第十三話 魔力について②
正午となり日は天高く登り、気温が上がってきた。
午前の修行が無事終わり、僕とカイヤはシルフギルドに戻って一緒の席で昼ごはんを食べている。
「あの…フォス先輩くらいになると、このスプーンにも魔力を上手に流し込めるんですか?」
「あー、まあね。こんな感じ?」
僕は手に持っていたスプーンに、風属性の魔力を流し込んで見せた。
「おぉー、さすがフォスさんです!かっこいい!」
「い、いや…、僕もこのぐらい扱えるようになったのは、シルフギルドに入ってから一年経った後ぐらいだよ。」
「え!?フォスさんでも一年もかかったんですか!?」
「そうだね。けど、カイヤには試験受ける時期には、これぐらいのことはできてて欲しいかな。」
「わ、わかりました。難しいかもしれませんが…試験の日までにものにして見せますね!」
カイヤそういき込んでで、パンを口の中に放り込んだ。
シルフギルドのギルド内は、基本的にシルフギルド冒険者以外の立ち入りが禁止されている。
だが、食堂だけは一般にも開放されているのだ。
シルフギルドの冒険者は、昼は大概仕事をしているため昼の食堂は一般人の客の方が多い。
僕らみたいに仕事しないで昼を食堂で食べている奴の方が稀なのだ。僕とアズは言ってしまえば異端児である。
英語で言うと、ヘレティックだ。何かかっこいいだろ?
しかし、今日珍しく僕ら以外にもヘレティックがいたらしい。
「あれ!?フォス!おいおい、女連れか?」
僕らが食事をしていると、一人の青年が近付いてきた。
黒髪で顔立ちの整ったイケメン。
背中に剣を背負っており、首元にはシルフギルドの象徴である風の形に掘られた、金色の徽章を下げている。
そして溢れ出る陽キャ臭。
前に僕らにギルドマスターが呼んでいたことを伝えてくれた、ウルツと言う青年だ。
僕は面倒くさい奴が来たなと、小さくため息をつく。
だが彼は僕の様子を気にすることもなく、隣の席にどかっと座ってきた。
「おいおいおいおいフォス!アズに飽きて違う女に手を出してるのか?まあ、あいつ面倒くさい性格してるもんな。分かるぞ!」
「全く違う。」
「なんだ別に嘘つかなくてもいいのにな…。そういや、フォスは獣人が好きって言ってたもんな。」
「え!?獣人が好き!?」
ウルツの言葉に、カイヤが反射的に反応した。
「い、いや……、」
否定しようと何か言おうと思ったが、真実なので何も言えなかった。猫耳とか狐耳とか…正直最高である。
僕が言い詰まった様子を見て、カイヤがにんまりと笑ったのが見える。
「おーとっ、初対面だし自己紹介しないとだな!シルフギルド所属の金等級冒険者、フォスの大親友であるセキ・ウルツだ。」
「僕がいつお前を親友だと言ったんだ?」
「なんだ?照れてるのか?そんなに否定しなくても何にも恥ずかしいことじゃないぜ!そんで嬢ちゃん、名前はなんて言うんだ?」
僕が否定しても、彼は全く怯まない。
彼は昔からこういう奴ですぐに親友判定を下すくらい、人との距離の狭め方が異常なのだ。
ギルドに入りたてで知り合いが一人もいなかった頃は意外と頼もしかったのだが、時期が経つにつれ面倒な相手に変わってきた。
彼はとにかく暑苦しく、話を毎回ことある事に自身のゾーンへと持っていくのだ。
これでいて女性にモテモテだと言うのだから、ムカつく話である。
ハーレムを目指している僕にとっては、一番の敵かもしれない。やっぱり結局のところ夢も希望もなく、ルックスがいいか否かだけなのか……。
この世はいつだって非情である。
「えっと……、カイヤって言います。」
「へえカイヤか、いい名前だな。カイヤ、よろしくなっ!」
ウルツはそう言って、カイヤと握手しようと手を伸ばす。
速攻で呼び捨てにするのは、陽キャの特権だ。
しかしカイヤは彼の手を掴むかと思いきや、素通りして僕の手を掴んできた。
「私、フォスさんに僕以外の男に触れるなって言われてるんで~す。」
カイヤはそう言って、にこっと笑顔を見せた。
カイヤめ、面倒くさい嘘をつきやがった……。
「フォス!?え!?フォス!?お前、何てことを!?もしかしてフォスは隠れメンヘラなのか!?所有欲マシマシなのか!?そうなのか!?」
「いや、事実無根だ。」
「く…フォスは罪深い奴だなぁ。俺は初めて女の子に握手を拒否されたぞ!」
そう言って、バンバンと叩いてくる。
欠片も僕の言葉を聞いていないらしい。これだから面倒なのだ。
それにめっちゃうるさい。
耳元でチョッギッ、プルリリィィィィィィイって叫ばれるのと同等くらいうるさい。
なんて嘘をつくんだ…とカイヤ睨むと、彼女はベロをちょっと出した。
くそう…可愛い……。
「フォスにとうとう、彼女ができるとはなー。」
「だから違うから。あと今、お前に構ってやる暇ないから、どっか行ってくれる?しっ、しっ!」
「おいおい、先輩にその態度はないだろ~。ねえカイヤ、君もそう思わないか?」
ウルツがカイヤに同意を求ると、カイヤの顔が不気味にニヤリと笑ったのが分かった。
ゾクッと悪寒が、体を電撃のように走る。
「そうですね。例え養豚場で豚と戯れてそうな触れるのすら汚らわしい屑相手でも、先輩である以上は敬語……使わないとダメですよね。ふふっ。」
「え…」
カイヤの言葉を聞いた瞬間、ウルツの顔が歪んだ。
そして、震えるようにして腕にしがみついて来る。カイヤは可愛く見えて誰よりも怖い女性だ。気をつけた方がいい。
あぁ…怖ぇ……。
「お、おい、フォス……これはどういうことだ?俺、この子めちゃくちゃ怖いんだけど。やっぱりフォス、趣味悪いぞ。」
彼の声は完全に震えている。
「趣味悪いって、まずそんな関係じゃないって言ってるだろ……。」
「あっおいおいフォス、もう誤魔化しても無駄だぞ。俺には分かってる。いいや、今分かった。お前がこういうヤバい子のことを好きなる傾向があることが。」
「いや、だから違う。それに女遊びばっかりしてる奴に、そんなこと言われたくない。」
「なーに今さら誤魔化さなくて、いいさ。親友だろ?俺はフォスの趣味、受け止めるよ。」
「はぁ……、もう否定するのも面倒になってきた。」
僕がため息をついたとき、微かに彼の背後を揺れ動く影が見えた。
「それに趣味がどうであれ、アズ以外の女性に逃げるなんて当たり前だ。大体な、俺はフォスがアズと一緒にパーティ組むって言ったときからこうなると思ってたよ。たしかにアズは、ちょっとばかし見てくれはいいかもしれないが、中身が本当に残念だもんな。」
「お、おい、それ以上言うのは止めとけ。」
ウルツの背後から感じた殺気を感じて、そう言葉をかける。だが、彼は自分の忠告を一切止めようとしない。
「それにアズの性格ってやばいだろ?自己中て言うか、クズって言うかさ~。それに、おっぱい小さいしな!本当にちっぱい。かなりまな板だよあれ!性格も悪魔だしな。まじでちっぱい悪魔っ、いやまな板悪魔って痛たたたたたたたた、おいやめろ!痛いっ!誰だ……って、ひいいいいいいいい。」
ウルツの顔が一瞬で真っ青になった。
彼の耳が、背後から伸びて来ている手によって力強く握りつぶされている。
「誰が、悪魔だって?もう1回言ってみなさいよ?」
ウルツの後ろには、怒りで頬がピクピクしているアズの姿があった。
「す、す、すいませええええええん!」
ウルツはアズの手を一瞬で振り払うと、信じられないくらいの速さで走り出した。
手を容易に振り払えるあたり、腐ってもシルフギルドの冒険者である。
彼はそのままギルドの入口近くまで爆走すると、一人の冒険者に衝突した。
「うわ、ウルツどうしたのにゃ!?」
「アイ!?良かった。今から、一緒に依頼を受けに行こう。」
「はぁ!?何言ってるにゃって、にゃ!?にゃああああああぁぁぁ……、」
ウルツはその冒険者を引きずるようにして、外に出ていった。よほど怖かったらしい。
彼はカイヤにアズと、今日だけで何年分かの恐怖体験をしたのかもしれない。
「ちっぱいって、私だって好きでなった訳じゃ……、ムカつく……。」
アズは小さな声で何かを呟きながら、ウルツが座っていた横の椅子にどんっと座った。
かなり不機嫌である。
これは今、話しかけない方が良さそうだ。
「えっと……カイヤはなんで、あんなことをさっき言ったんだ?」
とりあえず、カイヤに話を振ることにしよう。
「だってウルツさん、、色んな女性の匂いがして遊びまくってるのバレバレじゃないですか。近くで匂い嗅いだら、絶対気持ち悪くなりますよ。」
「へぇー、カイヤは匂いでそんなことも分かるんだな。」
「そうですね。特に女性は、香水とか付けて匂いが濃い方も多いですから。フォスさんからは女性の匂いがしないので、とてもいい匂いがします。」
「そ…、そうか……。」
何かメンタルにダメージをくらってしまった。
「あー、考えてみればアズさんも匂いしませんよね。」
「何?何か悪い訳?」
「いえいえ。私としては、嬉しい限りですよ。」
「はぁ…香水とか良く分かんないのよね……。」
アズは大きくため息をついていた。
機嫌が悪いようだが、どうやら手が出るほどでもないらしい。
機嫌がデラックス悪いときは、普通に胸ぐら掴んできたり、足を蹴ってきたりと散々なのである。
カイヤが最初に話しかけてくれて良かった。
おかげでアズの調子度合いをノーリスクで図ることができた。
「アズはこの時間まで何してたんだ?」
僕は、安心してそう話しかける。
すると、アズの目がジロっと僕のことを捉えた。
「寝てたわよ。せっかくお金の心配しなくて済んだんだから当然でしょ。それに、これから誰かさんに授業する面倒くさい仕事があるからね。直前まで寝てないとやってられないわよ。」
「わー、私に教えるためにエネルギー貯めて下さったんですね、ありがとうございます。」
「嫌味で言ったつもりだったんだけど。」
アズは手に持っていたパンにかぶりついた。
彼女にとってこのパンは、朝食兼昼食と言ったところか……。
シルフギルド所属の冒険者一人一人には部屋が与えられているため、僕とアズはシルフギルド内で寝泊まりをしている。
部屋代が一切かからない他、頼めば清掃もやってくれたりとサービスは充実しているのだ。
部屋は1DKであり、まあ一人で住んでいれば問題無い大きさ。まさにシルフギルド冒険者の特権である。
アズは寝起きということで、髪がボサボサになっていた。寝癖なのか一本のアホ毛が頭から出ている。
こんな綺麗なアホ毛があるんだな……と不意に、僕はアズのアホ毛を指で弾いた。
するとそのアホ毛がバネのように、元の場所に戻って来るのである。やばい…面白い。
アズは驚いたのかビクッと体を震わせたのが微かに見えた。
そして恐ろしい形相で僕を睨んでくる。
「ねえ、フォス。何をしてるの?私今ひじょーに機嫌が悪いのよ。殴られても文句は無いわよね……。」
アズはぷるぷると震わせながら、膝下で握り拳を作っている。
うーん、不味い…超不味い……。
せっかく機嫌を推し量っていたと言うのに、全部水の泡になってしまった。
「い、いや……、アズの髪が綺麗でさー、触りたくなっちゃった…なんて……。」
とりあえず褒めて誤魔化そうするが、無理なことぐらい分かっている。
殴られると思い、歯を食いしばって身構えたのだが……ぽんっと撫でるような拳が、胸に当たっただけであった。
「う……うっさい。」
見ると、アズは少し恥ずかしそうにして顔を赤くしていた。
正直意外である。
前に彼女を褒めることで誤魔化そうとしたときは、普通に殴られた。
だから効果が無いかと思っていたのだが、違うらしい。
どうやら、効果がある場合もあることが今判明したのだ。
これは世紀の大発見である。
今まで散々、暴力パワハラを受けていた僕にとって、回避する有効的な手段が見つかったのだ。
これから暴力を振るわれそうになったときや、機嫌が悪いときは、とにかく褒めることに努めよう。そう心に誓った。
だがカイヤの目が、僕を睨んでいるように見えたのは……気のせいだろうか。
「そ、それでそっちの修行はどんな感じなのよ?」
「とっても順調だよ。カイヤもどんどん強くなってる。」
「そうですよ~、ピースピース。」
カイヤはアズに向けて、何発ものピースを放つ。
これぞ百式観音。感謝のピース突きである。
アズの引きつった顔が、容易に想像できた。
「そういえばアズ。今日からこれまでの授業に加えて、魔力の扱いについても教えて欲しいんだ。特に闇属性の。」
「闇魔法!?なに?今年のテストは闇魔法についてでも出るわけ?確かに魔族が使ってくるから、重要ではあるけど……。」
「いや、違うんだ。実は今日さ……、」
そう言って、カイヤがキンググレートボアの一件以降、闇属性の魔力が発現したこと。そしてカイヤがその魔力を全然扱えていないことなど、今日カイヤに教えてもらったことを全部話した。
すると、アズは考えるようにして手を顎にあてる。
「闇魔法について教えるのは分かったわ。けど、魔力がいきなり発現するなんて聞いたことないわよ。それ本当の話なのよね?」
「ほ、本当ですよ!マジのマジです。大マジです!」
「そう…考えて見ればあの魔力量だものね。扱えてたら仲間も救えてたし、キンググレートボアも倒せてたわよね。」
「何だかすごく気に触るような、納得の仕方をされました……。」
カイヤの立っていた耳が、しおれるように折れた。
やはりアズもあの魔力量は強大であると、認めているらしい。
「それで、カイヤは魔物を生で食べたから発現したと思ってるのね。」
「そうです!だって私以外に魔物を生で食べたことある人間なんていると思いますか?あれ、くっそ不味いんですよっ!」
「いや、いるんじゃないかしら?フォスはどう思ってるの?」
「食事に困ってる人間はこの世界にいっぱいいるし…、さすがにカイヤだけってのは無いかなとは思ってるよ。」
「そうよね……。私もそう思うわ。」
「えー、そうですか?あんなに不味い物、食べる人間の気が知れないんですけど……。」
「あんたは恵まれすぎてんのよ。一度、一文無しになってみなさい。ちょっとは人間として成長できると思うわよ。」
「そ、それは遠慮します。私、食事に困る経験はキンググレートボアのあのときだけでいいので……。」
カイヤはぷるっと体を震わせる。
彼女は貴族に生まれたために、お金に困ったことがないのだろう。貧民街へと足を運んだことも無いはずだ。
だが、カイヤはその方がいいかも知れない。
それほどに貧民街と言う場所は、混沌としているのだ。
貧民街に住む人間に人権は無く、人さらいも殺し合いも当たり前のように行われる無法地帯。
そして皆生きるために必死で、僕が依頼のために泣く泣く行ったときなんかは、十数人に囲まれて物を盗まれそうになった。
もちろん僕の方が何倍も強いので簡単に倒せるのだが、何度も起き上がろうとする執念は恐怖を覚えるほどだ。
あそこに住む人間なら、魔物を生で食っていてもおかしくはない。
「それでフォスはどうやって原因を調べようと思ってるのよ。」
「いや、それはまだ決めてないんだ。とりあえず教会にでも行って本を漁ってみようとかは思ってるんだけど……、アズは何かいい案ある?」
「うーん、いきなり言われてもね……。」
アズは喉を唸らせるが、何も案が浮かんでいないらしい。すると何かを思ったのか、カイヤが口を開けた。
「副ギルドマスターさんに聞けばいいんじゃないですか?フォスさん仲良いんですよね?」
「え゛!?」
カイヤの予想外の言葉に、つい汚い声が漏れた。
「確かに…それはいい案ね。クリスタは博識だし、部屋にはいっぱい本があるって聞くしね……、カイヤにしては中々いい案出すじゃない。」
「えへへ、それ程でも~ってカイヤにしてはって何ですか!」
カイヤは華麗なノリツッコミを見せる。
しかし…、まさかここでクリスタの名前が出てくるとは……。
クリスタはたしかに腐っても白金等級冒険者だし、頭も良い。
僕の知識のほぼ全ては、彼女の受け売りと言っても過言ではない。
クリスタに聞けば、何か知っている可能性は高い。それに事務作業に追われて滅多に暇のない彼女だが、今であれば珍しくギルドマスターがいるおかげで仕事も少なくなっているはず。
会話する時間は何とか取れそうだ。
時期と言う面から見れば、このタイミングは非常に都合がいいかもしれない。
だが……、それと真面目に答えてくれるかと言うのは、全く別の話である。
彼女は興味の無いことに対しては、適当に受け流してしまう性格なのだ。
何か質問がある度に適当にはぐらかされていた、修行時代を思い出す。
ただそれでもまだいい方で、僕が彼女の弟子と言うこともあり交流が深いからこそ、その態度なのだ。アズとかが言っても、相手にすらされないだろう。
だからこそ真剣に向き合ってもらうには、彼女に興味を向けてもらう必要がある。
莫大な闇属性魔力が発現すると言う事象は、彼女の興味を引くには充分だとは思うのだが、その話題に達する前に突き返されてしまうことだろう。
会話の初っ端に、彼女の興味を引く別の何かが必要なのである。
「なあ、アズ。美味しいお菓子のお店とか知らないか?」
「え!?何よいきなり?」
「クリスタに取り合ってもらうために必要なんだ。知らないか?」
僕は必死にそう言って、アズに迫った。
いきなり距離が近づいたから、アズが少し動揺している。
「し、知らないわよ。私、お菓子食べないし。」
「そうか……。カイヤはどこか知ってるか?」
「え!?シルフ街に来たばかりの私が、そんなこと知ってると思います?」
「いや、シルフ街じゃなくてもいいんだ。どこか知らないか?」
「ええ、えっと、一応グリフォンギルドの近くには、美味しいケーキ屋さんがありますけど……、こっから遠いですよ?」
「本当か!?いや、距離は問題無い。全力で走ればどうにかなる距離だ。ケーキ屋までの地図を書いてくれるか?」
「は、はぁ……。よく分かりませんけど、分かりました。」
カイヤに紙を渡すと、彼女は素早く地図を書いてくれた。
「それ…クリスタに相談するのに使えるわけ?」
「ああ。」
カイヤも、アズも分かっていないのだ。
クリスタが無類のケーキ好きだということを。
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