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予備校にて  作者: に*か
16/16

拾陸

 +++

 あ、あらー?

 津笈さんがニコニコし始めたぞ。

 春簑はどうしたものかと、詩螺歩を観察する。

「おーい。津笈さーん?」

 詩螺歩の目の前で手をぱたぱたと振ってみたが反応は無し。

 面白い子だなぁ。春簑は芹崎の顔も思い浮かべながらそう思った。

 と、ここで、詩螺歩の手に握られているものが春簑の目に入った。

「あ、あれ? このジャージ瀬臥も同じの持ってた」

 刹那―――詩螺歩は覚醒した。

「あ、えっと! これ借りて」

「え? 瀬臥から?」

「は、はい」

「ふぅん」

 春簑は含み笑いをした。

 うん、だいたいの想像はつくよ。というか的確な想像がつくよ。

 春簑は瀬臥が詩螺歩にジャージを貸した状況を思い浮かべて吹き出した。

「…………?」

「あ、いやいや、気にしないで」

 瀬臥が一番おもしろいな。出た結論がこれだった。

「うーん。じゃあなかなか帰ってこないし、俺が言っとくからその辺投げといて」

「はい、ってええ?」

 笑顔で言ってのけた春簑。

「投げるんですか?」

「うん」

「は、はぁ…」

「さぁさぁ」

「じゃ、じゃあ。お、お言葉に甘えて…?」

 ここで、詩螺歩は思いっきり振りかぶった! そして、第一投、投げた――――――。

 タイミング良く入ってきた瀬臥にぶつかった――――――。

 顔面モロ直撃。

「うっそおおおおおおおおおおお」

 詩螺歩は思わず叫んだ。

「うわ…」

 春簑は思わず吹き出した。

「お前なああああああああああ!」

 瀬臥は思わずキレた。


「恩を仇で返すとはまさにこのことだ! おい! 津笈ちゃんと聞いてるのか! っておい寝るなああああああ!」

 このあと、瀬臥の昼休みをめいっぱい使っての説教が行われた。

 詩螺歩は春簑を恨みがましく睨んだが、春簑は笑いっぱなしで役に立たない。

 はぁー。あたしってこう、何で。―――――いつもこうなんだろう。

「おい! 春簑うるさい! お前何がおかしいんだ! ちょっとこい! お前も説教だ!」

「ええ!」

 いつものことである。

 詩螺歩は瀬臥の怒りが少しでも春簑に向かうよう願うばかりだった。


 +++

 それから、ようやく瀬臥から解放された詩螺歩は、ちょっと遅めの昼食をとって芹崎と敷地内を回った。

 今は、すでにベッドの中である。

 部屋に設置されているベッドは二段ベッドで、詩螺歩はじゃんけんに負けて下になった。

 その時の詩螺歩の()ねようったらなかった。――――さて、

「芹崎おきてるー?」

「何よ…起きてるわよ」

「今日の日本史どうだった?」

「それがねぇ…すごく―――」

「すごく?」

「面白かったのよ」

「そうなんだ」

 顔は見えなかったけれど、芹崎の声から相当浮かれている様子が分かった。

「あたしも、水泳おもしろかったよ」

「そうなの? えー、どーだか。百歳年とったんじゃなかった?」

「うーん。そうなんだけどね。なんか、なんだかなー」

「はっきりしないわねー。何なのよ」

「瀬臥さんかっこよかった」

「は…? 何? 何よ、今から始まるのノロケ?」

「うーんそうかも」

 そう言うと詩螺歩はくすくすっと笑った。

「あたしがプールに落ちかけた時―――」

「は? あんた落ちかけたの?」

「うん。それでねー瀬臥さんすっごい勢いですっごい顔で走ってきてー」

「うわー想像できる」

「それが、すっごい速いくてさー。かっこよかったなー。極めつけは、ちゃんと間に合っちゃうんだよねー。そんでぐわんって引き寄せてバン! だよ!」

「…あんた、もうちょっと語彙を増やしなさいよ。いや、分かるけれども」

「そんで、あたしは瀬臥さんの胸に鼻ぶつけて言ったセリフが『ぶっ!』だからねー」

「うわー。色気もクソもあったもんじゃないわね」

「んで思ったのさ。ここで『きゃっ!』とか言ったら女の子だな―と」

「きもいわね」

「うん。きもいよね」

 詩螺歩は応じた。

「そんでね、瀬臥さんが本気で怒る時って何かね―、あたしのためだなーって感じがしてねーすっごく嬉しくもなるんだよ」

「そっか、そういう人よね。まぁ、それはしょっちゅう怒られてるあんただから分かることだろうけど」

「そうかな」

「そうよ」

「芹崎も一回怒られてみなよ」

 詩螺歩はさらっと、とんでも発言をした。

「は? 何故よ! 嫌。何が悲しくてあんな大声の人に鼓膜を心配しながら怒られなきゃならんのよ」

「まぁ、そうだよねー」

「そうよ」

「芹崎、ありがとう」

「な、なによ」

 芹崎は眉をひそめた。こいつはいきなり何を言い出す。

 寝ぼけてんのか?

「あんたがいてくれて、あたしは幸せだ」

「そんなの――」

 あたしもよ。

 そう呟いた時には、詩螺歩は既に夢の中の住人だった。

「寝オチかよ。いや、やり逃げね」

 芹崎も枕から頭をいったん浮かせて置きなおし、眠りの態勢に入った。


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