第五十五話 奇襲について⑥
「アズ、ありがとう。もう大丈夫だよ。」
「ホント?もう、良かったわ。あんたに死なれたら私どうしていいか……。」
アズは僕に回復魔法をかけるのを止めると、安堵のため息をこぼす。心底心配していた様子で、僕を中々抱きとめた腕の中から離そうとしてくれない。
何だかすごく安心する匂い……何故かそう思った。
さっきまで死にかけていたのに、緊張が解けたような感触がする。
今度もアズに助けてもらってしまった。助け合いは相互関係とは言え、やはり感謝は尽きない。
「ごめん……じゃなくてありがとう。」
「いいのよ。それに回復する時間を作ってくれたのは、あの人よ。」
アズはパッと後ろを振り返る。その目線の先には、屋根の上で仁王立ちする薄紫髪の少女がいた。
可愛らしいワンピースに身を包み、そのオーラは気品のある貴族のようにも感じる。
気配が上手く読み取れない。気配が無いというよりは、感じ取るのを拒否されているような……そんな感覚。
ただほんのり禍々しい魔力を感じるような気がした。
彼女は何者なのだろうか?味方という解釈で当たっているのだろうか?それとも敵?だがアメジストは僕らなんか見向きもせず、彼女を一点に見ていた。
「ねえ、スピネル。何故あなたが帝国軍の味方をしてるの?最近悪魔族が騒がしいとは思っていたけど、もしかして裏切ったのかしらぁ?」
「わ、我はスピネルではありません!アンと言う名前ですわ!人違いではなくて?」
「ふふ、私がその気配を間違えるとでも思ったの?何年の付き合いだと思ってるのよ。気配感知を妨害する魔法を使ってるようだけど、バレバレだわ。」
「う、うぅ……。」
「にしても仮面を頑なに外さなかったあなたが、顔を晒して服もメイクもバッチリなんて、どんな風の吹き回しかしらぁ?好きな人でもできたの?」
「ち、違いますわ!こ、これは無理やりさせられているのですわ!」
「無理やり?うふふ、仮面云々を否定しないあたり、やっぱりスピネルなんじゃないの。」
「げっ!?こ、こうなったらしょうがないですわね。そうですわ!我の名はスピネル!認めてあげますわよ!」
「やっと認めたのね。そんな下手な小細工、やる意味ないわよ?嘘が下手な自覚、あるのかしらぁ?」
「う、うるさいですわね!戦いたくないので手短に言いますわ!アメジスト、そのお二人を痛めつけるのはやめてくださいます?」
スピネルと名乗った少女は、手に持った傘の先端で僕らを指してきた。
「へぇ、何故?私は今すぐ、その2人を殺したいのよ。そうしないと体の滾りが収まらないわぁ。」
「ダメなものはダメですわ。我は今、その2人を守らなければならない使命があるのです!」
「だからなんでよぉ?使命?あ〜もしかして、そこのフォス君が好きな子だったのぉ?なら早く言いなさいよぉ、プレゼントボックスにでも詰めて送ってあげるからぁ。
「違いますわよ!とにかく、ダメなのですわ!あとイーグル街を襲撃するのもダメですわ!せっかくの花火を楽しく見れるはずだったのに……、」
「あら、花火が見たかったの?それは申し訳ないことをしたわね。けどこれは魔王様からしっかり許可をもらった作戦なの。反抗するなら、裏切りと見なすわよ?」
「ま、魔王様から!?」
「そうよ。さっきの行為は見逃しておいてあげるから、あなたはさっさとこっから消えることね。あーフォス君とセットで逃げたい?それくらいなら、はぁ……残念だけど許すわよ。」
「だ、だから違いますわ!う、うぅ魔王様の命令は絶対……け、けど体が言うことを聞かない……。わ、我は裏切り者ではないですわ!けどこのイーグル街を見捨てることもできませんわ!」
「だからぁ、そうするなら裏切り者なのよ?何故イーグル街に固執するのかの説明もないし、スピネルってそんなに頭が悪い人だったかしら?」
「わ、分かってますよ!矛盾してることくらい!けどこれが我ができる精一杯の反抗なんですわ!裏切り者にはなりたくないですわ!」
「全く理解ができないわね。はぁ、けど何か伝えたくて必至なのは分かったわよ、引けばいいのね?私も友と剣を交えるなんてしたくないわ。けれど魔王様の命令を無理やり止めたあなたは、間違いなく裏切り者のレッテルが貼られるわよ。」
「そ、それは……そうだけど……、わ、我のことは伏せて欲しいですわ!」
「伏せて欲しい……ってわがままね。私が癇癪を起こして帰ったとでも言えっていうの?魔王様の信頼、ボロボロじゃない。」
「うう……どうにかしてくて下さいません?」
「はぁ……本当にしょうがないわね。適当に言い訳を言っといてあげるわよ。撤退するわ。」
「ほ、本当!?分かってくれた?」
「ええ……。」
アメジストは体をくるりと回転して、北門の方を見た。
そして足を前に踏み出した……かと思いきやその足先は僕らを指し示していた。
「な、ん、て、ね。」
その瞬間。アメジストが僕らに一瞬で接近してきた。
踏み出した地面が大きく凹み、突風が生まれる。剣は禍々しい真っ黒な魔力を纏い、軌跡はひこうき雲のように帯の残滓が漂う。
早い……!?
アズが反射的に反応して、防御魔法を構築する。
それでも防ぐには明らかに不十分。さっきアメジストの剣を受け止めたからこそ分かる。あの威力は尋常じゃないのだ。
「雲を突く!」
アメジストの声が残響のように耳に響いた。
剣を構える姿が目の前にまで迫る。まるで密室で天井が落ちてくるような圧迫感。
殺される……勝てない……死ぬ……
さっき死にかけたからだろうか、弱い感情が胸の中に溢れてくる。息を吸うのも苦しい……そんな気がした。
アズが必死に守ろうとするも、その姿は不安に駆られるような姿だった。
だが……アメジストの剣が僕らまで到達することは無かった。僕らの前に、さっきまで屋根の上にいた少女がいつの間にかたっていたから。
「雪解雨!」
スピネルは言霊で傘を纏う魔力を増幅させ、そのアメジストの剣を受け止めた。2つの魔力の塊、凄まじい勢いでぶつかる。
バチン!
電撃が走ったような音が、その場に轟いた。
それと共に起こる爆風と、閃光。夜の暗がりだった景色は、昼よりも明るい光に遮られる。視界が塞がれ、何が起こったのかさえ知覚できなかった。
僕はアズと抱き合うようにして、吹き飛ばないように必死に踏ん張る。体にぶつかってくる塵や石畳の壊れた欠片が、弱った体を痛めつけた。
……
視界が暗闇に戻ったときに、やっと事が起こった結果を理解した。互角だった。
スピネルの一撃と、アメジストの一撃は相殺され、2人は僕らの目の前で鍔迫り合いをしていた。どちらも睨むような目で、互いを睨んでいる。
「剣を交えたくないなんて嘘。ホントはあなたと戦ってみたかったのよ。血湧き肉躍る戦いができそうでしょぉ?」
「我も正直、見逃すつもりは無かったですわね。今の我の姿を知った関係者は、誰であろうと殺すと決めていたのですわ。将来憂いなく魔王軍に帰るために……ね。」
「なら本望ねぇ、一緒に殺し合いましょう。」
「そうですわね。そこの2人、我を援護しつつあれが邪魔しないように行動しなさい!」
スピネルは視線だけで、屋根の上にいる紳士服の男を指した。そこの2人とは僕らのことだろう。
とりあえず味方だと捉えて行動するしかなさそうだ。
「フォス、もう大丈夫?厳しいなら下がってもいいわよ。私だけでどうにかするわ。」
「いや、大丈夫だよ。アズは援護お願い。僕とそこの少女2人分の援護……いける?」
「私はアズよ。全然問題ないわ。」
会話をして、パッとその場からアズと離れる。
アズは遠距離攻撃をするため、より離れた場所に行った方が良いだろう。弓矢の援護は噛み合えば頼もしいが、ズレればデメリットにもなりうる。2人分の援護何て、気配の配り方が尋常ではなく大変なはずだ。アズの才能をこればっかりは信じるしかない。
僕は足元の地面に魔法陣を描くと、勢いよく僕を乗せたまま隆起させた。そのままグーンと伸ばして紳士服の男がいる場所まで伸ばす。パッと屋根の上に着地すると、剣を構えた。
「族長様にボコボコにされていればいいものを……。回復してもさらに痛みが増えるだけですよ。逃げた方がまだ賢明です。」
「僕だって逃げたい。けど命の恩人の依頼だ。あなたが邪魔しないようにしろって言うね。」
「他人の依頼のために、命をかける冒険者。私は酷く嫌いですよ。」
「嫌いでいいよ。そのまま嫌いと言う闇の炎を抱かれて消えろ!」
「い、いきなり何だ!?」
決めゼリフで動揺させ、一気に迫る。
一歩踏み込み剣に魔力を込め、全力で振り下ろした。
魔力で剣は白色に輝き、突風を纏う。
紳士服の男は武器を持っておらず、受けるのは困難……そう思われたが何と驚くことに男は腕で受け止めた。
まるで剣で受け止められたような、反動と感触を感じる。
「そんな簡単に一撃を与えられると思ったか?」
「思ってたよ。」
「素直なのはいいことだ。」
男はニヤリと笑みを浮かべる。間近で見ると男は僕より一回りデカかった。ガタイも良く、それで一層大きく見える。アンデット族ってのは大きいやつばっか何だろうか……。
剣を素手で受ける。それは一応出来なくはない。
魔力をまるで鎧のように体に纏い、それで受け止める方法。しかしそれは魔力を体に纏うと言う現象の一つ上の段階であり、高度この上ない。
僕でも魔力を纏うのが精一杯と言ったところ……いつかはできるようになりたいものだ。
再び剣を構え、ジリジリと間合いを探す。
すると今度は男の方から突っ込んできた。右フック、左ストレート、右足蹴りの三連攻撃。
僕は冷静に見極め、ステップを踏んで避ける。屋根の上ということもあり足場は不安定だが、森などに比べれば楽なもんだ。
冒険者になりたての頃は、ツタに足を引っかけて良く転んだのを思い出す。クリスタによく笑われていた。
そのときは笑いやがって……くらい思ってたけど今となれば、こうして役に立っている。
次はこちらの反撃。男の攻撃終了に合わせて、剣を振ろうとするそのとき僕の頭上を弓矢が通過する。
矢で生まれた風が、髪を凪いだ。
アズの弓矢だ……。
タイミングもバッチリ。男は右腕をあげてそれを受け止める。ただもちろんそのとき動くは左腕だけであり、防御力は落ちる。この隙は逃がさない。
剣を左から振り抜くフリをして切り返し、右足で蹴りを入れる。風魔法と土魔法をまとった強力な蹴り。
男は見事フェイントに引っかかり、蹴りが脇腹に直撃した。そのまま男は数メートル吹っ飛ぶ。
それでも空中で体勢を立て直し、綺麗に着地して見せた。ただ顔を顰めておりダメージはあるようだ。
「二対一とは卑怯なのでは無いか?」
「卑怯何て言葉、負ける言い訳としては3流だね。」
「言ってくれるものだな……。」
男は力強く踏み出し、バっと接近してきた。右腕を構え、アッパーカットからの左フック。
煽られられて乗ってきたと言うよりかは、初めから攻めるのを決めてたような雰囲気。
僕は再びステップでよけ、剣で防いだ。剣と拳がバチバチにぶつかり合い、そのまま押し合いになる。
魔力のぶつかり合う音が、夏の夜空に響いた。
拳での攻撃は力が入りやすい分、威力だけで言えば有利だ。このまま押し合いでは僕の方が負けるだろう。
ただ剣を使ってるからこそ、メリットもある。
それは……力の加減がしやすいこと。
僕は押し合いをするタイミングを見計らい、剣の向きを変え力を抜いた。こう言う細かな読み合いは僕の大得意分野。いきなり力が加わらなくなかったこともあり、男は勢いのまま僕の横を素通りする。
屋根の上で下り坂になっていたこともあり、男の勢いはさらに増す結果となった。ここで一撃を加わえて、大打撃を与える。そう思い振り向きざま剣を振ろうとした瞬間。視界は紫色になった。
「う、うお!?」
「いったぁ……ですわ。」
気づけば僕は、薄紫髪の少女の下敷きになっていたこと。よく理解が追いつかないがスピネルがぶっ飛ばされた所を、僕が奇跡的に受け止めたような形になったらしい。
ただ彼女が飛んできた勢いで、紳士服の男は屋根下に落とされていた。その程度で倒せる訳では無いが、少しはダメージがあるはずだ。
「スピネルさん、いきなりどうしたんですか?」
「ちょっとしくじっただけですわ……って何故その名前を!?」
「いや、さっき言ってたじゃないですか?」
「……そういえばそうでしたわね。」
スピネルは僕の上から起き上がると、パンパンと埃を払い傘を構える。僕も痛んだ体を起こすが、そのとき感じたのはまたも禍々しい気配だった。
僕の前……いや厳密に言えばスピネルさんを挟んだ前に、黒髪の女性が立っていたのだ。
「スピネル、あなたが私に近距離戦で勝てるわけないじゃない。適した位置で戦ったらどう?やりがいに欠けるわぁ。」
「そう言って近距離戦に無理やり持ち込んでいるのは、アメジストの方ですわよ!」
「あらぁ、そうだったかしら?うふふ,」
アメジストは不気味な笑みを浮かべて、後ろにいる僕の顔まで見ていた。
怖い……僕の感想はその一言。
「大体、近距離戦では勝てるわけない?何を言ってるのかしら。我が本気を出せば、アメジスト何てけちょんけちょんですわよ!」
「けちょんけちょん?ならやってみたらどう?うふふ、できないでしょ?」
「……ちっ、誰かを守りながら戦うってのはこんなにも、負担が大きいのですわね……。」
スピネルは傘を力強く握りしめ、ギリギリと音を鳴らした。誰かを守りながら……それは間違いなく僕のせいだろう。
きっとスピネルは、一体一で戦えば十分勝機があるのだ。しかしアメジストが僕を殺そうと行動するため、スピネルもわざわざ接近して行動を食い止めなければならい。
守らなければならないものがあるほど人は弱くなる。自身を狙ってくれればわざわざ近距離戦しなくてもいいものを、守らねばならぬもののために強いられる。それはやってみなければ分からない恐ろしさだ。
僕も人の護衛の依頼を受けたとき、その難しさに舌を巻いた。スピネルにはかなりの負担を強いてしまっているのだろう。
申し訳ない……。
「ほら、何をしているのグロッシュラー。早くあの女を殺してくれる?弓矢が邪魔でしょうがないのよ。」
アメジストは面倒そうに剣を動かし、飛んでくる矢を弾く。
「も、申し訳ございません!今すぐに!」
屋根下に落ちた紳士服の男は、焦るようにアズの方へと走り出した。不味い……アズに近づかせてはならない。
「フォスだっけ?早くあれを追いかけなさい!そして今すぐ我から距離をとるんですわ!」
「はい!」
僕はスピネルの指示に従い、追いかけようと走り出そうとする。だがそのとき僕の身に迫ってきたのは、またしても漆黒の剣。
その禍々しさと恐ろしさに、つい足がすくみそうになる。
「フォス君、逃がさないわよ。お姉さんと遊びましょうよ?」
アメジストの声が聞こえるだけで、冷や汗が出る。
だがその剣を再び止めたのもまた、スピネルだった。
「逃がさないはこっちのセリフですわよ!」
スピネルの傘の先から、光り輝く剣が出ていた。いわゆる仕込み傘と言うやつらしい。その刃でアメジストの一撃を相殺している。
ただ何よりも驚いたのはスピネルの背中から漆黒の翼が生えていたことだ。ダークフェアリーのような丸みを帯びた羽ではなく、禍々しいまるで悪魔のような羽。
怖い……。
僕を守ってくれたはずの存在なのに、そう感じた。
スピネルからもまたアメジストやアメジストに似た気配を感じってしまった。
ホントに彼女は味方なのか!?その疑問が降って湧いてくる。
ただその思考を、スピネルの言葉が一掃した。
「早く逃げなさいですわ!」
その言葉を聞いたとき、僕は走り出していた。
それはアズを守るため。けれどまるでスピネルからも逃げるように……。
読んで頂き感謝申し上げます。
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感想誰でも送れるように設定してるので、よろしくお願いします。
かなり改変し、ストーリーを追加しました
すいません。10/7は投稿お休みです。




