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第二話 恋人について②

アズとフォスの2人は、ゆったりと馬車に揺られながら平原を駆ける。


窓からは朝日がこぼれ、涼しい風が起きたばかりの体を心地よく撫でる。

地平線の彼方まで広がる草がらんらんと輝いて見えた。


その景色の奥にポツンと町が見える。

僕らがいつも拠点にしている街で、シルフ街と呼ばれる場所だ。


都市の中では王都とその次の次くらいに大きな街で、人口も多い。

日が沈んでも人の往来が無くなることがなく、屋台は常に多く開いてる平原の中にある大都市だ。


そんなシルフ街をゆったりと離れながら、手に握っていた依頼の紙を見る。


『ウィール地方のグレートボアの住処、18拠点の撃滅』


グレートボアというのは、ウィール地方によく出現する体長一メートルを超えるイノシシである。


非常に気性が荒く、旅人を襲ったり街に突っ込んできたりとトラブルの絶えない魔物だ。

そのため繁殖期となる今の時期は、住処を破壊し討伐することで被害を防ぐ必要がある。


「まさか食い逃げのつけを返すために、こんな面倒くさい仕事をやらされることになるとはね……。」


「牢にぶち込まれなかっただけ、いいと思いなさいよ。はぁ、けど本当に面倒くさいわねこの依頼。」


食堂はギルド内に併設されたもので、運営もギルドが行っている。

そのため僕らは冒険者は一般客よりも格安で、食事をすることができるのだ。

そのおかげか、こんな罰で許されたらしい。

一般客であれば間違いなくアズの言うように牢屋行き、そう思うと本当に食堂で食事していて良かった。


それ以前に、食い逃げは絶対しちゃいけないけどね。

日本よりも治安が悪く、食い逃げがかなり当たり前に見かけるご時世なので、感覚が狂ってきているのかもしれない。


「ギルドからすれば、金のない僕らがめんどくさい仕事を任せるいい鴨だったんだろうな。まさに鴨がネギ持って進化しただな。」


「それは鴨がネギ背負ってやって来たって言いたいのよね?」


アズは唐突に立ち上がると、窓から身を乗り出した。

風に吹いてきたようで、髪がふわっとなびく。


「床が固くて疲れるわ。フォス、私の椅子にならない?」


「椅子以外の表現は無かったのかな?ちなみにもちろん拒否させてもらう。」


「ごめんなさい。椅子じゃなくて敷布団だったわね。」


「ちょっと何言ってるか分からない。」


「私がこうして目も合わせないで外の景色を見ながらお願いしているというのに、承諾しないなんて異常者よ。」


「承諾した奴の方が異常者だよ……。」


僕の返答を聞くと、アズは再びこちらを向いて座り直した。


こうして面を向かってアズを見ると、やっぱり完璧な美少女だ。

口を開かなければ、さぞモテモテだっただろう。

黙っていれば美人とはよく言ったもの。

日本にいれば、写真をネットにあげるだけでバズっていたに違いない。


「ウィール地方って聞くと、スライムを思い出すわよね。吐瀉物のスライム。」

アズはまるで僕を見ていないかのような、遠い目をする。


「……認めたくないものだな 自分自身の若さ故のあやまちというものを。」


「なにいきなりカッコつけてるのよ。」


「ごめん。人生で1度は言ってみたかったんだ。そうだね…もう、スライムも安酒もこりごりだよ。」


「私もウィール酒飲むの止めることにするわ。だってあの安酒が酔いやすすぎることが原因だもの。カエルも酒も、悪くないわ。」


「その原因の大元である場所を今から救いにいくとは、とんだ皮肉だな。」


僕は背もたれにしていた壁を滑るようにして、床に横になる。


「こっちに足向けないでくれる?はしたない……(めっ)よ。」


「めっ、を滅っていう人初めて見たよ。鬼でも殺すのかな。」


走り抜ける草原は、陽光に照らされ輝いているように見えた。

その陽光がアズを照らし、その眩しさに少し目を細める。


「そういえば、フォスは彼女が欲しいって話してたじゃない?」


「正確に言うと彼女が欲しいじゃなくてハーレムを作りたいんだ。そしてさらに言えば異世界チート主人公になりたいんだよ。にしてもよく覚えてたね。」

そう言いながら、眩しくないように座る位置をずらす。


アズはくだらないと言っていたので、てっきりすでに忘れていると思っていた。

人とは他人の話を聞いていても、興味がなければ一秒後には忘れているものである。


「ええ、一応あんたは唯一私とパーティを長期的に組んでくれた理解者だからね。悩みくらいは相談に乗ろうと思ってたのよ。」


「そんなふうに思ってたのか。」


「気づかいのできる女なのよ、私は。」


すぐにキレて周りも気にせず乱闘を始めるのに、どこが気づかいできる女なのだろうか。

ため息が出る。


「フォスに聞きたいことがあったのよ。フォスって好きな人いるの?」


「今のところいないね。」


「まさにそれが原因だと思うのよね。ハーレムだなんて曖昧なものに(すが)るより、好きな人がいれば人生の見方も変わってくるはずよ。まさか、自分に誰かが告白しに来て、いつの間にかハーレムになる~だなんて思ってないでしょうね?」


「えっと……、そうなればいいなと思ってるよ。」


「うわ、その考え超不快なんだけど。告白もしないで、はたまたそうする相手もいないでハーレムどころか彼女作りたいなんて、酷くおこがましい話だと思うわ。」


「……正論すぎてぐうの音も出ません。異種族の方がいいと言う曖昧なものしか持ってなかったよ。」


まさか、ここまで真面目にド正論を言われてしまうとは。

アズ……、なんて恐ろしい子。


「それでね、私考えたのよ。フォスがハーレムを作るためには彼女を大量に作る必要があるわ。だからこれからフォスは、好きな人をいっぱい見つけていっぱい告白していかなきゃいけないってことになるわよね。そうでしょ?そういうことになるわよね?でゅーゆーアンダスタンッ?」


ドヤ顔でこっちを見てきた。

非常に自慢気な様子である。


僕のこんなくだらないことにアズが思考を割かせてしまったと思うと、少し申し訳ない。

僕の悩みを心から解決しようと思ってくれるなんて、アズは実は本当に良い奴なのかもしれないと思えてきた。

何か、泣けてくる。


「あいしー。おーけー。あい、あんだすんど。」


「んじゃ、交際で一番重要になる告白のシーンあるじゃない?それ今からやりなさい。私が点数つけてあげるわ。」


「りありー?なかなかに唐突だね。」


「着くまで何時間もかかるんだから、暇つぶしには丁度いいでしょ。」


ここまでアズを悩ませてしまった以上、僕が告白練習しないというのは申し訳ないか。

ただいきなり告白すると言うのは、めちゃくちゃに恥ずかしいのだが…。


大体、恋愛に欠片も興味のないアズに見てもらったところで何か変わるのだろうか……。


よいしょっと立って、だらけて座っているアズを見つめる。


やばいマジで緊張してきた。

大きく深呼吸、すーはー、すーはー


その様子を見て本気で実演するのを悟ったのか、彼女も僕の向かい側に立った。

どうやら、一応雰囲気は作ってくれるらしい。

アズと目線がピッタリと合う。

彼女のキリッとした顔が、真正面から僕を見つめてくる。


数秒の静寂。

車輪がゴトゴトと回る音だけが、馬車の中に響きわたった。

告白独特の緊張感。


体温が上がってきたのが自分自身で理解できる。

手が震えてきた。


だが、僕はそれでも……

言うしか道はない。


「えっと、その……あの……、つ、つつ、付き合ってくだひゃい。」


緊張の空間は瞬時に消え去った。



「なんで噛んでるのよ、気持ち悪い。キモすぎて鳥肌が立ったわ。0点を通り越して、マイナス100点ってとこね。」


「そこまでボロくそに言わなくても……。」


「こんな告白されたら誰でもそう思うわよ。はい、もう1回ね。」


アズは良い奴でもなんでもなかった。

正直、異世界に転生してこんなにも傷ついたことは無いくらい、傷ついた。


彼女はカミソリか何かなのだろうか?

確かに僕にも非があるが、ここまで言わなくてもいいじゃないか。

悲しみを通り越して、もはや怒りすら感じる。


「いいか、割と演技だと分かっててもめちゃくちゃに緊張するんだ!そんなに言うなら、見本見せてくれよ。」


「見本?なんで私がフォスなんかに告白しなきゃいけないのよ。」


「ふーん、出来ないのか。はぁ、所詮アズは口だけか。人にやらせといて自分はできないとか、点数をつける資格もないわ~。見本見せられない時点で僕と一緒、いや僕以下だね。マイナス5千兆点~って痛たたたたたたたたたたたたたたたたたたたたっ。」


アズは僕の耳を握り潰すかのごとく、握ってきた。

ものすごく鋭い眼光である。

これは人を殺す目だ。

彼女の真っ赤な眼光は、さながらジャックザリッパーと言ったところか…


「まあ、いいわ。そこまで私を馬鹿にするなら、見せてあげるわよ。」


アズは叫ぶようにそう言うと、パッと手を耳から離す。

そしてもう一度僕の目を真正面から見つめてきた。




再び静寂の時間がやってくる。



アズは是が非でも告白の見本を見せたいらしい。

僕に煽られたのが、よほど堪えたようだ。


彼女が告白の体勢をとってから、1秒、2秒、3秒と秒針は刻む。


4秒、5秒、6秒………






…………60秒、61秒って長!?



アズは告白すると奮起してから、全く動かなくなった。

というか、見る見る内に顔が赤くなっている。

酒を飲んでいるときよりも、数倍は真っ赤だ。


「……やっぱ、緊張するでしょ?」


「はぁ!?、そそそそそんなことないわよっ!こ、これはそうよ!雰囲気作りよ!雰囲気作り!」


そう言いながらも、アズの息は完全に乱れている。

これは明らかに、緊張しているっぽい。


そして再びの、静寂タイム。



彼女は俯いて何度も深呼吸を繰り返す。

そしてやっと調子を取り戻したのか、その呼吸が段々と遅くなっていった。

真っ赤っかだった顔も、ほんのりと赤く見えるほどにおさまる。


ぎゅっと拳を握り、震える足を力を込めて止める。


それから数秒が経過し、決心したように顔を上げた。

僕と再び視線が交わる。



「そ、そのわ、私と付き合ってくださいっ!」



そのとき僕は言葉を失った。



まるでそれは恋愛漫画の1ページ。

桜舞い散る木の下で告白する情景が、バッと頭の中に広がる。


声色も仕草も姿も、どうしよもないほどに完璧であった。

何か言おうと思っても言葉が出てこない。

心臓が飛び出てるのかと錯覚するほど、バクバクと体の中に響いている。

嘘だとわかっていても、心の動揺が抑えきれない。


体の体温が高くなったのが、自分自身ではっきりと感じる。

この告白で落とせない男がいるなど到底考えられない。


「っ……、くっ、100点」


僕は何とか絞り出して言葉にした。



「…はぁ、良かった……ってででででででしょっ!そうでしょっ!私が告白するんだから100点にきまってるじゃないの!ほら私が見本見せたんだから、あんたも早くやりなさいよね!ほらっ!早く!」


アズはほんのりと赤く染まった顔で、嬉しそうに笑顔を浮かべる。


だが自慢気になるのも当然だ。

今でも心がドキドキしているほどの、完璧な告白であった。

まさかここまで完璧なものを見せつけられてしまうとは……、正直驚きを隠せない。


「僕の告白は間違っていたんだな……。」

そう、言葉が漏れた。


緊張だとかそんなことを言っている場合ではなかった。

僕には覚悟が足りなかったのだ。

嘘だろうと演技だろうと、アズをこの告白で落とすっ…その覚悟が俺にはなかった。


アズに点数がつけられるのかなんて、そんなことどうでもよかった。

僕は告白に全力を出すことを、色んな理由をつけて拒んでいただけにすぎない。

彼女の告白に比べれば、確かに僕の告白はマイナス100点だ。いやそれ以下。

点数で例えることができただけでも不思議なくらい、僕の告白は正しくゴミだったのだ。

アニメの声を声優がやるのとアナウンサーがやるのとぐらいに違う。



これ以上、アズに醜態は見せられない。


今度こそやる気を握りしめ、アズのことを好きだと自分自身が錯覚するくらい本気でやらなければならないのだ。


それに僕は恋愛漫画や小説に囲まれた日本人じゃないか。

告白されたことはなくても多くの告白シーンを見てきた。この世界の誰よりも告白を見てきたはず。

そのすべてを今の告白に込められないで、何が告白の練習だ。


僕の人生を、日本人としての全てを、ここにぶつける。



「アズ!」


僕はそう言うと、アズに勢いよく壁ドンした。

その勢いは馬車が横に揺れるほど。

ドンっと大きな音が、馬車内に響く。


「ふ、ふえ!?な、なななな何よ?」


彼女は何が起こったのか分からない様子であたふたしている。目線がおぼつかない。

だが数秒後、僕とアズの目線は真っすぐに交差した。

彼女と僕の顔が真正面から向き合う。


「僕と結婚してくれ!」


目を一心に見つめて、そう言い放った。

他に複雑な言葉などいらない。ストレートな告白。


アズの告白には到底叶わないだろう。

それでも今できる全てのことをするしかないのだ。

これが僕にとって、全力の告白だ。


「え、えと、け、結婚⁉って…えっと……、」


アズは戸惑った様子で自分から目を逸らし、首を傾ける。

彼女の眼はグルグルと渦巻き状に回っているように見えた。

髪が揺れ、さっきの告白の時より数倍真っ赤になった耳が髪の間からあらわとなる。


気づくと彼女の頭から湯気が出てきた。

両手の人差し指を互いにぶつけ、つんつんとしながら下を向く。

そのまま彼女は何も言わずに、黙ってしまった。


何度目か分からない静寂が僕らを包む。

アズは何かを言いたげなようで、口を何度か開いては閉じてを繰り返している。

パクパクと口を動かすその仕草は、とてもかわいらしく見えた。


「は、はい……、」


数秒間の沈黙を得て、アズは小さなか細い声でそう返事をした。

少しでも雑音が入れば消えてしまいそうな声。

俯いたまま、一向に顔を上げようとしない。



「えっと…何点なの?」


そう発言すると、さっきまで微動だにしなかった首がバッと動き顔を上げる。

アズの顔は信じられないほどに真っ赤で、なぜか悔しそうな表情をしていた。


「そ、そそそそそそそそそそれは、ぜ、ぜぜ0点よっ!0っ!女性を壁に追いやるなんて不純よ!野蛮だわ!も、もう…まったく……本気かと錯覚したじゃないのよぉ……。」


早口でそう言うと、手を激しく仰いで体温をさげようとしている。

最後の方は声が小さくて聞き取れなかった。

僕のことをけなす言葉でも言っていたのだろうか?


瞳にはうっすらと涙を浮かべているように見えた。


「そ、そうか0点か。けどそれって100点上がったってことだよね。」


そう言った瞬間、アズの眼が鋭く僕の顔を睨んだ。


「はぁ?調子乗んないで!あんたの告白は、その……ダメダメよ。だからもう告白なんてするマネはやめなさい!」


「えっと…最初と言ってること違くない?」


「ち、違くないわよ!あんたには才能が無いのっ!だからあんたは告白するんじゃなくて待ちなさい!」


「え?えぇ……、」


「ダメったらダメなのっ!告白禁止!分かった?」


「わ、分かったよ……。」


アズの発言には疑問の残ることが多かったが、僕は圧に屈するしかなかった。



読んで頂き感謝申しあげます。

評価、感想等頂けたならば幸いです。

気付かれている方もおられるかもしれませんが、この作品にはアニメや漫画等、他作品のネタがつめこまれおります。そのような点からも楽しんでいただけたら嬉しいです。

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