第十五話 魔力について④
僕はクリスタに、カイヤについての話を一通りする。
「あー、美味しい。しかし闇属性の魔力がいきなり発現か、興味深い話だな。」
クリスタは、僕が持ってきた本当に最後の一個であるケーキをペロリと食べた。
生クリームの着いた指を、僕に見せつけるようにして舌で舐めとる。
何でこうもあざといというか、色気があるというか…そういう仕草をするのだろう。
「魔物を生で食べたら魔力が生まれた……なんて話聞いたことありますか?」
「残念ながらないな。今まで色んな研究論文や魔術本を読んできたが、そんな事象を聞いた記憶は一切ない。もしかしたら忘れてるだけかもな。」
「冗談止めてくださいよ。元々魔法も使えなければ得意な属性も違うらしいので、これはかなり重要な相談なんです。」
「ああ。もちろんそれは分かってる。……って、ん、ちょっと待てよ。闇属性の魔力が目覚めたんだよな?」
「はい、そうです。」
僕が答えると、クリスタは急に立ち上がった。
そして、ベッド横に山になっている書類を漁り始めたのである。
まとまっていた山が崩壊し、部屋の中は一瞬にして書類まみれとなった。
しばらくすると、クリスタがある一束のプリントを拾い上げた。
そしてペラペラとめくっている。
「そう言えば、最近の報告で闇属性関連の話があった気が……あっ、あった。」
クリスタはそのプリントの束から1枚の紙を取ると、僕の前の机に優しく置いた。
「ある闇魔法についての研究施設が、何年も前から建てられていたにも関わらず今まで建設報告されていなかった……という騎士団の報告書だ。」
そう言うと、クリスタは自身の席を僕に近づけて再度座ってきた。
距離がぎゅっと近くなり、少し腕を動かせばクリスタの胸に当たってしまうほどの距離となる。
ここまで自然だと、わざとやっているのか天然なのか僕には分からない。
ただクリスタは特に気にする様子も見せずに、その施設について書かれている所を指した。
「魔術協会は報告し忘れてたのではなく、報告したのだが上手く伝達できていなかった…と説明している。そして建てたときに報告したと思われる書類も出してきた。」
「その書類は、信憑性の高い物なんですか?」
「ああ、その書類に提出した日付や時間がしっかりと記録されていたからな。だが、そうだとしても、連絡出来ていなかったと言うのは大問題だ。そうだろ?」
「そうですね。書類が出された記録あったとしても、意図的につぶされている可能性は否定しきれませんからね。もしかしたら施設での悪どい研究を、隠蔽しているかもしれません。」
「ああ、全くもってその通りだ。だから騎士団が施設の監視訪問を数回したんだが……何の問題もなかったらしい。それに今までにどんな研究をしていたのかの結果も全て提出してもらったのだが、特に異常は見られなかった。」
「なるほど……。そうなると、やっぱりただの連絡関係のミスですかね。」
「そうだろうな。送られた騎士団も施設調査のプロ部隊だ。その調査結果に疑う者はいない。結局これは、これからの報告改善措置をするという形で終わった。さらに調査しようと思う人もいないだろうな。」
クリスタはそう言うと立ち上がって、報告書の紙を机から拾い上げた。
そして元の束へと戻す。
部屋はこんなにも汚くなったというのに、変なとこだけ几帳面だ。
闇属性研究施設の報告ミス。
騎士団が正式に調査したことだし、施設に何か問題があるわけではないだろう。
だが冒険者組織も施設の調査という名目で、その研究所を調査できたりする可能性はないだろうか?
闇属性の研究所ということなら、闇属性のエキスパート研究者たちがいるはずだ。カイヤの事象について何か知っている人がいるかもしれないし、ヒントになるような実験を見られるかもしれない。
こういう研究施設は情報漏洩の観点から、一般の見学は禁止されている。調査という名目が無ければ、入ることすら難しいだろう。
専門家の話を聞く機会はこれを逃せば、無くなってしまうような気がした。
「その……、僕がその施設の調査するとか、できませんかね?いろいろ話を聞きたいので。」
早速、そう切り出すことにした。
「どうだろうな。冒険者組織は魔術組織に対して監視や調査をする権利が一応あるが……わざわざ研究施設に出向いて調査することなどほとんどないからな。しかし解決するまで相談に乗るって誓っちゃったしな、さらにシルフに向けて……。しょうがない。近日、ギルドマスターにできるか聞いておこう。」
「ありがとうございます。」
僕は素直にそうお礼を言って、頭を下げた。
クリスタが取りあってくれれば、ギルドマスターも承諾する可能性は高い。
いつもギルドをほったらかしにしているギルドマスターが、ギルドを支えてくれている彼女の提案を断ることはないだろう。
こういうときは、クリスタは本当に役に立つ存在だ。
彼女の弟子で良かった。
★
その数日後の朝、シルフギルドの食堂。
珍しく早起きしていたアズと、これから修行をしに行くカイヤと共に一緒に朝ごはんを食べる。
今日の朝ご飯はパンだ。と言うかシルフギルドは朝食にパンしか提供してくれないので、必然的にパンになる。
日本では朝に白米を食べていた僕も、いつ間にか朝はパン派になっていた。
「結局、その施設は調査できるの?」
「まだ、分からないね。けど調査に行くとなったら、その期間はカイヤに修行してあげられない。ごめん。」
「なんで謝るんですか。私のためなんですからお礼を言うのは私ですよ。私の悩みにこんなにも真剣に向き合って下さって、本当にフォスさんに感謝してるんです。」
「あはは、ありがとう。それで……なんだけど。とりあえずこれを見て欲しい。」
そう言って僕は、一枚の紙をカイヤに渡した。
「これは……、スケジュール表ですか?」
カイヤは首を傾ける。
「うん、そう。クリスタの部屋で槍術と魔法に着いての本を読んでね。自分なりに読み込んで、そのスケジュールを立ててみた。カイヤのために色々試行錯誤して作ったから、きっと力になってくれるはずだよ。僕がいないときはそれに従ってくれ。」
「ええ!?私のためにそんなことまでしてくれたんですか!?ありがとうございます!」
カイヤは僕の手を掴むと、嬉しそうに上下にブンブンと振っている。
尻尾も激しく揺れ動いていた。
「はぁ…あんたはフォスとボディータッチしないと死ぬの?フォスが困るでしょ。」
アズはそう言って僕の腕を掴むと、カイヤの手を無理やり引き剥がす。
アズが僕のことを心配をするとは意外だ。
別にカイヤに手を触られても嫌ではないのだが、少し嬉しい。
「ああっ!?私は触りたいから触ってるんです!邪魔しないでください!」
カイヤはもう一度自分の手を掴もうとするが、アズがその手を払い除ける。
「なんで邪魔するんですか!フォスさんは嫌がってません。むしろタイプの私と触れられて喜んでいるはずです!」
カイヤはそう言って、アズを睨む。
「なわけないでしょ!あんたと触るくらいなら、フォスはその……私と触ってる方が楽しいわよ。」
「そんなわけないですよ!なんで、アズさんごときのくそざこちっぱいボディタッチに、私のボディランゲージが負けるんですか!」
「はぁ!?授業してあげている私に、よくそんなこと言えたわね!」
アズは身を乗り出して、カイヤの胸ぐらを力強く掴んだ。
「うわぁー嘘です!嘘です!暴力反対です!まあちっぱいは本当ですけど……って痛いっ、痛いです!」
「ちっぱいちっぱいうるさいのよ。このエロ狐!」
アズはそう言って胸ぐらを掴むのを止めると、カイヤが食べようとしていたパンを皿の上から奪う。
そして、一口で食べてしまった。
「ああ、私のパンが……。ちっぱいだからちっぱいって言うんですよ!あっ、嘘です!すいません!謝りますから、私のパンをもう取るのはやめてください!フォスさんも何か言ってやってくださいよ!」
カイヤは自身のパンが置いてある皿を守るように、机に突っ伏した。
このまま見ていてもいいのだが、しょうがないのでアズに声をかける。
こういうときは、先人の偉大な言葉を使うのだ。
「そんなちっぱいとか言われても気にしない方がいいぞ。いいか、アズ。貧乳はステータスなんだよ。」
「ステータスってどういうことよ!」
アズは今にも、僕の胸ぐらを掴んできそうだ。
「えっと…つまり価値があるってことだ。だから貧乳を好きって人も多い。だからそんな怒ることでもない。むしろ誇った方がいいかもしれないぞ。」
「……じゃ、じゃあ、フォスはどうなのよ?」
アズは何故かそんなことを聞いてくる。男の一人として意見でも聞きたいのだろうか?
彼女の顔は少し赤くなっており、恥ずかしいのか体をもじもじさせていた。
こう言う可愛らしいアズの姿は何だか新鮮だ。
「ああ、僕ももちろん好きだ。」
アズを励ますためにも、とりあえずそんなことを言っておく。
大体、胸の大きさなんて気にしても変わるようなものじゃない。
その人が生まれ持ったおっぱいこそが至高のおっぱいであり、一番完璧な大きさなのだ…って、僕は朝から何を語っているのだろうか……。
「そ、そう。まあ……そ、それならいいわね。」
アズはそっぽを向いて、朝ご飯のパンを大人しく食べ始めた。
どうやら納得してくれたらしい。
一瞬、嬉しそうに微笑んだような気がした。
「へえ~、フォスさんって貧乳が好きなんですねー。私もまあ、相対的に見れば小さい方かな…なんて……。」
カイヤは、ジト目で僕のことを見てくる。
何だろう、何か悪いことを言ってしまっただろうか?
それにカイヤの胸は貧乳では明らかに無い。
ずっとジト目で見られるのも嫌なので、話を変えることにする。
「話変わるけど、カイヤは魔力の調子はどう?」
「そうですね、まだ全然です。けど、この机ぐらいなら流して扱えるようになってきましたよ。」
「おお、それはすごい進歩だな。」
「え!?そうですか?」
「そうだよ。だって魔力を扱うことを始めたのが数日前なのに、もう大木からこの机の大きさまでスケールダウンしたんだよ。素晴らしいことだと、僕は思うけどね。」
「えへへ~、嬉しいです。」
カイヤはニマニマと笑みをこぼす。
彼女からは色気を感じるときもあるが、小動物のような可愛さを感じることもある。
場合や感情によって見せる表情や仕草が違うって感じがするのだ。
器用だな…、と感心する。
「フォスは褒めすぎよ。カイヤ相手に優しすぎると私は思うわね。」
「そうかな?」
「そうよ。この机に流す程度できなくて、何がシルフギルド合格よ。笑わせるわね。」
アズはそう口を挟んでくる。
アズはまだ、カイヤのことを全く認めていないらしい。
天才だから、魔力の扱いに努力するなんてことをしてこなかったのかも。
僕は十分大きな成長だと思ったのだが……。
「む~、何ですかアズさん。もしかして私だけフォスさんに褒められるから嫉妬してるんですか?」
「は!?何で私がそんなことで嫉妬すんのよ。事実を言っただけよ。」
「ふーん、本当ですかね…。それにフォスが褒めすぎなんてことはありません。なぜなら私は褒められると伸びるタイプだからです!」
「それ、そんな自慢気にいうこと?」
カイヤが胸を張っている様子を、アズが呆れた表情で見ている。
「フォスさんは、私の教育方法を良く分かってるってことです。アズさんももっと私のこと褒めてくれたら、急速で成長できるんだけどな~。」
「あんたに褒めるような所なんて、一つもないわよ。魔力の扱いだって、武器に流せるようになったら体の中で動きに合わせて的確に動かす練習をしないといけないの。そっちの方が何倍も大変だわ。」
「はぁー、分かってませんね。褒める所が無いんじゃなくて、褒めるところを探すのが大事なんです。人間関係の基本じゃないですか?」
「なんで、私があんたにそんなことしないといけないのよ。」
アズとカイヤがは、再び言い争いのようになっている。
喧嘩するほど仲がいいとも言うし、もしかしたら二人はより仲良くなってきたということかもしれない。ただ朝から元気なのは良いことだが、他の冒険者や一般の方の朝のモーニングコーヒールーティーンを壊してしまうのは申し訳ないので、声量を小さくして欲しい。
そんなことを思っていると、いきなり背後からガシっと肩を掴まれた。
突然の出来事に驚いて後ろを見ると、クリスタがそこには立っていたのである。
「おはよう、フォス。朝から騒々しいな。」
いきなり白金等級冒険者の登場と言うこともあり、周りの視線が一気に僕らに集まってきたのを肌で感じた。先ほどまであんなに騒いでいたカイヤも、一瞬で大人しくなる。
ただアズと僕だけは、いつも通りのテンションであった。
「あら、副ギルドマスター様がこんな朝から何用かしら?そこの女狐関連の話?」
「女狐?……ああ、その通りだ。さすがアズだな、感が鋭い。アズにはもう調査の話は伝えたのか?」
「はい。カイヤにもすでに伝えました。」
僕がそう言うと、クリスタの眼がゆっくりとカイヤの方を向いた。
彼女の眼光は元から鋭く、赤色の眼ということもあり迫力がある。
見られたカイヤの緊張が、仕草や様子から窺えた。
「君が魔力の発現が起こったというカイヤか。前に涙を拭いてあげたとき以来かな。話は聞いているよ、何でもフォスとアズを完璧に出し抜いたとか……。」
「そ、その節はお恥ずかしいをころをお見せしてしまいました…すいません。ですが出し抜いた…と言うのは聞き捨てなりませんね。出し抜いたのではなく、あくまでフォスさんとアズさんには自分の意志で、私の修行をつけて欲しいという依頼を受けて頂いたにすぎません。」
「受ける以外の逃げ道はなかったけどね……。」
アズが小さい声で、そうボソっと呟いた。
まあアズの言う通りではあるが、教えるだけである程度まとまったお金が入ってくるというのは普通に美味しい依頼だ。
カイヤの依頼を受けていなかったら、僕らは朝から晩まで毎日シルフの森にいたことだろう。
「はは、なるほど。確かに誓約書と言うのは互いの意志で結ぶものだからな。しかし二人の弟子になったからって、忖度のようなものは発生しない。試験と言うものはいつだって全員に平等でないといかないからな。」
「そんなこともちろんわかってますよ。必ず私の実力でシルフギルドの名声を手に入れて見せます。」
「ふふ、そうか。楽しみにしてるぞ。」
クリスタは少し嬉しそうに、微笑んでいた。
「それで、いつから調査しに行くのよ。」
アズにとってはカイヤがどうこうより、調査がいつできるのかの方を重要に考えているらしい。
予定が分からなければ僕らがどう活動していくかの予定も立てられないので、当然と言えば当然だ。
アズは先ほどまで本題に早く入らないことにいら立ってたからなのか、貧乏ゆすりをしている。
そして睨まれたクリスタの顔が、ニヤリと不気味に笑ったのが見えた。
こういうときは本当にろくなことが無いのである。
体の中で悪寒が走った。
「ふふ、それはな……今日からだ!」
クリスタはそう大声で言うと、僕の肩をバシッと叩いた。
「え、今から?今からって……、本当に今から行くってこと?」
あまりの唐突な申し出に、流石の僕も驚きの声が出た。
「ああ、そうだ。と言う訳で今から数日間、このフォス貰っていく。アズもカイヤも構わんな?」
予想外の状況に戸惑う二人だったが、すぐに状況を理解したらしい。
「もちろんいいですけど……、あまりにも唐突すぎない?」
「ああ、それは本当にすまないと思ってる。だが調査の日程が明日しか合わないらしくてな。距離が距離である以上、今日から行かないと間に合わないのだ。」
「ふーん。そう。それで調査に行くのはフォスだけ?私は行かなくていいの?」
「ああ。一応これは冒険者組織の監視特権を行使するものだ。他ギルドとも連携して行うことになっているから、人数の関係上アズは連れていけないな。もしかして、一緒に来たかったか?」
「そ、そんなわけないでしょ!」
アズはそう言って否定するが、声色が少し大人しくなっていた。
本当は、少ししょんぼりルドルフしているのかもしれない。
僕もできればアズと行きたかったが、それではカイヤの修行監督できる人間がいなくなるし、この方がいいのかもしれない。
冒険者と言うのはいつトラブルに巻き込まれてもおかしくない職業。常に隣に信頼できる仲間がいることほど安心できるものはない。
アズも僕がいなくなるので、そう思っているのだろう。……、いや、そう思っていて欲しい。
「私も拒否する気はございませんので……。フォスさん、私のためにすいません。よろしくお願いします。」
カイヤはそう言って僕に笑顔を見せると、綺麗に礼をした。
彼女は礼は、なんというか綺麗で清々しい。
さすが貴族って感じだ。
「よし、じゃあ早速、ギルドマスターの部屋に来てもらうぞ。ほら、そのパン早く食べろ。」
「わ、分かってます!」
クリスタがギルドマスターの部屋に向かおうとするので、僕はパンを口に放り込み急いで追いかける。
「フォス、私がこの女狐修行しててあげるから、心配せずに精一杯やってきなさい。必ず成果持ってきなさいよ!」
「フォスさん。頑張って下さーい!」
アズとカイヤの声が背後から聞こえてくる。
「うん。」
僕はそう言って、彼女たちの顔を見ずに小さく手を振った。
この時の僕はまだ分かっていなかったのだ。
これから起きる壮絶な事態に。
ご愛読感謝申しあげます。
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