第三十四話:神に祈りを
決起が開始された時刻からずっと、リンティアは闇夜の向こうに見えるエストレージャ城を見つめ、指が白くなるほどにその両手を握りしめて祈りに捧げていた。唇を噛み、じっと身動きせずにいる彼女の沈黙を破ったのは赤子の泣き声だった。
火がついたようと形容するのが相応しいと思えるほど高い泣き声が唐突に上がると同時に、リンティアのみぞおちの奥の方を貫くような痛みが一瞬身体を駆け抜ける。痛みに閉じられた青い瞳はすぐに泣き声をあげる赤子へと向けられるが、彼女が駆け寄ると赤子は何もなかったかのように泣き止んで、布団の中からリンティアを見上げた。彼女は胸を押さえたままだんだんとその表情を固くしていく。
今の胸の衝撃と、この子の泣き声と――悪い想像ほどぐんぐんと育つものだ。リンティアのばら色の頬はその赤みをまったく失って陶器のように青ざめる。
「……テリー……」
それ以上の言葉は紡げなかった。まさか、という思いに右手は胸を押さえ、左手は叫び声を押し止めるかのように喉に押し当てた。悪い予想に取り付かれたまま、彼女は床に膝をつく。
どうか……どうか、神よ在らせられるのなら、あの方をお守りくださいますよう――
大きな青い瞳から涙粒が次々と溢れて落ちる。強く噛みしめていても唇が震えている。胸へ押しつけられていた右手は拳を作り床に叩きつけられる。そのどれもが、自分自身への憤りを表していた。
リンティアは今ほど、自分の非力さを疎んじたことはなかった。過去、治癒魔法を持っていながら何も出来なかったことは幾つもあり、その都度自分の力の無さを憂えてきた。しかしこの瞬間に比べれば小さなことだと思えるほど、彼女は遠いテリーを思う。
出来るならば我が身を挺してでもでお守りしたかった。もしも次回の決起があったなら絶対に離れまい、と固く心に誓っていた。




