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第六十八話 夜明けについて⑦

「水流剣技、水門!」


「地獄絵!」


シェルとジェットの剣が交わる。

魔力が衝突する音が、夕日の刺す荒野の空間に響き渡った。

雷が落ちたかのような残響。互いが命を取りあい、駆け引きを行う景色。そこには二人だけにしか分からない、空間が広がっていた。そこには俺なんて存在していなかった。


二人の姿をラリマーは見ていた。

入れなかった、二人の空間に。既に魔力を多く使っていたこともあり、限界に近かった。

それ以上に彼らの戦闘は高度で、隙一つ見えない。早すぎて魔力を大量に目に流すのを止めれば、何を行っているのか分からなくなるほど。


弓での援護も、先ほどのように挟み撃ちで応戦することも叶わない。

二人と俺には明確な差があって、その差を今の俺は埋めれない。魔力量を十分に持たない俺が手を出せば、足を引っ張るのは目に見えている。言ってしまえば邪魔になる。

だから何もできなかった。


もっと強かったらとか、もっと魔力量を持った人間として生まれていれば何て思っても、何も変わらない。あるのは現実で、空想はいつだって空想でしかない。今の俺にある現状、それが加わることのできない今なのだ。


こんなことなら、もっと早くに立ち直っておくべきだった。

師匠を失って、それで自暴自棄になって、自分と向き合わない期間が長くあった。その間にクリスタはドンドン強くなって、俺は置いてかれた。いや追いつこうとすら、思っていなかっただろう。

ひたすら現実から逃げて、逃げて、逃げて……何も認めたくなかった。現実から目を背け、自分の置かれた状況を把握しなかった。


今になってやっと現実を見れるようになったけど……やっぱり現実ってのは非情で、苦痛で、見たくないものだ。けど今の俺は見ている。見れている。立ち向かっている。しっかりとこの目で、この足で。けれど見れたところで……向き合わなかった溝が埋まる訳じゃない。

あの時間をもっと自分と向き合う時間に費やせば、強くなっていただろう。ジェットに太刀打ちできる強さを得られていたかもしれない。けどそれはやっぱり空想で、幻想で、嘘だ。

今の俺には、無いものだ。


シェルの魔法を使う時間を稼いだのだから、自分を褒めてもいいのかもしれないけど……やっぱりこの戦闘に加われないってのは悔しい。そして、もどかしい。

ただ見てるだけってのはむず痒い。

けどそれは現実で、俺が目をもう二度と背けてはならないもので……だから見るしかない。

何もできない俺でも、諦めないって意志だけは曲げずに持ち続けているものだから。

故に見る。見続ける。決して目を背けずに……。


シェルとジェットの戦闘は、本当にコンマ数秒を争う接戦だった。

シェルが縦に剣を振れば、ジェットは横にずれてかわす。そして反撃しようと斧を振るなら、シェルはバックステップしてかわす。そしてかわしながらシェルは続けざまに剣を再び、下から斜めに切り上げる一撃。ジェットはこれを斧の持ち手で受けながら、蹴りをジェットに入れた。


シェルの体が数メートル後方に下がり、その隙を逃さないとジェットが距離を詰める。

斧を振りかぶり、それをフェイントにして再度足蹴り。シェルはそのフェイントを見抜き、蹴りをバックステップで避ける。さしてカウンターの上段切りの一撃。


ただ……やはりジェットと言う少女は、強い。

戦闘の悪魔で、化け物で、天才だ。蹴りを放って不安定にも関わらず、片足を軸にしてその場にしゃがんで見せたのだ。圧倒的、体幹の良さとバランス感覚の鬼。

シェルも流石にそんなことされるなんて思っておらず、剣が空振る。そして隙が生じた。

ジェットはその隙を突いて、斧で横降り一撃。


今までによく見た遠心力を生かして回るような攻撃では無かったとは言え、シェルはその一撃を腹部に直撃で受けてしまった。もちろん反射的に魔力の壁を生成していたので、骨折といった大きなけがを負ったと言う訳ではない。ただ数メートル吹き飛び、俺の目の前にまで転がってきた。

地面を転がったことにより口内を出血したのか、血をペッと口から吐き出す。そして隙を見せないよう素早く、立ち上がった。


「貴様は、手を出すなよ。」

すぐ後ろにいる俺に、そんな言葉をかけながら……。


「…んなの……分かってる。」


こぼれたのはそんな言葉。何とか吐き出した、俺の言葉。

手を出すな?そんなこと分かってる。けど悔しくて、同時に怒りを感じる。

それは弱い俺に対してなのか、はたまたわざわざ言ってきたシェルに対してなのか……俺には分からない。けどその怒りは、向ける場所を知らず心の中に嚙み潰すしかなかった。

全く……最悪な気分だ。


「いひ、ひひひ、ラリマーさんが混ざるの、私は大歓迎……です…よ。だってラリマーさんと戦った方がゾクゾクする。裏切り者の誰かさんとは……違います…。」

そんな俺をからかうように、ジェットは不気味な笑みを浮かべていた。


「ほう?私との戦闘ではゾクゾクしないのか?こんなにも命を取りあっていると言うのに。」


「ふへ、へへ…そうですね……。あなたと戦っても……何故か負ける未来が…見えないんですよね。だってその全ての剣技は今までに見たこと……あります…から。未来が見えやすくて……全然ゾクゾク…しない。」


「ふっ、強がっているようにしか見えないな。私の剣技を全て知っている?全てをジェットに見せたことなど、一度も無かったと思うがな。」


「へへ……そうですね…間違えました。見てはいませんね。けど……見えはするん…ですよ。その剣技は型にはまっていて、正確で、だからこそ面白くない。やっぱりラリマーさん、座ってないで一緒に戦いましょう…よ。その方が、いひっ、楽しいです……よ…。」


「こいつがいても邪魔なだけだ。そうやって私との戦闘を有利にしたいのだろ?見えるとか言っておきながら、見えていないから。私を怖がっているから。違うか?」


「私は……ただ…楽しんでる…だけ…です。それにきっとラリマーさんがいたら、そっちの方が有利だと思いますよ。だから楽しいんです。ゾクゾクするんです。血がたぎり…ます。」


「本当にでまかせを吐き続けて、そんなことが楽しいのか?私の部下だったころからずっと嘘を吐き続けて……まったく怒りを感じるよ。」


「何を誤解してるのか分からない……です…けど、私は嘘何て、ついたこと…ないです…よ。本当に……あなたに何があったんです…か?あなたは本来…そんな人では…無かった。」


「また嘘を吐いたな……。私はもうだまされない。シルフと言う良き、理解者を得たのだ。この世界で私を心から信頼してくれるのは、シルフだけ。だから貴様に復讐する!」


シルフ?俺はシェルの発言を聞き逃さなかった。どうやら彼が魔族を裏切り、帝国側についたのはシルフが関係しているらしい。理解者?信頼?ギルドマスターは何をしたのだろう?説得?

それとも……

そして俺と、少女は同時に同じ結論にたどり着いた。


「……精神魔法。なるほど……ひひっ…そうですか。あー哀れ…です。騙され、未来を支えるはずのあなたが今や、操り人形に……あは…許さない。」


ジェットの肩が小さく震える。

初めて彼女から、明確な怒りを感じた。それと同時に俺もその全貌を理解した。

ギルドマスターが精神魔法が得意なことは、師匠から聞いたことがある。そうか、なるほど。

その精神魔法でシェルを帝国側に無理やり引き込んだのか……。

中々に酷いことをする。この渡された首輪と一緒のことを、彼は既にやったようなものだ。


けどそれは……冒険者らしい。

目的のために、倫理も道徳もかなぐり捨ててやり遂げる。俺らのギルドマスターってのは、誰よりも冒険者なのかもしれない。


ただ……その事実をシェルは受け止めようとしない。

いや、受け止めるよう思考することが出来ないと言った方がいいのだろう。


「精神魔法?違う、私は自らこの選択を選んだのだ。経緯はどうであれ、この選択を決めたのは私だ!」


「あはっ、ははっ、あーあもう手遅れなんです…ね。はぁ…もう、殺すしかない。ならせめて、苦しませずに。そして絶対、あれをぶっ殺す。」


そう叫んだ瞬間、ジェットの姿が消えた。

姿を消したのだ。前にも見せた、彼女の魔法。ただ今までと違うのは、彼女が数秒経っても姿を現さないことだ。これはこれでいつ殺されるか分からない恐怖感があって、厄介だ。

さらにこの状況では、俺が狙われてもおかしくない。


少ない魔力を振り絞って、剣を構える。シェルもまた同じように剣を構えてはいた。

隙を見せてはいけない。一寸たりとも一秒たりとも集中を切らしてならない。呼吸を整え、現れる瞬間を見逃さないよう気配に意識を向ける。


この魔法の強さの本質は、姿が消えることでは無く気配を完全に消してしまうことだ。気配を感じ取れれば、姿が見えないことなどどうってことない。けど気配を一切、ジェットからは感じない。

魔力も気配も感じず、息一つ聞こえない。冒険者もこのようなことを得意にしている者は多いが、ここまで完璧なのは見たことない。さらに足場に砂利なども無く、姿を探る方法もないことがなおのこと厄介だ。


ただ見るに、欠点はある。それは攻撃する瞬間、必ず姿を現すこと…だ。

これは予想ではあるが、間違いはないだろう。何故なら姿を消せるなら、常に姿を消して攻撃した方が明らかに得だから。それをしないと言うことは、できない理由があると言うこと。

その動作を俺は見逃してはならない。限界まで集中を高めろ。


「ふっ、来い。ジェット、私は貴様と違い、逃げも隠れもしないぞ。」


シェルは冷や汗を垂らしながら、そんなことを口走る。

そう瞬間、彼の後方の景色が歪んだ。


「後ろ!」


俺はそう叫ぶ。その言葉と同時に、ジェットがシェルの背後から現れた。

シェルがすぐに反応し、振り向きざま剣を振るう。


「剣技、水平線!」


紫色に輝く剣が、横に一線の軌道を描く。放たれる閃光が軌跡示すように、一本の線を描いた。

風のない空間に、突風が巻き起こる。

だが……ジェットの剣は、ジェットを捉えていなかった。

何とジェットはその剣を高くジャンプして、かわしていたのだ。


有り得ない、そう思った。

シェルが剣を振って来るのを見てからジャンプしても、追いつけるスピードじゃない。そこまで反応の遅い、反撃じゃない。

と言うことは……シェルが反応できると読んでの行動?


いやそんなのおかしいはずだ。わざわざ透明化して、奇襲するチャンスを狙っていたはずなのだ。それなのにそのチャンスを捨てて、反撃してくることにかけたと言うのか。それも反応できるか分からない、背後から。シェルの反応が少しでも遅かったら、隙が生じるのはジェットなのだ。

ジャンプのタイミングが一寸でもずれれば、シェルはジェットを捉えられたに違いない。

それも無防備な、ジャンプをする瞬間に。


なのに……迷わず、その選択を?


理解できない。意味が分からない。

けどジェットは確かに、それを読んでいたのだ。これが……卓越した戦闘能力なのか!?

俺はジェットの攻撃を止めようと踏み出す。けど遅かった。


「あはっ、黄泉よみ!」


ジェットは空中でバク転しながら、斧を振るった。真っ黒な丸い軌道が、空中に描かれる。

遠心力と複合魔法と合成魔法と、全てを集中したような一撃。

だがシェルも反応できなかった訳じゃない。先ほどと同じように、反射的に再び魔力の壁で受け止めて見せた。


だが……


パリンっ、ガラスが割れるような音が聞こえる。

それは……魔力の壁が壊れた音だ。見なくても本能的に、直感的に分かった。

魔力の壁じゃ防ぎきれなかったのだ。耐えきれなかったのだ。一撃を受け止め切れなかったのだ。


理解する、この次の瞬間に起こることを。

分かる。分かるのに……どうしようもなかった。俺には何もできる術を持っていなかった。

現実に抗う何かを、運命を切り開く何かを、俺は持っていなかった。

そして……予想通り次に聞こえたのは、肉を切る音……。


バシュッ


目の前でシェルの体が…縦に真っ二つに裂けた。真っ赤な血が噴き出した。

ジェットの体に、俺の体に、真っ赤な液体がかかる。一瞬……一瞬だった……。

目の前で、人が死んだ。シェルの体がまるで魚の開きのように真っ二つに地面に倒れる。

臓物が周りに飛び散り、長髪の整った顔立ちの青年は見るも無残な姿に一瞬で変わってしまった。


久しぶりだった、共に戦う友を目の前で失うのは。

師匠のとき以来だったと思う。言葉を失った。頭が真っ白になった気がした。

理解が、感情が追いついていなかった。ただただ唖然とするしかなかった。

それに彼を失った瞬間、俺の死も確定することを理解していた。彼の存在無しに、ジェットに勝つことなんて夢物語もいいところだ。


けど……


けど……俺は諦めてはいない!



ジェットはそのとき、達成感を得ていただろう。

それが喜びなのか、はたまた悲しみなのか、それは彼女しか知らない。けれどそのとき色んな情景が、ジェットの頭の中をいっぱいにしたのは確かだろう。

シェルとは過ごした年月が違うのだから。苦楽を共にした時間が違うのだから。だから彼女の視界にはその瞬間、シェルしか映ってなかっただろう。


ラリマーの姿など、写ってなかっただろう。


そして一つ、ジェットは重大な見落としをしていた。

空中に浮いたとき、一番の隙は着地した瞬間であることを……。


カチッ


そんな音が、ジェットの耳に響いた。地面に着地した瞬間に……。

そして気付く。ラリマーがまるで抱き着かんとばかりに、自身に近づいていたことに。


彼女は実は体に薄い魔力を、常に纏っていた。だからこそほとんど攻撃を、大きなダメージ無く受けることが可能だった。故にラリマーにこの場面で反撃されても、ダメージはほとんどなかっただろう。ラリマーが既に魔力をほとんど消費しているのは、理解していたから。


それは意識していた訳じゃない。無意識に、本能的に、分かっていたのだ。

何故ならそれが彼女の戦い方だから。嘘をつかず、本能のまま、戦う。それが彼女の戦闘スタイルだから。


けどその天才の牙城は、一つのあり得ないアイテムで崩れ落ちる。


ジェットはラリマーに反応し、ステップを踏みながら斧を振り下ろそうとする。

しかし突然斧は勢いを無くし、ラリマーの目前で止まった。

動かない……動かないのだ……。腕が、斧が、殺意が……。


荒野の風景が、一気に崩れ落ちる。

崩壊する。次元が歪む。そして夕日の刺していた空は、真っ暗な月夜の暗闇を示していた。

固有結界が崩壊したのだ。


視界に写るのは、苦笑いをするラリマーの顔。

そして荒れ果てた、イーグル街の景色。


「どういう……こと…です…か。」


ジェットの体は力なく、崩れ落ちる。

そのまま意識を手放した。


「すごいな、このアイテム。」

そんな彼の呟きを耳にしながら……。


読んでいただき、感謝申し上げます。

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