第5話 世界最高峰の模擬戦
『シュルル!』
「いやぁぁ!! 酔う! 酔っちゃう! ゲロをまた吐いちゃうぅ!」
「だう!だう!」
「アハハハ! そうですね。凄く早いですよね。シオン君!」
現在、私達は原初白蛇に乗りながら、原初白蛇の固有能力『無喰』で造り出された道を辿り極東のヒノ国へと向かっています。
「極東のヒノ国って……たしか神性が濃く残る国よね?……うっ! オロオロオロオロ……」
シェリーのおゲロが空に舞ってますね。大変汚いですね。
「流石、シェリー、見事なゲロゲロですよ。それと安心して下さい。もう少しでナルカミさんの〝守護領域〟に着きますからね」
「……守護領域?……それてたしか支配者の許可なく入っては行けない場所じゃなかった? セレンティシア様」
「おや? シェリーは意外と博識なのですね。そうです。基本的にはその地の支配者にコンタクトを取って、正式な許可をもらう必要があるんですけど。私とナルカミさんはマブダチなのでなんの問題もありません。このまま進みましょう」
「おぅ!」
「……いえ。問題だらけだと思うんだけど。そんな勝手な事したら……来るわよね? その守護領域の支配者が」
シェリーのその一声が切っ掛けだったのかは分かりませんが。突然、空が暗くなり、周囲が悪天候になりましたね。
大雨と落雷が嵐の様に私達を襲って来ますよ。
「うぉう!」
「わぁ〜! 良い反応ですね。シオン君、流石、私の愛弟子候補ですよ。こんなヤバイ状況なのに大はしゃぎなんて、なんて大物なんですかね」
「竜星の一族は天候が変わるのを慣れているもの……うぅぅ……気持ち悪いけどしっかりしなくちゃ。この子の為にも……シオン。私の背中にしっかり捕まってなさい。来るわ」
「あぅ?」
いつもアワアワしているシェリーの様子が変わりましたね。真面目な顔で曇天と化したヒノ国の空を眺めています。
「シェリーも分かるのですね。強者が現れる前兆を」
「あんな殺気を放たれていたら、嫌でも分かるでしょう……どうするの? セレンティシア様。あんな怪物を呼び寄せるなんて、私達。まだまだあんな人を相手にできないわ」
「それならご安心下さい。あの方の相手は私だけで相手をします……シオン君にこの世界での最高峰の戦いを魅せてあげたいですからね」
(何を世迷い言を抜かしているか。厄災の夢魔……数年振りに来たと思えば、勝手に人様の守護領域に侵入しおって。許されると思っているのか? 『雷霆』)
「おやおや。凄くやる気みたいですね……ナルカミさん。お久しぶり……」
私が挨拶をしようとした瞬間でした。曇天の中から万雷の群れが私達を襲ったのです。
◇
《ヒノ国 天島 鳴神社 上空》
万雷の雷鳴が曇天の上空を舞っている。その万雷の全ては、万能の魔女と竜星の親子に注がれ続けていた。
「………………ちっ! 無傷かよ」
「『絶対防御』ですよ。ナルカミさん……いきなり攻撃してくるなんて酷いじゃないですか」
「何が酷いだ。化物め……無傷だろうが。そんな弱点丸出しのガキ共を引き連れて余裕こいているな。セレンティシア!!」
黄金の雲に乗り、片手には極東宝剣『幻刀』を持つ青髪の青年。この人物こそ、極東のヒノ国の雷将軍・鳴神ノ尊である。
「相変わらずの大声ですね。ナルカミさんは、お耳が痛くなりましたよ」
「……あれが原初の黄雷に数えられる、ナルカミノミコトなの?……なんて魔力の重圧。睨まれただけで気絶しそうだわ」
「ばぅ……」
竜星の親子はナルカミを見ながら、意識を朦朧とし始める。
「おっと。いけませんね……シェリーとシオン君がナルカミさんの神性に当てられちゃってますね。『浄化聖域』」
万能の魔女セレンティシアは竜星の親子の身体と精神を守る為に、強制的な守護領域を展開。これにより、鳴神ノ尊の守護領域は万能の魔女が造り出した『浄化聖域』により上書きされる。
「相も変わらずデタラメな力を使いやがる。この場の主でもない分際で、この場の主の力よりも強き力で抑え込むか。セレンティシア!」
「ナルカミさんが、私の大切なメイドさんと愛弟子候補君にちょっかいをかけるから、いけないんじゃないですか。この子達を廃人にでもしたいんですか?」
「あん? 愛弟子候補だと?………なんだまた新しい弟子を取ったのか?………竜星の赤子か。珍しい者を手に入れたな。力と才もそれなりにあるのか。気に入った! その珍しい赤子は俺に寄越せ、新たな雷将軍として育てあげてやる。大切にな」
ナルカミノミコトはニタリと笑った。才ある赤子を手に入れられると思い、心の底から笑った………竜星の親の意思など関係なく、そ力と才ある赤子を奪う事に決めたのだ。
「ばぅ?!」
「な、何を勝手な事を言ってるの?! そんな事、私が許すわけないわ。この子は、シオンは、セレンティシア様に魔法を教えてもらう事が既に決まっているのよ」
シェリーが捲し立てる様に、ナルカミノミコトに抗議している最中、バチッと雷光が一瞬だけ放たれる。そして、次の瞬間、ナルカミノミコトの左手にシオンの身体が乗っていた。
「どぅ!」
「ほう。この赤子はシオンと言うのか? 良い名だな。それに俺の雷手に乗っても泣きもせずに睨んでいるとは、肝も座っている様だな。ますます気に入った……セレンティシア。此度のお前の不法の来訪、この才ある赤子の献上で手を打ってや……」
「悪いけど。その子は私の愛弟子候補君だからね。返してもらいますよ。ナルカミさん……『水燐瀑布』」
セレンティシアは何の躊躇いもなく、世界の禁忌魔法として指定されている『水燐瀑布』を発動。
その禁忌魔法はナルカミノミコトが造り出した悪天候の全てを巻き込み吹き飛ばしたのだった。
「……赤子を取り戻す為だけに水魔法最大の技を使うか……これだから狂った魔女との戦闘は好かんのだ。お陰で体の半身を失ったわ」
万能の魔女が放った極大級の魔法に巻き込まれたナルカミノミコトは地上の小さな島へと落下、万能の魔女はナルカミノミコトが一瞬だけ意識を失った瞬間に瞬間移動でシオンを救出した。
「あぅ!」
「はい……今のナルカミさんはかなりグロテスクな姿をしているので、目隠しさせてもらいますね。シオン君……それとこれが世界最高峰の戦いです。ちゃんと眼で魅れましたか?」
「おぅぁ!」
「シオン! 無事で良かったわ。心配させないで!」
「ごぁ?!」
セレンティシア達を追って原初白蛇に乗ったシェリーが小さな島へと合流し、そのままシオンを力強く抱き締めた。
「そうですか……それなら良かったです。私もほんの少しだけ本気を出したかいがありましたよ。シオン君……そして、それとは別に私の愛弟子候補君を拐おうとした。ナルカミさんには罰を与えましょう」
「何だ? セレンティシア。俺に何をする気だ? 心配しなくても後、数分すれば俺は全回復し。貴様をぶち殺す……もがぁ?!」
セレンティシアはそう告げると瀕死の重傷を負ったナルカミに癒しの薬ととある秘薬を同時に飲ませた。
ゴクンッ!!
「なんじゃこりゃあぁ?!! 大胸筋がふっくらし始めたぞ?! 俺に何をしたあぁ! セレンティシア!」
「女体化の秘薬ですよ。ナルカミさ……じゃなくて、もうナルカミちゃんでしたね……そして、丁度。この場での用事も済んだので、原初白蛇の固有能力『白道』で家に帰らせてもらいますね。さようなら、親友のナルカミちゃん。また会う日まで〜!」
「ばぅ!」
「あら? 身体が薄くなっていく? 何よこれ?」
「ま、待て! くそセレンティシア!! 俺を男に戻してから帰れぇぇ! 俺の逸物を返せえぇ! クソ魔女おぉ!」
極東の雷将軍ナルカミノミコトは、今後は女の子として生きていく事がここに決まったのだった。




