ゴリラがイケメン美少女から健気に愛される世界線
ミリーナも王宮の交流会に顔を出していたらしい。
「わたくしが顔を出すこと自体、ご迷惑とは存じておりますが……」
顔を出さねばならぬのが家の事情である。
気になったから、実はひっそりと調べてはいたのだ。
毎度いろんな令嬢からつまはじきにされ、あまつさえ暴言を吐かれていること、時には暴力さえ振るわれていること。しかも家格の低い令嬢ですらそれに加わっているのも確認している。
見かけたときに必ず間に入っているとはいえ、全く関わりのない少女をつけ回して守り続けることもできない。
何より怖がられていると思っていたから、俺にこれ以上関わるのを踏みとどまらせていた。
だがしかし。唯一の美少女である。目の保養なのだ。目の保養は、幸せでいて欲しいではないか。
ということで、なぜ、家の方で彼女の状況に対処していないのかと、当然疑問に思ったわけだ。
そして発覚した、家でも粗雑に扱われているという事実。
伯爵家として、最低限の扱いはされていたようだが、外へ出たときに、取り繕えるのに必要なだけ、という感じのようだ。教師も付けられていたが、彼女の容姿が気味が悪いと、教師が深く関わるのを拒んだと言うこともわかった。
上二人の姉は、俺の記憶が確かなら、顔の印象が思い出せないほど、その他大勢のこの国の美少女達と同じくまるまるしてるし、家でも相応の令嬢としての扱いをされているようだ。
彼女だけ、容姿が醜いという理由でまともな教育も与えられず、虐げられていたのだ。
しかし、少し話せば彼女の教養はしっかりとしたものだとわかる。
さっきから俺は、彼女を家に送る手はずがととのうまで、暇つぶしがてらしょうもない雑談をしていたのだが、返してくる答えが専門的だったり、思いがけない知識を引っ張り出して話を合わせたりと、彼女の博識ぶりに感嘆した。
「そんなことまで知っているとは。君はアカデミーでも上位の成績を収められそうだな」
「とんでもないです。わたくしの知っていることなど、上辺だけの付け焼き刃ですから。でも、本が好きなので、家中の本を読みましたの」
「それはすごい。君の身に付いているから、話題として出せるのだと思うよ。真実付け焼き刃なら、俺はこんなに楽しく話せないよ」
「知っていることをお話しできるのって、とても、楽しいことなのですね」
彼女はうつむいてはにかんだ。
いや、マジですごいんだが。俺、あんまり頭よくないんだけど、そんな俺でもわかるように話してくれてるし。理解してないと無理なヤツじゃね?
「君は、本が好きなんだな」
「そう、ですね……。本は、わたくしを嫌わないから………」
こぼれた声は小さくて、最後は聞き取りにくかった。恐らく聞かせるつもりもなかったのだろう。うつむいたまま泣きそうに微笑んだ表情が、胸に突き刺さった。
人気のない王宮の庭の片隅で、二人並んで座り、とつとつとなんでもない会話をする。
けれど俺は、ここでなんとか決めたいと思っていた。
ミリーナ嬢救出作戦だ。
彼女を実家から引き離して、うちに連れて帰ろうと思っている。
できれば婚約者になってもらいたい。だが、話してみてわかったが、たぶん無理だ。彼女は自分に価値がないと思っている。むしろ存在自体が迷惑だとすら思っている。
そこにこの国一番の美形で家格もよくて評判の良いこの国最高峰の有望株な俺が結婚なんて申し込んでみろ。
……一発で全力で逃げられる。
平民で王子に見初められて、うれしいって結婚できるヤツって、頭おかしいぐらい、強心臓だからな?
俺でさえ王族と結婚とか、面倒臭くてしんどいもん。全力で逃げたい。ミリーナちゃんからすれば、俺との結婚とか、恐怖でしかないだろう。
だから、ゆっくり、じんわり、大丈夫だと刷り込ませなければならない。
となると、家から離す口実はなにがいいかな。
「ミリーナ嬢、うちで、働かないか?」
「え?」
「君の見識は素晴らしい。俺の仕事の手伝い……そうだな、事務官……いや、秘書なんてどうだろう?」
「秘書、ですか……?」
「ああ。こう見えて多忙でね。スケジュール管理も大変だし、調べ物なども毎日大量にある。事務仕事も結構あるんだよ。側に控えてくれる者がいると助かるんだ」
特に美人秘書がいるとはかどるな! 仕事もはかどるが、妄想もはかどって、大変良い!!
「わたくしなどが、そんな……!! とんでもないことでございます!!」
「なぜだ?」
「え? だって、わたくしは、人前に出られるような見た目ではないですし、あなた様の側にいるなど、許されるわけが……」
動揺も露わに、わたわたと必死に言葉を紡いでいる様子を見ながら思う。
ホントに、この子、かわいいな……。
こうさぎがもふもふの手でわたわたしているようなイメージが脳裏をよぎる。
いや、でも、イメージは白うさぎだけど、見た目の印象は子猫なんだよな。美少女系子猫が風呂に入れられて毛がペショッとなって、すごく悲しそうな顔をしているみたいなイメージだ。
そんなんかわいすぎだろ! かまいたいだろ!
ミリーナ嬢は家で大切にされていないせいか、全体的に貧相というか、手入れがあまりされていないのが見た目で伝わってしまう。なので、水に濡れてぺしょっとしてるみたいな印象がある。
だが、その憐れさがまたかわいい。悲しそうに、みゅうみゅう鳴いているみたいだ。
助けて欲しくて鳴いてるのに、近寄られると怖くて逃げたくなる、誰が味方か敵かわからない。だって全世界が敵に見えるから。
そんな感じの子だ。
そんなの、放っておけないだろ。かまいたくてたまらない。
でも無理に絡むと怖がられるから、お伺いを立てながら、ちょっとずつ、大丈夫だと思わせないといけない。
「ミリーナ嬢、俺は君の見識にも惚れ込んだんだ。正規の契約は君も怖いだろうから、ひとまずはひと月の仮契約でどうだ? 絶対に、君にとって悪いようにはしない。今後断ったとしても、君には不利益にならないように取り扱う」
「え、でも」
「なんなら、行儀見習いという形でもいいな。それなら家としても娘を働かせにいかせる、などという外聞を気にしなくてすむだろう?」
俺がガンガンに外堀を埋めていこうとするせいで、彼女はパニックになった様子で、声も出せずにあわあわしている。かわいい。
「ちょうどいい、馬車も来たようだ。送っていくから、そのまま挨拶に行こう!」
「え、えぇぇ……」
涙目だけど気にしない。
ひとまず、よくない環境から連れ出すのが先だ。そしてなにかを決めるのは、真っ当な環境が日常になって、落ち着いて考えられるようになってからだ。彼女が彼女自身を大切にできる未来を考えられるようになってから。先のことを決めるのは、それからだ。
今は、俺の押し付けた、いい環境の中に問答無用に来てもらうぜ。
酷い環境にいると、より良い環境へ行くことすら恐怖だろう。変化とは、それだけで恐ろしい物だ。自ら行動を起こす覚悟を持つのは、それだけで怖い物だ。
だから、一度無理矢理引き離す。
「ほ、本当に、私を雇うのですか……?」
「もちろん、行儀見習いでもいい。だが、それは、母の都合も聞かなきゃいけないから、ひとまずは俺の権限の範囲内になるから、秘書を頼む」
俺史上最高の笑顔を彼女に向けておく。真っ赤になった彼女がうつむいた。
イケメンゴリラ顔、すげぇ。美少女黙らせちまったよ。
馬車の中で、震える彼女の手をそっと握る。
「もちろん、君がうちには来たくない理由だとか、家を離れたくないだとか、仕事ができない理由だとかあったら言ってほしい。ちゃんと考慮する」
「あ……」
「だが、君が自信がないだとか、君が逃げたいだけなら、聞かないからな」
一瞬ほっとした彼女が、顔を青ざめさせて震えてうつむく。
きっと彼女は、今、ものすごく恐ろしいだろう。
今までは、自分を受け入れてくれない場所で、身を小さくして怖い物が去って行くのをじっと待つだけが身を守る手段だった彼女には、変化を受け入れること事態が恐ろしいだろう。きっと、自分に優しい人を信じることさえ、恐怖と背中合わせなのだ。
「大丈夫。俺が君を守るよ。伯爵にも俺が話を通す。大丈夫だから、心配しないで。一度、違う世界を見てみないか。君を悪く言う世界だけが、全てではないことを知ろう」
そう! 俺の隣とか!!
ハッとして彼女が顔を上げる。
俺が繋いだ手を振り払うことなく、彼女はおそるおそる俺の手を握り返した。
「……よろしく、お願いします」
「ああ、よろしく」
よっしゃぁぁぁぁぁぁ!!! 美少女秘書、ゲットー―――!!!!
選んでくれたからには、絶対に! 幸せにするからな!!
最高にうれしくなった俺を見て、彼女がふんわりとうれしそうに笑った。かわいい。
これは、この国一番の精悍な美男子と言われるイケメンゴリラな俺と、ゴブリン令嬢と呼ばれた彼女との、国中の話題を掻っ攫った恋愛物語の出会いの話だ。
おわり。




