第三十七話 修行について①
「ふあぁ~。」
朝だ。
欠伸をして、ぐ~っと背を伸ばす。
二度寝したい気持ちに駆られながらも、何とか体を起こした。
そう言えば今日は目覚ましが鳴らなかったな。
時計を見る……
あれ?あれれ?
12時……!?
どうやら全然、朝じゃなかったらしい。
ただ別に寝坊したところで怒る人はいないし、何かやる予定がある訳では無い。
超暇だ。
ただ……寝坊したことを知った瞬間、悪寒が体に走ってしまう。
フラッシュバックする日本での思い出。
あの日の前日は、つい飲みすぎてしまった。
起きてみたら、既に正午。
あれ今日はゴリゴリの平日。会社があるはずだ。
それも結構大事な会議があったはず……。
スマホを見ると、上司からの大量の電話通知履歴。
あ、僕の人生詰んだわ。
あのときほど、日本の生活で恐怖を感じたことはない。結局どうにかはなったのだが、トラウマのせいで朝起きるようになった。その精神性は異世界に転生した後も残り続けているのだが……だからこそこんな寝坊は初めて。
あ~こわこわ。
嫌な過去を思い出して憂鬱な気分になりながら、朝ごはんならぬ昼ご飯を食べるべく、ギルドの食堂に足を運んだ。
すると、机に突っ伏しているカイヤを見つけた。かなりヘトヘトな様子で修行の休憩時間なのか耳までしおれている。
カイヤの向かい側には、黒髪短髪の美少女。
まあ、クリスタなのだが。
何となく、声をかけてみることにした。
「カイヤ、修行の調子はどうだ?」
「あ、フォスせんぱーい!」
カイヤはバっと顔を上げると、いきなり抱きついてきた。僕の体に顔を埋めてスリスリしている。
「うお!?って.......先輩?」
聞きなれない言葉に、僕はそう声を漏らした。
「もしかして、先輩呼びは嫌でしたか?」
「いや、嫌いではない。驚いただけ。」
「ふふ、ですよね~。ある方にフォス先輩は先輩呼びしてくれる相手に対して好意を抱くと聞きましたので、実践してみました。」
カイヤは抱きつきながら、上目遣いで僕の顔を覗いてきた。
めちゃくちゃ可愛い。
ただ今の文言を無視する訳にはいかない。
「えっと、誰?そんな変なことを言ったやつは。」
「私の鬼師匠ですよ。」
ニヤリとした笑顔。
ふ~ん、なるほど。
僕は向かい側に座るクリスタを、ジロっと見た。
するとクリスタはわざとらしく顔を逸らす。
「クリスタ、これはどういうことですかね?」
「なんのことだか。」
「いやバレバレでしょ、白状しろ!」
どうやら逃げきれないと悟ったようで、クリスタがやっと僕の方を向く。
相変わらず整った顔立ちだ。
「ふふ、いやすまん。なーに実はある本にそう書いてあってな。それを参考にしただけなのだ。」
「本?」
「そう、これだ。」
クリスタはそんなことを言うと、懐から薄くて大きな本を取り出した。
その本には『後輩とのイケナイ関係』と言う題名と共に、R18の文字が刻まれている。
明らかな成人本。
しかし……その本には非常に見覚えがあった。
「実は勝手にフォスの部屋から拝借した本でな。これが意外と面白くて……。」
「は!?はぁ!?やっぱ僕のやつですかそれ!?失くしたなって思ってたんですよ!と言うか何で僕の部屋勝手に入ってるんですか!」
「ははは、副ギルドマスターの権力を舐めない方がいいぞ。」
「最悪の権力の使い方だ。セクハラだ!ギルドマスターに訴えますよ!」
「やれるなら、やってみろ。その代わりこの本が証拠品として、ギルドマスターの前に並べられることになるだろうけどな。」
「くっ……。」
訴えられねぇ……。
施設調査ではちょっとは見直したかと思ったのに、やっぱりクリスタはクリスタだ。
クソ野郎。その一言。
それにわざわざエロ本を机の後ろに隠していたはずなのだ。
どんだけちゃんと僕の部屋捜索したんだ、こいつ……。
「まあ借りパクする気はない。ほら、返してやろう。それに私はもう4周くらい読んだからな。」
「そこまで読む本じゃないでしょ、これ。」
僕はバっとクリスタからエロ本を奪い取る。
ここ食堂だぞ。何てものを公の場で渡してくれるんだ。
「次やったら、絶対に許しませんからね。」
「まあまあそう怒るな。私も悪いとは思っている。だから代わりにと言っては何だが、プレゼントがあるのだ。これで手を打ってくれないか?」
クリスタはそう言って、丸まった袋を出してくる。
どうやら大きさからして、先ほどの僕の本と同サイズっぽい。
「『後輩とのイケナイ関係』の新シリーズ、『後輩とのイケナイ合宿』だ。」
「は?」
「フォスはまだ持ってなかっただろ?」
「いや持ってないも何も、今日発売ですよね。なんでクリスタが持ってるんですか!?」
「フォスのために私が今日朝一に買っておいたのだ。ちなみにこれが最後の一冊だったぞ。」
クリスタは自慢げに、『後輩とのイケナイ合宿』が入った袋を差し出してくる。
得意の嘘かと思ったが、本物だった。この謎の執念はなんなのだろうか……。
「えっと……はぁ、とりあえずもらっておきますよ。ありがとうございます。」
「そう言ってもらえると思ったよ。」
「フォス先輩、本当にそのエロ本欲しかったんですね.......。」
カイヤは僕を見上げながら苦笑いしていた。
いや、欲しいわけじゃないのだ。ただクリスタがくれるって言うから仕方なくもらっただけ。本当にそれだけだ。やましい気持ちとかは一切ない。
けどここで早口で否定したら本当にそれっぽい。
もらった以上完全に否定できないし……。
とりあえず、恥ずかしすぎて死ねる。
「交渉成立だな。実はその袋の中には、さらなるプレゼントがあるのだ。見るといい。」
クリスタは笑みを浮かべながら、袋を指さしてくる。
なんだろう?
素直に袋を開けて中身を見た。
「これは何だ?」
袋の中に入っていたのは、なんと黒色のレースのパンツであった。さらに少し生暖かい。
僕はそれを人差し指と親指でつまんで取り出すと、クリスタの目の前に見せる。
「それはさっき脱いだ私の脱ぎたてパンツだ。是非、夜の祭りに使ってみるといい。」
「ぎゃー!汚いです!汚いですフォス先輩!早くそれを捨てて下さい!さっきトイレに行ったと思ったらクリスタ師匠、何やってるんですか!?」
カイヤは叫びながら、そのパンツを僕の手から掴み取ろうとする。だがクリスタがカイヤの腕を掴んで、パンツが取られるのを防いだ。
「何だ!?カイヤ邪魔するな。フォスは喜んでいるんだから。」
「ダメです!フォス先輩!そんなにパンツ欲しいなら、今私が脱いでプレゼントしますから!だから、そのパンツを私に渡して下さい!」
カイヤは激しくもがきながら、そんなことを口走っている。
何だこの意味の分からない状況は。
美少女の脱ぎたてパンツ。確かにそれは価値があるものかもしれない。メ〇カリとかで売ったら、高く売れそう。
けど僕がこのパンツをもらって喜んでいるとか、1ミリもない。クリスタの目は腐っているのかな。
こんな物をプレゼントしようとする感性も頭おかしい。
正直引くぞ。僕を何だと思っているんだ。
あとクリスタのパンツとか普通に怖い。何か仕込んでありそうだし。
「カイヤ、そこまでしなくても大丈夫だから。いらないしこれ。ほらクリスタ、返すよ。」
僕はクリスタの顔に、パンツを下投げでスローインした。黒色のレースのパンツはひらひらと宙を舞いながら、クリスタの頭の上に乗る。
「何だ、フォス。もっと素直になってもいいんだぞ。はぁ……残念だ。これでこれから一生パンツネタでいじろうと思ったのだが。」
クリスタは寂しそうに、パンツをしまった。
やっぱ裏があったか。クリスタを日常生活で信用するとか絶対できない。
「はぁはぁ……良かったです。じゃあフォス先輩!私のパンツいりますか?」
「いや、いらない。大丈夫だよ。」
「ええ、いいですよ。私に気は使わなくていいですから、素直に言ってください。」
カイヤは再び、腰に手を回し抱きついてくる。
胸や体を押し付けるようにして体のラインを肌で感じるような、色気のある仕草。
こんなことされたら、欲しくなくてもつい欲しいって言ってしまいそうになる。
「そうだぞ、フォス。もらっといたらどうだ?」
クリスタはニマニマと笑みを浮かべていた。
あれ?……その姿を見て思い出した。
そう言えばこんな感じのこと、クリスタにもケーキ持ってったときにやられた気がする。
もしかして男を落とすテクニックまで教わっているのか!?
元々の技術も高いのに、クリスタの技術が合わさったらどうなってしまうんだろう。
これは、カイヤも男落とすスペシャリストに化ける日も近いかもしれない。
「いや、カイヤ大丈夫だよ。本当に大丈夫。」
過去を思い出して冷静になれたこともあり、無事突き返すことに成功した。
それに、気付けばすでに食事の一件でカイヤに騙されたことがあった。クリスタ同様、カイヤのパンツも危なくてもらえそうにない。
「そうですか.......。」
カイヤは寂しそうな表情をする。
だが……どうやら演技らしく、尻尾を激しくフリフリ動かしているのが見えた。
この状況を楽しんでいるらしい。
「それで、カイヤ、修行の調子はどう?」
ずっと立っているのも疲れるので、カイヤと一緒に並ぶようにして椅子に座る。
「それが、けっこう魔法が使えるようになったんですよ!」
カイヤは表情が一変明るくなると、机の上に小さな魔法陣を描いて見せた。
「おお、すごい!カイヤ頑張ったんだね。」
「そうなんですよ!なのでよしよしして下さい。」
「わ、分かった。よしよし……」
言われた通りカイヤの頭をよしよし撫でる。
うわ……感触が神がかってる。
何だこれ、耳も可愛いし良い匂いもしてくるし。
撫でてるだけでとてつもなく体と心がリラックスされていく。
これがもしかしてアニマルセラピー?
「えへへ……、」
カイヤは声を漏らしながら、気持ちよさそうにしている。僕も撫でて幸せ。ウィン・ウィンの関係かもしれん。
ちなみに女の子の頭を許可無く撫でるのは、セクハラです。アニメとかでそういうシーンを見てると、てめぇ訴えられるぞって、その腕を掴んで言ってあげたくなるんだよね。
「おっと、和やかなムードに悪いのだが、そう言えば私は君たち二人に言わなければいけないことがあったな。」
唐突にクリスタが思い出したように、そう口を開いた。
くだらないことを言うのかと思ったが、顔がマジだった。
どうやら真面目な話らしい。
僕の師匠なのだ。言わなくてもどんな内容かくらい何となく分かる。
撫でるのをやめて、クリスタと真正面から向き直った。
自然と背中がピンと立つ。
カイヤも少し悲しそうにしながらも、クリスタのいる方向を向いた。
「実はあまり大声では言えないが、来年の今辺りに北戦線で大規模な戦争を起こす計画が動こうとしている。」
「大規模な戦争ですか?」
今も魔王軍との戦争は真っ只中にあり、その戦争の中心となる戦線がこの大陸には数多くある。
北戦争とはその戦線の1つ。
騎士団が中心となって戦っているのだが、そこには予備戦力として冒険者が送られていたりする。
実は僕も何回か行ったことがあるのだ。
給料は割と良い。
「ああ。詳しいことはまだ伝えられないが、今までに類を見ないほどの大きな戦争になることが予想される。国王様はどうやら本気で魔王軍を潰しにかかる気らしい。」
「ええ!?もしかして私が生きている間に戦争が終わるんですか!?信じられませんけど。」
「まあ可能性はあると言う話だな。少なくとも大きな痛手くらいは負わせてやりたいものだが。それで…シルフギルドからもその戦争に冒険者を多く派遣して欲しいと要請が来ている。」
「要請ですか……もしかしてそれ、僕も行く感じですか?。」
「そうだ。冒険者組織はほぼ全戦力を通して、この戦争に参加することが決定している。白金等級は当然、金等級や銀等級は強制参加だろうな。カイヤもその頃はシルフギルドの冒険者になってる予定なので、もちろん連れて行く。あれほどの魔力があるのだ、銅等級であろうと戦力になってもらわなければ困る。」
「が、頑張ります。」
「そうだ頑張れ。さて……ま、そういうことだ。来年と言っても、想像以上に早く来るものだ。準備と覚悟をしておくように。」
「……分かりました。アズにも言っときますね。」
シルフギルドの冒険者であれば、銅等級でさえ騎士団の兵士30人くらいの活躍は余裕でするだろう。
ほぼ全戦力が行くとなれば、かなりの戦力。
本当に大規模な戦争を勃発させるつもりらしい。
「すまんな。試験が終わり次第、全員に伝える予定なのだが早いに越したことはないだろ?おっと、もうこんな時間だ。カイヤ!修行を再開するぞ。」
「うぇぇぇ、もうそんな時間なんですか!?フォス先輩ともっと話させて下さい。」
「ダメだ。戦争の件もあって、ますます君の修行に力を入れなければなくなったからな。」
「鬼畜!鬼教師!アズ先輩以上のスパルタ女!」
カイヤは罵詈雑言を浴びせながらも、クリスタに引きずられて行った。
頑張れ、カイヤ……。
そう僕は心の中で励ました。
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