夜を裂き 君を守らん 明星は 花の願ひを 朝へ導かむ
家路に戻りながら、足元がおぼつかない
俺は…
部屋に戻っても、胸の奥が痛い
夕顔の言葉が、まだ耳に残っている
『私は、原典の夕顔ではない
あなたが照らしてくれなくても、歩ける』
俺は夕顔に、何を言わせてしまったのだろう
『君が、その恐怖の中で一人きりだったことだ』
『君が一人で恐れていたことが、俺は…何より怖かった
でも、君は独りじゃない
俺がいる
だからもう、一人で抱えなくていい』
夕顔を一人にしないと、そう言ったのは、俺なのに
なのに――
『でも、俺は…
俺には…家の務めがある
右大臣家の子として生まれた以上、背負わなければならないものがある』
『未来を約束できる立場じゃない
君を縛るような言葉も言えない
君を政治に巻き込みたくもない』
『けど…』
『君が望むなら…俺は、ずっと君の傍にいる』
『願いでしかない
君に応えてほしいとも言えない
ただ…これが、俺の正直な気持ちで』
俺の曖昧な言葉が、俺の弱さが
夕顔を…傷つけた
胸が痛む
恥ずかしさが込み上げる
後悔が喉を締めつける
唇を噛み、拳を握る
爪が掌に食い込む
ダサ…
その瞬間、目の前が爆ぜ、背筋に電流が走る
『死ぬのが…怖いの…』
あ…
『好きになったら…死ぬかもしれない…
私は…死にたくない…
死にたくないから、ここまで生きて来た…
だから…暁に優しくされると…怖くて…
どうしたらいいか、わからなくなる…』
『あなたの事を、好きにさせないで…』
夕顔は…
夕顔は…源氏の君との恋で…死ぬ
例え…怨霊がいなくても…
この世界は、女を孤独にする…
正妻の影に追いやられた女は
静かに、誰にも気づかれず
闇に溶けていく
俺が夕顔を側室にした瞬間、その未来は始まる
夕顔は、原典と同じ道を歩む
俺が曖昧でいる限り
夕顔は…影に落ちる…
『君が望むなら…俺は、ずっと君の傍にいる』
『でも…あなたが照らしてくれるなら…
きっと今よりも、ずっと歩きやすい』
夕顔…
『俺は…
夜と朝の境に立つ、薄明の光』
『夕闇に咲く薄命の花を、散らさぬよう…守るために…』
俺は…
花を散らせてはならない
夕顔を守るために
夕顔を孤独にしないために
花を、散らさぬために
そして――
原典の悲劇を、絶対に繰り返さないために
「夕顔を…正妻にする」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥の迷いが、すっと消えた
夕顔を政治に巻き込みたくない…ではないんだ
俺は
夕顔を正妻にしなければ…夕顔を守れない
部屋を出ると、夜の空気がひやりと肌を撫でた
曖昧なままではいられない
言葉にしなければならない
行動にしなければならない
夕顔を、守るために…
夜の廊下をまっすぐに歩き出した
足音が静かに響く
迷いは、もうない
向かう先は――夕顔の家




