リダさんの追憶【9】
全く見えないアインの意図が、私の精神をイタズラに揺り動かす。
多分、いや......もう、間違いないだろう。
この夢は私にとって前世に値する過去。
転生前に生きていた、異世界での出来事だ。
そんな物を今更見せられた所で、今の私に何が出来ると言うのだろう?
今の私に何を期待していると言うのか?
その意図は全く読めない。
コンコンコン!
自室のドアからノックの音。
「リダ、いる~?」
呑気と能天気をセットで出されたかのような明るくて軽やかな声が、ドアの向こう側からやって来た。
こんな、無邪気で明るく、無条件で穏やかになってしまう声を出す人間は一人しかいない。
「どうしたルミ? 今日は休みの筈だけど?」
私は自室のドアを開けてから、不思議そうな顔をしてルミに答えて見せた。
「休みだから来たんでしょう? 暇だしやる事ないし......ああ、それとチズさんが、休みの日に遊びに来てほしいって言ってたし」
ルミは思い出した様に答えた。
暗殺者として狙われ、最後は逆に助ける側になってから以降、私やルミは割りと良くチズさんとその旦那のジャンが住んでいる近所のアパートに行く事がある。
ここにいるルミは勿論、私やフラウにユニクスの四人は、なんやかんやありはしたが、今ではすっかり打ち解け合っている。
特にルミはチズと仲が良く、ユニクスは旦那のジャンと仲が良い。
ユニクスの様な美人と仲が良いと、チズも気が気ではないのかと思いきや、実はそうでもないらしい。
チズさん曰く。
『ジャンは、普通に友達としてユニクスさんと一緒にいるみたいですし、気が合った友人がたまたま女性だっただけですから』
......らしい。
妻として夫が浮気しないと言う確信とかもある模様だ。
余談として、
『ま、もしユニクスさんと浮気なんかしてたら、お腹の子が大人になるまでの養育費と私の慰謝料をたんまり貰うつもりでいますけどね』
......と、凄い綺麗な笑顔で言っていた様な気もしたけど、敢えて聞かなかった事にした。
まぁ、これもまた現実ってヤツなんだろうなぁ。
そこはさておき。
本日は学校が休みであった為、チズのアパートへと遊びに行く為に、私を誘って来たらしい。
話によると、ユニクスはもう既に学園寮を出て、ジャンとトウキ中心市街地にあるジャンクショップへと向かったらしい。
なんでも、魔法のジャンク品にユニクスの念願を叶える代物があるとかないとか?
何がしたいんだか分からないけど、人様に迷惑さえ掛けなければ大丈夫だろう。
間がりなりにも勇者だしな。
少なくとも迷惑を掛ける様な真似はしない筈だ。
フラウも今日は来ないそうだ。
どう言う偶然が起こっているのかは分からないが、パラスと二人で行く所があるんだそうだ。
あの二人が......ねぇ。
フラウの場合、色々と浮気性ではあるがパラス様ラヴなヤツなので、パラスホイホイ状態で簡単について行くとは思う。
もはや警戒心ゼロと言える状態ではあるんだが......相手はあのパラスだ。
間違いが起きるとは到底思えない。
その結果、私とルミの二人だけが残ったと言う事になる。
「さ! リダ! 休みの日なのに誰からも誘われない上に予定もないと言う、可哀想で寂しいコンビを結成して、チズさんの家へと遊びに行きましょ~!」
「そんなコンビは嫌だっ!」
てか、普通に全部当たってるからタチ悪いっ!
完全に否定したいのに否定出来ない、この悲しみの感情はどこにぶつければ霧散するのだろう!
心の中で軽く涙しつつ、暇人と言えた私はルミと二人でチズの元へと向かうのだった。
......夢の中にいた瑠美の存在を、眼前にいるルミと微妙に被せながら。
なんだろう?
偶然にしては出来すぎている。
最初は名前が似ていると言うか......同じだけかと思った。
ルミのフルネームは『ルミ・トールブリッジ・ニイガ』だ。
ルミと瑠美は名前が同じだからすぐに分かる。
ニイガの部分は、王家を意味する名前だから削除する。
ポイントは真ん中のトールブリッジだ。
トールブリッジ。
つまり、高い橋。
瑠美のフルネームは高橋瑠美。
......うーん。
単なる偶然の一致なのかで少し考えた。
現時点では、単なる偶然の域を得ない。
そもそも、ルミが転生者だと言う証拠も無ければ、ルミ本人だって前世の記憶を持ち合わせてなんかいないからだ。
むしろ、前世の記憶を持ってる人間の方が異常なのだ。
現実的に考えれば、例え自分が転生者だったとしても、その根拠とセットで誰彼から教えてでもされない限り、分かり様がないのだ。
当然、ルミ本人にそんな事が分かる筈もない。




