拾伍
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「あんた、それ返さなくてよかったの?」
芹崎がそう言ったのは、詩螺歩が遅くなったことを、クシ(パンツ)を忘れたことを瀬臥にヘコへコと謝り、二人が部屋に着いてからのことだった。
「…あ」
詩螺歩は手に持ったジャージを見て呆然とする。
なんでこれがここにあるんだ―! と言わんばかりである。芹崎は大げさにため息をついた。
「もうー。忘れないうちに行っちゃえば?」
「今から?」
「そうよ」
「芹崎――」
「嫌よ」
「まだ何も言ってない」
「嫌」
「うー」
「甘えるんじゃないわよ」
「分かったよう。お昼先食べといて」
「もちろんよ」
詩螺歩は今来た道を引き返し始めた。
「ううううううううううううう」
唸りながら。
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めんどくさっ!
詩螺歩は不機嫌極まりない様子で、まだ濡れている髪の毛をガシガシとタオルで掻きながら足早にプールへと向かった。
もしかしたら、もういないかもしれない。教官室の方が近いから、そっちへ先に行った方がいいかも。
詩螺歩はプールへと向かうのをやめて、教官室へ行くことにした。
もう、間違っても走ったりしないぞ。詩螺歩は自分に言い聞かせるように呟いた。
あ、でも今はズボンだ。しかも、もうスカートなんて穿かないか。というか、あたしには似合わないしね。
詩螺歩は自嘲するように、苦笑いを浮かべる。
分かってるよ。身の程はわきまえてるさ。うん。男子も男子だよ、あたしなんかほっときゃいいのに。芹崎のがよっぽど美人だし、綺麗だし、大人だし。頭良いし。うわ、悲しくなってきた。
親友を褒め称えるのはやめておこう。心臓がずたずたになりそうだった。
それから、詩螺歩は瀬臥に会った時に何というか考えるのに神経を集中させた。
えっと――、昨夜はありがとうございました。さっき返そうと思ったんですけど忘れてて、芹崎が忘れないうちに行けって言うからあたしは無理矢理しかたなく…
あ、あ――――――。ダメだ。なんか鼻につく言い方にしかならない。というか大人なんだからさぁ、あっちがもうちょっと大人な対応? をしてくれたら問題なしの『のーぷろぶれむ』なわけでぇ、あたしゃそう思う訳よぅ~。
着いた。
さぁ、気を取り直して。
ドアをノックする。
結局まぁ、何と言うかは全然決めてなかった。
「はいー」
中から気の抜けたような返事が返ってきた。
あれ? 瀬臥さんじゃないな。詩螺歩は瀬臥のジャージを握りしめた。
「どうぞー」
なかなか入ってこないのを見計らってかもう一度中から声がした。
まぁ、もしいなくても、伝え置けばいいか。詩螺歩はそう考えて、ドアノブに手をかけると力を込めてドアを開いた。
「失礼します」
運命じゃないの、の人だった。
弁当食べてた。
「あ、あ――――――――!」
いや、そんな大声出されても。というかソーセージ箸から落ちましたよ。
「津笈さん!」
「ど、どうも!」
詩螺歩は頭を下げた。
「あ、座って、ほら。あ、ぱんつ…ク! クシ、届いて良かったね」
その言葉に詩螺歩はギクリとした。
な、なぜ運命の人が知ってるんだろう。しかもこの人パンツと言わなかったか…?
「そ、それで今度は、どうしたの?」
詩螺歩のただならぬ空気を感じたのか、運命の人はわざとらしく話題を変えた。
「あ、えっと、瀬臥さんは…」
運命の人は、まだ戻ってないよと言った。
そうか、やっぱりプールかな。でもまぁ、この人に渡しとけばいいか。
「それよりありがとう」
「え?」
唐突に紡がれた感謝の言葉に詩螺歩は肩をビクリと動かした。
まぁ、俺が言うのも何かおかしいけど…と言いながらさらに付け加える。
「辞めないでいてくれて」
「あ、まぁ、えっと…、まね―の問題ですよ!」
「ふふふっ、まぁ理由はどうであれありがとう。津笈さんは良い子だね」
「…えひぁっ!?」
変な声が出た。
そ、そういうのはやめて欲しい! 褒められるのに免疫がないとこうなるのか。
詩螺歩は思い知ることとなった。
これからは芹崎に褒めてもらうようにしなければ。などと、ぐるぐるした頭で到底現実不可能なことを考えた。
「もうちょっとしたら来ると思うよ。妹さんに会ってるみたいで」
「は、はぁ」
詩螺歩は上の空で答えた。
あたし、良い子なのか。そうか、そうか。悪い気はしないな。
むしろ全然嬉しい――――
詩螺歩、絶賛! 調子に乗り中だった。




