第1話 勇者とギャンブラー
俺は信用できない語り手だ、それだけは覚えておいてくれ。
それを踏まえた上で、目の前の状況を説明していこう。
視界の隅には俺を中心に包む半透明に輝くドーム状の結界。
その外では金髪の勇者シャインが己の身長ほどもある長剣を振り回し、
魔王軍幹部の獣王グルガと激闘を繰り広げていた。
グルガの斧が大地に沈むたび地面が砕け、
シャインの剣が走るたび、空気を切り裂く音が此処まで届く。
そんな戦場のど真ん中というふざけた場所に結界は展開されていた。
猫のように乱れた黒髪を掻き上げて、
俺、デジは椅子に座り
中央に置かれたテーブルへ堂々と足を投げ出す。
色褪せたサイズオーバーの赤いパーカーと太めのジーンズは
この世界に来る前からのお気に入りだ。
その向かいでは、獣王グルガの補佐であり参謀の魔族、リゼルが
漆黒の法衣の上から腕を組み、こちらを睨みつけている。
結界内に閉じ込められたことの不満を隠そうともしない。
「人間、なんだこの結界は」
「デジって呼んでくれよリゼルさん」
「どうでもいい、それよりもコレはお前の能力か?」
「……それなりに名前売れてるつもりだったんだけどなあ、まだ甘いか~俺も」
「いいから説明しろ」
死闘が続く結界の外を気にしているようだ、このリゼルさんは。
俺とのギャンブルに集中できるかなこの人。
「シャインは勇者、俺はその仲間でギャンブラーっていう職業なわけ」
「……! お前か!勇者シャイン快進撃の秘密は!」
ああそうか、そうだ。
そういえばシャインと組んでから
アイツ、出会った魔王軍全員ぶっ潰してるわ。
全員死んでるなら、俺の名前が魔王軍に伝わるわけないか。
「まあまあ、どうでもいいからギャンブルしようぜ」
「……ギャンブル……賭け事か、
古では流行っていたと古文書で読んだことがある」
またこれだ。
この異世界に来てからというもの、ギャンブル?何それ?
これを何百回聞いたことか……。
人間はまだわかるが、悪の塊、魔王軍ぐらいはしろよ!ギャンブル!!
「人間……デジと言ったか、
私の頭脳をもってすれば賭け事だろうが負けることはまずない。
だが見てみろ、我が主グルガ様は圧倒的な力でシャインを捻じ伏せているぞ」
「そうだなあ、これは負けるなアイツ」
4メートル近くの巨大なオーク、
手に持つ斧も相当重く見えるが、
軽々と振り回してシャインの長刀を押し潰している。
何故か今回、この結界内ではお互いの生命力や強さが
ゲームのように数値化され、空中に表示されている。
それを確認すると……。
グルガ戦闘力7000、HP4500
シャイン戦闘力5000、HP3000
うん、逃げた方がいいかもなシャイン。
……だが、俺はギャンブルがしたいのだ。
「リゼルさんさあ、
……アンタ、魔王から言われてんじゃないの?」
これは俺の勘だが多分合ってる気がする。
「……俺に勝ってこい、と」
よく考えれば、この場は獣王グルガだけで何の問題もない。
頭脳明晰らしいリゼルがこの場にいる理由。
それはあの魔王が差し向けてきたと考えるのが妥当だとみた。
ここまでの反応からしてギャンブルのことは恐らく聞いていない。
ただ、俺の名前だけ教えられたのだろう。
……どうやら図星のようだ。
リゼルは顎に手を当て、俺の目を真っすぐに見てくる。
「その勝負、ギャンブルに負けたらどうなる?」
「何かを賭けてもらうからそれが無くなるぐらいかな。
ただそれとは別に、勝者特典として強力なバフを味方に付けられることが多い。
……結果的にリゼルさんの主君は死ぬだろうね」
つまり、俺とギャンブルして勝たないとマズいですよってことなんだけど
直接言うとプライド傷つけるだろうしなあ。
受けてくれるかな~、頼むよ~。
「……受けよう人間。ギャンブルを」
「!グッド!!素敵だアンタ!」
受けてくれた~、こりゃ楽しみだ!
早速、俺は派手に指を鳴らした。
パチンッという音と共にテーブル横へ
真っ黒なパーカーを着込んだ眼鏡少女が現れる。
可愛らしい顔つきに似合わず、手元には大きな鎌。
俺的にはギャンブルの審判ってお爺さんとかが理想なんだけどな。
「パラッパ~、審判者ジャジ子到着です!
毎回毎回デジさんアンタ、戦場でしかギャンブルしないんですか?」
「いや、結果的にこうなってしまっているだけで……」
審判者、ジャジ子と喋っていると
リゼルがこちらを睨みつけてきた。
しまった、結託すると思われてる。
まずいですよ、これは。
「リゼルさん、コイツ絶対に不正しないので安心してください」
「……信用できん」
「あ~そうなりますよね~。
じゃあこうしましょう!
リゼルさんがもし負けた時にジャジ子と俺に不正があったと思ったなら
俺の負けで構いません。俺はギャンブルを楽しみたいだけなんです」
横でジャジ子が頬を膨らませて怒っているが、
それに構わず続けていく。
「せめてギャンブル内容だけでも聞いていったらどうですか?
ジャジ子、絶対にお前が関われないギャンブルを提案してくれ!」
「あいあいさ~」
リゼルが未だ俺を不審な目で見ているが、
ギャンブル内容を見れば納得してくれる気がする。
……だってこの人、自分で私の頭脳をもってすればとかいうほどだし
「私は最初から決めていましたよ~この場に合った最適なものを!
テーマは、味方が受けるダメージ数を当てろ!
名付けて……ギャンブル『痛み、それは数値』」
むむ、これは面白そうな予感がする。
「早速ルールを説明しますね」
・基本ルール:結界外で戦うシャイン、グルガ。
それぞれの味方が次に受けるダメージ数を予測する
・それぞれが同時に数値を言い合い、それを合計3回戦行う
・各ラウンド、実際のダメージ数により近い予測をした方が勝利ポイント50を得る
・ダメージ数をピンポイントで的中させた場合、
ボーナス100ポイントと実際のダメージ数が加算される
両者、ピンポイントで当てた場合、両者にポイントが入る(勝利ポイントはなし)
・結界内の暴力行為禁止
・勝敗条件:3回戦が終わった際、より多くのポイントを持っている方が勝者となる
・勝者特典:勝者は任意の相手へバフ(強化・回復・恩恵)を与えることが出来る
その効果量は賭けたものに比例する
つまり、俺はシャインが受けるダメージを予測。
リゼルは獣王グルガが受けるダメージを予測するってことか。
その予想で勝敗を競うわけだ。
だから今回、結界内でステータスが丸見えだったのか。
これなら、リゼルさん受けてくれるだろうな。
さあ、その答えはいかに。
「……受けよう、人間」
なんかビックリするぐらいニヤけてる。
これは相当自信あるとみた。
「ありがとう!リゼルさん!やっぱりアンタ最高だ!」
「ではでは、お互いの同意を得たことですし、
それぞれ何を賭けますか?」
俺は当然のように即答した。
「命を賭けるよ」
「ほう」
うん、この人やっぱり頭いいわ。
命を賭けるって聞くと普通驚くんだけど、
リゼルは顔色一つ変えない。
今の状況をよく理解しているってことだ。
「戦闘でグルガ様の方が押している以上、
このギャンブルで勝たねば生きて帰れない、
負ければどちらにせよ死が確定する。
ならば命を賭けようが状況は変わらないということだな」
「……で、リゼルさんは何を賭けるの?」
「私は勇者の戦闘力を上げる必要があるお前と違い、
現状維持さえ出来れば問題ない。
つまり、何も賭ける必要がない。
ただ、そうだな……この漆黒の法衣を賭けよう」
「おお、カッコいいもんね、その服。
ただリゼルさん……ギャンブルはリスクを取らないと勝てないよ」
「戯言を、さっさと始めろ」
う~む、ギャンブル初心者だから助言しているのに
全然聞いてくれない。
「では、互いの賭けるものが決まったところで早速始めましょう!
ギャンブル『痛み、それは数値』!!
まず、1回戦!5秒後に数値を同時に告げてください!
5、4、3、2、1、どうぞ!」
「20」
「1」
俺が20。リゼルが1。
HPからみれば、お互いに低めの数値を提示したことになる。
「それでは現時点からお互いのダメージ数が出るまでは
外の戦いを観戦しましょう!」
ジャジ子が楽しそうに告げると、
俺達は黙り込んで結界外を見守る。
静寂が訪れた結界内とは違い、その外は文字通りの戦場。
獣王グルガの斧をシャインが剣で受けるが、
威力を吸収されずにダメージを受ける。
その数値は「30」
「お、出ましたね。勇者シャインが受けたダメージは『30』
よって予測した数値『20』との差異は『10』となります!」
「う~ん、惜しい!
ここまでの戦いでガードしたら20ぐらいのダメージだったのになあ。
グルガさん、もしかして今まで本気で戦っていなかった?」
「……」
無視するリゼルを他所に死闘は続いていく。
シャインは斧をガードした後、一歩後ろへステップし即座に切り返した。
グルガはそれを斧で受けようともせず、
ただ、己の身体で剣撃を受け入れている。
減ったダメージ数は『1』
「おお、お見事。予測した数値『1』と合致しましたね!
ピンポイント的中でボーナス100ポイントにダメージ数1、
更に勝利ポイントの50を加えて、リゼルさんに151ポイントが加算されます!」
「……やるじゃん、リゼルさん」
「当然だ」
本当に素晴らしいよ、切れ者だこの人。
「受けたダメージ」の数値を当てるゲームである以上、
回避などの『0』は対象外となる。
つまり最小数値は『1』となる。
先ほどの俺が外した数値を考えても、
外で戦っているグルガはまだ本気を出していなかった。
つまり本気を出せば、最小単位近くになるとこのリゼルさんは読み切っていたんだ。
「どうだ、人間。頭脳で私に勝てるわけがないのだ」
「だからデジだって。まだまだ勝負は1回戦でしょ」
「その通りです!では続いて2回戦へ行きましょう!
5、4、3、2、1、どうぞ!」
「1」
「30」
リゼルは再び『1』、俺は先ほどの数値を修正して『30』
結界外のシャインはその答えを聞いて苦い顔を、
グルガは大袈裟なまでに口角を上げているのがここからでも分かる。
グルガが斧を振りかぶり、振り下ろす。
シャインは全力でガードしようと剣を両手で握り込むが、
斧はシャイン横の空間へ振り下ろされた。
意表を突かれたシャインの目の前に
グルガの指が迫っていた。
パチッ
巨体に似合わず、小さな小さな音を立てた攻撃は「デコピン」
シャインのHPが1減っていく。
「おおっと、これは驚き!なんとシャインさんの受けたダメージ数は『1』だ!」
「おいおいおい、魔王軍がデコピンなんてするなよ!」
「普通に戦えば我々の勝ち、このギャンブルとやらに負けさえしなければいいのだ」
この結果を受けてシャインは必殺技を構える。
そう、俺が29もの差異を出したこの2回戦。
逆に30を超えるダメージをグルガに与えれば、この2回戦は俺の勝利となるのだ。
「受けてみろ獣王グルガ!これが俺の全力だ!
……我は勇者……剣は魂……身体は光……グハッ!」
必殺技の詠唱中にグルガの拳がシャインの鳩尾へ食い込んでいた。
シャインのHPが勢いよく、残り1015まで減っていく。
「だからお前一人の時はその必殺技決まらないんだって、
何回言えば気が済むんだ、アイツは」
俺が呆れている間にシャインの体が派手に吹き飛ばされた。
倒れ込んだシャインへグルガが近づくと手元の剣先を軽く触る。
血は出ないがグルガのHPが『1』減っていく。
「こんな手がありましたか!グルガさんが受けたダメージは『1』です!
つまり2回戦もリゼルさん勝利!151ポイント獲得です!」
「どうするのだ人間?これで私は合計302ポイントだ」
「シャインの奴、馬鹿だからなあ。
それに比べてアンタの上司しっかりしてるなあ、そんな風には見えないけど。
……もしかしてテレパシーとかで作戦伝えてる?」
「だとしたらどうする?」
「いやいや、全然OK!
折角の異世界ギャンブルなんだから何でも使ってよ!」
そう、恐らくここまでリゼルはグルガへ
異世界ならではのテレパシー能力などで作戦を伝えていたのだろう。
1回戦は「本気になってください」と
2回戦は
「まず少量のダメージを与えてください。
その後、シャインが大技を出してくるのでその隙に攻撃し、
動けなくなったシャインから最小のダメージを受けてください」と。
まあ、そんな感じじゃないかな?
結果、結界外でグルガが優勢、
結界の中でもリゼルが優勢となっている。
……いいね。
「ではでは最後となる3回戦へといきましょうか!」
ジャジ子が両手を掲げて笑顔を作る中、リゼルが静止に入る。
「待て、もうほぼ決まりだろう、これ以上必要あるか?」
その言葉を聞いて俺はヤレヤレと手のひらを上へ向けた。
「リゼルさん、ギャンブル漫画読んだことないでしょ?
教えてあげますよ。
大体、こういうのは最初負けてる方が最後に勝つんです」
「ほう、どうやってだ?」
「え~それ言っちゃったらネタバレになるでしょ。
ただなあ、この世界、ギャンブルって言葉が実質ないわけだしな~。
特別ですよ?もう一度だけヒントあげます。
……ギャンブルはリスクを取らないと勝てない」
「……」
リゼルは思考する。
リスク、危険。
それを取らないと勝てない……。
今の危険とはなんだ?
……よく考えろ。
今、私のポイントは302点。
負けた方が1ポイントも入らない性質上、
奴が勝つには、ピンポイントで153以上のダメージ数を当てなければならない。
(ピンポイントボーナス100ポイント+勝利ポイント50+153ダメージ=303ポイント)
シャインが受けるダメージ数である以上、
私からグルガ様へ手加減を、と一言伝えればそれで終わる話。
だが、もし奴に何かしらの秘策があり、
大量のダメージ数をピンポイントで当てた場合、
引き分けでも両者にポイントが入るルール上、
私はそれを超えるダメージ数を当てなければならない。
……待て、それが奴の狙いではないか?
例えば、私が「グルガ様が受けるダメージ1000」と答えた場合、
当然グルガ様に大ダメージを受けるよう伝える。
その結果、結界外の戦況がシャイン有利へと大きく傾く。
仮にこのギャンブルに負けたとしても、
グルガ様を倒せば全てが解決する。
命を賭けるとこの人間は言ったが、
それも何らかの免れる手段があるのではないか?
……ならばこれまで通り、ダメージ数1で答えれば問題ない。
……くだらん、恐らく奴は今まで脳みそが筋肉で出来ているような
魔王軍としかギャンブルを行ってこなかったのだ。
だからこそ圧勝できた。
調子に乗って私に勝負を挑んだところ、正攻法で負けてしまった。
だから、最後の悪あがきで私の自滅を狙っているのだろう。
「え~っと、そろそろ最後の勝負を始めていいですか?」
「リゼルさんが良ければいいよ」
「……構わん、早く始めろ」
「では、いきましょう!3回戦!
5、4、3、2、1、どうぞ!!」
「1」
「1015」
なんだその数字は?
……。
シャインの残りHPは……1015。
待て待て待て、コイツ。
相方が死ぬといってるのか。
私からグルガ様へ手加減を、と伝わっている以上、
その結果にはならないが……。
「というわけだ、シャイン」
結界の向こう、勇者シャインが笑っている。
とてつもなく嫌な予感がする。
(グルガ様、手加減ですよ)
(わかっている)
「デジ、お前を信じるぞ!勇者の名に懸けて」
次の瞬間、シャインがグルガ様の斧へ自ら頭突きをしていた。
「!!」
勇者シャインの頭はパックリと割れ、
脳みそが結界内からでもわかるほど地面へ落ちていく。
「勇者シャイン、受けたダメージは『1015』!
ピンポイントで当てたことにより、
1015ポイント+100ポイントの1115ポイントGET!
リゼルさんがピンポイントで当てても勝てない為、
デジさんの勝利が確定致しました!!」
人間……デジ、コイツは想像以上に狂っている。
相方が死ぬという答えを出したと思っていたが、
実際には違った。
コイツは、相方に死ねと言ったのだ。
そして、それを受ける勇者もどこか壊れている。
こいつ等は……こいつらは……。
「楽しかったよ、リゼルさん!」
「お、お前は……勇者が死んでもいいのか!?」
「このギャンブルは俺の命を賭けていた」
勝者には、賭けたものに比例する強力なバフの権利が得られる。
つまり……。
脳みそを垂れ流し、ほぼ死んでいた勇者シャインが眩い光に包まれる。
そして、何事もなかったかのように満開の笑顔で立ち上がっていく。
「な、これは生命への冒涜だ!」
「魔王軍が何いってんの?」
「大体……仲間の死をなぜ平気で賭けられる!?」
「だから死んでないって」
そういうと俺はシャインへと景気よく手を振る。
長剣を手に持ったまま、死んでいたはずのシャインが笑顔で返事をした。
気づけば、結界と眼鏡の審判者も消えていた。
「リゼルさんさあ、頭いいなら分かるよね。
この勝負、本当はアンタたちが勝っていたって」
「……」
「シャインよりもグルガの方がHPが多かった。
つまり同じことをすれば俺達は必ず負けていた」
「……私はお前たちのように狂っていない」
「はいはい、
最初に言ったよね不正があったら言えばいいと。
アンタは内心負けを認めている」
話している間に圧倒的バフを手に入れたシャインが
獣王グルガを両断している。まさに瞬殺。
その光景をリゼルが見届けると、膝から崩れ落ちていく。
「リゼルさん、アンタ――不合格だ」
いい線いってたんだけどな。
俺はこれまでもこれからもギャンブルを求めていく。
剣と魔法、勇者と魔王が存在するこの世界で。
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