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ゴール、そしてスタート


「圭介、次何飲む?」

「あー、どうすっかな。んじゃワイン頼むか」


 明日からは久々に……というかほぼ一年ぶりくらいに、二人そろって連休だ。

 仕事が終わった後、そのまま別の場所で合流した私たちは、都内某所にある高級レストランに足を運んでいた。

 店内には品のある落ち着いた雰囲気が漂っていて、知らないうちに圭介が予約していたらしいコース料理もかなり美味しい。

 お互い仕事帰りでオシャレスーツ、オシャレ着だから、服装的にもぴったりだ。

 こういう時だけは、普段から高額商品を扱ってる職種で良かったなと思う。


「泊まりなんて、ホント久し振りだね」

「付き合ってんのバレてから、ことごとくシフトずらされてるしな」

「確かに」


 前菜にナイフを刺し入れつつ、私は笑いながら答える。

 最初は同僚だということもあって、職場には付き合っている事を隠していた。

 まぁ今でも、会社では必要最低限にしか話したり関わったりしていないけれど。

 それでもやっぱり、誰かしらが見ているもので。

 気付けば付き合ってから3ヵ月程で、何故か周り中にバレていた。

 どうやら先輩の誰かに、私たちが一緒に歩いているところを見られてしまったらしい。

 そうなれば、情報が回るのは特に早い営業部。

 今では私たちが付き合っている事を知らない同僚は、ほとんどいなかった。

 それからというもの、シフトを組むマネージャーや上司は交際こそ黙認しているものの(だって私も圭介も、業績落としてないし)、あえてなのか何なのか、私たちのシフトはことごとくズレて……

 よって圭介の家に泊まっても、翌朝には私か圭介のどちらかが、仕事着に着替えて「行ってきます」と部屋を出るはめになっていた。

 久し振りに外泊で、しかもホテルはこの店のすぐ近くで。

 珍しく圭介は、最初からアルコールを煽っている。

 まぁ圭介はザルだし、運転しない限りは飲んでも大して問題無いんだけどね。


「そういや、今回俺とシフト変わった多田先輩の事知ってるか?」

「あぁ、もうすぐ寿退社する人でしょ?」


 圭介の口から出てきたのは、今回こうして一緒に休みを取れるキッカケになった女の先輩の名前だった。

 二つ年上の先輩なんだけど、パッと見まだ大学生でも通りそうなくらい、良く言えば若々しい人。

 悪い言い方をすれば、いまだキャピキャピしてるとも言えそうだけど……。

 ちなみに営業としては可も無く不可も無くといった感じなものの、常にテンションの高い若い女の子好きな男性客とは相性バッチリで、いつも最低限の数字はクリアしている人だった。


「この前会場かぶって、話したよ。何か挙式の準備とか超大変だって」

「入籍、引っ越し、挙式がほぼ同時なんだってよ。お互いに仕事しながら、一気にやるって相当しんどいだろうな」

「うわ、そりゃキツそうだね。私の友達、入籍と引っ越しだけでも結構大変だったって言ってたもん」

「何かそこまで一気に根詰めてやったら、式終わった瞬間燃え尽きる気がする」

「わかるかも」

「あの人、最近顔を合わせれば結婚の話ばっかでさ。まぁめでたい話だから良いんだけど……仕事中に毎回っつーのは……」

「それも、ちょっとわかる」


 たとえばそれが、すっごく仲良い友達だったりすれば良いんだけどね。

 会社で同じ仕事をしているってだけの繋がりで、相手の結婚前後のバタバタとかを延々と聞かされても、こちらとしては反応に困るというか……。

 もちろん、初めの3回くらいは喜んで聞いていたけれど。

 それまでほとんど話した事が無かったのに、今では誰彼構わず凄い勢いで結婚の話をしてくる多田先輩。

 まるでそれが人生のゴールだといわんばかりに、誇らしげに何度も語っていた様子を思い出す。


『ホント大変だよぉ。でも、式までの辛抱だからね!』


 別れ際には、決まって言っていた台詞。

 そういうもんなのかなぁ、と私はふわふわとした感覚で聞いていたけれど。


「式までの辛抱かぁ……」

「ん? 何だそれ」

「多田先輩が言ってた言葉。しんどいのも、あとちょっとの我慢だって」

「オイオイ、結婚はゴールじゃねぇじゃんなぁ」

「え?」


 圭介が笑いながら言った言葉に、私は思わず顔を上げる。

 と、逆に圭介は不思議そうに首を傾げた。


「いやいや、そっからがスタートだろ。結婚した瞬間が最高潮の夫婦なんて、お先真っ暗じゃん」

「……あんまり考えた事なかった」

「一緒になった方が、先の長い未来でプラスになるって思うから結婚するんだろ。少なくとも、俺はそういう認識なんだけど」

「言われてみればそうだね」

「男なんて特に、結婚しようがしまいが仕事はずっと続いていくんだしさ。途中経過だよ」

「なるほどー。まぁ女の場合は、先輩みたいに寿退社って事もあるからね。区切りとしては、ゴールみたいな感覚なんじゃない?」

「他人の為に家事したり、いずれは子育てするんだって覚悟すんなら、やっぱりゴール認識じゃ甘いだろ」

「確かに。ていうか圭介、結構真面目に考えてたんだね。普通にビックリした」


 美味しいミディアムレアのお肉を食べながら、感心して相槌を打つ。

 だから私は全然、既に仕組まれていた流れに気付いて無かった。


「なぁ亜希。お前は結婚とか、どう思う?」

「うーん……やっぱり願望はあるけど、さっき言った通りあんまりリアルに考えた事無かった」

「女らしくねぇなー」

「うるさいよ。でも、まぁ……」


 フォークを一度止めて、私はさっき圭介が言っていた言葉を反芻する。

 うん……ゴールとしてみたら、結婚って結構大層なものな気がしていたけれど。

 人生の途中経過として見るのならば、そう悪く無いかもしれない。


「先の長い未来でプラスになるって思うから……っていう考え方は、結構好きかも。ストンと納得出来たっていうか」

「それは良かった。その辺の価値観だけは、食い違ってると後々厄介だからな」

「あはは、確かにね」


 圭介に数分遅れて食べ終えたお皿を、ウェイターが無駄の無い動きで下げていく。

 少しお酒に口を付けてから、私は一息ついた。

 あぁ、やっぱり圭介と一緒に食べるご飯が、一番美味しいな。


「……なぁ、亜希」

「何?」

「だから俺、思ったんだけどさ」

「うん」

「俺たちも、一緒になった方が色々プラスになると思わねぇ?」

「……え?」

「お前の顔見ると疲れ取れるし、擦れ違いも少しは埋められるし」

「ちょ……え、待って、何の話?」

「お前な、ここでストップかけんなよ」


 苦笑した圭介は呆れたように一つため息を吐くと、すっとテーブルの上に重ねた両手を差し出してきた。


「……俺の気持ちってヤツ」


 そう言って、悪戯っぽく笑った圭介。

 ぱっとその両手を放すと、その中には「いかにも」な小箱が……。


「え、ウソ、え……?」


 急激にバクバクといい始めた胸を押さえ、微かに震える手で箱を開けてみる。

 と、そこにはもちろん――



『色々デザインが飽和状態な世の中だけどさー、私、物によっては結構クラシカルなものが好きなんだよね』

『へぇ、たとえば?』

『ほら、エンゲージリングとか』

『エンゲージリング?』

『まぁーるいダイヤが付いてるだけのシンプルな、いかにもって感じのリング。あーいうの、憧れがあるっていうか』

『何か意外だな。お前の事だから、変わり種の方選ぶのかと思った』

『あはは。でもマリッジリングは、ちょっとこだわりたいかも』

『何だよそれ?』



「……」


 目の前にあったのは、私が思い描いていた通りのエンゲージリングだった。

 シンプルなプラチナの輪に、眩い光を放っている丸いコロンとしたダイヤモンド。

 おばあちゃんが見ても綺麗だねと言ってくれそうな、王道のデザイン。


「亜希、結婚して欲しい」

「……圭介」

「仕事の事とかは、お前が自分で決めればいいから」

「……」

「パートナーとして、もっとそばにいて欲しいんだ」


 そう言った圭介は、真剣な眼差しで私を見ていた。

 真っ直ぐに注がれる視線に、不覚にも目頭が熱くなってくる。


「……うん」


 こくりと、一度だけ深く頷けば。

 圭介は微笑んで、「ありがとう」と答える。


「はめてもいい?」

「うわ、何か緊張するよ……」

「もうお前のもんなんだ。ぶつけても、誰も怒ったりしねぇよ」

「絶対ぶつけられないよ!」


 キラキラと美しい光を反射させたダイヤのリングが、左手の薬指にはめ込まれる。

 あぁ、何この感覚。

 すごい胸がいっぱいなんだけど……!


「ありがとう、圭介」

「いいえ」

「すごい嬉しい……」


 私はしばらく、その美しい光を眺めていた。

 圭介はそんな私に「見過ぎだろ」と笑いつつも、満足そうに微笑んでいる。


「あ。でも一個だけ、ゴールした事があるかも」

「え、何?」

「俺たちの関係」


 そう言って、口端を上げた圭介。

 私はようやく指輪から目を離し、首を傾げる。


「『恋人』は、ゴールだな」

「あ……」

「今からお前は、婚約者」

「そうだ……やだ、何か恥ずかしい!」

「何言ってんだよ、今更」


 何だか無性におかしくて、その後ウェイターがデザートを持ってきても、私はくすくすと笑っていた。


(……婚約者、かぁ……)


 キラキラと輝く、このダイヤみたいに。

 圭介と一緒に、この先もずっと、明るい人生を送れたらいいな――



『ゴール、そしてスタート』

fin.


この話は、ノンフィクションと理想としてのフィクションを織り交ぜた、自分の中では珍しい小説でした。

普段は甘さやときめきを重視した小説を書く事が多いので、そういう意味でも新なチャレンジだった気がします。

言うまでも無く、私自身まだまだ成長途中なので、未熟さが伺えるエピソードも多々あったかもしれませんが……。


何はともあれ、最後まで読んで下さった皆様に、心より感謝申し上げます!



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