第四十話 修行について④
アズと徽章鬼をやった次の日、僕は孤児院を訪れていた。
今の僕の課題は、魔術の新たな理論構築。
そのヒントを得るためにも、教会の図書館に行ってみようと考えた。
孤児院はそのおまけ。
「フォス!この魔法陣発動しないんだけど、何で?」
「魔法構築理論教えて~。」
「ねぇー剣教えてよ!剣!」
子どもたちは、いつだって元気一杯だ。
僕なんかとは違って、勉強を心から楽しんでいるように見える。きっと学べる環境が無かったからこそ、今学ぶことができるのが嬉しいのだ。
そう考えると環境が整っていたからこそ、そのありがたみを理解できない僕は罰当たりなのかもしれない。
日本での生活はお金に困ったようなものでは無かったし、この世界での生活だってそう。
農民の家系ではあったものの、村一番の畑を持っていたくらいには裕福な家だった。
けど……僕もこんな子どもたちのように、勉強を楽しんでいた時期があった気がする。
あれは、この世界に転生して数年間。
夢を見ているかのような、日常的に使われている魔法。
初めて触った、漫画やアニメで見るような剣。
そういった初めて触れる多くのものに興奮し興味を深く覚えている時期は、苦でもなんでも無かった。
だが月日が経てば経つほど、新鮮さは消え日常に溶け込んでゆく。いつの間にか僕は、魔法や剣の勉強に対しても、日本での英語や数学と言った教科と同じように捉えるようになっていた。
悲しい話だ。
僕もあのときと同じままここにいる子供たちのように楽しむことが出来たなら、あんなピンチも容易に切り抜けたかもしれない。
けど今は何が何でも勉強しなければ……。
しなかったらアズに殴られる。
子どもたちと遊んだり勉強を教えたりした後シスターたちがまだ働いている中、一足早く孤児院を出て図書館に行った。
図書館について詳しく言っていなかったが、教会奥の階段を登った2階にある施設で、一般にも解放されている場所だ。
もちろん図書館と言う以上、魔術本以外に小説や古典書など数多くの種類の本が置かれている。
ただ……やはりメインは魔術本だろう。市販では買えず見るのすら難しい魔術本を、貸し出し禁止ではあるが目を通すことができるのだ。こんな素晴らしい施設は無い。
何故魔術本があるのかと言えば、理由は単純。
実は教会は、魔術協会の組織に所属しているからだ。
国王を支える4つの重要な組織の1つ、魔術協会。
グリフォンの一件とも色々と絡んでいた組織である。
あの印象が強い分悪い組織のように思えるかもしれないが、実態はちゃんとした教育機関である。
こんな図書館も用意してくれて、世間一般の人たちの魔術の向上に励めるように尽力してくれているのだ。
と言っても、僕は行くのが初めてなのだが……、
何かちょっとしたヒントでも得られるかと思って訪れたが、想像以上の本の量に驚いた。
面白そうな小説や歴史書などもあり、ちょっと興味が湧いてくる。
この世界で小説などの文章作品とあまり触れ合ったことはないし、歴史も一般教養としてクリスタから浅く教えられてきただけ。
今までの魔王軍との戦争における細かい記録など、知ればもっと深く帝国について知れるかもしれない。ただ今日のメインは、魔術本。こう言った書物は後日、暇があるときに見るとしよう。
しかし……魔術に関しては、何かを得ることはできなかった。
一般開放と言うこともあり、魔術本のレベルが低い。
いやこれは本来悪いことではないのだ。
今から魔法を勉強しようと言う者たちにとっては、とても有用性は高い。
ただ基本の魔術理論を既に知っている僕からすれば、得られるものは何もない。
基礎は大事とは言うが、限度がある。
しょうがない。
カイヤを修行しているクリスタにでも一声かけて、部屋の本でも見させてもらうか。
「フォスお兄ちゃ~ん!」
帰ろうと一階に下る階段を降りようとすると、不意に声がかかる。
見ると、一階から階段を駆け上がって来るムーンの姿がそこにはあった。
「どうしたムーン、何かあったのか?」
「いや、買い出しで皆の分買ってきた超美味しいお菓子、渡すの忘れてね!届けに来た。」
「え!?ありがとう。あ~けど僕お腹いっぱいだから、他の子供たちにあげといてくれないかな?ムーンが欲しいならあげるし。」
「もうっ!いつもそうやって超気遣ちゃって!いいから、はい。」
ムーンは無理やりの僕の手に、お菓子を掴ませてくる。
別に気遣いとかではなく、本心なのだが……。
大体そのお菓子のお金だって、教会の少ない資金から切り崩したものだろう。それを教会に所属している訳でもない冒険者の僕がもらうのは違う気がする。
ただ……ここで貰わないのは、逆にムーンに失礼か。
せっかく僕の分まで買ってきてくれたお菓子を、これ以上要らないと言って突き返せば要らなかったのかと思われてしまう。その気遣いを無下にはしたくない。後でこっそりシスターメラとかに渡そう。
何か数日前にもムーンに対して、同じ感覚になったような……。
「そう?ありがとう。とても嬉しいよ。」
「ふふーん、でしょ?超良かった!」
何だこのムーンの神々しい笑みは!?
見てるだけで心が洗われるような、そんな笑み。
これは…ときにダイヤから感じるものと一緒ではないか。
ムーンも立派なシスターへの階段を、しっかり歩んで成長しているらしい。
きっとダイヤのような、美しい女性になるんだろうな……。将来が有望だ。
僕もムーンと同じように、成長していかねばならないと意識させられる。
「あれ、フォスお兄ちゃん。何か超浮かばない顔してるね。何かあったの?」
「え?いや、大丈夫。何でもないよ。」
おっと、まさかムーンにそんなことを聞かれるとは、思ってなかった。
表情に出ていただろうか?
ムーンに心配させてしまうとは、ちょっと申し訳ない。
「え~、それ超悩みある人の反応じゃん!フォスお兄ちゃん、私に話してよ!何でも話聞くよ!」
ムーンはグイグイと服の裾を引っ張ってくる。
その仕草はちょっと、可愛らしい
別に話をしても構わないのだが、ムーンにわざわざ話すようなものでは無い。言っても解決するとは思えないし、何より話を聞いてもらいたいだけの面倒な女性の悩みとかの部類のものでは無い。
ただ変に嘘ついても、誤魔化してるようにしか見えないかな?そしたらムーンにもっと心配されてしまう。
ここはとりあえず素直に言ってみるか。
「いや、えっと……実はもっと魔法の知識を深めようと思って魔術本を探してるんだけど、この図書館には無かったからちょっと残念だな……って感じなだけだよ。」
「魔法の知識?フォスお兄ちゃんもう十分知識持ってるじゃん!あんなに魔力も使いこなしてるんだし。」
「いや…それでも、もっと欲しくてね。ほら僕もより、冒険者として成長したいからさ。」
「もうシルフギルドの金等級冒険者なのに!?フォスお兄ちゃんってすごいんだね!いつまでたっても努力できるって、すごいことでしょ!ダイヤ言ってたもん!」
「う、うん。あはは…は…はは。」
今まで努力してきて無いんだ…とは、こんなキラキラとした目を向けられては言えなかった。
アズに言われて渋々やっているだけだなんて、バレたら期待を裏切ってしまうかもしれない。
ここはシラを切るに限る。
てかなんで僕はお兄ちゃん呼びなのに、ダイヤはお姉ちゃん呼びじゃないんだろ。
不思議だ。
「うーんけど魔法はに関しては、私じゃ超力になれそうにない……って、あ!あそこならフォスお兄ちゃんの役に立つかも!付いてきて!」
「え!?」
ムーンはいきなり何かを思い出したかのように言うと、僕の腕を掴んだまま図書館に向かった。
訳が分からないがムーンに連れられて、また図書館に戻る。
魔術本のところに案内する気だろうか?
それならさっき見たんだが……と思っていたがその予想は外れていた。
ムーンは僕を図書館の1番奥の薄暗い場所にまで、連れて行ったのだ。
記録資料とかのスペースにあたるのだろうか?
本棚には乱雑に書かれた紙資料などが、バインダーなどに挟まれて置かれている。それもとても読めるようなものではなく、歴史的資料であることはその雰囲気から何となく分かるのだが、わざわざ読む人はいない。
現にこのスペースには人が全くおらず、本棚にはホコリが被っている。何より手に取られていない証拠だろう。
こんな場所に連れて来て、何を伝えようと言うのだろうか?
そう思って周りを見渡していると、本が一冊分抜けたかのような穴が、本棚の下の方にあった。
そこにムーンは手を突っ込み始める。
……と、その瞬間。
唐突に目の前の本棚が消えた。
「……っ!?」
驚きで声にもならないような声が出る。
階段が消えた先には階段が見えた。
どうやら3階に続く階段らしいって、この教会に3階は無かったはずなのだが……。
ムーンはなんの反応も示さずに階段を登っていく。
よく分からないまま、僕は急いで後を追った。
本が消えたと言うことは、魔術的に考えて消滅系の魔法がかけられていたのだろう。
あの突っ込んでいた穴に発動のキーとなる魔法陣があり、それをムーンが触れることで発動させたはず。
ただそのような仕組みがあるのなら、かなりの魔術的気配がしてもおかしくない。
それが一切せず僕も全く気づかなかったことを考えると、かなり高度な隠蔽魔法が使われてると言うこと。
あの研究施設で地下施設の階段を隠していた魔法と、同レベルかそれ以上ってことのはず。
そこまで隠していたこの3階には何があるのだろうか?
そう考えながら階段を登った先……
そこには図書館と同じような本棚が並んでいる部屋があった。
ただ置かれている本はどれも分厚くて、豪華な装飾がなされている。
明らかに高そう。
「ムーン、ここは?」
「ここはね~、図書準備室だよ!図書館に置けないような超高かったり、超重要なものであったりする本を保管してる部屋なんだ!」
ムーンは元気よく、そんなことを言う。
ただそれはその笑顔とは裏腹に、非常に恐ろしい情報だ。
「えっと……ここって僕、入ってきていい場所なの?」
「え!?うーんと、実はシスターメラしか入っちゃ行けないんだけど、前に尾行したときに見つけたんだ!すごいでしょ!」
「す……すごいね。けどつまりバレたら?」
「多分超怒られる!けど私見つかったこと無いし、超大丈夫だよ!」
ヤバそう……。
飛んでもない部屋に連れてこられてしまったようだ。
シスターメラはこの教会で一番偉い人物。
そんな人しか入れないと言うことは、かなりの機密事項が隠されている可能性が高い。
そんな情報に触れてしまったら、僕はどうなってしまうのだろうか……。
「ね、ね、ここならフォスお兄ちゃんの超欲しい本、あるかもしれないでしょ!って、あれ!?この音……」
ドサっ……
いきなり部屋の奥で物音が聞こえた。
そして足音が僕らに近づいてくるのが聞こえる。
不味い。まさか既にシスターメラがこの部屋に?
とりあえず隠れなきゃっって隠れるようなところもない。
ヤバいヤバいヤバい……
最悪僕はどうなってもいい。ただわざわざ僕を案内してくれたムーンが、怒られるようなことにはなって欲しくない。
僕はムーンをパって引き寄せて、背後に隠した。
ムーンは驚いた表情を見せながらも、僕の背中に身を寄せる。
これであとはどうにか誤魔化すしか……
「あれ!?フォスさん!?何でここに!?」
だが聞こえた声は、予想と外れ聞きなれた声であった。
「え!?ダイヤ?」
そこにいたのは、まさかのダイヤであった……。
僕とダイヤはそのまま何の言葉も発さずに、その場でフリーズする。
一瞬情報整理が出来ず、頭が追いつかなかった。
そう言えば今日は僕よりも早く、孤児院から姿を消していた気がする。
ムーンの話が正しいならば、ここは重要な本が置かれている部屋。
→シスターメラしか入ってはいけない部屋
→僕とムーンは見つかったら、かなり怒られることが容易に予想可能
→ダイヤも、ここにいていい権限は持っていない
結論、ダイヤも僕らと同類。
「ダイヤが何でこんなとこにいんの!超ダメなんだよ!」
いつの間にか僕の背後から顔を出していたムーンが、そう言ってダイヤを睨んだ。
「そ、それはそうだけど……ムーンもここにいてはダメでしょ!」
「……、」
ムーンはダイヤにそう言われると、素早く僕の背後に隠れる。
どうやら僕の服を背中から引っ張っているらしい。
苦しくなる感覚で分かった。
「ごめんダイヤ。ムーンは僕のことを思ってここに来ただけなんだ。だから悪いのは僕だよ。許してくれないか?」
「いえ、その私もムーンの言う通りダメな人ですので。怒る権限はありません。今、『僕のことを思って』とおっしゃりましたが、フォスさんは何故ここに?」
「えっと……より発展的な魔術本を探してて……それでムーンがここに案内してくれたんだよ。」
「なるほど……。それならこの場所は、非常に適してるかもしれません。私もここに魔術本を見に来てますから。」
「つまりダイヤも、ここで魔法の勉強を?」
「はい……えっと、とりあえず私について来て下さい。立ち話もなんですので。」
ダイヤはそう言って、本棚の奥へと歩いて行った。
僕もムーンもとりあえず、彼女の背中を追って歩く。
すると……見えたのは、何個かの木の机と椅子であった。
その中の丸机付近にある椅子に、ダイヤは座る。僕らも机を通して向かい側になるように座った。
「ダイヤはどうやってこの場所に?」
「そうですね……」
「私みたいにシスターメラを尾行したんだ!超そうでしょ!」
「尾行とは人聞きが悪いですが、やっていることは相違ありません。たまたま図書館でシスターメラを見かけた際に少し気になってしまって…それでここを見つけました。と言っても見つけたのは数ヶ月前ですが。」
「私1年前から見つけてたもん!ムーンの超勝ち~。」
「うふふ、そうねムーン。」
「ひいぃ、フォスお兄ちゃん怖い!」
ムーンはいきなり僕に抱きついてきた。
確かに一瞬ダイヤの顔が暗く見えた気がする。僕からはハッキリ見えなかったが、ムーンには見えていたのだろう。
ダイヤって何だかあまり怒るような仕草を見た気がするけど、多分怖いんだろうな。
ムーンがこんなにも体を震わせるほどだし……。
「フォスさん、先程魔術の本をお探しと言ってましたよね。これとかはいかがでしょうか?」
ダイヤはムーンを気にするような仕草を一切見せずに、1冊の魔術本を前に出してきた。
茶色くて文字も掠れて読めない表紙。辞書かと思わせるくらい分厚い幅。明らかに2階に置かれていた魔術書とは違う雰囲気を醸し出している。
とりあえずその本を手に取って、中身を流し見てみる。
そして気づいた……これすごい本だ。
非常に高度な魔術理論が事細かに、そして綿密に記載されている。
普通の人が見ても専門用語や記号ばっかりで意味がわからないと思うが、僕には十分に理解できる内容。
まさに僕が探していた本の1冊だ。
「すごいよ、ありがとう。これをどこから?」
「そこの本棚ですよ。ここにはかなり一般向けではない発展的な魔術本が多く置かれているようです。私も初めて来た時は、とても驚きました。」
ダイヤは嬉しそうに、笑みを浮かべた。
今日初めて笑顔を見たかもしれない。
「どう?どう?フォスお兄ちゃんあった?欲しかった本?」
「うん、あったよ。ありがとう。ここに案内してくれたムーンのおかげだよ。」
「えへへ~でしょ!これからも私を頼ってね!」
「うん、本当にありがとう。」
胸を張るムーンの頭を、僕は撫でた。
やべっ、これセクハラだった。
ついカイヤと同じ雰囲気を感じて、あのときのように頭を撫でてしまった。
反射的に手を話すが、ムーンは満足気な笑顔を浮かべている。嫌がっていなくてよかった。
そう思っていると、前に座るダイヤから声がかかる
「フォスさんも分かっていると思いますが、ここにはシスターメラ以外来てはいけないことになっています。私もムーンも、そしてフォスさんもここにいることを悟られては行けません。」
「うん。バレないようにしろってことね。」
「はい。これからフォスさんもここに来ると思いますので、何個かの注意事項を言っておきます。これはムーンにもだからね。先ずここには居たという痕跡を一切残してはいけません。そのためもしものことを考えて図書館の魔術本同様、持ち帰りは禁止です。」
「それはもちろん。」
「次にシスターメラは毎週日曜日のみ、ここに訪れます。なので日曜日はここを利用できません。また利用を疑われないよう、図書館が閉まる21時より30分は早く出ることをオススメします。分かりましたか?」
ダイヤは常に爽やかな印象だが、今日はいつもよりピリッとしている。
それほどにこの施設の利用がバレたくないらしい。
「なるほど、了解。すごいね、この決まりは全部自分で調べあげたの?」
「は、はい。その…この施設は本当にすごいですから。フォスさんにも十分に使って欲しくて……。お節介でしたかね?」
「いやいやそんなことないよ。ありがとう。ムーンも守らないとだね。」
「フォスお兄ちゃんに言われちゃ、もちろん超守るよ!任せて!」
胸をポンと叩いてみせるムーンを見て、またつい頭を撫でてしまった。
ムーンの髪はサラサラとしていて、触り心地がとてつもなくいい。スッキリするような花のいい匂いもするし、撫でれだけで気持ちが良くなる。
「ふふ~ん。」
ムーンは上機嫌に、鼻歌をしていた。
嬉しそうだ。触っていいなら、もう少し撫でておこうかな……。
だがその上機嫌なムーンを、向かい側に座るダイヤは少し不服そうな目で見ていた……。
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