第七十八話 偽物の勇者
監獄の外へと連れ出されたデイモス達は、この監獄の出入り口につけてあった護送車の前に立たされる。
しかし、何故だか太郎だけは牢屋に1人取り残されたままだ。
そこに一体どんな狙いがあるのかは分からない。
……太郎よりも強い仲間たちを先に片付けることで、万が一の被害を最小限に防ぐつもりなのか。
それとも仲間たちの亡骸を見せることで太郎に絶望させることが目的なのか、はたまた全く別の目的があるのか。
しかし、それを確かめる術はない。
デイモス達にできることは、少しずつ迫ってくる処刑の時間を待つのみだ。
「看守長、準備整いました」
「分かった。……では、お前ら死刑囚はこの護送車に乗れ」
看守長と呼ばれた男の冷徹な声が低く響く。
車両の後方に周り、観音開きのドアを看守が開けた。
車内は3人が乗ると息苦しさを感じるほど狭く、加えて窓なども当然開いていない為不快な蒸し暑さが広がっている。
アンデッドであるデイモスには、気温や湿度などの要因は大した影響はない。しかし、人間であるヴェルデとダリルは違う。彼らにとっては、恐らくこの蒸し暑さはかなりきついはずだ。
……なんて、デイモスが思っていると。
「ねぇ、後ろエアコンつけてもらっていい?クッソ暑くて、これじゃ処刑される前に先に死んじゃうよ」
早速、ダリルがぶーぶーと唇を尖らせて何か言っている。
……元からなのかもしれないが、なんか、太郎にどことなく雰囲気が似てきた気がする。
ぶっちゃけ、あいつのそういうところは似ないでほしい。
あいつを二人相手にすることを考えるだけで死にそうになる。というか、現在進行形で死んでるけど。
そんなわけで、いつものアンデッド自虐もこの辺にしておいて。
何故、俺がこれだけ余裕なのかというと、今言ったように俺は既に死んでいる……世間一般でいうアンデッドだからだ。
だから俺は他2人よりは思考のリソースに余裕があり、2人がどうやってこの窮地を生き延びるかに充てることができる。
……だが、どうやらダリルの心配はいらなそうだ。多分、なんか考えてるんじゃないだろうか。
そんな、フワッとした理由で思考をダリルからヴェルデに切替える。
そう、問題はヴェルデなのだ。
なんだかだいぶ前からヴェルデの口数が極端に減ったなと気づいたデイモスが、その様子を伺う。
すると、さっきからずっと青白い顔で俯いたまま、細かくプルプルと震えている。
視線の焦点も定まっておらず、呼吸もヒューヒューと荒い。微かに「ヤバいよヤバいよ」と小声で呟いているのが聞こえる。
もう、完全にパニック状態だ。
ヴェルデはこんな状態だが、恐らく看守達の警備から脱出するチャンスと、太郎を助ける計画を立てる時間は、ここを逃せば次はないだろう。
……とか何とか思ってるうちに、背後に回り込んでいた看守によって袋のようなものを被せられた。
その瞬間、視界だけでなく、つい数秒前まで聞こえていた周囲の音や自分の声すら聞こえなくなった。
それだけではない。袋を被った瞬間に嗅覚までもが完全に失われた。
恐らくは目、耳、鼻の感覚を阻害する魔法が組み込まれた魔道具なのだろう。
デイモスはチッと大きく舌打ちする。
しかし、その音は誰の耳にも届くことはなく、とうとう乗せられた護送車がゆっくりと動き出した。
◆◆◆◆
護送車に揺られてからそれほど時間は経っていないが、車はその動きを止めた。
(もう着いたのか?……監獄からそれほど離れてはなさそうだな)
デイモスが思考を巡らせた瞬間、突如視界が開けた。被せられていた袋を強引に剥がれたのだ。
「着いたぞ、さっさと降りろ」
その言葉と同時に、複数の看守に掴まれ護送車から乱暴に引っ張り出される。
外へ出ると、目の前には見上げるほど長い階段がそびえていた。
3人は両脇を看守に掴まれ、その階段をゆっくりと踏みしめながら登っていく。
果てしなく続くと錯覚するほどの長い階段を登り終えた彼らは、目の前に広がる光景に言葉を失った。
そこには、これから行われる死刑で使うだろう巨大なギロチンと、処刑を一目見ようと集まった周囲を埋め尽くさんばかりの民衆の群れであった。
「来たぞーーー!!!」
どこかから声が上がるとそれに共鳴したかのように、全体から凄まじいまでの歓声が上がる。
それを冷ややかな目で見下すデイモスは、呆れたような口調で呟く。
「……死刑の大鑑賞会とは、お世辞にも趣味がいいとは言えねぇな」
それを聞いた看守長が答える。
「この国では処刑はこれ以上ない娯楽なのだよ。それに、今回はただの死刑囚じゃない。力を微塵も持たない勇者とその仲間たちときた。そりゃあ、会場も盛り上がって当然だろう」
「――まあ、今回の盛り上がりはそれ以外の要因もあるだろうけどな」
そう言って看守長はニヤリと笑った――。
◆◆◆◆
処刑台で膝を着く彼らとはまた別の、もう1段ほど高いテラスのようなところから皇帝は姿を現した。
「――我が誇り高き帝国民諸君、よくぞ集まった」
皇帝が話し始めると、ガヤガヤとお祭り騒ぎだった周囲がしんと静まり返る。
拡声器などは使っていないそのままの声にも関わらず、この場の端から端まで通る、威厳のある呼び掛けに誰しもが耳を傾けた。
皇帝はゆっくりと全体を見渡した後、静かに話し始める。
「恐らく、ここに集まってくれた諸君は『勇者』の話を聞いたことがあるだろう。聞く話では、彼らは数多の魔王軍の幹部を葬ってきたという。その功績が事実であれば、間違いなく人類史に残る偉業……まさしく『勇者』と呼ぶに相応しい存在といえる」
「しかし!そこの彼らを従える勇者を自称する者は、魔力を欠片も有していなかった!魔力を持たない人間が魔王軍……それも、幹部相手に勝てるなど天地がひっくり返っても不可能だ。ただ、『魔王軍と結託』していれば話は別だがな」
驚愕の一言を受け、途端にざわつく民衆達。
皇帝は続ける。
「魔王軍幹部を倒したとなれば当然、勇者として我々人類の内部に潜り込み情報などを得やすくなる。――これの意味するところはつまり、人類の救世主と思われていた存在はその真逆……人類に仇なす大罪人であることが証明されたのだ!!」
皇帝がそう言い切ると、民衆からは勇者に対する怒りの声が噴き上がる。
「ふざけやがって、許せねぇ!そんな奴ら殺せ!殺しちまえ!」
「そうだ!殺せ!殺せ!」
憤怒に満ちた叫びは、やがて殺せ殺せの大合唱となった。
しばらく異様な雰囲気と熱に包まれた空間は、皇帝が放った「静粛に」との一言で静まり返る。
「諸君の気持ちはよく分かる。我々の敵は今日、我々の手によって葬られることになる!……だが、束の間の幻想ではあったが、勇者という我々を守護する存在が消えることに、不安を感じる者も少なからずいるだろう」
「だが、安心してほしい。偽物の勇者が消えると同時、本来の救世主……『本物の勇者』が我ら魔導帝国サダルアより誕生するのだ」
「本物の……勇者!?」
デイモスとヴェルデが思わず驚愕に満ちた声を上げた。




