第六十六話 酒浸りの大賢者
「――つまりだ、勇者。今のお前たちが倒そうとしている敵は、この町そのものだってこったァ」
アッタマルドの言葉通り、俺たちの周囲は感染した人達により完全に取り囲まれている。
なるほど、これで逃げ場はなくなったわけだ。
ふーん、そっかそっか……。
…………。
「誰かあああああ助けてえええええええええ」
「ちょ、太郎!?パニックになるのは分かるけど一旦落ち着いて!!」
半狂乱になり暴れる俺を、ヴェルデが必死に羽交い締めにする。
「あ、あの!もう俺たちの負けでいいんで!ここから逃がしてはくれませんかね!?」
「こちとら仲間が大勢殺られてんだ、そいつらへのケジメは付けなきゃなるめェよォ」
嫌だァ!全身をゾンビに噛まれて死ぬなんて、俺の中の『こんな死に方はしたくないランキング』のトップ3に入ってくる死に方だぞ!?
……い、いや、待て。
まだ何かこの状況を打開できる方法があるはずだ。
俺は内心パニックのままだが、それでも無理やり頭を働かせる。
……このゾンビたちを操っているのは目の前の老人、アッタマルドということは分かった。
だが同時に、彼を倒してもゾンビになった人たちを救うことができないであろう、ということも。
だったら、アッタマルドにこの能力を解かせるしかない。
だけど、そのためには一体どうすればいいのか、有効な手段は全く思いつかない。
俺は唇を噛み、必死に作戦を考える。
だが、その時俺たちの背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「――ねぇあんたらさ、今酒持ってない?」
俺とヴェルデは驚き、同時に振り向く。
そこに居たのはダリルだった。
「え!?ダリル!?俺たちゾンビに囲まれてんのにどこから入ってきたの?……ていうか、こんな状況で何言ってんだ!?」
「いやいや、私が聞きたいのは酒があるかどうかだけ。で、どうなの?」
「まぁ、あるけど……でもこれは」
「それを渡したらここから助けてやるよ」
「はいどうぞ」
俺は迷わずダリルに酒を渡そうとする。
「太郎!?もらったお酒、そんなあっさり渡しちゃうの!?」
「ったりめーだろ!じゃなきゃ俺たちはあいつらに美味しく食べられちまうんだよ!きっとこういった時のためにマスターは渡してくれたんだ!そうだ!そうに違いない!」
目をひん剥いて必死の形相で叫ぶ俺と、それを見てドン引きしてるヴェルデ。
そして、そんな二人の様子をじっと見ていたアッタマルドは呆れたような溜息をついた。
「はぁ、茶番は終わったか?……ッ!兄ちゃん、その酒はどこで手に入れた?」
だが、俺が手に持ったお酒『アキメネス』を見たアッタマルドは、突然驚いた様子で訊いてきた。
「この酒?……あぁ、これは俺たちとあんたが初めて会った酒場、そこのマスターに託されたもんだよ、『この騒動を起こした元凶を止めてくれ』って言われてな」
「……あいつは?」
「……感染したよ。けど、出血がかなり酷くてどのみち助からなかっただろうな」
俺が『助からなかっただろう』と言った瞬間、アッタマルドは激しく動揺した様子を見せた。
俯いたアッタマルドの目は泳ぎ、固く握り締めた拳はかすかに震えていた。
「だから……だからあれだけ逃げろっつったのによォ……」
アッタマルドは空を仰ぎ見ながら力なく呟いた。
「もしもーし、茶番は終わりですかー?ねぇ、早く酒ちょうだい」
「あ、あぁ分かった」
ダリルは飄々とした口調で酒をよこせと急かしてくる。これはただ単純に強靭なメンタルの持ち主だからなのか、それとも強者故の自信なのか。
そこら辺はあんまり分からんが、とりあえず酒はダリルに渡しておく。
俺が差し出した酒をダリルはひったくるように奪い取り、すぐさま蓋を取ってそのまま直に口を付けて飲み始めた。
ごきゅごきゅと喉を鳴らして、実に美味そうに酒を飲む。
「……っぷはー!!やっぱ酒うめー!」
豪快に酒をあおり、なんとそのまま一気に全部を飲み干した。
「これから戦うのに、その量の酒を一気飲みしたらヤバいでしょ!!」
「……違うかも」
ヴェルデは何かを考えているのか、顎に手を置きながら呟いた。これに思わず「え?」と聞き返した俺。
「きっとダリルはこれから戦う『から』お酒を飲んだんだよ」
どういう意味だ?と一瞬聞き返しそうになったが、すぐに思い出した。
そうだ、この賢者が最初に会った時に言っていた!自分は酒を飲むことで真の実力を発揮できるんだと!
「お、嬢ちゃん……名前は確か……ヴェルデだっけか?よく覚えてんねぇ、その通り。前も言った通り私は酒飲んでパワーアップする系賢者なんだ。……さて、てなわけでそこのじいちゃん、悪いんだけど今からあんたを本気でぶっ飛ばすことにするわ」
「へっ、まさかあの伝説の賢者と一戦交えることができる日がくるなんてなァ、長生きはするもんだ」
アッタマルドはかすかに口角を上げ、デイモスを切った時と同様に仕込み刀の柄に右手を置き、抜刀の構えを見せた。
しかし、両者は睨み合ったまま動く気配がない。
これから壮絶な死闘が繰り広げられるとは考えられないほどの、不気味なまでの静寂が周囲を包み込んでいる。
その様子を俺とヴェルデは息を飲んで見守り、そして首チョンパされたデイモスはヒノキの棒を握りしめたままいまだに死んだフリを続けていた。




