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冬の陽に 触れぬ想ひの 影揺れて 泣く君置きて 道を戻らむ
俺はその場で固まった
夕顔の涙が、冬の光にきらめいている
それが頬を伝い落ちた瞬間、息を呑んだ
俺は一歩、夕顔に近づく
「夕顔…」
夕顔は俯いたまま、肩を震わせている
抱きしめたい
泣かせたくない
守りたい
その衝動が、一気に胸の奥からせり上がり
夕顔の肩に手が伸びる
その瞬間、夕顔が顔を上げた
涙で濡れた瞳が、俺を真っ直ぐに見つめる
「死ぬのが…怖いの…」
伸びかけた手が、ぴたりと止まった
夕顔は掠れる声で続ける
「好きになったら…死ぬかもしれない…
私は…死にたくない…
死にたくないから、ここまで生きて来た…
だから…暁に優しくされると…怖くて…
どうしたらいいか、わからなくなる…」
胸に、鋭い痛みが走った
そうか…
そうだ…
夕顔は…原典で死ぬ運命だった人物
夕顔は…死を恐れている…
抱きしめたら、夕顔は壊れる…
ゆっくりと手を下ろした
「夕顔
君が、死を怖がっているのなら…
俺は…これ以上、近づけない」
夕顔の目が揺れる
「夕顔を追い詰めるつもりは…ない
だから…今日は帰る」
俺は一歩、後ろへ下がる
「夕顔が、怖さを感じなくなる日が来るなら…
その時は…また話をさせてほしい」
夕顔は何も言わなかったけど
涙だけが、静かに落ちた
俺は深く頭を下げ、冬の冷たい空気の中へと踵を返す
頬に粉雪が当たると
直ぐに溶けて水となり、頬を伝った




