第十二話 魔力について①
空は透き通るように青く、雲一つない快晴。
朝の涼しい風が、周りに生える草木を静かに揺らす。
日本に住んでいれば、セミが鳴り響くような季節だろうか?耳に染みついているミーンミーンという鳴き声が、心の中で響いている。
僕らはシルフ街近くの草原にいた。
あの夕食の一件から数日が経過し、僕とアズはカイヤという狐の少女の修行に勤しんでいた。
依頼を受けた以上、誠心誠意取り組むのが冒険者の誇りだ……とか、言い訳を並べているが結局のところやる書類にサインしてしまった以上、他の選択肢はないのである。
カイヤの修行は時間交代制で、僕は昼食まで戦闘、アズは夕飯まで座学を中心に教えている。試験においてどちらも、根幹となる非常に重要な部分だ。座学と言うのは、魔物の知識やセオリーの勉強、また一般教養などである。
アズがしっかり教えられているのかは僕も把握していないが……、アズが他人に教えるのに向かない人間であることくらいは分かっている。
彼女はいわゆる天才気質の人間で、何でもちょっと見たり勉強したりするだけで身についてしまう才能を持つ。
アズの師匠に当たるローズと言う冒険者は彼女を教育する際、ちょっと教えてあと放置…みたいな教育方針をとっていた。
それがアズに合っていたからなのか、彼女はシルフギルドの冒険者として僕と共に金等級に登りつめることが出来た訳だ。
しかし…彼女があんな協調性のない性格になったのは、もしかしたらあの修行方法に原因があるのかもしれない。
僕もあまり教えるのが上手いとは言えないと思うが、アズがカイヤに適した方法で教えられているのか心配だ……
そんな思いにふけながら、僕は木刀を手に持って構えていた。
反対側には、木の槍を持ったカイヤが同じように構えて立っている。
「来いっ。」
自分の号令が合図となって、カイヤが走って接近してくる。そして数発の突きが、僕に向けて放たれた。
僕は軽いステップを踏んで、その攻撃を全てかわす。
そのまま左脇を槍が通ったのを見計らって、右手に持っていた木刀で彼女の槍を弾いた。
だがカイヤはその攻撃を読んでいたようで、僕の槍への攻撃を反動にして槍をくるりと回す。
穂先と反対側にある持ち手の部分を、僕の左足の付け根に叩きつけようと槍を振り抜いた。
成長したな……
しっかり相手がどう動くかを頭に入れて行動している。最初に手合わせしたときはこうは出来なかった。
戦闘においてこういう読んでの攻撃というのは、非常に大事なものだ。
だが、感心したからと言って負けてあげるようでは、彼女の成長には繋がらない。もちろん僕もは全力で相手させてもらう。
カイヤの攻撃が足元を狙う下段攻撃だったため、走り高跳びのはさみ跳びの要領で迫ってくる槍をかわす。そして足元を振り抜いた槍を、木刀を持っていない左手で掴んだ。
彼女の攻撃は槍の手元部分のために、尖ってはいない。それでいて横一線の攻撃であったため、横から掴むのは困難だが上から掴むのは目に魔力を流すことで容易くなる。
魔力を流すことができれば、人間の構造上で可能なことであれば大概できるようになるのだ。横に振り抜かれる槍を上から掴むことしかり、飛んでくる銃弾を避けることだってきっと可能だ。
今僕が日本に転移してオリンピックにでも出ようものなら、多分個人の全種目で一位を取れる。魔力と言うのはそれほどに、あるとないで違うのである。
だからこそ魔力の才能格差と言うのが、残念ながらあってしまう訳だ。
「ふぇ!?なにそれ!?」
槍を掴まれて驚いたカイヤの声が、うっすらと聞こえた。
僕はそのまま右手で彼女の槍をぐっと引っ張る。
いきなり引っ張られたことにより、槍に釣られてカイヤの体は前にズレて、体制を崩した。
僕は槍に引っ張られて近づいて来たカイヤの頭に、右手に持っていた木刀をコンっとぶつける。
「きゃっ!?」
カイヤは女の子らしい高い声をあげて、ペタンと内股で地べたに倒れてしまった。
「うぅ……、また負けてしまいました。」
「いや、さっきの攻撃はすごく良かったよ。僕も驚いた。」
「そう言っときながら、普通に避けたじゃないですか~。なんですか、あのステップみたいな避け方。絶対決まったと思ったんですけどね……。」
「ただの経験の差に過ぎないよ。カイヤもこうやって戦い慣れていくうちに、自分に合った避け方が身について反射的にできるようになるさ。」
彼女との修行において、僕はこのような模擬戦を午前中ひたすら行っている。実践で学ばせるという教育方針だ。
カイヤの槍はやはり貴族で高等教育を受けていたからなのか、非常に繊細で技術が伴っている。そのため槍の扱いを知らない僕が下手に教えるよりは、模擬戦をしている方がいいかなと勝手に思ってるのだ。
基礎ができているということは、実践で実際にできるかとか、自分なりに工夫して応用できるかとか……そう言う能力が次に求められるはずだ。
僕も合格するために、野原を駆け回って戦いまくったことを思い出した。
「けど、フォスさんは優しいですね。アズさんだったらさっき本気で木刀で殴られてましたよ……。」
「それは……いや、アズならやりそうだな。どうだ?アズの修行の方は。」
「とてもためになってますよ。すっごく知識豊富で驚きました。けど私、覚えるのがそんなに得意じゃないので……すぐ怒鳴られますね。」
「それは…アズらしいな。アズは一回聞いたら覚えられるのが当たり前と思ってる節があるからさ。そう言えばグリフォンさんにはすでにシルフギルドに入りたい旨、伝えたのか?」
座っているカイヤに手を差しのばす。
すると彼女は僕の手を取り、勢いよく立ち上がった。
「ありがとうございます。もちろん伝えましたよ。ちょっと強くなるために修行してきますって。電話越しですが……。」
「それで、何か言われたか?」
「とりあえずギルドまで帰ってこい、みたいなこと言われましたね。」
「おいおい、それ大丈夫なのか……?」
カイヤは僕らと契約を交わした後、そのままシルフ街に宿を取って泊まっているらしい。
ちなみに電話とは魔術電話のことで性能は普通の電話と変わりないのだが、日本のスマホほど普及はしてない。ギルドのギルドマスターの部屋にあったり公衆電話みたいに街中にあったりみたいな感じ。
「大丈夫ですよ。グリフォンはあんなこと言いながらも、許してくれる人です。私は知ってますから。」
「本当か……?」
「もちろんです。よーし、次は勝ちますよ~。」
カイヤはそう言って、槍をブンブンと振り回す。何だかはぐらかされた気がするが、負けてもめげずに立ち向かう気合いがあるというのは、非常に素晴らしいことだ。
「前から気になってたんだけど、カイヤってかなりの魔力量持ってたよな?なんでそれを使わないんだ?」
カイヤの膨大な魔力量に恐怖した、ふとあの日の一夜を思い出す。
あの禍々しく圧倒されるほどの量の魔力…そう簡単に忘れられるものではない。
だが彼女は今まで何回も戦闘訓練をしているのだが、魔力を武器に流そうとする素振りすら見せない。
魔力を無駄に消費しているのを嫌がってるからだとか、槍術の基礎を思い出している途中だから…とか、色々と修行を始めたときから思っていたのだが、ここまで頑なに使おうとしない様子を見ると、流石に違和感を覚えた。
あの魔力量を扱うだけで、カイヤの体の動きや武器の威力は格段に上がるはずなのだが……。
「ああ、あはは……。これのことですか?」
カイヤは魔力を体から出して、空気中に漂わせた。
やはり魔力量は桁違いだ。僕やアズ何かよりも何倍もの量がある。
「実は私、全然この魔力使いこなせないんですよね……。」
「高等教育で魔力の扱いは、教えてくれなかったのか?」
「いや、その……、実は私、元々魔力を全然持っていなくてですね。それで魔法の勉強はほとんどしてこなかったんですよ。」
「魔力を持ってなかった?えっと…どういうこと?」
「あーそうなりますよね。私も何故か良くわからないんですけど……フォスさんたちに助けられた後辺りからなんですが、膨大な魔力量をいつの間にか持っていたんですよね…それも私の元々の属性が違う……。」
「え!?…えっと、ちょっと待って……。」
カイヤの発言があまりにも理解の範疇を超えていたため、頭の中を必死に整理する。
今までなかったはずの魔力が発現する。更に異属性。そんなこと有り得るのか?そんな話は一度も耳にしたことは無い。大体、魔力は産まれた時点で属性も量も決まっているのだ。
病気を発症するみたいに、いきなり属性が増えたり量が増えたりするものでは無い。
カイヤが…嘘をついている?
いやそんな雰囲気でもないし、理由もない。
これは一体どういうことなんだろうか……。
「意味分かりませんよね…、私も不気味で仕方がないんですよ。その…私の推測なんですが、魔物を生で食べたからかな~なんて…。どう思います?」
「うーん、今の僕からは何とも言えないかな。ちょっと後で調べてみるよ。」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
カイヤは嬉しそうに、頭を下げた。
魔物を生で食べる奴は確かに見たことがないが…それが真実なら、人間全てあの膨大な魔力量を得られることになってしまう。
そうなったら…もうめちゃくちゃだし、まずカイヤよりも世界のどこかには魔物を生で食った奴ぐらい居そうだ。そしたら必ずニュースになっているはず。
ダメだ……、考えても謎が深まるだけである。
ここは一旦保留して、後でじっくり考えよう。
「とりあえず、何がどうあれその膨大な魔力は使っていく方針で行こう。魔力のコントロールは今どのくらいできる?」
「うーんと、今みたいに空気中に出すくらいですかね。」
「武器に流し込むことは、できるか?」
「前やってみたんですが…全然上手くいかないんですよね。子供の頃から魔力量が足りなくてやったことないものですから…コツが分からなくて。」
カイヤはそう言って、魔力を持っている槍に流し込む。
だが上手く流し込めておらず、漏れ出てしまっていた。
「なるほどな……、よし、じゃあ、あの木の場所に行こうか。」
僕は前方百メートルくらいにある小さな木を指さした。そうしてその場所に向けて歩き出す。
カイヤは何がなんだか良くわかってない様子だったがが、素直について来てくれた。
「魔力ってのはね、小さければ小さいほど込めるのが難しいんだよ。だから最初はこういう大きい物体に魔力を流し込んで感覚を覚えるんだ。カイヤ、この木に魔力を流し込んでみてくれないか?」
「この木にですか?分かりました。やってみます。」
カイヤは木に両手をつくと、一度大きく深呼吸して木を睨みつけた。
そして勢いよく流し込む。
「その……出来てますか?」
カイヤは、手をついたまま首だけをこっちに向けて、心配そうにしている。
「うん、できてるよ。」
「本当ですか!?やった。よーし、どんどん流し込みますよ〜!」
カイヤは嬉しそうにさらに魔力を木に流し込み始める。
すると、木から禍々しい感覚が感じるようになってきた。さらに、葉っぱの色が変色し始めたのだ。
「待って、カイヤ!ストップ!ストップ!」
僕はカイヤを木から引き剥がして、流し込めるのを止めさせる。
そのときには、木はすでに真っ黒に変色していたのだ。
「うわっ!?何ですかこれ!?」
カイヤはその木を見て、そう声をあげる。
「これは……本当にすごいな。とんでもない魔力量だよ。この感じはやっぱり、闇属性の魔力だね。」
彼女の魔力が禍々しく感じる理由もこれで、納得できる。僕でなきゃ、見逃しちゃうね。
「やっぱり私の持ってる属性と違う……って、え!?闇属性なんですか!?それって魔族が使う属性じゃないですか!私魔族じゃないですよ!」
カイヤはそう言って、僕の肩を掴むとブンブンと揺らしてきた。よほど動揺しているらしい。
この様子すら可愛らしく見えるのは、彼女故なのだろうか……。
「大丈夫、大丈夫。人間でも闇属性の魔法を使う人はいるよ。」
「そ、そうですか!?な、ならいいんですが……。けど、闇属性の魔力がいきなり発現するって、何か本当に怖くなって来たんですけど……。」
「まあ、それは気にしてもしょうがないよ。今は発現したおかげでシルフギルドに入りやすくなったぐらいに思っとこう。」
「む!?な、なるほど……。確かにその通りですからね。元々の魔力量じゃ絶対合格できませんし……逆に私、運がいいって考えられますよね。やった~、私最高~!!」
カイヤは持っていた槍を、空に向かって突き上げた。
切り替えがウルトラ早いやつである。
ただ……、この魔力発現問題は、中々に重要かもしれない。
闇属性は人間においては非常にレアな属性である。扱える人はとても少なく、僕も見たことはない。この属性は、前にもちらっと言ったと思うが希少属性というものだ。
おさらいすると、人間のほぼ全員が生まれながらにもつ属性が、火、水、土、風の四属性。
この属性に該当しない属性が希少属性である。
ただ闇属性は、カイヤが言うように魔族が扱う属性でもある。
魔族と言うのは魔王軍に従属する種族のことで、例えばダークエルフ属やラミア属のことだ。
これらの種族は僕ら人間側の種族と違い、生まれながらにして闇属性に対する適正を持っている。
つまり魔王軍の種族たちにとっては闇属性が一般的な属性で、火とか水とかの属性は希少属性に当たるのだ。
それも闇属性は絶対に持っているため、希少属性を持つということは二つ以上の属性を持っていることを意味している。
少し話は逸れたが、つまり闇属性と言うのは人間にとって希少属性ではあるのだが、魔族が持っているために遭遇したり戦闘経験がある者も多い。そのためどうでもいいことなのだが、希少属性の中では一番レアじゃないような感じがしたりする属性なのだ。
闇属性は他の希少属性に比べて研究が進んでおり、既に多くの魔法理論が構築されているので、扱っていくと言う点からすれば、まだマシな方と言えるだろう。
闇属性以外の希少属性だったりしたら、それこそ自分自身で初歩から研究して、魔法を見つけて行かねばならない。
またここで相性についても、話そうと思う。
属性と言われれば…相性はあるのが当たり前みたいな感覚があると思うが、実はこの世界では相性について未だに結論が出ていない。
いやいやいや、火属性が水属性に相性が良い訳ないじゃん……と、思う方が多いとは思うのだが、それは細かく言うと違う。
火属性魔法への水属性魔法が、蒸発してしまって効果が無くなる…なんてことがあるのだ。
他にも風は土に強いのか?とか土は火に強いのか?とか、良く分かっていない。
そのため一概に相性がどうなっているのかは明確に定義されていないのである。
それに僕自身、相性の研究がどうなっているのかをしっかりと理解していない。と言うのも、僕はこの世界で高等教育なんてものを受けていないからだ。
高等教育と言うのはカイヤみたいな貴族だとかお金持ちの商人の子供だとか、そう言う選ばれた人間のみが学ぶことができるもので、そこらの農民の子供として生まれた僕は受けられないのだ。
日本の義務教育とは根本的に訳が違う。
両親が辛うじて文字の読み書きをできたため僕は最低限どうにかなったが、そんなのは稀の稀。この世界の識字率なんてどちゃくそ低い。
シルフギルドの受験の筆記試験なんてほぼ日本の知識で解いたぐらいである。
社会とか魔術理論だとか意味分からなすぎて、吐きそうになったのを未だに覚えている。
僕が語っている知識は、全てギルドに入ってから知ったものだし、大概は師匠であるクリスタに教えてもらったものなのだ。
クリスタ、ありがとう……。
クリスタへの感謝を思い出しつつ、僕はカイヤに向き直る。
彼女が魔力を得た経緯はどうであれ、この魔力量は破格。それでいて闇属性なんて、そんな逸材は稀の稀だ。
彼女なら、ギルドマスターに才能を認められる可能性が十分にあるはずだ。
何としてでも、この魔力を体の一部のように扱えるようにしたい。
「木に魔力を込めるのは出来たことだし、大きさをちょっとずつ小さくしていこう。」
「はい!これをものにして、合格するぞ、おー!」
カイヤは元気いっぱいである。
だが、結局……槍に流し込むまでの進歩は今日のうちには、見られなかった。
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