幸せな気持ち
あの日、お部屋の中ではそんなことになっていたの…?
たしかにあの時、セドリック様の乳母役も務めたという侍女長のアンナさんがいた。
アンナさんは立場をちゃんと弁えているけれど、堅苦しくない心のこもった仕事をする人だ。
セドリック様を揶揄うというのも、想像することができる。
だけど…。
5年間これが真実だと思ってきたことだから、まだ「そうだったのですか」とすんなり受け入れることができないでいる。
私はセドリック様に抱きしめられながら話しているので、お顔を見ることができない。
今、セドリック様は一体どんな表情をしているんだろう。
私は思い切って言ってみることにした。
「セドリック様。もしお嫌じゃなければ…。お顔を見て、お話ししたいです」
セドリック様は何も言わずに、ゆっくりと私から自分の体を離した。
そして、抱きしめる代わりに私の手を握った。
セドリック様は下を向いているので表情は見えなかったけれど、お顔が赤くなっていることが分かった。
いつでも余裕があって、穏やかな表情を浮かべているセドリック様が…。
「ごめん。恥ずかしくて、今すぐには顔を上げられない。少しだけ、待ってもらえるかな」
私の手をギュッと握りしめながら、セドリック様は言った。
いつもと違う振る舞いに言葉。
それらを目の当たりにした瞬間。
私はやっと、セドリック様の気持ちを実感することができたのだった。
「セドリック様…。私はずっと好かれていないものと思ってきたので、今お話を聞いていても、本当に?と思ってしまっていました。でも、こうやってお顔を見ることができて、本当に私のことを思ってくれているのだと、そう実感することができました」
セドリック様はゆっくりと顔を上げて、私と目を合わせた。
「好いてないなんて、そんなことあるわけがない。こんな風に取り乱してしまうほど、シャーリーのことが好きなんだ。お願いだから、僕から離れていかないで」
お顔を真っ赤にして、懸命に私に気持ちを伝えようとしてくれているセドリック様。
家族や屋敷の使用人たちからたくさんの愛情をもらってきた私だけれど、セドリック様の思いはそのどれとも違う。
こんなにも真っ直ぐに好きだと言われて、私の中にはこれまでになかった感情が浮かんできているような気がした。
5年前に封印した、あの感情が…。
「シャーリーは僕のことを“人間として”好意的には見てくれている。でも“男性として”意識してはいない。それは薄々分かっていたんだ。だって君が僕を見る時の瞳は輝いていないから。完全な僕の片思い。だから、どうにかして男性として意識してもらえるように、今まで色々な方法を試してきたよ」
セドリック様は一旦話すのをやめて、フフッと小さく笑った。
「でも最初のボタンを掛け違えていたんだから、うまくいくはずがないよね。僕がやるべきだったことは、駆け引きなどではない。気持ちを言葉にすることだったんだ。そのことに、こんな事態になるまで気付かないなんてね」
まっすぐと私を見るセドリック様を、私もまっすぐに見つめる。
「さっき『一緒にいるのが嫌だと思ったことはない』と言ってくれたよね?僕の片思いに全く可能性がないとは思わなくてもいいかな。シャーリーからしてみれば、いきなりこんなことを言われても気持ちが追いつかないとは思う。だけど、どうか僕に機会を与えてほしい。シャーリーに好きになってもらえるよう、頑張るから」
セドリック様にそう言われて、私は迷うことなく頷いた。
それから胸がいっぱいになって、泣きながら笑ったのだった。
◇◇◇
[王宮に来るのもこれが最後]と思っていた、あの日。
私はセドリック様の思いを初めて知ることができた。
出会った日に[異性として好きになってはいけない]と思って形にしなかった自分の気持ちを、セドリック様と同じ形になるまで育てるにはどのくらいの月日が必要なのだろう?
今でも尊敬の念は抱いていて、これがセドリック様への私の思いの最終形なのかもしれない。
先のことは分からない。
けれどセドリック様となら、きっと2人で幸せになれる。そう思えた。
それから。
私の隣国への留学の件はそのまま続行されることになった。
この4月から私は、セドリック様とは別の学校の新入生となっている。
ただ、当初思っていた形からは想像もつかないこととなっているのだけどね。
匿名で行われる選抜試験の合格者は、特段の理由がない限りは辞退することができない。
過去、試験内容が非常に難解で合格することがとても難しいと知られているので、腕試しとして試験を受ける者が増えたことがあったらしい。
合格を出しても辞退されるようなことが続き、そのことが問題となったそうだ。
だから、行く気もないのに腕試しとして受験する者を排除するために簡単に辞退できないようになっているのだ。
セドリック様は初め「隣国に行って欲しくない」と私に言った。
セドリック様の思いを知ってしまったら、私だって「年単位で会えないのは寂しい」と思っている。
私の中に留学を躊躇う気持ちが生まれたのは嘘ではない。
けれど、だからといって簡単に辞退できるものでもないのだ。
どう答えたらいいのか私が迷っていると、セドリック様が言った。
「シャーリーは責任感が強いから、断ることなんてできないよね。『じゃあ僕も一緒に留学する』と言い出したいところだけど、さすがに準備期間がなさすぎる。では、どうすればいいのか。僕は実は、その全てを解決する答えを持っているんだ」
その、セドリック様が持っていた答えというのが、私の想像もつかないものだった。
我国と隣国は、遥か昔から友好国の関係にある。
馬車で何日もかかる距離にあるのに、両王家の関係はとても親密だ。
それはなぜか。
両王家の交流が頻繁に行われているからなのだ。
“秘密の扉”を使って。
王宮内の限られた人しか入れない場所に、自由に両国を行き来できる“扉”が“魔力”を用いて作られている。
その魔力の源は王家の方々。
魔法は遠い時代のものと思っていたので、聞かされた時は本当に驚いた。
どういう仕組みなのかはまだ分からないけど、私も「そのうちに使えるようになる」とセドリック様からは言われている。
セドリック様から提案された解決策。
それは“私が隣国に留学したものと周りには思わせておいて、本当は王宮に住んで隣国の学校に通学する”というものだった。
私はとある計画を実行して、王宮に“来る”ことはなくなった。
その代わり、王宮に“住む”ことになったのだった。
幸せな気持ちを心に抱きながら。
これで終わります。
読んでくださった方、ありがとうございました。
追記
たくさんの方に読んでいただけて、とても嬉しいです。ありがとうございます。
何かそのお礼となるような番外編的なものを書いてみようかな、など思いました。




