閑話 旅について③
「わ、我はこんなはずじゃ……。」
シャーク街の噴水広場、スピネルは水面に映る自身を見て足をぷるぷる震わせていた。
何故なら、彼女の姿は数時間前とは見違えるほどに変貌していたからである。
腰まで伸びていた薄紫色の髪は首元が隠れるほどにまで切られ、ポニーテールに変化。青一色だった服は、今流行りの黄色いワンピースに。靴は可愛らしい装飾のなされたスニーカー。仮面で隠されていた顔は、メイクが施され美しい女性に大変身。
「は、恥ずかしいですわ。今すぐ仮面をつけて顔を隠したい!」
スピネルは何度も手で顔を隠しては、指の間からチラチラ見るのを繰り返している。
常に仮面で顔を隠していたからか、顔を見るのだけでも恥ずかしいらしい。メイクしてからずっとこんな感じだ。
「ね、ねぇ、これ私似合ってるのかしら?変じゃない?やっぱ我にこういう明るい感じのは合わないと言うか……。」
「別に恥ずかしがることじゃないよ。僕が街で会ったら、ついなんぱしたくなるくらい似合ってる。」
「ほ、本当にぃ?嘘とか言うのやめなさいよ。」
「本当、本当。」
「そ、そう?それならいいのだけれど。うぅ……やっぱり恥ずかしいですわ。これが我だなんて信じられない。」
スピネルは顔を真っ赤にして、髪に隠れた耳までもほんのり赤くなっている様子。
ただお世辞抜きで、スピネルはどこからどう見ても美少女だ。
元々顔立ちは整っていたし、仮面で隠していたのが不思議なくらい。さらに化粧でパワーアップしているのだから、恥ずかしがる必要は本当に無いように思える。
それに今までの印象とは大きく変わっているため、目的であるスピネルがスピネルだとばれないことは達成したと言えるだろう。魔力の気配だけで気付く者はいるかもしれないが、それほどの者はまず帝国領にはいないはず。
いたとしたら殺すまでだが……。
「それで次に武器買いにいきたいんだけど……何の武器使いたいとか希望ある?」
「ぶ、武器は傘!傘一択よ!剣とか弓とかも一応使えはするけど、傘が一番使い慣れてるんですわ。」
「傘?」
「そうですわよ。我が戦闘で傘を使ってるとこ見てなかったのかしら?魔術式を組み込んで傘を武器として用いる、それが我の戦い方。それにいつも使ってる合羽も仮面もなくて、とっても落ち着かないの。」
「ふーん分かった。じゃ、傘屋に行ってみようか。ほら、噴水とにらめっこしてないで行くよ。」
「わ、分かってますわよ……。」
スピネルは急ぐように、僕の後を小走りで追いかけてきた。
シャーク街は港町で、人の出入りが非常に盛んだ。そのため人通りは常に多く、シルフ街よりもパッと見賑わっている印象。
お店も幅広く多くの種類があり、武器屋や食事処はもちろん傘の専門店があったりするほど。
スピネルの希望を満たすには、ピッタリの場所だ。
僕は昔からこの街が好きで、数ヶ月に1回は来ている。
歩き慣れてもいるので店の場所は大体把握済み。傘屋への最短ルートを迅速に割り出すことだって可能である。
僕がどのくらいシャーク街が好きかと言うならば、『一番好きな街はどこか』と聞かれれば、一番にこの都市を上げるほどである。環境も程よく住み心地が良いのに加え、飯も新鮮で美味しい。これ以上良い都市が果たしてどこにあるのだろうか?
機会があれば、シルフギルドの仲間たちにも教えてあげたい。
ただ……もちろんこのシャーク街にも欠点はある。
それは僕が考えるに二つだ。
一つ目が、魔王軍領に近いと言うこと。
魔王軍領を通る道が近道だったことからも分かる通り、シャーク街は魔王軍領と非常に近い。
だからこそ近場で戦争が起こることも多々ある。過去の記録では、魔王軍がこの街まで攻め込んできた…なんて事例もあるほどだ。
魔王軍としても海産資源が豊富なシャーク街は欲しいのだろうな。この街に住めば住むほどその気持ちが分かる。もし僕が魔王なら一番に、この都市を取りに行くかもしれない。
二つ目が、純粋に人口が多いこと。
こっちの理由は、完全に僕のわがまま。人が多いから道が通り辛かったり、人気店に長蛇の列が出来たりと不便なことがよくあるのだ。人の流れが強烈で、前に進めないなんてことも。
それに人混みはなんだか、好きじゃないのだ。どちらかと言えば静かで長閑な方が好き。
人通りが少なかったら、どれほど良い街だったことか……。
そして今日も相変わらず、中々の混み具合である。
これではスピネルとはぐれてしまう可能性も否定できない。
勝手に逃げるなんてことはできないが、一応手を掴んで傘屋に向かうことにした。
「べ、別に手を掴まなくても我は……」
「僕が掴みたいんだ。嫌?」
「い、いや、そう言う訳ではないのだけども……。しょ、しょうがないですわね。」
身なりが大きく変わったからか、スピネルは朝に比べて大人びたように感じる。
僕がお願いしても、拒否して反抗してくることが少なくなってきた。現状への理解と順応、その能力は比較的高いらしい。
もし僕がスピネルが不要だと感じたら、一言『死ね』と命令するだけで殺すことが出来る。
僕は今、スピネルの命を持っているのだ。
彼女としても、命令に従わない無能と思われる訳にはいかないはず。恥を晒すなら自殺するとか言っていたが、誰しも死とは怖いものだ。
僕だって怖い。
手を繋いで歩く僕らを、海風が心地よく撫でる。
太陽が力一杯輝いているのに、不思議と暑くは感じない。この特殊なシャーク街特有の気候は、僕をいつも誘惑してくる。
ギルドマスターを辞めたら、ここに住もうかな…と言ってもまだまだ先の話だ。
僕の後を継げるほどの人材は、まだ見つかってはいないから。
ふと昔、先代のギルドマスターとの会話を思い出す。
「アンドラダイト、ギルドマスターに求められる能力はなんだと思う?」
「カリスマ性かな。カリスマが無かったら、誰もついて来てはくれないだろうし。」
ちなみにアンドラダイトは僕の『シルフ』の前の名前だ。
「そうか。確かにそれも必要かしれない。ただ一番必要な能力は、判断する力だ。」
「判断する力?てっきり、信頼だとか思いやりだとか言うと思ってたよ。」
「もちろんそれらも重要だ。そういう能力もあれば、より良いギルドマスターになれるだろう。しかし判断する力が無ければギルドマスターの意味はない。ギルドマスターはギルドの核だ。ギルドマスターになれば、絶対にいつか大きな判断をしなければならない時が来る。そのとき判断できなければ、核は方針を失いギルドの価値は無くなる。アンドラダイトもいつか分かる時が来るだろう。」
「ふーん、そう。」
僕はこの時、あまりピンと来ていなかった。それに将来ギルドマスターになるなんて思ってなかったので、真面目に聞く意思が無かったってのもある。
けど今となれば、先代が言ってたことも良く分かるのだ。僕は今まで色々な判断を下してきた。
それは中には人道的ではなかったかもしれない。
しかしそれを迷いなく判断する力は非常に重要な力だ。
判断する能力は白金等級冒険者はもちろん、金等級冒険者も持っている者も多い。
だがそれは完全とは言えない。不完全だとしても完全になりうる力、それが成熟する人物が現れるまで、このギルドマスターの位を譲るつもりはない。
ふと感傷に浸っていると、傘屋に到着していた。
入ると壁に隙間がないほどの傘がかけれている。雰囲気は外と違い穏やかで、優しい音楽が流れていた。店員も高そうな服に身を包んでいるし、見るからに高級店って感じだ。
ただの傘を売っているだけの店とは話が違うらしい。
僕には如何せん何が良くて何が価値があるのか分からないが、スピネルは目を輝かせてテンションが上がっている様子だ。
すぐに壁に駆け寄り、傘を見比べている
「ご主人様!すごい!すごいですわよ、ここの傘!こんなの見たことないですわ!」
さっきまでの大人びた様子とは打って変わって、子供のように見える。翼や角、尻尾は悪魔族だとバレるのがまずいので見えないように魔法をかけているが、もし見えたら尻尾なんか犬みたいにフリフリしていることだろう。
ご主人様呼びを躊躇していたにも関わらず、それすら気になってない様子だ。それほどに傘に夢中らしい。
うんうん、良い傾向だ。是非ともより自然に言えるようになって欲しい。
数分後……
スピネルは一本の傘を僕の元まで持ってきた。
紺色で大人の男性サイズの、大きい傘である。
「ご主人様、我これにしたいですわ!この傘なんと、剣が内蔵されいるのよ!それもオリハルコン製!ね、すごくないかしら!」
「あー仕込み傘ってやつだね。」
「仕込み傘……?」
「魔王軍には伝わってないの?武器を仕込んでおく傘のことさ。その剣みたいにね。」
「な、知らなかったですわ……。もしかして帝国って魔王軍より技術が進んでるのかしら。 」
「魔王軍は種族主体の個人主義的な組織だからね。それに比べて帝国は、もっと広く関わりあってるからもしかしたらそうかもしれないね。」
「た、確かに……。」
「それで、その傘でいいの?値段は?」
「値段……えーっと、800万……え!?800万!?」
スピネルはつい驚いて傘を落としそうになるが、床に達するまでにキャッチした。
「あ、危ない。死ぬとこだったですわ……。」と小声を漏らしている。
800万……中々の金額だ。このシャーク街に別荘くらいなら建てられそう。
シルフギルドのギルドマスターとしての収入的には厳しい値段。ただ冒険者だったときの貯金を切り崩せば、別に痛いほどでもない。
ここまで高いのだから察するに剣以外にも色々な道具が、仕込まれているのだろう。
説明書をしっかり読まないと命に関わりそうだ。
「さ、さすがに戻してきますわね。」
「いや、別にいいよ。買おう。」
「え!?ええええ!?800万ですわよ!?さすがにそこまで負担を、ご主人様に与えることは……」
「まあまあ、気にしなくていいよ。これから戦闘する機会があるかもしれない。そのときは負担なくのびのびと戦ってほしいからね。」
「そ、そう?……その…あ、ありがとうございますですわ。」
スピネルは僕に傘を渡すと、お礼の言葉とともに頭下げてきた。
へー以外。
敵方の金なんだからどうでもいいと思うのが普通だと思うが……。敵だとか言ってた割には、こういうところは律儀らしい。
800万の出費をして傘を購入した後、帰路につく。
スピネルは傘を振り回しながら、スキップしている。かなりご機嫌だ。
僕への敵意もかなり減っているように感じる。
精神魔法が徐々に、スピネルの心を侵食しているのだ。
良い兆しである。
僕は歩きながら傘の説明書をサラッと読んで、頭に叩き込んだ。
スピネルが操作を誤って、僕に危害を加えるなんてことあってはならない。
奴隷と言えど、意識外の攻撃までは防げないからな。
「ただいまですわ~。我は早速傘を武器に変える作業始めるから、入ってこないでよ!」
宿に帰るとスピネルは走るようにして、自室に戻ってしまう。元気なやつだ。
ただ傘に魔術式を埋め込むと言うのは、少し気になる。
剣に魔術式を埋め込むと魔剣と呼ばれるように、武器に魔術式を埋め込むと格段に価値が上がる。
この技術を一般的に付与魔術と言うのだが、非常に高度で、何より閉鎖的な魔法なのだ。付与魔術はほとんど一族の口伝だったりで伝わっているため、鍛冶屋の出でもない限り使う術をしらない。
僕も付与魔術をできるようになりたいと思っているのだが、未だに詳しく本質を知らないのが現状。いっそスピネルに命令して、付与魔術を教えてもらおうかな。
それもいい気がする。
ただそんなことより、今はやることがあるのだ。
リビングの椅子に座ると、パチンと音を鳴らし右手の空間に穴を開ける。
これは僕が日常的に使っているが、空間魔法と言うものだ。空間を創り出してその中に物を保管したり、出口を違う空間に結び付けてワープするなんてことも可能にする。
もちろん非常に高度な魔法だが、冒険者が良く身に着けているバックとかリュックに使われているので目にすることは多い。
あれもまた付与魔法の一つ。直伝の空間魔法を、付与魔法を使うことでただの物入れに刻み込んでいるのだ。
ただそういうことができる職人でも、ワープしたりはできないらしい。
けど僕は簡単にできるし、なんなら何個ものワープホールを作ることも可能。
多分僕ほど使いこなしている存在は、この世にはいない。
何故使えるのかと言われれば、教えてもらったことがあるのだ。
昔依頼で捕まえた人間の中に空間魔法を扱える職人の人がいた。その方を拷問……おっと尋問して教えてもらったわけ。
たまたま僕は空間魔法を扱う才能に長けていたらしい。
だから誰よりも空間魔法を使いこなすことが出来る。
ま、僕は割と天才だからね。しょうがないね。
空間から取り出したのは下着や服。
全てスピネル用のものだ。
実は彼女が着ている黄色いワンピースの他にも、色々と服を買っていた。
一着しかないのも不思議な話だし、当然と言えば当然。
さて今回は、僕が勝手に選んできた至極の四着の服を紹介しよう。
スピネルは着ないと言うかもしれないが、無理やり着させる所存だ。
一着目、じょしこうせいの制服。
じょしこうせいが何なのか僕には分からないが、この服は数百年前くらいに一度流行したらしく、今再びひそかにブームが来てるらしい。なんでも魔術協会の教育施設で、制服として採用されているのだとか。
短いスカートにワイシャツ。その上にブレザーとネクタイ。
うん、なんだか良いね。
二着目、メイド服。
やっぱ奴隷に着させるなら、定番かなってことで買ってきた。
この服があるならスピネルには表面上、僕のメイドということにした方がいい気がする。そうじゃないとシルフギルドの仲間にばったり会ったりしたとき、言い訳がつかない。
彼女ですとか言ったら、クリスタに職務サボって何しとるんじゃぁって殴られそうだ。メイドならぎりセーフだろ…多分……。
三着目、ボディースーツ。
これから秘密裡に暗躍する仕事を、スピネルに任せることがあるかもしれない。そんなときにこの服があればかっこいい、そんな気がする。何と言っても闇夜に紛れるし、女スパイって感じで個人的な感想だがえちちだ。スタイルがはっきり出る点も、えちちポイント加算である。
四着目、水着。
今の季節は、夏の初めと言ったところ。となればこれから夏ど真ん中に突入する!
夏と言えば海!海と言えば水着!というわけで、黒色のビキニを買った。
他の水着も買いたかったのだが、生憎これしか売っていなかった。他は売り切れ。
皆、夏への準備が早いらしい。僕はこのビックウェーブに乗り遅れていたようだ。
さて……試しに明日どれかの服を着てもらうことにしよう。
サイズは全部しっかり合わせたはずなのだが、もしも合わないなんてことがあっては全ての服を買い直さなければならなくなる。
そうこれはあくまで、サイズ調整。
下心ではないのだ、悪魔だけに。
っと、トントンっといきなりノック音が聞こえた。
スピネルが出した音かと思ったが、どうやら玄関らしい。
来客か?宿に泊まっている僕に来客が来るとは珍しい。
宿主の方だろうか?それとも宗教勧誘とか……うわ、ありそう。
僕筋肉無いし背も小さいから、弱弱しい印象を他人に与えがちなのだ。その弱みを突いた宗教勧誘は、今までにも何回か経験してきた。
せっかくじっくりスピネルに着てもらう服を吟味しようと思ったのに、とんだ邪魔者だ。
ここはガツンと言って、反省してもらおう。
僕はバッとドアを勢いよく開く。
「宗教はお断りです!大体ね……ん?」
「おっと、やはりマスターさんでしたか。」
僕の前に立っていたのは、宗教勧誘の魔術師……
とかではなく、一人の少女であった。
首には金色に輝く、風の印が入った等級。
髪は白色と黒色が混ざり合っている、不思議な配色のボブヘアー。
胸元がちらりと見えるようなラフな服装に、頬に入った星形のペイント。
僕はこの少女に見覚えがあった。
「またまたマスターさんはどこにったかと思いましたが、たまたま見かけられて正解でした。おっと、今のはまたまたとたまたまの二種類の似た言葉を使った言葉遊びですよ。分かりましたか?っておっと、逃がしませんよ。問答無用で中に入るので、お茶でも出しちゃってくれちゃって下さい。」
少女は玄関に無理やり入ってくると、靴をパパっと脱いでリビングに入り込んできた。
そして頭に被っていたキャップのつばを掴みながる、くるっと一回転。
僕と真正面に向き合う形になる。
「それで……マスター。さっきの女性は何者ですか?」
少しニヤリと微笑むような笑顔で、少女は僕の瞳を覗いて来た。
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