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第一話 恋人について①

ここは、中世ヨーロッパの町並みが広がる異世界。


エルフやドワーフと言った多くの異なる種族が共生し、魔物や魔王軍が存在する。また、魔法があり剣や弓の技術が重宝される。ダンジョンがあり、冒険者がおり、奴隷がいる。

そんなファンタジー要素満点の世界。



そんな世界の、ある冒険者ギルドの一角。

一人の青年はため息をつきながら、机に突っ伏す。


彼の白い髪が吹き抜ける風に揺られ、つられるように懐にある剣が椅子にあたる。

剣の鞘と机の足がぶつかり、キンと小さく音を立てた。


青年の向かい側には、金髪の少女が座っている。


彼女は短い剣を腰に携え、弓と矢が入った筒を椅子の横に立てかけている。

目は青く、鋭い目付き。

風になびく彼女の金色の髪からは、ふんわりとした花の匂いを漂わせる。



白髪の青年は、そんな様子の少女を横目に突っ伏していた顔を上げて……



「なろう系ハーレムチート主人公になりたい。」


そう叫んだ。

彼の声はとても透き通っており、そのせいかギルド内の食堂隅々まで響き渡った。

数秒の沈黙と静寂。


「は?」


彼の前に座る少女が沈黙を破るように、辛うじて一文字の言葉を口にする。


その後、また数秒の沈黙。

そして再び青年が口を開いた。


「なろう系の主人公ってのはね、元々日本という国に住んでいた人間が何らかの因果により、異世界に転生、転移してチート能力を授かり、無双する人のことなんだ。そして何故かモテてハーレムを形成し、魔王とかドラゴンとか倒しちゃって国の英雄となる。」


「は?」


「えっと、つまり僕もそうなりたいんだ。チート能力をもってモテモテ最強人生超ヌルゲーみたいな主人公にさ。」


「……くだらないわね。本気で言ってるのそれ?」

少女はつまらなそうな表情を浮かべ、酒の入ったジョッキに口をつける。


「これでもけっこう本気で言ってるんだよ。前アズに言っただろ?僕、日本から転生してこの世界に生まれたんだよ。つまりさ、なろう系ハーレムチート主人公の初期条件はクリアしてるんだよ。」


「はぁ…、」


「けどさ実家はゴリゴリの農家だし、チートみたいな能力も才能もないんだ。剣や魔法の技術は、そりゃ平均よりは上だけどさ、そうじゃないんだよ。なろう系主人公はもっと規格外の強さをしてるんだ。僕には転生者だというのに特別な何かが何もないんだ。これ、おかしくない?」


「いや、おかしくないわね。フォスはアホなの?馬鹿なの?死ぬの?」


「辛辣だなぁ。けどそうであって欲しいんだよ。だって、せっかく異世界に転生して第二の人生送っているのに、特別なことが何も無いなんてすごく嫌なんだよ。せめてハーレムくらいはしてみたいと思うのが妥当だろ?」


「妥当って、どこら辺が妥当なのよ。大体、あんたが言っていることは、私いじめられてて末っ子だからシンデレラになれるかもって言っているのと一緒よ。もっと現実見ろって話。」


「……うっ、なんか反論したいけど何も浮かばない。いきなり正論パンチやめてくれない?」


「フォスがカウンターを持っていなかったら悪いのよ。もっと自分を恥じて、大人らしい発言を志しなさい。」


そう言い切ると、アズと呼ばれる少女はジョッキに入った酒を一気に飲み干した。

まだ空は明るく、太陽が空高く輝きを放っている。

つまり、彼女は昼から酒を飲んでいるのである。


「けどさ、ハーレムくらいの夢ならどうにかならないかな?ほら僕ってイケメンの部類だろ?一夫多妻、一妻多夫制の法律があるし、どうにか叶ったりしないかな。」

フォスという名の青年もまた、酒を口にした。


「無理ね。逆にできるっていうその謎の自信はどこからくるのよ。それにあんたは、イケメンでは間違いなくないわ。鏡見てきなさい。それで分からないなら私が殴って価値観を根底から治してあげる。」


「た、確かにアズレベルに顔は整ってないよ。けど日本にいたときに比べればかなりイケメンになったんだ。」


「これでかなりイケメンになったとか、前世のあんたはどんだけブサイクだったのよ。もしかして豚だった?イノシシ?それともミジンコ?それに、顔が整ってれば彼女ができるって言う考えが拙くて愚か。その考え変えない限り、あんたには一生彼女できないわよ。」


「うっ、それは…そうかもしれないけど……、顔からの第一印象は大事だろ?」


「私レベルに可愛くて美しかったら話は別かもしれないけど、あんたのルックスレベルなら意味を成さないから大丈夫よ。安心しなさい。」


「どこにも安心要素なかったんだけど。と言うかそれ、自分で言う?」


「なに?事実を言って何が悪いのよ。私みたいな美しい女性とパーティーを五年も組めていることを誇りなさい。リピートアフターミー、アズは可愛いです。」


「アズハカワイイデス。」


「感情込めて言いなさい!」


「痛っ⁉」


アズは僕のすねを勢いよく蹴ってきた。

えぐいくらい痛い。


悔しいが、アズは確かにとても可愛くて美しい。

腰まで伸びた綺麗に整った金色の髪も、完璧なまで揃った顔立ちも、小ぶりな胸に引き締まったスタイルも、外見において彼女は非の打ちどころがない。

彼女の外見に()()()()()は、今までに何人も観てきた。


()()()()()……、そう騙されるのだ。


彼女はすぐ手が出る性格で、ギルドマスターであろうと気に食わないことがあれば平気で歯向かう。

同じギルドの冒険者とは直ぐに言い合争いを起こし、殴り合いすら始める始末。

それに加え見ての通り自身に対して揺るぎない自信があり、とても高飛車。


そう、彼女は性格的にとても可愛くないのだ。


おかげで彼女はギルド内でとても嫌われており、距離を置かれていることが多い。

今までに彼女とパーティーを組んだ冒険者は彼女から次々と離れていってしまい、アズとパーティーを組んでいる冒険者は僕しかいない。


それでも五年も同じパーティーにいると慣れてくるもので、殴られても蹴られても怒りを覚えないくらいには順応してきた。いやしてきてしまったと言うべきかもしれない。

今やギルドで僕以外に誰も好き好んで彼女と関わろうとしないが、くだらない話を何だかんだ聞いてくれたりと良いところもあるのだ。

少しでも皆がそういう所を知ってくれれば良いのだが、まぁ無理か。


「アズって、割といいやつだよな。」


「何、いきなり?気持ち悪いんだけど。もしかしたら褒めれば私が意見を変えるとでも思った?そんな軽い女だと思われたのなら心外ね。そうね…、じゃあフォスが何故モテないのか、もっと理論立てて話をしましょうか。フォスがモテない理由は大きく三つあるわ。」


「三つもあるのか……、」


アズは人差し指をピンと立てると、僕の顔前に突き付けてくる。


「一つ目は、金銭面ね。あんた、今の貯金いくら?」


「今月の食費が賄えるくらい。」


「あら、意外とあるのね。私なんか、明日の昼飯代がやっとよ。けどね、それも冒険者の中では()()にすぎないわ。貴族様や騎士団の連中に比べればそんなお金は下の下よ。そんな男と付き合うもの好きがいると思う?」


「まあ、そうだよね……。」


冒険者と言うのは、依頼を受けそれを完了させる形で収入が入ってくる。

そのため月給制とかそういう安定収入ではなく、非常に不安定。

依頼が無ければ稼ぎはないし、依頼を受けても達成できなければ逆に金が分捕られる。


「二つ目に、職業。彼氏に向かない職業ランキング、前見た雑誌では冒険職がナンバーワンだったわね。仕事は不定期、死とは常に紙一重。さらに収入も不安定といいとこなしね。」


「さっきとちょっと被ってない?」


「そこは気にしたら負けよ。」


主な冒険者の仕事は、いつ魔物に食われてもおかしくない森やダンジョンでの活動。

毎年何万と言う冒険者が命を絶っているこの世界では、一番危険と隣り合わせの職業だろう。

そんな相手を運命の相手に選びたくないのは普通か。


「三つ目に、あんたの恋愛に対する価値観よ。フォスが思ってるほど、恋愛なんていいものじゃないわ。きれいな恋愛は小説や漫画の世界だけ。リアルはもっと汚くて複雑なの。私なんか彼氏が欲しいなんて人生で一度も思ったことはないわ。正直言って夢見てるあんたはキモい。」


「キモいとは失礼だな。異世界なんだからもっと夢見てもいいじゃないか。」


「フォスにとっては異世界でも、私たちにとっては実世界なのよ。はいっ、終了。以上よりフォスにはハーレムどころか、彼女一人もできません。ありがとうございました。」


「くぅ、異世界でも現実は現実だもんな…。現実はそう甘くないと言うことか。」


「ええ、そうよ。現実を受け止め、それを未来に……、って、そう言えば……、」


「ん、どうした?」


唐突にアズが何かを思い出したかのように声をあげる。


「いえ、その……、どうしても彼女が欲しいなら、魔物って手があると思ったのよ。それならできそうよね、金銭も職業も関係ないし。」


「えっと、何言ってるか分からないんだけど。酔ってる?」


「酔ってないはよ!スライムとかは人間になつくって話を、前に耳にしたの!」


どうやら『わ』を『は』と発音してるあたり、ちょっと酔ってるらしい。


「へえ、『スライムが美少女の姿になりました…やった~ハーレムの仲間入り』みたいな話読んだことあるな。けど到底それがこの世界で起こり得るなんて、思えないんだけど。」


「私も人が話してるとこ盗み聞きしただけだから、真実はどうか知らないわ。」


「盗み聞きって…アズは一体何をしてるんだ。」

僕は小さくため息をつく。


「別にいいじゃない、犯罪じゃんないんだし。けど、けっこう信憑性があるっぽいのよね。」


「それが本当なら全然スライムハーレムでもいいんだけど。」


「うわ、きも。まあ、スライムなら弱くて扱いやすそうだし、他の魔物に襲われているときに助けて恩を売れたりしたらどうにかなりそうよね。そのレベルの知能があればだけど。」


「まさに鶴の恩返しだな。」


「浦島太郎とも言うわね。」


「あれはBADエンドだから違うんじゃないか?」


「似たり寄ったりよ。」


アズはそう言って酒を飲もうとするが、ジョッキにはすでに酒が入っていない。

プクっと頬を膨らませ、少し不服そうな表情になる。


「しっかし彼女が欲しすぎて、その相手をスライムに求めるなんて不憫な話ね。人間としての誇りとかはないの?」


「別にそこに対しての誇りなんてないよ。むしろスライムとか獣人とかエルフとか、そういう普通の人間じゃない方が異世界らしくて僕的にはポイント高いね。」


「その話、私以外にしない方いいわよ。エルフとか獣人とかは構わないけど、スライムはガチで引かれるから。」


「日本では魔王すらヒロインになりうるのになぁ……。」


「そのにほんとか言う国の人はよっぽど雑食なのね、理解に苦しむわ。あっ、ウィール酒一つ追加で!」

アズはギルド店員に酒をさらに注文する。


ウィール酒というのは、ウィール地方という場所が特産のアルコール度数の強い酒のことだ。

安酒で、冒険者の中でもこの酒を好む人が多い。


だが僕は飲むと次に日は必ず、二日酔いで寝込む。

値段が安いからだろう、絶対飲みたくない。


故に高くても少し良い酒を飲むのが常。

金はかさむが、節制を心掛けている僕ならあまり問題はない。


「ちょっと疑問なんだけどさ、スライムってどうやって性別区別するんだ?」


「さあ?あっ、ありがとう。ふふっ、これでもっと飲めるわね。」

アズは酒を店員から受け取り、見るからに上機嫌になっている。


「うーん、スライムを彼女にするならその見極める技術は必須だな。んぁ~、うまい。」


机に置かれている大皿の上に盛られてたカエルの唐揚げに手を伸ばす。

そして肉片一つ無くなるまで、しゃべりつくすように食べた。


カエルとなると嫌悪感を抱くものも多いかもしれないが、食べてみると案外行ける。タレなどがあればなおよし。おつまみとしてはもってこいの味だ。


そして油物の中ではかなり安価。

これが何よりも他に勝る理由だ。


唐揚げを頬張り、酒を喉に流す。

これほどに至福の時はない。


「フォスは性別気にするタイプだったっけ?前に男の子はいいとか言ってなかった?」


「男の子じゃなくて、男の娘だよ。これは全然違うんだ。間違えられたら困る。」


「ふ~ん、けどその男の娘もスライムも一緒みたいなもんじゃないの?結局男でもいいって話じゃない。」


「いやいやいやまるで違うんだ。男の娘は性別が男ではなく、男の娘なんだよ。これだから理解度の低いにわかは、」


「は?あ、今、私のことバカにした?ね、馬鹿にしたでしょ!」

アズの目が鋭く光る。


「……にわかって語源は昔の言葉である『にはか』が語源でな。にしてもアズは今日も美しいね。よっ、美少女!」


「話題を無理やり逸らさないで。」


アズはいつの間にかカエルの唐揚げを平らげると、そのカエルの骨で頭をコンっと小突いてきた。


「うわっ、汚い。」


「美少女が直前まで食べていた骨なんだから、喜んだら?ヨダレたっぷりよ。」


「残念ながら、そんな性癖は持ち合わせていないだよね。」


小突かれた頭を、ポケットに入れていた布で拭く。

ボクジョシリョクタカイ。


「あんたがスライムをどう思うかは知らないけど、外見的特徴が皆無なスライムに性別を求めても無駄よ。女の体になってもらえば、男も女も結局分からないわ。」


「そうなんだけど、心の持ちようと言うかなんというか……。あ、ごめん、トイレ。」

自分は残っていた最後の一つである唐揚げをぱくりと頬張ると、席を立った。

アズはそれを見て少しむすっとした表情を見せる。

どうやら、最後の一個の唐揚げを食べたかったらしい。


数分後に席に戻り、酒をグッと飲んだ。

その瞬間、ビール味の違いに驚いて勢いよくジョッキを机に叩きつける。


「この味…、もしかして酒入れ替えた?」


「私の唐揚げを食べた仕返しよ。」

アズは悠々と僕のコップに入った少し高い酒を、一気に飲みほす。

ちなみに一気飲みはいい子はしちゃだめだよ。


「やっぱり高い酒の方おいひいわね。ほら代わりにそのウィール酒あげるから。」

アズの顔は少し、赤くなっていた。

いつにも増して、締まりのない笑顔をこぼしている。


「まじか……。アズも飲みすぎじゃないか?いくら何でもこれは、いろいろ気になるというか……。ほら呂律回ってないし。」


「はあ、いや回ってまふからぁ~。ほら、フォスも私の安酒飲みなさいよ!」


「ちょっと厳しいかな。その酒は口に合わないというか、体に合わないというか……。」


「はぁ?もしかして私の酒が飲めないって言うの?このぉ、えいっ、飲みなはい!」


アズばいきなり僕の胸ぐらを掴むと、ジョッキを口に押し付けてきた。


まずい、どうやら酔ってめんどくさいことになっている。

さらにその口に押しつけてるそのジョッキの縁、さっきまでアズが口をつけてたところじゃないか。


「おらっ、飲めええ!」


関節キスなんて気にしている内に、アズによって安酒が口の中に放り込まれてしまった。

こうなってはどうしよもなく、ゴクリと残りの安酒を飲み干してしまう。


「ふふ、ほらどう?私の酒はおいひかった?」


「う、うん。あはは、おいしいよ……。」


不味いとでも言ったら、とてもめんどいことになりそうだ。

ここは嘘をついてでも、この場を乗り切ろう。


「ふへへ、そうでしょ~。」


アズは僕の対応に満足気に、えへへ…と笑みをこぼす。

いつもツンとしている分、そんな表情を見ると何だか可愛らしく思えてくるのが不思議だ。


一気に酔いが体に回ってきたようで、頭がほわほわしてくる。

なんだか、少しいい気分だ。


「あー、そうひえばスライムの話だっけ?何だか私も気分がいいし、今から探しに行かない?何だか今日はフォス好みのスライムに会える予感がするわ~。」


アズはパッと立ち上がり、椅子横に置いていた矢筒を背中に背負う。


「おいおい、いきなりだな……。」


「思い立ったが、生理日って言うでしょ?」


「そんなんだったら女性はいつも生理日じゃないか。まあ……、どうせ暇だし行ってもいいか。気分いいし…スライムなら危険じゃないしな。」


「そうでしょ!じゃあ行くはよ~。」


アズは僕の手を掴んで引っ張りあげると、おぼつかない足で駆け出す。

僕はその少女の小さくそしてたくましい手に引かれて、走り出すのであった。



その結果、食い逃げして街外の平原まで逃亡したことになった。

さらに酔っていつの間にか吐いていた吐瀉物を、スライムだと思って夜まで攻撃していたのである。



ご愛読感謝申しあげます。

評価、感想等頂けたならば幸いです。

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[気になる点] 一話を読んでた最中だけどアズさんが現地人のはずなのに浦島太郎やら日本の知識があるっぽい言動してるのなんなんだろ 主人公が教えてるのか?
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