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いつもと少し違う朝に  作者: 中島 遼
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学校 3

 「村山さんっ!」

 駆けだした高津と萌の方を、村山は驚きと懐かしさの入り交じった顔で見つめた。

 「……本当にいたんだな、君たちは」

 「村山さんこそ」

 彼は夢と変わらない端正な顔をほころばせ、そして少し真顔に戻った。

 「あれからどうなった?」

 「あれからって、岩岳で別れてから?」

 村山は頷く。

 「俺はあそこで目が覚めた。結局君たちは黒い人に会えたのか?」

 ということは、死んだ時点で夢からリタイアしたと言うことか……

 「黒い人にも、緑のお化けにも会った」

 萌は顔をしかめた。嫌な記憶が甦る。

 「でも黒い人が言ったのは、ほとんど村山さんが予想した通りだったの」

 萌がかいつまんで黒い人が語った話を伝えると、高津が眉をしかめた。

 「……村山さんが予想した通りってどういうこと?」

 「口固いから、ちょっと脅して口を割らせたみたいな?」

 話を盛ってはいるが、少しぐらいならいいだろう。

 「それって岩岳でテントからあぶれちゃった時に聞いたの?」

 「そう」

 高津が悔しそうに村山を仰ぎ見る。

 「でも、何でそんなことまでわかるかな」

 「俺だって思いもよらない話の方が多かったさ」

 萌も首を振る。

 「でも核心はついてたよ、ウイルス説とか」

 「病気は俺の商売ネタだからな」

 高津はまた溜息をついた。

 「まさかそんな事とは俺、今の今まで思いつきもしなかった……」

 村山が驚いたように高津を見る。

 「ということは、お前も途中で棄権したのか?」

 「棄権した訳じゃないけど、最後色々あって萌と別行動だったから」

 高津は心底済まなさそうな顔で頭を下げた。

 「申し訳ありません、村山さんを見殺しにして逃げたのに」

 村山は慌てて手を振る。

 「当然だろ、俺は死にかけて動けなかったんだ。あそこで萌を連れて逃げてくれて本当にありがたいと思ったし」

 高津は辛い表情を崩さない。

 「でも、岩、痛かったでしょ?」

 「岩?」

 村山は怪訝な顔で首をかしげた。

 「それは知らないな……ひょっとしてあの上に突き出た奴、下に落として逃げたのか」

 彼は笑った。

 「大丈夫、その時にはもう死んでたと思う」

 「ほんとに?」

 あのときの苦痛がわずかに胸によみがえる。

 生きていてくれて、本当に良かった……

 「それはそうと、萌と別行動って、お前、何かあったのか?」

 高津は身震いをした。

 「悲惨ですよお、なんと緑のお化けに食われちまったんだから」

 「ご、ごめんなさいっ!」

 顔色の変わった萌に、高津が慌てて首を振る。

 「謝る必要、全然ないから。それどころか地獄のような状態でびびってた俺を君は救ってくれたじゃないか」

 登校してくる生徒たちが興味深げに三人を見ているのがふと目に入る。

 昨日までの萌ならそれだけでパニックになったろうが、今は正直それどころではない。

 「じゃ、予定通り、萌が緑のお化けを倒してくれたんだ」

 村山の言葉に高津と萌は同時に彼を見つめた。

 「予定通りって?」

 「確かにあいつを倒したのはあたしだけど、何故その事を?」

 まだその話は村山にしていない。

 「だってそれが萌の役割だから」

 「あたしの?」

 村山は頷いた。

 「四種類そろわないと勝てない、というのはそういう事だろう。リソカリトが五人いても、全部が全部夕貴のように感染者の修復作業のみ可能な人間だったらまず勝てない」

 萌は目を見開いて村山を見た。あの二人きりのときに村山が言おうとしたのは……

 「お前が攻撃系の力を持っていることはそう推論すればわかったし、実際に死ぬ前にこの目で確かめることもできた。だから……」

 「死ぬ前って、あたしが何を?」

 「何言ってる? 思いきりヘリを破壊したくせに」

 「そんな……」

 萌は絶句した。

 (なんて、馬鹿なんだろう)

 臆病さのあまり、そんなことにさえ気づかなかったなんて。

 「ごめんね、高津君」

 自分の臆病さや卑怯さが結果的に皆をそこまで追いつめ、死ななくていいはずの高津まであんな目に遭わせてしまった。

 萌は高津から目を逸らす。極限状態だったとはいえ、彼に対して感じた疑いの気持は一生かかっても返せない負債だ。

 「……だから呼び捨てでいいって」

 高津の優しさに胸が詰まる。

 怖々見上げた萌に一度微笑み、高津は再び村山に視線を向けた。

 「萌は攻撃系だとして、村山さんは?」

 「俺のは一番大したことがない力だな。最初から最後まで電卓みたいなもんだったし。君ら四人は緑のお化けを倒すのに必要な力だったけど、俺はいなくてもなんてことなかったと思う」

 高津が苦笑して首を振った。

 「逆だと思う。一番大事なことやってたと思うよ、飛行機の管制官って言うか、参謀って言うか」

 その言葉で、萌はまだ伝えてなかった事を思い出す。

 「そういえば黒い人が言ってた。今回黒い人がすごいって思ったのは、その必要な四種類がすごく近くに一度に現れたことらしいの」

 村山が頷く。

 「……だろうな」

 「でもね、こうも言ってた。勝つ確率をすごく上げる能力も一緒に目覚めたって」

 「……本当はそうあるべきだったんだろう」

 村山の表情が暗く陰る。

 「なのに皆をさんざん傷つけ、そして虫けらみたいに殺したのは俺だ。俺にもっと思慮があれば……」

 「そんな、村山さんのせいじゃない! 俺があの時……」

 「あたしのせいなのっ!」

 三人はしばらく見つめ合い、そして何も言わずに微笑んだ。

 皆の気持ちは一緒だ。

 ほじくり返す必要がないほど、瞬時彼らは一体だった。

 「まあ、何にせよ、夢で良かったよ。俺、本当に怖かったから」

 高津が皆の気分を盛り上げようとしてか明るい声を出す。だが、村山は眉をひそめた。

 「……お前、あれがただの夢だと思ってるのか?」

 「ただの夢だなんて思わないよ。こんな風に同じ夢を三人もの人間が見るなんて異常だもの」

 村山は空を見上げた。

 「あれは秋だった」

 萌の背にぞくりと冷たいものが走る。

 「まさか」

 「もし、俺たちが感染したのが昨夜だとしたら?」

 だとしたら、母も百合子も妙もみんな昨日化け物に種を蒔かれたということか?

 「発症するのが秋ってこと?」

 「もう少し早いかもな。潜伏期間の終わり頃から、マスターって言葉がそこかしこで聞こえるようになるだろう」

 「……そんな馬鹿な、あれが本当に起こるなんて」

 村山が不思議そうに高津を見た。

 「お前、ひょっとして自分の力が何かをわかってないのか?」

 「わかってるよ。敵と味方を見分ける能力」

 「確かに滅法役に立つ力ではあるけど、俺のテレパシーと同じで、それだけでは四種類の中には入らない」

 「え?」

 「予知能力。お前の本質はそっちだな」

 「予知?」

 「変な予感、しまくってただろうが」

 言われてみればそうだ。水の位置がわかったり、岩岳に登ることを不安に感じたり。

 「あ」

 そう、確かに高津は言った。俺が俺じゃなくなったら……と。

 萌は思わず跳び上がった。

 「じゃあ、緑のお化けに食べられちゃうこともわかってたの?」

 「ずっと昔に見た夢の中で、そんなこともあったかなって……」

 驚愕した萌の顔を見て、高津は慌てて首を振った。

 「もちろんどうなるかがビジョンとしてわかってた訳じゃない。漠然とした不安みたいなものさ。でも、食われたとき、何となく運命だって思ってる自分がいたから知ってたのかもしれない」

 高津は微笑んだ。

 「だからあのとき、萌を庇った訳じゃなく、俺、わかってて突っ込んだんだと思う。……だから、気にしないでくれよな」

 優しさに目が潤む。

 「あたし、一生高津君、じゃなくて圭ちゃんのために働くから」

 村山が笑う。

 「将来のお前は、萌のヒモか」

 「村山さんっ!」

 怒った顔に再び笑顔を向けた村山は、高津を優しく見つめる。

 「どうなるかビジョンとしてわかってた訳じゃないってお前はいうけど、昨日の夢は多分、お前の予知夢だ」

 「え!」

 「恐らくだが、それを夕貴が受け取って俺たちに暁が配信した」

 「まさか……」

 「最初に夕貴がそんなこと言ってただろ?」

 そうだったかもしれない。相当遠い昔の記憶だが……

 「じゃあ、村山さんはあれが夢だって知ってたの?」

 「あのときに知ってた訳じゃない。今だから言えることだよ」

 「……嘘」

 意味もなく萌の瞳から涙がこぼれた。

 「だって、ちゃんと約束守ってここに来てくれた」

 「え?」

 「言ったもん、あのとき、話は後で聴くって」

 また涙が溢れそうになる。

 「覚めればここに戻れるって知ってたんでしょ?」

 「……あの瞬間に、そうだといいなって思ったのは確かだ。それで生理現象なんかは全部説明がついたから。それに普通、女の子がトイレ行ってないことに気づかないなんて、夢でも見てる時しかありえないだろうし」

 萌は赤くなり、それから言葉も出せずに手をばたばた振ったが、村山はそれには気づかなかったようで、顔をしかめて言葉を続けた。

 「だけど夢なのにもの凄く痛かったから、やっぱ現実かなとも思ったし」

 高津がぶるりと震えた。

 「俺、萌に助けてもらってなかったら、今もまだ夢の中だったのかな」

 死んでこちらに帰って来るなら、確かに彼の場合はそうかもしれない。

 高津が真顔で萌を見る。

 「俺、一生萌のために働くよ」

 「……そういうことは、俺のいないところでやった方が雰囲気出るぞ」

 村山がトンチンカンなことを言ったので、二人は一斉に睨む。

 「うわ、怖いな」

 村山が少しおどけた時、予鈴が鳴った。

 「じゃ、俺はとりあえず病院に戻る。また来るから」

 「病院?」

 「頼み込んで一時外出してる。早く戻らないと叱られるんだ」

 「……大人って大変だね」

 「お前たちもさっさと教室に行け」

 高津が村山をじっと見つめた。

 「……それより次は、どうするの?」

 次の意味が何かは聞かなくてもわかる。

 「お前のお陰でシミュレーションを体験させてもらった。今度は絶対に負けない」

 「もう、ウイルスはかなりの人に埋め込まれちゃったんだろ?」

 「暁と夕貴に頼んでワクチンを作ってもらうさ」

 「できるの?」

 「それはわからない」

 高津が首を傾けた。

 「それに、感染してからじゃワクチンって遅いんじゃないの?」

 「どっちかっていうと、今回のはコンピューターウイルスに近いから大丈夫だと思う」

 高津は強い眼差しで村山を見つめる。

 「できるの?」

 「それは……」

 村山は言葉を止め、そして小さく頷いた。

 「……できるかどうかはやってみなくちゃわからないけど、やるしかないなら頑張るだけさ」

 高津は嬉しそうに相手の肩をこぶしで突いた。そこには村山に対する信頼の揺るぎなさがほのかに見える。

 「でも、あの二人を見つけるの、大変だね?」

 「それは問題ない。今度はちゃんとした住所をお母さんに聞いたって、さっきから暁の奴がうるさい、うるさい。何で俺は受信しかできないんだろ」

 彼はポケットからメモを取り出した。

 「これが暁たちの住所、それと俺の携帯の番号とメアド」

 大事そうに高津がそれを受け取る。

 「とりあえず、お前たちの電話番号かメアドを教えてもらえるか?」

 二人がそれぞれの番号を言うと、村山は頷く。

 「ありがとう。ただし俺の携帯は日中はつながらない。そこだけ注意してくれ。できるだけこっちから連絡するから」

 高津と萌は離れていく村山に手を振った。

 そして車が視野から消えるまで見送る。

 「……どうする? 学校ふけて暁のとこに行ってみる?」

 高津が尋ねたので萌は少し考え込んだ。

 今まで知らなかったが高津がそれほど有名人なら、二人で学校をさぼったらかなりマズいだろう。

 それでなくてもこんなところで怪しい立ち話をしているのをかなりの生徒が目撃している。

 百合子や和実が休み時間に彼女を散々問いつめるのがありありと想像できるほど、萌には不利な状況だった。

 「村山さんもああ言ってることだから、とりあえず教室に行こうか」

 高津が珍しく深い溜息をついた。

 「本当に村山さんのことが好きなんだな」

 「な、何を急にっ……」

 赤くなった萌から彼は目を逸らす。

 「俺さ、今回は自分でも驚くぐらい頑張ったつもりなんだ」

 「事実そうだったよ、あたし圭ちゃんのこと、すごく尊敬するもの」

 「あれ、大分無理してたんだ。村山さんと張り合って」

 「……え?」

 高津は笑った。

 「君は俺のことなんて全然知らなかったかもしれないけど、俺は一年の頃から知ってる。……ずっと気になってたし、今回のことでもっともっと好きになった」

 思わず鞄を取り落とした萌に、高津ははにかんだ表情を浮かべてそれを拾い上げた。

 「行こうか」

 本鈴が聞こえる。

 いつもと同じ、いや、いつもと少し違う朝、萌は高津と一緒に校門を走ってくぐり抜けた。


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