第六十七話 化け物VS怪物
「じいちゃん……あんた、相当強いね?立ち居振る舞いを見ればすぐにわかるよ」
ダリルはアッタマルドを真っ直ぐに見つめ、彼の一挙手一投足を見逃さないように警戒する。
「どうかねェ、立ち居振る舞いなんざ歳相応だろう。『魔王軍幹部』なんてワイには役者不足の肩書きがくっついてるせいでそう見えちまうんだろうよォ。……まァ、そこいらの奴よりかァちったァまともに戦えるとは思うが」
柄に手を乗せ、抜刀の構えを継続したままそう言ってニヤリと笑った。
「――来なァ」
アッタマルドが呟いたその瞬間、仁王立ちしたダリルの周辺に様々な色に輝く魔法陣が数え切れないほど展開された。
――俺は以前、これに似た光景を見たことがある。
それは、ドッデ村での竜王ドラグノフ戦。
あの時は、一流の魔法使いが何人も集まってようやく複数の魔法陣を展開することができた。
だが、今俺の目の前に展開されている魔法陣はたった一人の魔法使いが、無詠唱で出したものである。
しかも、魔法陣の数はドラグノフ戦で見た時よりもはるかに多い。
周囲の空間に浮かぶ魔法陣は、幾重にも重なり隙間なく周囲に展開されており、まるで七色に輝く壁のようだ。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
ダリルはニヤリと笑った。
その瞬間、全ての魔法陣から一斉に様々な色に輝くエネルギー弾が放たれた。
あの一撃一撃には、俺程度など跡形もなく消し飛ばしてしまうほどの威力があるのだろう、地面を掠めるだけでその場所は激しく抉れ、衝撃波により細かい瓦礫が舞い上がる。
だが、更に驚くべきことが起こった。
それら一つひとつが強烈な威力を持つ魔法で、アッタマルドの目の前で何故か二つに割れてしまうのだ。
その割れた魔法は左右に分かれ、それぞれアッタマルドの後方に着弾し激しく爆ぜた。
「んぎゃあああああああああああああ!!!!」
凄まじい爆風が周囲に襲いかかり、踏ん張るも俺だけぶっ飛ばされた。……ヴェルデやダリル、ついでにデイモスはわりと平気そうなのに。
そして、誰も俺が飛ばされたことなど気にせず話を進めていく。
「――ほぅら。やっぱじいちゃん、めちゃくちゃ強いじゃん。普通の奴なら反応すら出来ないのに、まさか魔法を斬っちゃうなんて」
「だてに年取ってるわけじゃねェからなァ。……さあ、準備運動はこんくらいでいいだろう、そろそろ本気で行くとしよう」
アッタマルドはそう言うと仕込み刀の鞘を抜いた。
ようやく見えたその刀身は、まるでこの世のものとは思えない妖しい輝きを放っている。
俺はやべぇやべぇと言いながら、急いで元の場所に戻った。
すると、ヴェルデが俺に小声で話してきた。
「太郎……私たちも協力しないの?今なら『アベコンべ』も当てられるよ」
『アベコンべ』と言われて一瞬何か分からなかったが、すぐにピンときた。
「……あれか、アンパン魔人の時に使った『物理攻撃限定の当たる攻撃が当たらなくなり、当たらない攻撃が当たるようになる』とかいう、しっちゃかめっちゃかな魔法だろ?」
言ってて頭が混乱してきた。
ヴェルデはこくりと頷く。
「いや、ダメだ。……周りを見てみろ」
俺は動きが完全に止まっているゾンビ達を見た。
「ダリルとの戦闘が始まってから全く動かなくなった。……恐らく、今はダリルとの一騎打ちに集中しているから、ゾンビを操作する余裕がないんだ」
「だけど、もし俺たちが横から手を出したらこいつらはきっと動き出す。……そうなりゃ俺はもちろん、ヴェルデとデイモス……まあ、デイモスは大丈夫か。ダリルの状況もちょっと厄介なことになる。少なくとも俺は死ぬ。間違いない」
「じゃあ何もしないの?」
「そうは言ってない……必ず隙は出てくる。その時に思いっきりやってやるんだよ……俺は毎度のことながら作戦指示くらいしかできないけど。……その時は頼む、ヴェルデ、デイモス」
俺はまっすぐヴェルデの目と、静かに横たわるデイモスを見ながら言った。
ヴェルデは真剣な表情で俺の目を見つめ返し頷いた。
デイモスは……変わらず横たわってる。大丈夫かあいつ。
そんな俺たちのことなど、全く眼中に無いダリルとアッタマルドはお互いバッチバチに殺意を飛ばしあっていた。
◆ ◆ ◆ ◆
その二人の戦いは俺たちの目の前で繰り広げられ、それはそれは熾烈を極めた。
……とは言ってみるが、正直もう俺の動体視力じゃ何が起こっているのか分からない。
何だか、あちこちから閃光や爆発、衝撃波なんかが聞こえてくるなぁ、くらいの感想しか出てこない。
……ただ、それら一つひとつがこの街を破壊しそうな勢いがあるということは、さすがの俺でも分かる。
ひとたび衝撃波が走ればはるか遠くの雲や木々が跡形もなく消し飛び、爆発や閃光が見えれば次の瞬間には地面に強烈な亀裂が入り、地面は激しく揺れ動き俺も立っているのがやっとだった。
しかもそれらは、たった二人が殺し合いをしている。
ただそれだけで、街を崩壊させてしまいそうな天変地異が周囲に襲いかかった。
――明らかに、俺とは住んでいる世界の次元が違う。
俺は改めて、魔法や特殊能力が存在するこの世界の恐ろしさを実感した。
しばらくの間、激しい戦闘を繰り広げていた二人だったが実力はほぼ互角に見えた。
「おめぇさん、やるじゃねェか。名前は……ダリル、つったかい?ワイも随分長いこと生きてきたが、こんなに強い奴と戦ったのは初めてだ」
「そりゃどうも」
ダリルは無愛想に答えた。
「『牙が腐り落ちた虎』なんて聞いちゃいたが、実際こうして殺り合わなきゃ分からねェこともあるもんだなァ!……よォし!そんじゃちょっくら本気出してやろうかねェ」
そう言うとアッタマルドは右手を高く掲げた。
「ワイの能力『傀儡』は、ATMDという麻薬を用いて発動するんだが……。この麻薬は術者の……つまりはワイの細胞が含まれた『G物質』というものを触媒として操っている」
「つまりだ、あちこちに分散させ人間から力を吸収した細胞を……全てワイに戻したらどうなると思う?」
まあここまで言われたら、さすがの俺でも察するよね。
「おっとまずいこれはあれだヤバいやつだ」
真顔で狼狽える俺をよそに、周りのゾンビ達は次々と力なく地面に倒れていく。
そして、倒れたゾンビから光の粒子のようなものが現れた。
それらはアッタマルドの右手へと吸い込まれていく。
「いやああああああこの展開見たことあるううううう!!!帰れ!アンブレラの研究所に帰れ!」
そんな俺の心からの叫びは虚しく響くばかりで、アッタマルドの全身はみるみるうちに歪に膨れ上がっていく。
やがて周囲に立っているゾンビがいなくなった頃、俺たちの目の前に立ちはだかっていたのは、辛うじて人間の面影を残しただけの、見上げるほど巨大な怪物と成り果てたアッタマルドだった。




