絶望の世界
冷たくなりはじめた彼女の体を抱きしめて「魂」というものの意味を初めて知った気がした。
「……ああ……これはもうただの肉の塊だ……」
魂のない彼女、リンの体はもはやただの肉の塊でしかない、と無情にも思った。
とはいえ。だからといってリンの体をそのまま生ゴミに出せるかと言えばそうではない。
重要なのは魂の入った肉体、だけど、魂がないだけでこの体も大事なリンなのだから。
止まらない涙を流しながら、それでもリンを手放す気にはなれず、時計をみてみればもうリンの呼吸が止まってから3時間はたっている。
冷たくなりはじめたとはいえ、まだほんのりと温かい。
私が抱いているせいなのかもしれないが。
リンの本当の名前はリンゴという。私の愛する猫だ。
10年。そう、10年一緒にいた。
幼かった私への誕生日プレゼントに、と母が用意してくれたのは小さくて黒くてほわほわとした毛触りの子猫だった。
「お母さんのお友達のところでね、子猫が5匹も産まれたの。一番最初に選ばせてくれてね。4匹は白と黒の斑だったのだけどこの子だけ真っ黒だったからなんだかこの子を選んでしまったのよ」
そう微笑みながら、言い終えた後で真剣な顔でそっと言葉をつけ足した。
「…冬実ももう小学校2年生だもの。この子のお世話、ちゃんと出来るわよね?」
山根冬実、小学二年生。5月3日だった。
もちろん私はニコニコと大きな声で「うん!」と頷いたのだ。
あーだこーだと考えた名前は結局のところ夕食後に食べる予定だった林檎から「リンゴ」と名付けた。
……なんで。
「なんで死んじゃうのぉ。なんで私を置いて行っちゃうのぉ……」
涙がまた一段と溢れた。
朝、ちょっと食欲がないのは気づいた。いつもよりちょっと私にまとわりついてくるのも。
でも私はそのまま学校にいった。
「ごめんね、帰ってきたらまた遊ぼうね。」そうリンゴに言い残して。
だって、死ぬなんて思わないじゃない!?
死ぬってわかってたら学校なんていかなかったよ!?
でも。
私は学校にいき、リンは死んだ。
変わらない事実なのだ。
…もっと一緒にいたかった…
リンの毛触りも、リンの香りも大好きだった。
私が何かをしている時に限って「かまって!」ってすり寄ってくる癖に私から触ろうとするとスルっと避けて行っちゃったりするところも。
私が何をしているのか気になっててチラチラとみるくせに「気にしてませよ?」って興味ないフリしたりするところも。
大好き…というよりは愛しい、そんな存在。
あの時学校にいかなければ…そもそも私はリンを幸せにしてあげれていたのだろうか。
もっといっぱい何かできる事があったんじゃなかったのだろうか。
そんな事を延々と考えていた時、フッと眩暈がした。貧血?
マズイ、このまま倒れたら膝にいるリンを潰してしまう。
咄嗟に軽く後ろにのけぞって……ゴンッって音を遠くで聞いた気がする。
フユミ! フユミ!! フユミ~~~~~~!!!!
頭に霧がかかったかのようにぼんやりする。視界すら霧がかかっているかのように真っ白だ。
フユミ! フユミ! お願い!フユミ!! お願いだから聞いて!!!!
うん、聞いてるよ?
「……ん? ……あれ? ……リン?」
頭に響く声のような声じゃないような…でも何故かそれはリンの声だと思った。
視界の遠くに黒っぽい影が見えるような気もする。あれはリン?
フユミ! フユミ!! フユミは私の事大好きだった? 私を大事だと思ってくれてた? 私と一緒にいたかった!?
なんでそんな事聞くの? いつの間にか止まっていた涙がまた目からボロボロとこぼれた。
「……大事だよ! 大好きだよ! もっと一緒にいたいよ!! 当たり前だよ……!」
ならどうして? どうしていつも一緒にいてくれなかったの?
フユミにとっては私よりも大事な事がいっぱいあったからでしょ?
フユミは私なんて好きじゃなかったんだよ!
「違うよ……違う! 違う! 違う!!」
…フユミ…… 一緒にいたいよォ…。
「…私も… 一緒にいたい…」
私は夢をみているのだと思う。虚ろなこの世界でぼんやりする頭の片隅だけが妙に覚めててリンは死んでしまったのだと警告している。
…フユミ、私を探して…。
「え…?」
フユミの傍に居たいの…だから私を探して。私の事大事なら、私の事好きなら、私と一緒に居たいなら…きっと見つけて…。
「なに?どういう事なの?探す?どうやって?リンはもういないじゃない!どこを探せばいいの?わからないよ!」
…決して間違えないでね…間違えたら私………
「えっ」
うつ伏せに倒れていた。カーテンの隙間から入る日差しが朝を告げている。
やっぱり夢か。でもこれも夢かもしれない。
膝の上にいたリンがいないのだから。
どうして…?
自分の部屋をぐるっと見回してみる。どこにもリンはいない。
夢? どこから? リンが死んだのも夢?
部屋の扉を開けてリンを探そうとしてガックリと肩を落とした。
一瞬期待してしまったのだ。
リンが死んだ事こそ夢だったのだと。
だけど。
部屋のドアの外に広がる草原を見つめ、こっちが夢だったのだと理解してしまったのだから。
ため息をついて部屋の外に出る。
全くシュールだ。まるで某アニメにでてくるドアのようじゃないか。
振り返って自分の部屋があるはずの場所をみてみれば、草原にポツンと自分の部屋のドア。
まったく…こんな夢をみている場合じゃないのに。
もう一度振り返り、草原をぼんやり見つめてみる。ほんのりと温かい風が体にまとわりつく。
まだ夜は肌寒いとはいえ4月。昼になればそれなりに温かくなってくる。
リンの体が傷んでしまう(…というのも何だか違う気もするが。)
早く夢から覚めないといけないけど、どうすればいいのか…夢の中で寝れば起きたりしないのだろうか。
うん、良い考えな気がする。とりあえず寝てみよう。
振り返る。
……ドア……無い……。
もう一度振り返る。そしてさらに振り返る。前も後ろも更にはぐるっと回ってみたけども何処にもドアがない。
…ああ、まあ…夢ってこんなんだよなあ…何かいざって時に思い通りにいかなくて。
でもまあ、寝よう。幸いにも草原はとても寝心地がよさそうなので。
横たわり、目を閉じた。
ふと、あの霧がかった夢を思い出した。
最後、リンはとても恐ろしい事をいってたような気がする。
…決して間違えないでね…間違えたら私………
フ ユ ミ ヲ コ ロ ス カ ラ !
読むのは好きだけど書くのは初めてです。生暖かく読んでください。
ちなみに猫は飼ってません。犬派。猫こんなんちゃわー!って思っても
そこはかとなくスルーしていただければと思います。
どうか優しくしてください。地球に。いや、少しだけ私にも。




