第三十三話:彼女のもとへ
西階段は難航していた。やはり北と同じかと思っていたのが油断だったのかもしれない。下から上から近衛兵が溢れてくる。精鋭でないだけましだ、とヤンは自分を慰めながら剣を振るう。
ローレンシアはもう王座の間へ着いた頃だろうか、と思う。今回は彼女に任せてしまうわけにいかなかった。最初の決起と同じ道は辿りたくはない――今ヤンが考えるのはそれだけだった。そのためには自分があのてっぺんにたどり着かなければいけない、とヤンは上を仰ぎ見る。
「――援護しろ!」
叫んだ言葉を、仲間たちがどれだけ聞く余裕があるかどうかわからない。特攻チームの男もフォローに入った予備チームの男も手一杯なのはヤンが見てもわかっていた。それでも先に進むために、とヤンは上から降ってくる剣をかわし、足を払い、切っ先を向ける。何もかもが特攻チームのためのお膳立てだ。自分が動かなければすべてが無に帰してしまう。
歯を食いしばり強引に階段を上がったヤンの背中から、熱さと痛みが同時に走った。振り向けば血塗られた短剣が目に入る。そのまま剣を向ければズキリと重い痛みが右腕に走り、一瞬取り落としそうになる。
「ヤン!」
仲間の声がこれほど救いに思うことはないだろう。次の一太刀を待つ前に、ヤンの目の前の兵士がドサリと倒れ込んで階段を転げ落ちていった。
「サンキュー」
「礼はいい、急げ!」
仲間の声に背中を押されて、ヤンは走り出す。しかし背中の痛みとそれから背を伝う生温い感触は治まらなかった。時々意識を手放しそうな痛みの中、最上階へと踊り出る。
ローレンシアを王座の間に送り込んだあと、北階段では特攻チームの男とヒューイが二人で近衛兵に相対していた。剣の腕は近衛兵より二人の方が上だったが、その数で相手は勝っていた。それがきっかけになったとしてもさほど不思議ではなかった。
ローレンシアを最上階へと送り出した男は長剣に間合いを取られて傷を負い、致命傷ではないとはいえ少しずつ動きが鈍くなっていく。ヒューイはそれを横目で見ながら撤退させるタイミングを見計らっていた。あまり早過ぎれば反発されるだろうし、遅くなれば取り返しがつかない。どこで見極めるかは難しい。そう考えるのと同時にローレンシアのことも気にかかる。彼女の強さを――精神的にも肉体的にも信じてはいたが、自分の目で見守っていないのは、不安だ。
キィン、とひときわ高い音と一緒に何かが階段を落ちていく金属音。振り返らなくても、その音の軽さで短剣だとわかる。そして近衛兵はすべて長剣を腰に下げている。で、あれば。
一瞬の判断で、ヒューイは男をフォローするために無理に身体を捻る。足首に余計な力がかかったのを感じたが、そんな痛みなど刀傷に比べれば軽い。特攻チームの男が、避けきれなかった傷を右腕に深く追ったのがヒューイにとってのきっかけだった。
「……予備チームに合流したほうがいいだろう」
男はしばらく無言だった。自分に課せられた使命を再度胸のうちで反芻しているだろう事は容易にわかったのでヒューイはそれ以上は言わず黙ったまま剣を振るう。
「あとを、頼む」
男のか細い声が聞こえたのはそれから数分後、だった。
取り落とした剣の代わりに倒れた近衛兵から長剣を拝借すると、男は利き腕とは逆の左手でそれを振り回しながら今上がってきた階段を下りていく。
どうか、あまり怪我を負わないうちに予備チームと合流出来ればいいが、と考えながらヒューイは上を目指した。ローレンシアの許へと。