合、私は地獄送りをどう表現すればいいの!?」
唐突に現れた少女は、そう叫んで近くの建物の影を見た。するとその影から現れたのは、シスター服を着た、白髪のエルフ……そうダイヤだった。
え!?ダイヤ!?
「アンデットだって地獄には行くと思いますよ……はぁはぁ足…速すぎ……って、あ!フォスさん!」
ダイヤは僕と目が合うと一目散に、走って駆け寄って来た。そして僕の目の前まで接近すると、満面の笑みを浮かべる。
「良かった…フォスさんが無事で……。」
ダイヤは笑顔にも関わらず、泣きそうな様子であった。
目がうるうると、今にも雫がこぼれ落ちそうになっている。ただそんなダイヤの様子が気にならないくらい、僕は激しく困惑していた。
先ず目の前に勇者がいること。
この青髪の女性は、確かに勇者と名乗っていた。勇者は騎士団組織のトップ。そんな存在が何故このような場所に……!?勇者は基本、王都や戦争の主戦場にしかいない。
こんなイーグル街にいるなんて、ありえない。
それだけでも驚かざるをえないのに、ダイヤ!?
何故ダイヤが、このイーグル街にいるんだ!?意味がわからない。理解が追いつかない。
そして僕は気付けばダイヤの両肩を掴んでいた。
「ふぇ!?」
ダイヤは明らかに困惑した表情で、そう言葉を漏らす。
それでも僕は気にせず、疑問を口にしていた。
「ダイヤ、何故ここにいるんだ?」
「あー、あはは…そうなりますよね。後でゆっくり話しますので、とりあえずこの場から離れましょう。ここにいては戦闘に巻き込まれてしまいます。」
「そ、そうだね。」
ダイヤに正論を言われて、僕は一旦冷静さを取り戻す。
確かに勇者が来てくれた以上、今はこの場を離れる絶好の機会だ。これを逃してはならない。
「アズさんも逃げましょう……って大丈夫ですか!?ほとんど魔力感じないですよ!?」
「うっさいわね。あんたフォスに夢中で今、私の状態に気付いたって感じじゃない。まあいいわよ。フォス、おんぶして。」
「はいはい。」
僕はアズを背中におんぶして、その場を離れようとする。ただその瞬間、背後から激しい殺気を感じた。思わず反射的に剣を構えそうになる。
「フォス君!逃がさない!」
そう叫び声のような声が聞こえた。
アメジストが必死に僕に接近しようとする意志が、気配だけで感じる。
「一方的な愛だけで迫るのは、いけない事よ。魔王様にでも習わなかったの?」
だがアメジストの行動を勇者が阻止する。
やはり騎士団のトップ。強い……。アメジストが僕へと攻撃する隙を作らなかった。
僕は半ば走りながら、その場から逃げる。スピネルもまた僕についてくるようにその場から、逃げ出した。
「助かりましたわ、ダイヤさん。あなたが来なかったら今頃、どうなっていたことか……。」
「いえいえ、間に合って良かったです。えーとアンさん、その翼は……?」
「あー、これは気にしなくていいですわよ。それよりご主人様やヒスイさんが、今どうなっているか分かります?」
「いえ……すいません。門を防衛した後、すぐにこっちに来たものですから……。」
「そう……少し心配ですわね。」
「えっと……ダイヤはスピネルさんと知り合いなの?」
「スピネル?アンさんのことですか?そうでしたらそうですよ。と言っても今日初めて会いましたが。」
「詳しく言うと、昨日ですわね。」
「昨日……ってもう、日を越えたのですか?」
「超えたどころか、もうすぐ朝になりますわよ。」
そう言って、スピネルは空を見上げた。
気付くと確かに暗かった空が少し、明るくなっている。もう夜が明けるのだろうか?いつの間にかそんな時間がたっていたなんて……。
そんなことに気付いているうちにアメジストから距離を離し、何とか数十メートルの距離を確保することが出来た。ただ……それ以上距離を離すのは気が引ける。勇者とは言え、アメジストがめちゃくちゃ強いことくらい身に染みてわかっている。
勇者の援護のためにもこの距離から、遠距離攻撃で援護をすべきだろう。
集中して彼女たちの戦いを見守る。
「雲を突く!」
「高砂の尾の上!」
アメジストの剣と、フローライトの剣が衝突する。
激しい衝突音と爆風。互いが衝撃で、数十センチざざっと後退した。だがどちらも引く様子は見られない。……うーん、戦闘が速すぎて援護するのが難しい。
アメジストの剣と、フローライトの剣が激しくぶつかり合いどちらも一歩も引けを取らないのだ。
「私は今、フォス君に夢中なのよ。どけてくれないかしらぁ?勇者か何か知らないけど、邪魔よ。」
「残念、ながらそれはできないわ。」
「できないじゃなくて、どけと言ってるのよ。この貧乳。」
「貧乳!?貧乳じゃないわあああ!あんたが大きすぎるだけだわああああああ!」
「あら、そうふふ。じゃ、雲に霞。」
アメジストはフローライトを動揺させた、その一瞬を突いて超加速する。
フローライトの横を抜けて、僕らの方に迫ってきた。僕の剣を抜けたあの魔法だ……。
さすがの勇者と言えど、いきなりそんな行動されては反応できなかったらしい。
「ちょ、まっ!」
フローライトが追いつこうとするも、既に遅い。彼女より何倍も速くアメジストが僕らの元へと接近してくる。ただスピネルも僕も、二人の戦闘に意識を集中させていたのだ。反応できない訳ない。
「闇時雨!」
スピネルが素早く、真っ黒な光線を手のひらから放つ。僕もアメジストに反応して、土の槍を大量に発射した。ダイヤもまた、アメジストに向けて真っ白な魔弾をつかさず放つ。
三人同時の、遠距離魔法一斉攻撃。だがアメジストは僕らの攻撃にも一切、怯まなかった。
恐れる様子も無く、笑いながら接近してくる。何度も瞬間移動するような動きを入れ、僕らの攻撃をかわしながらの突進。流石に全部の攻撃を避けることは叶わなかったようだが、魔弾が掠ろうと、土の槍が肉を抉ろうと、お構いなし。一切の曇りなく、僕らの元まで近づいてくる。
「怖すぎだろ……。」
そう声が漏れた。何がアメジストをあそこまで動かしているのだろう。
たかが僕を殺すため。彼女に比べれば僕何て、相手にならないレベルの存在でしかないはずなのに……。思い出して見れば、女性として見ていたから……なんてことをアメジストは僕に言っていた。その理由があそこまで彼女を突き動かすのだろうか?
もしかして胸を最初に見ていたの滅茶苦茶怒ってるとか?……それはもう、謝るしかないのだけれど……。
けどきっとそうじゃない。それならあんなにも楽しそうに笑ってはいない。
まるで僕を殺せれば、後はどうでもいいような、そんな捨て身の攻撃なのだ。真田幸村の特攻のような、成し遂げても終わりしかない攻撃なのだ。それでもアメジストの眼は僕を捉えて離さない。
彼女の後ろからは、必死にフローライトが追いかけている。ちょっとでも足止めできれば、この常軌を逸したようなアメジストの行動は止められる。
けど……止まらない。
不味い……僕はきっとこのアメジストの決死の攻撃を受け止められない。彼女の攻撃をくらって命を保つことのできる自信がない。熱気、気迫、こんなにも意志の籠った攻撃を僕は受けきれない。
気持ちが負ければ、自然と魔力もぶれる。魔力は精神と結びつきが強いのだ。気圧されれば、僕の剣に流れる魔力もあやふやなものになっていく。
けど……神は僕が死ぬことを許してくれないらしい。
気付けば、僕の前に一人の少年が現れたのだ。
驚いた。気配を感じなかった。
本当にいつの間に、唐突に、いきなり、一人の少年が現れたのだ。
幻影のような、錯覚のような、お化けのような……けど確かに僕の前に少年はいた。
薄緑髪の細身の青年。
だが彼の小さな背中は、誰よりも大きな背中に見えた。
「はい。間に合った。」
少年はそう言って、アメジストの攻撃を正面から受け止めて見せた。
読んで頂き感謝、申し上げます。
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感想待ってます。二章もあと二話。一緒に駆け抜けましょう。




