7月5日
「どうやら7月のいつかに何かが起こるらしい」
「突然どうした。どこ情報だ、それ」
「インターネット。の予知夢。だったか?」
「あぁ、あれのことか」
噂をすれば何とやら、指差しで当て嵌まる如何にもな婆さんが白装束で錫杖を鳴らし、何処で幾らで雇われたのか、覚醒していた。
「日本が終わる! デビルハンターが神を悪魔と看做し、怒らせたのだ! 粛清を、今使者が参られる。全てが葬り去られるのダァ‼︎」
有象無象の大勢の群衆を率いてそう仰る。
「ハァ――よく他人の寝言如きに耳を貸す」
「みんな寝惚けた人生を送っているからさ。俺たちもそう変わらないだろう」
「死に際の走馬灯と比べんじゃねぇ……ッ」
「そう、だな」
「こんな乱世でまともな最期は飾れない。況してや自分の意志を捨て去る弱え奴にはな」
「ぁぁ」
皆が皆、死人に並ぶ面構えで横切っていく下段と上段で。俺らは今、黄昏時に対悪魔本部の前の短な石段で休憩がてら屯っていた。
「今日は無事に帰宅できた奴が多いな」
これも一種の平和なのかもしれない。
「或いは嵐の前の静けさ、か」
揺すり起こした猫譲りの背中が体勢を立て直した瞬間、欠けた視界がある物を捉えた。
「俺の見舞いに来てくれたのか」
「偶然、両手に花(束)だが、お前の分は無いぞ。態々、生者に情けをかける必要はない」
花びら一枚くれそうにない。痛みを匂いで誤魔化したかったが、叶わぬ願いのようだ。
「まぁ、その花じゃ死者も喜ばんだろうが」
「……? さっきの、それは本からか」
「あぁ」
「いつ頃だ」
「まだ見慣れた天井を見る前に」
「……。お前らで幾ら儲かったんだろうな」
「そりゃたくさんだろ」
「たくさんか、羨ましいよ」
日で億を稼ぐ男が言う台詞か。
そんな嫉妬心があらぬ方へと飛び、
「もう何年も病院の世話になってないだろ」
「あぁ、俺はな」
沈黙を招いた時、一滴の雫が滴り落ちる。
間。
「泣いてるのか?」とは、俺には言えず、
ただ、血も涙もない鬼にも心はあったのか。と、感情に浸るばかりで。
「チッ」
「ハンカチ貸そうか」
「真っ赤に染めても構わないなら」
「あぁ、別、血。は?」
「鼻血出して悪いか」
「お前ともあろう奴が⁉︎」
「少しばかし選択を誤ったんでな」
「そ、それは」どっちだ。
最終的に手の甲で大雑把に拭い、又しても続く会話。
「この世界、神か悪魔か、ブリカスが関わると碌なことが起こらねぇ」全く以って同意。
味気ない会話に口直しをするように煙草を咥え、高らかな金属音を奏でて身を染める。
「ッッ、フーー。話を戻すが、この一件。一枚噛んでいるのが此処内部にもいるそうだ」
「残念ながら暇人の戯言だ」
「そうか」
奴の前で嘆息を漏らして一拍を置けば、
「だが、この機会。乗らない理由はない」
不潔極まる煙がふさふさな逆鱗に触れたか、
「人死にの催しは勘弁」慌てて拒んでも――
「ある程度の譲歩はしたつもり。仮の例を挙げるなら次の選挙で投票率70%以上とかな」
「……」
怒りは止まりそうにない。
「あくまで国民にモラルを求めた上で、下回る結果を出さなければいいだけのこと。選挙は決まった日程に必ず来るんだ、簡単簡単」
「間違った道を見せられたら」
「納得して貰うしかないだろ」
「理不尽に巻き込まれる人間はどうなる。お前は、そんなことにも頭が回らないのか?」
「地球の丸さを恨むかもな。平面から織りなす水平線には平穏が広がっていただろうに。だがな、興味が湧かないという連中が悪い」
「自らの欲求の為には犠牲も厭わないのか」
「俺も其奴らに興味が無いんでな」
多分、意味が違うと思う。
「結局は生殺与奪の一切を他に譲り渡し、無知故に掌の上で踊らされているに過ぎない。唯一違うのは、嬉々としてか否かの差だ」
「…………自分は違うと?」
「そうだったら此処にいないよ」
「だよな」
左派は甘美な言葉で堕落を誘惑し、一方、極右政党は平和共ボケにはキツイ檄を飛ばす。
夢中になるのは有るかもわからん世紀末か。
ゾンビみたいに、暴徒化しないといいが。
「今の国民に必要なのは犠牲になる覚悟だ」
「非人道的行為の正当化か」
「現代社会に最も不必要なのは半端な倫理と道徳。自らの首を絞める枷にしかならない」
鎖の続く先は、この国の教育方針か。
「俺はお前のようにはなれない」
「あぁ、知っている」
傍。
俺が目だけで追っていく最中。
子供が階段で眼前を荷物に阻まれて転けるも、話の片手間に颯と片腕で衝突を救った。
「無事か」
「う、うん」
「何の用で此処に?」
「お父さんにこれ届けるの、大切な物なんだって」
「そうか」
「雀田さーん、お花どう――」
「小鳥遊」
「はい」
「手を貸してくれ」
「はい。さ、これはお姉ちゃんが運ぶから」
「うん!」
親の同業者には疑いなしか。
「じゃあ、休憩室で待ってますね」
何方もとやかくうるさい雀田に匹敵する上品な立ち振る舞いで姉妹に見えてならない。
和気藹々と微笑ましい会話が遠ざかり、現代社会の渦中を彷彿とする今に、舞い戻る。
「助けるんだな」
「……」
「迷っているのか」
「さぁな。俺には、わからない」
一誠が天を仰ぐ流れで真っ黒な髪が次第に
太陽に当てられ、正に焦茶に染まっていく。
ずっとただの日本男児だと思っていたが、あの噂は本当だったんだな。
風の噂を目の当たりする感動を噛み締めていたら、一誠は体育座りで蹲るような一挙動を咄嗟に披露回避する謎行動に走っていた。
「ぁ、あの子は?」
「今後、お前と関わることはない」
「まさか、未成年にまで手を伸ばすとは」
「婉曲するか。あれは外国の通訳係だ」
「変わった異能だな。何処で見つけたんだ」
「とある社の神主を脅して娘を頂いてきた」
「ぉぉ。全世界制覇していてもか」
「俺は他の言葉が嫌いなんだ」
「そうか」
そろそろ役満だな。
「入隊」
「ん?」
「お前の新入り」
「蝶野か」
「奴を貰う」
「あの野郎を欲しがるとは変わらず酔狂だな。隊務規定違反の常習犯だぞ。それに噂では、任務中に薬女酒全てやっていたらしい」
「ほー」
「なのに何故?」
「神のお告げかな」
「お前なら扱えると?」
「俺も少し先を見ているんでな。そうだ、予言してやろう」
「ん?」
「これから大勢死ぬ」
「曖昧だな」
「数秒後に」
瞬間。
迫る、何か。
一条の稲妻がデモ集団の頭上に迸り、混凝土の破片が突風に混じって地響きが轟いた。
「……」
「っ!」
「ほら言っただろ。俺も今日から預言者だ」
神々しい幾重にも重なる純白な羽をいっぱい付けて、今日はより一層神の使者っぽい。
「おいおい、東京タワーに傷をつけるなよ」
また、大事な部分が失われて。
「最近、単一生殖の悪魔が増えたなァ」
「弱点ぶら下げて獲物と会敵は馬鹿だろう」
「お前の得意分野だったな!」
「......」
「......」
いざ悪魔がご登場すると、急激に若返ったお様子で、「イヤァァァ! 来るなぁァ‼︎」助けを我々神殺しに上から目線で求めていた。
皆、待っていた。
重い腰を上げるタイミングを。
看板の文字の前では大雑把な命乞いは霞むが、庶民が加わることで漸く立ち上がった。
流石に強そうなのもあって避難誘導を最優先に、皆が一誠の参加を待ち侘びていたが、「ところでお前、異能報告がまだだったな」
「え?」
花束の花びらを散らして名前が彫られたナイフを背に沿って掛けた鞘から颯爽と払う。
「面白いのを持っているのも今、教えてもらった」
緩やかに振り返っていく。
猛禽類に等しい片目が俺を捉えて。
「まっ、待て。待ってくれ」
「もう恐れる必要もない。予言だって、お前には関係ない。何たってこないんだからな」
悪魔の渾身の一撃を雀田が背を向けても尚、刃で流麗に弾く、そして俺の胸に届く。
俺は単語の羅列でしか理解できなかった。
今この瞬間に起きていることなのに。
「ぁ、……あ」
異物感が体を襲って間も無く、何も見えなくなった。
「完成しました」
「よし。お前にはこれから最初で最後の大仕事に向かって貰う。そう言えば名前がまだだったな。No.じゃ味気ないし、一々、7月5日? 6日辺りに恐れる。確か外の海で? ななこ、こない、こな。……コナーってのはどうだ? 我ながら良い名だろう? よし、じゃあ早速で悪いんだがこれから次の場所で」
何やってんだ、俺。