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困惑と安堵と落胆と

あまりにもみんなが喜んでくれているので言い出せなかったのだけれど、実は今回のお話に私は困惑していたのだ。


「そもそもなのですが…」

言いかけてはみたけれど、果たして言っていいものなのか迷ってしまう。

するとお父様が優しく諭すように言ってくれた。

「うん、大丈夫だよ。話してごらん」

私は静かに頷いてから、自分の感じていることを素直に伝えてみることにした。


「私はあの日、セドリック様とお話ししたのでしょうか?分からないのです。何人かの方と少しだけお話しはしました。軽く自己紹介をし合った方もいたのですが、その中にセドリック様だと名乗った方はいませんでした。なので、もしセドリック様があのお話した方達の中にいらしたのだとしても、私はそうであると認識してお話ししていません。それに、何人かの方とお話しした内容も『このお菓子おいしいね』とか『綺麗なお花が咲いているね』とか、そんな世間話しかしていなくて…」

私の話を聞いたお父様は、表情に出さないよう気を付けてくれてはいたけれど驚いた様子だった。それはそうだろうと思う。


「そうだったのかい?僕はてっきり楽しくお話ししたものだとばかり思っていたよ。[あの日に初めてお話ししたセドリック様があまりに素敵だったから、シャーリーは照れてしまったんだな。それで私達には教えてくれてなかったのかな]なんて、そんなこと考えてね」

そう言った後、お父様は腕を組み思案顔になって呟いた。

「それにしても、うーん…」

その様子を見ているうち、私も自然と同じようなポーズを取ってしまう。


あの日、私はお話ししたの?それともお話ししてないの?分からない…。

でも、何の接点もないのに選ばれることなどあるのだろうか?

だけど、選ばれるようなことをした実感もない。

なぜ私なのだろう?


次々に考えが浮かんできては不安になり、私はいつのまにか目を閉じてしまっていたらしい。

そんな私の肩をお父様は優しくポンポンと叩いた。

ハッとして目を開き、お父様の表情を見る。

すると、さきほどのような思案顔はもうしておらず、優しい表情を浮かべていた。

「ほらほら、そんな顔しないで。僕らでいくら考えてみても仕方ないことだよ。話したかもしれない。話さなかったけれど、どこかで見てくれていたのかもしれない。ともかくシャーリーが選ばれたことは確かなのだしね。今度、殿下にその辺り伺ってみるかな」

話しながら、いつもの調子で私の頭を撫でてくれる。

「でも聞くまでもないかあ。シャーリーはこんなにかわいいし、その上頑張り屋さんでもある。まだ10歳だけど、夜会デビューだってできるくらい素敵なレディなんだもの。ぜひ婚約者にって思ってもおかしくないよね」

そこまで言い終えると、お父様は片目を瞑って口角を上げたのだった。

思わず私も、ふふと笑ってしまう。

褒められたことに加えて茶目っ気のある仕草を見せてくれたことで、不安でいっぱいだった私の心は少し軽くなった。

たしかに悩んでも答えは出ない。分からなければ聞いてみればいいのだから。


そこから先は、3日後に行われる顔合わせについての話となった。

お父様とお母様と一緒に登城して、陛下と王妃様とセドリック様とお茶をする予定となっている。その際の礼儀作法の確認。

それから、私がセドリック様をまだ認識していないので、どういう方なのかを教えてくれた。

お父様は王宮で文官として働いているため、セドリック様をお見かけする機会がよくあるのだそうだ。

年齢は私より1歳上。

利発で、剣技も相当な腕前。

とても優秀で魅力的な方なのだという。

お父様から見たセドリック様の人物像を聞いているうちに、私はお会いできることが楽しみになってきた。


諸々の話が終わり。

私がおやすみの挨拶をして部屋を出て行こうとすると、お父様は耳に口元を寄せてきた。

「そうそう。セドリック様は、男の私でも見惚れてしまうほど端正な顔立ちの方だよ」

考えてみれば、容姿に関する情報はまだ聞いていなかった。

え?と思って振り返ると、お父様は私を揶揄うように笑ったのだった。



両家の初めての顔合わせの場となるお茶会は、とても和やかな雰囲気で進められた。

そして、そろそろお開きかなという頃。

「2人はこの後、もう少し一緒に過ごしたらいい」という陛下からのご提案があり、私はセドリック様のお部屋に伺うこととなったのだった。

準備のため先にセドリック様が、続いて陛下と王妃様が部屋から出ていかれた。

私は準備が整うまで、ここで待機しなければならない。

そのため、お父様とお母様が私にお呼びがかかるまでの間、一緒にいてくれることになった。


「ところでシャーリー。どうだった?セドリック様とはこの前のお茶会でお話ししていたかい?」

お父様は周囲には聞こえないよう、コソッと耳打ちしてきた。

こちらも声を潜めて返答する。

「いいえ、お父様。やはりお話ししていませんでした。というよりも、今日初めてです。お会いしたのは」

私がそんなことを言ったのに、お父様は驚く様子も困惑する様子もなく「そうかそうか。セドリック様と仲良くするんだよ」と言って、にっこりと笑った。

なにが「そうかそうか」なのだろう?全然分からない。

私が首を傾げてみせても、お父様の笑みは変わらなかった。


結局、セドリック様は私がお茶会でお話しした内の誰でもなかった。

その上、私はあのお茶会でセドリック様を見かけたりもしていなかったことが分かった。

お父様が仰ったように思わず見惚れてしまう、それほどまでに端正な顔立ち。

あのお茶会の場にいたどの子息より、なんならどの令嬢よりも美しい人なのではないか。

あんなに美しい人、一度見たら忘れられるわけがないもの。


お父様が尋ねてくださらなかったので、私とセドリック様との接点がどこにあったのかは分かっていない。

けれど今日のお茶会によって、婚約者内定のお話を受けた時の不安は私の中から消すことができた。

「こんなにかわいらしくて素敵なお嬢さんだもの。早く婚約しないとって、焦っちゃうわよね」

王妃様がそう言って微笑みながら視線を送ると、セドリック様はふんわりと笑っていた。

具体的な言葉はなかったけれど、セドリック様ご本人が私を婚約者に望んでくれたのだと感じられたから。


貴族は政略結婚をすることが多い。

自分の意思で選ぶことができない人もいる中で、私はあんなに素敵な王子様に望んでもらえたのだ。

こんなに嬉しいことってない、素直にそう思った。

この為にだったわけではないけれど、努力してきて本当によかった。

王妃様からもお褒めの言葉を貰えるくらいになったのだもの。胸を張ろう。

お父様も言ってくれたように、私が選ばれてもおかしくないことなのだわ。


しばらくして侍女が私を呼びにきたので、喜びを噛みしめながらセドリック様が待つお部屋へと向かった。

2人でどんなお話しをしようかしら。

どこで私のことを見ていてくれたのか、伺ってもいいかしら。

ウキウキとした気持ちで歩く長い廊下も、窓から見える景色も、すべてがキラキラしているように感じられた。


案内役の侍女は目的の部屋の10mほど手前で立ち止まり「あちらの扉をノックしてください」と言ったので、その指示通りにした。

そして、さあノックという瞬間。

室内からひそひそと話す声が聞こえてきたのだった。

「…なんで、よりによってあの子なのか…」

少し怒ったように聞こえるその声は、紛れもなくセドリック様のものだった。


よりによってあの子…。

軽く握った右手を肩の高さまで上げたまま、扉の前で固まる。

あの子?何の話だろう、などと思う余地はなかった。これは私のことだ。

私は別にセドリック様に望まれたわけではなかったのだということを瞬時に悟った。

さーっと血の気がひいていくのが分かる。


あの日、会場には素敵な令嬢がたくさんいた。

私は他の誰かと間違われたのだろう。

だって私はお話ししていないどころか、お会いすらしていないのだもの。

会ってもいないのに選ばれる訳がなかったのだ。普通に考えたら分かることだ。

どこかで私のことを見ていてくれたのかな、などと都合よく解釈したりして…。

おまけに、何かの間違いで私が呼ばれてしまったのに[自分は努力した結果、令嬢としてあるべき姿になれているのだから選ばれてもおかしくない]などと変な自信まで持って。

私はなんて愚かなのだろう。

しかも「よりによって」という言葉から、私が少しも好かれていないことが分かる。

なにをいい気になっていたのか。

恥ずかしくて恥ずかしくて、ここから消えてしまいたい。

そう思った。


けれど事実がどうあれ、セドリック様は今、お部屋の中で私を待っている。

それなのに何も言わずに消えてしまうことなんて、できない。

私は首を傾げてこちらの様子を伺っている侍女のところまで戻った。

すぐにノックすると、セドリック様に[今の話、聞かれた?]と気付かせてしまう可能性があるし、私自身も動揺を隠せない。

心を落ち着かせるために時間が欲しいと思ったからだ。

「緊張して、お手洗いに行きたくなった」

そう伝えた。


少し時間を置いてから再度部屋を訪ねると、今度は室内から何の話し声も聞こえなかった。

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