第五十六話 奇襲について⑦
シルフは冷静に周りを見渡した。前には長髪の黒い羽の生えた青年。後ろには囲むように口の裂けた女性とは臓器が盛れ出してグロテスクな見た目をしている男。スピネルの話を信じれば、この3人は魔王軍幹部の側近にあたるらしい。確かに気配はシルフギルドの金等級にも劣らない。
僕をピンポイントで狙ってくるとは、何が目的だろう?
ここは様子を探ってみるか……
「いきなり狙ってくる何てびっくりしたよ。君は何者かな?名乗ってくれると嬉しいんだけど?」
「ふむ……良いだろう。私はシェル、ダークフェアリー族四天王筆頭。」
「ふ~ん、シェル君ね。それで後ろの2人は?」
「その2人はアンデット族三人衆に属する……って今はそんな話をしている暇はない。貴様にはここで死んでもらう。会話で時間稼ぎしようとしても無駄だ。」
「あれれ、バレちゃった。しょうがないな~別に戦うのはいいけど、こっから移動しない?街の外なら全力で相手してあげるからさ。」
「敵の言葉に耳を傾けると思ったか?剣舞、水中花!」
青年は言霊を発し、剣を群青色に染め上げる。そして一気に距離を縮め僕を殺そうと、衝撃波を伴いながら一線。後ろの2人もシェルに合わせるように、それぞれ剣を持って攻撃してきた。
3方向からの物理攻撃、単純に避けるのは難しそう。
僕は自分を包むように魔力の壁を作り出し、攻撃を受け止めた。簡易的ではあるが僕の魔力が浸透した防御は、簡単には壊せない。
だが彼らは僕の魔法に臆せず、連続で攻撃を続けている。これでは壊れるのも時間の問題か。
反撃してもいいのだが、ここはイーグル街ど真ん中。殴ろうものなら衝撃波で周りの建物が倒壊してしまう。
前も言ったが制御は苦手なのだ。スピネルと戦ったときは誰もいない森の中だったからこそどうにでもなったが、今回はそうはいかない。
足元が騎士団の建物なのも頂けない。ちょっとでも本気で踏み出そうものなら、多分倒れる。騎士団の人々が外に出ていったとは言え、下は多くの一般人。倒れたら被害がえげつないことくらい理解している。
……うーん、どうしよう。
困った。こんなヤツら1秒でぶっ飛ばすことくらい余裕なのだが、如何せん一般人をできるだけ助けると言う制限を考えると困難。騎士団の援軍が来るまで、耐久した方がいいのかもしれない。
そう思っていたとき……
パリンっとガラスの割れたような音が響いた。
僕の防御魔法陣が崩壊した音。彼らの剣はとうとう、僕の目の前まで迫って来た。3方向からの攻撃では、ステップで避けるのも難しい。しょうがない。
パチン。
指を鳴らす。
そして体を空間魔法に飲み込ませて、数メートル先にワープした。彼らの剣は僕を捉えることなどなく、むしろ互いにターゲットがいなくなったことにより、敵同士で武器が交わった。
キンっと、金属音が響く。味方の武器が迫ったこともあり、ビックリしたことだろう。数メートル先にいつの間にか移動していた僕を、睨んでくる。
「……貴様、何をした?」
「さあ、何をしたんだろうね?」
「避けた……いや違う。消えた?消えたのか?」
「え~人って消えると思う?」
「ふむ……弱者だとは思っていたが、アメジストの言う通り何かしらの防衛手段を持っていると言う訳か。小賢しい。」
「小賢しくないよ、小さくない。僕は賢いのさ。これで分からない?君たちにどうせ勝ち目はないんだから、帰ってくれない?僕はこうやって逃げ続けるだけだし、直に騎士団も来るよ。」
「騎士団?騎士団が来たところで、何も変わらん。このイーグル街は我々魔王軍が全滅させる。」
「いやいや、騎士団は強いよ〜。言っておくと既に、騎士団本部に救助要請をした。すぐに助けが来る。」
「騎士団本部など、ここらは遠すぎる。救援には何時間もかかるだろう。それくらいのはったりを言われての困るな。」
「はったりじゃないさ。確かに兵士が来るのは遅いと思うけど、騎士団長が来るなら話は別さ。魔力をフル稼働して走ってくれば、15分くらいでくる。」
「そうかそうか15分か。何分だろうとどうでもいい。街は既に包囲し、隙などない。ただ私は貴様を殺す。それだけだ!」
バっと再び、僕に迫ってくる青年。
彼に続けてい後ろの2人も迫ってくる。
は〜面倒だ。騎士団だけでは守りが不十分だから、加勢してあげたいのに。一切嘘を言ったつもりは無いし、彼らには大人しく引いてもらいたいんだけど……。
せめて一般人に被害が行かないよう、僕が引き止めておいた方がいいのかな?
パチン
指を鳴らし、次はさっきまでいた場所にワープ。
避けるのは容易い。
シェルたちは僕の移動を見破るために、目を凝らしている様子だったがどうにもならなかったらしい。そこからは、僕がワープで逃げまくるだけの時間。
攻撃してくる→ワープの繰り返し。大して楽しい訳でもない。それはシェルたちも同じ様子だった。
このままではどっちが先に魔力を消費するかの勝負になってしまう。空間魔法は消費魔力が多いのが懸念点だが、生憎僕の魔力量は常人とは違う。
ダークフェアリーだろうがアンデットだろうが、魔力を先に全消費するのは僕ではなく彼らだろう。
それを悟ったのか、シェルは途中でピタッと動きを止める。そして何か覚悟をしたような様子で、僕を睨んだ。
「しょうがない……これを使う。」
シェルがそう言って取り出したのは、真っ黒な液体の入った注射。一瞬で分かった……魔力増強剤だ。
魔力増強剤は魔力の過度の消耗により、生命エネルギーを失い過ぎて死んでしまいそうな人に使う医療薬の一つ。だが正常な人に使えば魔力が多すぎてコントロールできなくなり、魔力暴走を引き起こす秘薬となる。
魔力暴走の事故と見せかけて暗殺するのに使われたりすると聞いたことはあるが……まさかシェルはそれを?
その予想は的中し、シェルは躊躇なく注射を肌に刺した。
注入される液体……それと共に彼から感じる魔力量が爆発的に増える。ダークフェアリーの丸みを帯びた羽が一回り大きくなり、真っ黒い煙のような魔力を体に纏うようになった。
「来た…あぁ、来たぞ……ふはは、体が飛ぶような心地良さだ。魔力が溢れ出して来て止まらん。はーはっはっは、良い……良い!これで終いだ!」
先程とは比べものにならないほどに、紫色に輝く剣が一瞬で僕に迫ってくる。その速さに今まで合わせて行動していたアンデット族の2人が置いてかれるほど……。目は血走り、眼光は獣よりも鋭い。これでは強力な魔物とでも戦っているようだ。
「潰せ!貫け!壊れろ!龍土水!」
男の叫びのような、言霊。衝撃波が空の雲に風穴を開けた。周りに建物があれば、それこそ崩壊していただろう。一番高い建物の天井で良かった。
けど……この振り下ろす一撃。僕が避ければ確実に、騎士団の建物ごと下の人々まで切りそうな気迫を感じる。
「受けきるしかないか……。」
手から魔力の壁を作り出し、その剣を受ける。
ドンっ!!!
爆発音に似た、魔力のぶつかり合う音が轟いた。閃光が血走り、昼間のようにあたりが照らされる。
下にいる人々も何事かとも空を見上げるほど、その魔力の衝突は勢いがあった。
その勢いが止んだ時……
そこには僕とシェルが、ただ立っていた。
どちらも倒れることなく、目が交わる。
「まさか……この一撃を受け止めるとは……。魔力をほとんど感じない貴様が何故?どんな小細工を?」
「そんなことより、僕は君が自我を保てていることに衝撃なんだけど。魔力増強剤を打ったのに、魔力暴走しないなんておかしい。呪文だって…それこそ使えなくなるはずだ。」
「……ふふ、ははは、さっき打ったのはただの魔力増強剤では無い。今は亡き族長様が、我々のために改造された魔力増強剤だ!それより私の問いに答えろ!」
「嫌。」
僕はそう返答して、魔弾を指から空に放つ。そして上空数十メートルの場所にワープした。魔弾で魔法の有効範囲を広げ、ワープで移動するちょっとしたテクニックだ。
高い空中ならシェルの攻撃被害も最小限に留められるはず。下に衝撃がいかないよう、工夫すればいいだけだから。それに周りを気にせずに、僕も動きやすい。
空で待ち構えながら、さっきの彼の言葉を思い出す。
改造された魔力増強剤……、闇属性因子の注射などを作っていたのは分かるが、そんなものまで作っていたのか。
理屈は分かる。注射を打たれる者が、暴走しないギリギリのラインまで魔力が増えるように、調整しているのだ。けどそのためには魔力のキャパを調べなければならないし、その努力は凄まじく大変。
死ぬギリギリまで魔力を使わせるという危険極まりない実験をしなければならない。それに魔力増強剤の構造を理解するため、医療の知識ももちろん必須。
並大抵の技術じゃない。
けど確かにこれは大きな、武器になるのかもしれない。
人は無意識に自分の力が100%出せないなっていると言う。それは魔力だってそう。
そりゃそうしないと魔力は生命に直結するので当然なのだが、あの注射はそのキャパの枷を壊してしまっている。
あれができればその人の力が100%いや、120%引き出せると言っても過言じゃない。
ちょっと僕も研究したくなってきた。反動は凄そうだが、ピンチのときに利用する価値はある。
そんなことを思っている内に、シェルは空を飛んで僕のとこまで迫ってきた。相変わらずアンデット族の2人は置いてきぼりのような状態だ。
「空に逃げようと、私は追い続ける!空中剣技、緋水鶏!」
「珍しい言葉、知ってるね。」
彼の剣を再び、受け止める。
衝撃音が響き渡り、僕らを中心として突風が吹き荒れた。真正面から攻撃は防いだが、周りに響き渡る衝撃までは殺せない。
このままでは少し、眼下の一般人たちには危険かも。
ちょっとでもズレれば突風は、斬撃波と姿を変えて命を奪う。ここで躊躇してもダメだな……。
実はこの空中に来たのは、他の目的もあった。
囲まれて邪魔されないこの環境なら、僕の本領が発揮出来る。だが……この魔法はあんまり使いたくないのだ。
せめて全力で戦って……それで死んだ方が死ぬほうも報われると言うものだろ?けどこの魔法はそれを否定してしまう。
スピネルにかけたときだって、かなり抑えて首輪に刻んだ。彼女の自我は消えちゃいない。
その生きる証すら、僕がコントロールしてしまう。
「しょうがないか……、」
「何だ?死ぬ覚悟でもできたのか?」
シャルは喋りながら、攻撃を繰り返す。僕はそれを全て正確に受け止めた。
「その覚悟、逆に君に問うよ。どんな死に方をしても、許す覚悟を。」
「覚悟を決めるのは貴様だ!」
そう言って剣を一線。
これでは説得のしようも無いか……。
やろう、精神魔法を。
パチンと指を鳴らす。
それはまるで空気を変えるような、透き通る音。
そして夜空の静けさをより強調するような音。
「君はさ、周りの人たちからどう思われているのか疑問に思ったことは無いかい?嫌われているんじゃないか?とか馬鹿にされてるんじゃないか?とか……。」
「いきなり貴様は何を言っているんだ?動揺させるつもりかもしれないが、そうは行かんぞ。」
男はひたすら剣を振るい続ける。僕はそれを受け止め続けながら、話しかけ続ける。
声色は優しく、まるで心に話しかけるように。
「僕がその答えを言おう。誰も君のことなんて、信頼してない。頼ってなどいない。下の2人を見てみなよ、君を援護しようと動きもしない。」
「そんなことは無い!空中では私1人で闘った方が有利であることを分かっているからだ!」
「いいや違うよ。さっきみたいに君の剣が迫ってくるのを恐れている。次はどさくさに紛れて、斬られるんじゃないか?そう思っている。」
「違う!」
「そう声を荒らげないでよ。力んで剣が乱れてる。それとも……図星?いや、大丈夫だよ。僕は分かってるから。自分でも分かってるんだろう?自分より強い人はいて、皆上辺だけの信頼を語りながら、その人を信頼している。」
「いやっ……確かに私より、ジェットの方が強い。しかし強さとリーダーの資質じゃ違う。私がその資質を持っている!だから四天王でのリーダーは私だ!」
「本当にその資質、あるのかな?」
「ある!」
「どうかな?リーダーならもっと、的確な指示が出来た。違う?自分が族長よりリーダーとして劣っていること……自覚しているんだよね?」
「それは……、」
シェルの剣の威力が、一瞬弱まる。
彼もそう思っているということ。当然だ、そう誘導しているのだから。
「君がリーダーとして劣っているから、誰も君を信頼しない。君を頼らない。助けようともしない。それって本当に仲間なのかな?」
「違う!違う違う違う違う、違う!」
「ダメだよ、現実から目を背けては。考えるんだよ、彼らはホントに仲間だったのか?そうして気付くはずだ、君に仲間なんていないことに。ほら僕が0って言ったとき、その事実に気づく。3……2……1……」
「止めろ!」
「0……」
パチン。
シェルにだけ聞こえるような、そんな囁くような指の音。その音を皮切りに彼の心は侵食される。
「うがっ、ああ、ああああああああぁぁぁ!!」
シェルは叫び出した。手から剣を落とし、剣は輝きを失って屋上へと落ちていく。キンっと剣が弾かれる音が、夜空の闇の中に響いた。
「気付けたようだね。誰も君を信頼していないことに、今回の任務だってそう。目的達成次第、アンデット族はダークフェアリー族を殺して、手柄を横取りしようとしている。」
「嘘だ……嘘だぁ……」
「嘘じゃないよ。同族の人たちにも信頼されず、他の種族には裏切られる。誰も君を分かってくれない。誰も君を信じてくれない。仲間なんて最初からいなかったんだよ……。」
「違う……ち、が……、」
シェルの男らしい低い声は、掠れか弱い細い声へと変わっていた。両手をだらんと垂らし、羽だけが唯一彼の体を支えている。
そんな力無い彼に僕は言葉を紡ぎ続ける。
それはさぞ安心させるような声であったことだろう。けどそれは毒だ。声を聞けば聞くほど、指の音を聞けば聞くほど、毒は回って人の心を殺す。
「けどね、大丈夫。僕は分かっているよ。君が誰よりも努力していること。族長が死んだと聞いたとき、誰よりも悲しみ…けどそれを皆に見せないように、気丈に振舞っていたこと。」
「ぐっ……、」
「分かってるよ。君がダークフェアリー族を導くために、誰よりも努力し覚悟を決めたこと。さっきだってそう、依頼を達成するため危険な魔力増強剤に手を出したじゃないか。僕は分かっているよ、全部、全部分かってる。」
「……分かって……分かってくれる…のか?」
「分かる。シェル、僕の方に来ないか?誰も君を信じてくれない、そんな人たちに囲まれて生きていきたいのかい?違うだろ。僕なら君の努力も思いも、全部分かってあげられる。それじゃ嫌か?」
「私は……私はダークフェアリー族を導か……なくては…ならない。それは族長の変わりに……、」
「シェル、頑張らなくてもいいんだよ。君じゃなくても、ダークフェアリー族を引っ張る才能を持った人間はいる。大丈夫、大丈夫だよ。ほらこの手を握ってみて。」
「……、」
シェルは何も言わずに、僕の手を取った。
そのとき僕は彼の手を引き寄せて、懐に寄せる。そして両手で暖かく抱擁した。僕の小さな体では完全に抱きしめることはできない。けどそれでも精一杯、体全身で抱きしめた。優しく、彼の頭を撫でる。
「もう大丈夫、頑張らなくてもいい。むしろ君は信頼してくれなかった皆に怒るべきだ。アンデット族の者たちは君を裏切り殺そうとしている。ダークフェアリー族の皆は、君をリーダーとして認めず理解も示さない。そんな君を分かってくれない皆に、復讐をしよう。」
「復讐……?」
「そう復讐だよ。大丈夫、僕が横にいる。僕は君を理解し、信頼できるよ。ほらこの指の音を3回聞くんだ。」
パチン
パチン
パチン
指を3回鳴らす。
その音を聞くと、シェルは両目から溢れんばかりの涙を吹き出した。震わせる体を僕は、まるで我が子を抱き抱える母親のように抱擁し続ける。
頭を何度も撫でて、優しい声を囁く。
「大丈夫、大丈夫だよ。もう君は1人じゃない。これからは僕がいる。」
「……ひくっ、うん…うん……。」
シェルはまるで、小さい少年のようだ。
溢れ出す涙を何度も腕で拭い、そして僕の顔を真正面から見た。
「僕は…僕は……復讐…する!僕は復讐する!分かってくれないのはあいつらが悪いんだ!僕は…私は……こんなにも努力したってのに……。」
「うん。」
「裏切りだって許せない!せっかくアメトリン様が仲良かったから、参加を促してあげたと言うのに……その恩を無下にするなんて、酷すぎる。」
「うん。」
「私は……私は…復讐をする。」
「そうか。そう言ってくれると僕も嬉しい。」
「……そうか。」
「うん。ほら僕の指の音を聞くんだ。この音を聞いた瞬間、君は魔王軍のシェルではなく、一人の男シェルになる。全てのし絡みから解放されて、一人の…君だけの……人生が始まるんだ。ほら……、」
僕は、パチンと音を鳴らす。
終わった……。
彼の自我は完全に砕け去り、再構築される。
シェルはここで死んだ。そう言ってもいい。
ここに居るシェルは、シェルであってシェルでは無い。
僕が抱擁を止めると、シェルは屋上へと飛んで行った。
そして聞こえる、断末魔。
「おい、シェルどうしちまったんだ!俺は味方だぞ!ぐはっ……」
「ねえ、目を覚ましなさい!シェル!シェル!いやっ…いやああああああああ……」
魔力増強剤を使った彼に勝つことなど、アンデット族の2人には出来なかった。声が消え、見えるのは無惨に切り刻まれた二つの死体。
そして復讐に燃える、一人の男。
僕はその姿を……哀れな物を見るような目で、見ていた……。
精神魔法と言うのは恐ろしいものですね……。
読んで頂き感謝申し上げます。
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ptもらえる度、嬉しすぎて悶えてます。あと感想下さいね、お待ちしてます。また明日休みかな、ごめんね。
第五十五話のストーリーを昨日変更したので、改変前に読んでいた方は、最後の方だけで追加で読んでくださると助かります。すいません。




