10.異世界で女子会
そして次の日の朝、モニカがご機嫌で迎えに来た。
「さあいくわよ、まずは朝市で食べ歩きからね!」
何だかものすごく気合が入っている。今日は一日、モニカに魔術都市を案内してもらうのだ。
魔術都市は一昨日の夜見たように、中央に魔術師の塔がそびえ、その周囲を街が取り囲んでいる作りになっている。最も塔に近いあたりには貴族たちの屋敷が並び、行政府もここに置かれている。その外側は多くの店が並ぶ商業区だ。そこから外に向かって、平民の居住区と農民の居住区が続き、一番外側には畑と牧草地が広がっている。今日の目的地はこの商業区だ。
ここでは魔法が込められた魔法具が多数取引されているためそれ目当ての人間が各地から集まってきている。そうして訪れる人が増えると、その人を目当てにした宿や飲食店が増え、食料などの取引も増える。それにより魔術都市全体が豊かになっていき、それによりさらに高価なものが取引されるようになり……すでに商業の規模は、王都に匹敵しているらしい。
私は王都に来る前は大聖堂からほとんど出たことがなかったし、王都に来てからもずっと王城にいたので、こういう街歩きはこっちの世界では初めてかもしれない。楽しみだ。
「ほらこの鳥の漬け焼き食べてみて、香辛料が効いてておいしいのよ」
「あら、本当ね」
「セレスティナ様、こっちの果実飴もおいしいですよ」
「ありがとう。あら、あちらの飲み物はなんでしょう」
「ああ、あれは柑橘のしぼり汁に乳を混ぜたやつね。舌触りが面白いの」
どれもこれも美味しい。しかも目新しいものもたくさんある。朝からごちそうだ。
しかし一つ気になっていることがあるにはある。聖女様が護衛もつけず、正体も隠さずほっつき歩いていていいんだろうか。
モニカにそう言ったら、笑って返された。
「護衛ってことならあたしがいるから問題ないわよ。それにね、ここでは聖女様はお忍びなんてできないから」
どういうことだ? と(口の中には食べ物がつまっているので)首をかしげてみせた。
「あたしたち魔術師っていうのは、目の前の相手がどれくらい魔力を持っているのか分かるのよ。魔力感知っていうの。そして聖女は、魔術師とも一般人とも違っている。何かの力を持っているのは確かなんだけど、それは魔力じゃない。あたしたちにはそれが分かる。だからセレスティナがどう変装しようとも、魔術師なら一発で聖女だと見抜くわよ」
「そういうことでしたか。では細かいことは気にせずに楽しみましょうか」
「そうそう、その意気」
モニカは笑ってまた食べ物をよこしてきた。丸い揚げ物の刺さった串だ。おいしいのはいいんだけど、こんなに食べたら太りそう……。
「じゃおなかもいっぱいになったところで、次行ってみましょ」
自分もたくさん食べただろうにそうは思えない軽やかな足取りで、モニカは商業区の別の区画を目指した。私は教会のローブのお腹が少しきついし、ナタリアもこっそりお腹をさすっている。モニカ、痩せの大食い疑惑。
モニカが次に私たちを案内したのは、細々としたものを売る露店が並ぶ通りだった。売られているのはちょっとしたアクセサリーや小さな置物らしく、きらきらとして目を引く。
「ここはお守り通りって言われててね、その名の通りお守りを売る店が集まってるのよ。お守りといっても、色んな魔法が込められた魔術都市特製のやつだから効果は保証するわ」
そこでモニカは私の胸元にちらりと目をやる。その視線が、天青の首飾りに注がれた。
「といってもあなたは、もう特大のお守りをぶら下げてるみたいだけどね」
「モニカはこれが何なのか知っているのですか?」
「ううん、知らないわ。ただあなたにとっていい影響をもたらす力があるっていうのは分かるわよ。ほら、さっき言ったでしょ、魔力感知よ。あれで何となくね」
そうやって笑うと、モニカは急に真顔になって言った。
「それよりさ、あなたその口調何とかならないの?」
「口調、ですか?」
「そう口調。仮にもお友達なんだから、もっとざっくばらんな話し方でもいいと思うのよ。ここは教会でも王都でもないし、ちょっとくらい羽目外しても怒られやしないわよ」
「でも、私はずっとこの口調で通していますし」
「そうかしら? ……あくまで勘でしかないんだけど、あなたはやろうと思えばもっと砕けた話し方ができると思うわ」
わあ鋭い。さてどうしたものか。正直ずっと聖女っぽい喋り方っていうのも疲れるのは確かだ。ならばお言葉に甘えてちょっとだけ素を出してみるのもありかな? 今は女子会だし。
「ええっと、だったらこんな感じ、でいいのかな?」
おっかなびっくり話してみると、モニカは満足そうに笑い、一方のナタリアは驚愕を隠せていない。
「やればできるじゃない! 今後、あたしと話すときはその口調でね!」
「え、うん、頑張って……みるわ」
「あああのセレスティナ様、私にはいつも通りでお願いします! びっくりして心臓が持ちません!」
「ナタリアはお固いわね。ナタリア、あなたもあたしと話すときはもうちょっと崩してよ。セレスティナも頑張ったんだから」
「ええっ!? あ、えと分かった!!」
慌てまくるナタリアをなだめていると、先を行くモニカがわき道にそれ、一軒の店に入った。入口には厚い布が垂れ下がっていて、中の様子は全くうかがえない。
モニカの後を追って布をくぐると、そこは外の露店と同じような細工物を売る店だった。奥まったところに店主らしき人影が見え、その手前の机の上には様々な装飾品がひしめいている。
「お守り通りに露店はあまた、されど掘り出し物を探すなら、訪ねてごらんガレフの店を、ってね」
歌うような抑揚をつけてモニカが口上を述べると、店主らしい浅黒い肌の老人が顔をしかめた。この人がガレフだろうか。
「そりゃあ、うちはお前らのつてで腕のいい魔法具職人から品物を卸せてる。そこは感謝してるが、そのへんてこな歌はやめろっていつも言ってんだろう」
「あたしは宣伝してあげてるのよ? 今日もお客連れてきてあげたじゃない。あ、この子たちあたしのお友達だから、まけてあげてね」
「ほう、いつも偉そうなお前にお友達なあ?」
やっぱりモニカが偉そうなのはいつものことらしい。私とナタリアが自己紹介すると、ガレフと名乗った老人はにやりと笑った。
「おうよろしくな嬢ちゃんたち。うちの娘はこのとおりのはねっかえりだが、根は悪いやつじゃねえから、どうかこれからも仲良くしてやってくれや」
モニカのお父様でしたか。そう言えば笑顔がよく似ている。
「んじゃ好きに見ていけや。もっとも栗毛の嬢ちゃんは、もうとびっきりのお守りを持ってるみたいだがな」
「父さんも分かるの?」
「俺はお前らみたく魔力を感じることはできねえが、物の良し悪しを見極めることなら誰にも負けねえよ。その嬢ちゃんの首飾り、おおかた偉い人から貰ったやつなんだろうが、そいつは自ら望んで嬢ちゃんのもとに行ったんだろう。正しい主人のもとにいられてほっとしてやがる。大切にしてやれよ」
モニカといいガレフといい、天青の首飾りについて随分と好意的だ。まあ悪いものではないらしいし、助言通りちゃんと大切にしてあげよう。
「まあお守りはいくつあっても困らないし? ほらほら、二人とも色々見てみてよ。ここはお守りの中でも装飾品の形をしたものが主だから、女の子にはお勧めなの」
モニカはすっかり商売モードだ。促されて台の上に並べられている装飾品を見ている。あ、ほんとだ可愛い。指輪に腕輪、ペンダントに耳飾りに髪飾り。シンプルで繊細なものからゴージャスで目立つものまで、とても品ぞろえは豊富だった。実は光り物に目のないナタリアが早速試着を始めている。私にもモニカが色々勧めてきた。
それからしばらくあれやこれやと試してみて、結局私は小さな髪飾りを買った。細い銀線で花をかたどり、その中央に小さな青い石がはめ込まれたものだ。天青の首飾りに合わせたというのもあるし、モニカに似合うと褒めちぎられてその気になったのもある。因みにお守りとしての効果は「過去からの解放」という私にはあまり関係なさそうなものだったりする。いいの、デザインが気に入っただけだから。
ナタリアはペンダントを買った。彫刻された緑色の石のペンダントトップが銀の鎖に下がった、とても可愛らしいものだ。効果は「邪なるものから身を守る」だった。「魔物と戦うセレスティナ様のお力になりたいので」とは本人談。
「二人ともお買い上げありがとう! じゃ次行こっか」
「あ、ちょっと待って」
店を出ようとするモニカの手を取って、小指に指輪をひとつはめた。
「その、あなたさえ嫌でなければ今日のお礼にこれを贈りたいのだけど、駄目かな?」
モニカは驚いた顔で、自分の指で輝く指輪を見つめた。金のシンプルな台座に、可愛らしいころんとした薄桃色の石がはめ込まれている。
「え、い嫌じゃないわよ、別に」
驚きすぎたのか若干硬直しているモニカをよそに、私はガレフに指輪の代金を支払った。
「おいモニカ、お前本当にいい友達を持ったなあ。逃がすんじゃねえぞ」
ガレフがほんのり涙ぐんでいる。モニカ、どれだけ友達いなかったんだろう。
「とと父さんは余計なこと言わないでよ! ……あと、ありがとセレスティナ。これ大切にするから」
照れつつも律義にお礼を言うモニカ。お気に召したのならよかった。
しかし彼女は気づいているのだろうか。この指輪の効果、「恋愛成就」なんだよね。ガレフは気付いてたっぽいけど。
そうして店を出た私たちは、別の通りで遅いお昼ご飯を兼ねてお茶をし、魔法による特殊効果をふんだんに使った劇を鑑賞して塔に帰ったのだった。昨日の会議で見た空中に浮かぶ地図といいCGを思わせる劇の特殊効果といい、魔法も科学もたいして違わないなと思っている私だった。




