レミリアの無能スキル
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「こんなのはありえません。……お嬢様、あなたは一体、何者なのですか」
「えっ、どういうこと?」
魔王城の中庭に、まばゆい陽の光が降りそそいでいる。空には薄紫の雲が、ゆっくりと流れていた。
驚愕の光景を目の当たりにして、その場に尻餅をついたまま、侍女のルーナが大きな黒い双眸を見開いた。けれども当のレミリアには、彼女が何にそこまで驚いているのかがわからない。
「魔界において、魔族が陽の光の下を歩くなど前代未聞です。お嬢様、これは魔界の常識を覆す一大事ですよ」
「そ、そうかしら? ……人間界では、特に何の役にも立たないスキルだったけれど」
レミリアは肩をすくめてみせる。
しかしルーナは、なおもレミリアの肩を掴んだまま、迫真の顔で迫った。
「これは一大事です。すぐに魔王様へご報告しないと――」
「ちょ、ちょっと待って」
レミリアが呼び止めたときには、ルーナはもう立ち上がっていた。
そのままくるりと背を向けて、城の中へと駆け込んでしまった。
***
都の中央に据えられた王城。外門の塀と王城の外壁に挟まれた一角に、広い競技用のグラウンドがあった。樹木や障害物を取り払い、平らにならされたそこには、一面に青々とした芝が敷かれている。
その広々としたグラウンドで、この日も異母兄姉たちが魔法の訓練に励んでいた。
「烈火球」
「水防壁」
兄姉たちはそれぞれペアを組み、グラウンドのあちこちで模擬戦を繰り広げている。
長兄のレカルドが放った鋭い火球が炸裂すると、それを阻むように、姉のレーネが水の防壁を展開して攻撃を食い止めた。レミリアはその様子を、グラウンドの端にある木陰に座って眺めていた。――その時。
「レミリア、危ない!」
グラウンドの方から叫び声が上がる。はっと顔を上げたときには、砕けた烈火球の欠片が、こちらへ向かって飛んできていた。
慌てて横へ飛び退く。直後、さっきまでレミリアが背をあずけていた木の枝が、火球の欠片に打たれて黒く焦げた。
「怪我は無いか?」
「な、なんとか大丈夫です」
「……まったく。あなたは防御魔法もろくに使えないのだから、外へ出てくるなと言ったのに」
駆け寄ってきたレカルドの横で、姉のレーネが鬱陶しそうにため息を漏らす。
「危ないから、もうあっちへ行ってなさい」
「ご、ごめんなさい」
そう言って、レミリアはすごすごとグラウンドから離れていった。
***
「はあ……私も兄姉たちのように、もっと有用な魔法をたくさん使えれば」
グラウンドに背を向けて、とぼとぼと王城の方へ向かう道すがら、レミリアはポツリと呟いた。
――この国には、魔力を操る者が存在する。
レミリアもまた魔法に目覚めた。けれども、彼女が発動させることのできる魔法は、きわめて珍しく、また活用に乏しい〝無能スキル〟だった。
「今日も日差しが強いわね」
空には雲ひとつない青空が広がっていた。真夏のこの王国では、連日強い日差しが照りつけていて、歩いているだけでも額に汗が滲む。
不意にレミリアは照りつける陽光へ向けて腕をかざすと、自身のスキルを発動させた。
「陽光遮断!」
途端、透明な見えない幕が身体を包み込み、じりじりとした熱がやわらぐ。
いま発動した陽光遮断は、自身の周りにバリアを張り、強い日差しから身を守る。ただそれだけの魔法だった。他者を攻撃することも、逆に何かの魔法を防げるわけでもない。あまりに使い所の見出せないスキルなので、周囲からは鼻で笑われていた。
現在レミリアが発動することのできる魔法は、この陽光遮断ともう一つの、たった二つきりだった。
どちらも大して役に立たないので、レミリアは先ほど兄姉たちが行っていたような魔法訓練には参加できない。
レミリアは国王のもとに生まれた王女でありながら、他の王子・王女たちからは落ちこぼれとして扱われ、除け者にされて育ってきた。
――パアァァ、ン。
不意に、王城の露台から高らかなラッパの音が谺した。この日、国境付近へ公務に出ていた国王陛下の、帰還を告げる合図である。
兄姉たちを追うようにして、レミリアも王城へと入っていった。
***
「父上。魔族との和平対話のご公務より、ご無事のご帰還、お慶び申し上げます」
夕時、晩餐会場には国王の帰還を歓迎するために、王の近親者たちが集っていた。
会場を代表して、長男のレカルドが国王へ挨拶を述べる。
「皆、息災であったようだな」
国王は中央の椅子に深く腰掛け、食前酒のグラスに口をつけながら満足そうに微笑む。
「――して父上、この度の魔族との和平対話は、いかがでございましたか」
「うむ。百年ぶりにひらかれた魔族との会談は、つつがなく運んだようだ」
この国の北の果て、荒々しい山脈に隔てられた国境の向こうには、魔界と呼ばれる魔族たちの住む土地が広がっている。
およそ千年前、人間と魔族はお互いに争い合っていた。しかし、長引く不毛な争いに疲弊した両陣営は、あるとき停戦を持ちかけた。そして、話し合いの末に和平条約が結ばれる。条約により、魔族と人間は原則として交わらず、百年に一度、こうして和平会談が行われることになったのだ。
「魔族どもは、相も変わらず野蛮で凶暴な種族よ。しかし、再び争いを繰り返さぬためには致し方あるまい。……奴らめ、和平関係の増強のためと称して、我らに縁談の話を持ちかけおったわ」
「縁談、ですか?」
思わず、レカルドがつぶやく。すると、国王と王妃は少しだけ意味深に眉を寄せた。
「うむ。この度の会談で、魔族との和平条約をより強固なものとするため、我が王家から一人、魔王の花嫁として差し出すこととなった」
「なんですって!」
予想だにしない事態に、周囲にいた兄姉たちは顔を見合わせる。
すると、国王は食卓の末席に座っていたレミリアの方へ、ゆっくりと視線を向けた。
「レミリア。おまえは魔王との縁談を取り持つため、魔界へと嫁いでもらう。これも魔族との交戦を避けるためには致し方ないことだ」
「そ、そんな……」
国王陛下の一言が響き渡る。
晩餐会場は息を潜めたように、しん、と静まり返った。
「明日、朝一の馬車で王城を発ってもらう故、その心づもりをしておくように」
まるで死刑宣告とも取れる命令。しかし国王陛下がおっしゃった以上、拒絶することが叶わないことは、レミリアにもわかっていた。
レミリアは、兄姉たちの中で唯一、王妃さまの実の娘ではない。彼女は国王がどこぞの娼婦との間にもうけた、いわば落し子であった。
生まれてまもなく母を亡くしたレミリアは、王妃さまの慈悲をもって王城に迎え入れられた。しかし、その扱いは他の兄姉たちとは明確に劣る。
加えて、レミリアは彼らのように魔法の才能に恵まれなかった。
このことから、国王と王妃がレミリアを魔王のもとに差し出すことに、さほど抵抗を感じていないことが見て取れた。
「……かしこまりました、国王陛下」
ややあってから、意を決して答える。
周囲からも、特段の反対の声は上がらなかった。
(国王陛下と王妃様にとって、私はお荷物のようなもの。兄姉たちにとっても、これは好都合だと思ったに違いないわ……)
半分は卑しい下民の血が流れる私のことを、陛下も持て余していたに違いない。魔界へ差し向ける花嫁なんて、王家の血さえ引いていれば誰でもいいのだ。王妃様も、実子を差し出さずに済んでほっとしているのだろう。
悲痛な思いに苛まれながらも、レミリアはこれを受け入れるしかなかった。




